第六章 意識高い系勇者の『TOB(敵対的買収)』と、ポポロ村の『ふるさと納税』
アイドル特需と、限界突破の『オーバーツーリズム』
地獄の魔工船『マグローザ・ホープ』での過酷なカニ剥き労働と、伝説の魔獣エンペラー・キングクラブとの死闘。
そこから生還し、奇跡の「極上半額もやし炒め」を食べてから数日後。
俺たちスローライフ組は、ポポロ村でようやく平穏な日常を取り戻しつつあった。
……いや、訂正しよう。
平穏なんてものは、とうの昔に消え去っていた。
「タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー! ダイバー! バイバー! ジャージャー!!」
「ウオオオォォォッ! ここがリーザちゃんが立った伝説のみかん箱の跡地だァァッ!」
「土の匂いを嗅げ! リーザちゃんの残り香がするぞォォッ!」
ポポロ村の広場。
かつてリーザが数万の軍隊を前に『絶対無敵スパチャアイドル伝説!!』を歌い上げた「みかん箱の跡地」は、現在、屈強な筋肉ダルマたちの熱気でむせ返っていた。
彼らは、かつてここで殺し合いをしようとしていたルナミス帝国とレオンハート獣人王国の兵士たちだ。
あの日のライブですっかり限界オタクと化した彼らは、非番の日に有給をフル活用し、国境を越えてこのポポロ村へと『聖地巡礼』にやってきているのである。
「はぁ……。朝から晩まで騒がしいな……」
俺は村長宅の縁側で、ルナが淹れてくれた緑茶をすすりながら、遠くで光る無数のペンライト(昼間なのに)の群れを眺めていた。
「ご主人様、ルナミスマート(スーパー)の陳列棚が空っぽです! オタクの皆さんが『推しが買っているかもしれないパンの耳と半額もやし』を買い占めてしまって、わたくしたちの夕飯の材料が買えません!」
買い物カゴを下げたルナが、困り果てた顔で帰ってきた。
「わ、わたくしの調合した『推し色(水色)に光るポーション』も、お土産として飛ぶように売れていきますぅ……!」
クロエが、金貨の入った袋を抱えながら震えている。
そう、アイドル特需である。
リーザという一人の極貧アイドルが生み出した経済効果は、こののどかな農村のキャパシティをとうに超えていた。いわゆる『オーバーツーリズム(観光公害)』だ。
「リーザ本人はどうしてるんだ?」
俺が尋ねると、ルチアナがコタツの中から顔を出した。
「あの子なら、自分の部屋で『ファンクラブ会報誌第2号』を一生懸命手書きで写経してるわよ。外に出ると囲まれるからって、段ボールに隠れてるわ」
「借金チャラになったのに、相変わらずアナログで貧乏くさいな……」
俺が呆れていると、玄関の扉がバンッ!と荒々しく開いた。
「……リクトさん。ちょっと、よろしいですかぁ?」
そこに立っていたのは、ポポロ村の村長、月兎族のキャルルだった。
いつものふんわりとした笑顔……ではない。
目は完全に笑っておらず、その瞳の奥には、満月の夜に見せたあの『狂気』が静かに、しかし確実に燻っていた。
「どうしたキャルル。なんか怒ってるのか?」
「怒ってなんていませんよぉ。ただ……」
メキッ。
キャルルが握りしめていた木製の玄関の柱に、無数のヒビが入る。
「……村の広場に、ゴミがたくさん落ちてるんですぅ。飲みかけの魔力ドリンクの空き瓶とか、壊れたペンライトとか。それに……」
ゴゴゴゴゴ……と、キャルルの背後から不穏なオーラが立ち昇る。
「うちの可愛い『ネタキャベツ』さんたちが、オタクの皆さんに踏んづけられて、『俺たちの恥ずかしい検索履歴を暴露しないでくれぇ!』って泣いてるんですよぉ……。許せませんよねぇ……?」
キャルルは背中に隠し持っていた、特注の『ダブルトンファー』の柄に手をかけた。
「あいつら全員、姉御が直々に『観光マナー(ヤキ)』を叩き込んでやろうかと思いまして……!」
「待て待て待て! 早まるな!」
俺は慌てて縁側から飛び降り、キャルルを取り押さえた。
あいつらに回復魔法付きの無限ヤキ入れ(第34話参照)なんて食らわせたら、今度こそ国際問題に発展しかねない。
「村長として、村の治安を守るのは当然の義務ですぅ! 離してください、リクトさん! まずはあの先頭でオタ芸打ってる獣人の頭カチ割ってきます!」
「やめろ! お前の物理はシャレにならないから!」
「……おや。野蛮なウサギが暴れているようですな」
俺たちが玄関先で揉み合っていると、ふと、耳障りな声が響いた。
その声は、広場の騒音やオタ芸の熱気を切り裂くように、異様に澄んでいて……そして、最高に『ウザかった』。
「なんだ、お前ら?」
俺が視線を向けると、そこには、真っ白な高級スーツの上に、やたらと装飾の多い白銀の鎧を羽織った、金髪の男が立っていた。
背後には、同じように身なりの整った魔法使いや戦士を引き連れている。
「フッ……名乗るほどの者ではありませんが。私はルナミス帝国公認のコンサルタントであり、世界を導く『勇者パーティ』のリーダー、ブレイドと申します」
男――ブレイドは、前髪をファサッとかき上げながら、自信満々に不敵な笑みを浮かべた。
「この村の『オーバーツーリズム』の惨状、見かねました。そこで、私がこの村のインフラを『アジャイル』に開発し、『シナジー』を生み出すためのソリューションを提供しに来たのですよ」
「……あじゃいる?」
キャルルがキョトンとする。
「ええ。単刀直入に言いましょう」
ブレイドは、ビシッと俺たちを指差した。
「このポポロ村を、我々勇者パーティが『TOB(敵対的買収)』し、最先端のリゾート地として再構築させていただきます!」
静かになりかけていたスローライフの村に、今度は『意識高い系の勇者』という最も厄介なノイズが侵入してきた瞬間だった。




