EP 4
没落した天才錬金術師
「……ここもダメか」
辺境都市アルカディア。その大通りに店を構える高級な錬金術店を後にし、俺はため息をついた。
並んでいるのは、見た目こそ立派だが中身は平凡なポーションばかり。店主たちは「神話級の素材を扱えるか?」という俺の問いに、鼻で笑うか、詐欺師を見るような目を向けるだけだった。
「ご主人様、やはりあのような傲慢な者たちでは、わたくしたちのパートナーは務まりませんね」
隣を歩くルナが、不機嫌そうに尻尾を揺らしている。
俺たちが求めているのは、形式通りの調合をする職人ではない。世界の理を出し抜くための、「常識外れ」の技術を持つ者だ。
「……ん? あそこ、何か騒がしいな」
大通りから一本入った、薄暗い路地裏。
看板もボロボロの小さな店『クロエの錬金工房』の前で、数人の男たちが騒いでいた。
「おい、クロエ! 今月分の利息はどうした! 払えないなら、その自慢の銀髪を売り飛ばして、奴隷市場にでも行ってもらうぜ!」
「ひっ、ひぃぃ……! ま、待ってください! あと三日、いえ、あと一時間だけ待ってくれれば、すごいポーションが完成するんですぅ……!」
震える声で命乞いをしているのは、ボロボロの白衣を羽織った一人の少女だった。
少し汚れのついた銀色の髪、度の強い丸眼鏡。その奥にある金色の瞳は、涙で潤んでいる。
「ふん、いつもその台詞だな! お前が作るのは爆発するか、色が不気味な『失敗作』ばかりじゃねぇか! 没落貴族の令嬢が、いつまで夢見てやがる!」
男が少女――クロエの胸ぐらを掴み、乱暴に揺さぶる。
その拍子に、彼女が大事そうに抱えていたフラスコが地面に落ち、割れてしまった。
「ああっ……! わたくしの……わたくしの『超・魔力回復ポーション(仮)』がぁ……!」
「ケッ、ゴミが一つ減っただけだろ。さあ、来てもらおうか!」
見かねたルナが俺の顔を見上げる。俺は静かに頷き、一歩前に出た。
だがその前に、俺の【ステータス編集】が、クロエと、地面に散らばった『失敗作』の液体を捉えていた。
ーーー
【個体名】クロエ・フォン・アルトワ
【職業】錬金術師(天才・不運)
【特性】理論の極致(既存の錬金術を超越した調合が可能。ただし、あまりに高度すぎて世界システムから『失敗』と判定されやすい)
ーーー
「……ほう」
俺の目に飛び込んできたのは、驚くべき情報だった。
地面にこぼれた液体のステータスを確認する。
ーーー
【名称】失敗作(本当は超高濃度魔力水)
【品質】エラー(測定不能)
【詳細】魔力を100万回復させるが、飲むとあまりの濃度に血管が破裂するため、システム上『毒』として分類されている。
ーーー
(……なるほど。こいつ、天才すぎて『世界が追いついてない』タイプか)
彼女の作るものは、強すぎる。
だからこそ、今の世界のルールでは「扱えない不良品」として処理されてしまうのだ。
だが、それは俺にとって、これ以上ない「最高の素材」を意味していた。
「おい、そこまでにしておけよ」
俺の声に、借金取りの男たちが一斉に振り返る。
「あぁ? なんだてめぇ、ただのガキか。ひっこんでろ、これは正当な借金の取り立てなんだよ」
「その借金、俺が肩代わりしてやるよ。いくらだ?」
俺が白金貨を一枚、指先で弄びながら見せると、男たちの目が欲望にギラついた。
「は、白金貨!? おいおい、正気かよ坊主。……へへっ、利息込みで金貨50枚ってとこだ」
「わ、わたくしのために、そんな……!? でも、騙されちゃダメです! この人たち、さっきまで金貨10枚だって言ってたのに!」
クロエが必死に叫ぶ。お人好しな奴だ。
俺は構わず、白金貨を男の顔面に投げつけた。
「釣りは要らない。二度とこの店に近づくな。……それと、壁の穴をこれ以上増やしたくないなら、さっさと消えろ」
俺が『神・木の棒』を少しだけチラつかせると、男たちは白金貨を奪い合うように拾い、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
静寂が戻った路地裏。
クロエは地面に座り込んだまま、呆然と俺を見上げていた。
「あ、あの……助けていただいて、ありがとうございます。でも……どうして? わたくし、借金を返せるような立派な錬金術師じゃありません。作るものは全部バグ……じゃなくて、失敗作ばかりで……」
俺は彼女の前にしゃがみ込み、まだ液体が残っているフラスコの欠片を指差した。
「クロエ。お前は失敗なんてしてない。ただ、作ったものが『正しすぎた』だけだ」
「え……?」
「お前のその『天才的な失敗作』を、俺に売れ。俺なら、それを世界で一番価値のあるものに変えてみせる」
俺は彼女に手を差し出した。
それは、没落した令嬢が、神に等しいイレギュラーと手を組んだ瞬間だった。




