EP 2
チートの『代償』と、新たなルール
『――バグ排除を開始。実行』
振り下ろされる、純白の光の剣。
それは物理的な斬撃ではない。空間そのものを削り取り、存在を「無」へと変換するシステムの審判だ。
「ご主人様ッ!!」
ルナの悲鳴が響く。
だが、俺の脳はかつてない速度で回転していた。
(直接書き換えられない? アクセス権限不足? ――上等だ。なら、そっちが作った『ルール』の隙間を突いてやる!)
俺は自分の胸元に手をやり、懐に刺していた一本の『枯れ枝』――かつて最難関ダンジョンで最強の武器へと書き換えた『神・木の棒』を抜き放った。
「【ステータス編集】……対象、俺の『装備品』!」
『――警告。対象【世界の修正者】への干渉は拒絶されました』
「うるせぇ! 俺が編集するのは『俺の持ち物』だ! これなら文句ねぇだろッ!!」
脳内のキーボードを叩き壊さんばかりの勢いで打ち込む。
修正者の剣が俺の脳天を割る、そのコンマ一秒前。
カタカタカタ……ターンッ!!
【名称】ただの木の棒
【特性】神殺し(ゴッド・スレイヤー)
【権限】管理者権限:レベル2(一時付与)
ガギィィィィィィィィィンッッッ!!!!
「……なっ!?」
空中で静止する光の剣。
それを受け止めていたのは、何の変哲もないはずの茶色い枯れ枝だった。
『――!? エラー、エラー。物理法則の矛盾を検出。下位オブジェクトが上位システム干渉を遮断。あり得ない(インポッシブル)』
無機質な修正者の声が、初めて動揺したようにノイズを走らせた。
「お前のステータスが書き換えられないなら、俺の武器に『お前を殴れる権限』を書き込めばいいだけの話だ」
俺はニヤリと笑った。
敵を弱くできないなら、自分を、あるいは武器を「敵よりも理不尽」にすればいい。
だが、代償はすぐにやってきた。
「が……はっ……!?」
視界が激しく点滅し、全身の毛穴から血が噴き出すような激痛。
脳内のシステムログが真っ赤に染まる。
『警告。管理者権限の偽装付与により、MPを99%消費。一時的な神経系への過負荷が発生』
「くそ……っ、一点突破の偽装だけでこれかよ……!」
直接編集が効かないのは、俺の「魔力」や「権限」が、世界システムに対してまだ低すぎるからだ。
今の俺は、いわば『神の領域』に不正アクセスを試みているハッカーのようなもの。
無理やりログインしようとすれば、それ相応の負荷がかかる。
『……バグの脅威度を再評価。強制再起動、および広域フォーマットに移行――』
修正者の六枚羽がさらに激しく輝き、周囲の空間が消滅の予兆を見せてバチバチと弾ける。
「させないって、言ってるでしょおぉぉぉぉッ!!」
そこへ、ルナが動いた。
恐怖で震えていたはずの彼女は、俺が傷を負ったのを見て、その瞳を怒りの金色に染めていた。
『グルアアアアアアッ!!!』
神獣としての真の姿を一部解放し、巨大な爪が修正者の側面を強打する。
俺が『木の棒』で一時的にこじ開けたシステム上の「穴」。そこには、ルナの神獣としての攻撃が通じるようになっていた。
『――ガガッ……損傷を確認。修正プロセスの継続が困難……』
「ルナ、今のうちに……! あいつの根元を叩くぞ!!」
俺は残った全ての力を振り絞り、木の棒を空へ掲げた。
狙うは修正者の本体ではない。そいつが降りてきた『空間のノイズ』そのものだ。
「【ステータス編集】! 対象、『この場の空間法則』! ――【接続:切断】!!」
バリィィィィィィィィンッッ!!
まるでガラスが割れるような音と共に、空のノイズが消滅した。
供給源を断たれた修正者の体は、砂のようにサラサラと崩れ落ち、やがて光の粒子となって消えていった。
静寂が戻る。
美しかった中庭は荒れ果て、俺は膝をついて激しく喘いだ。
「はぁ……はぁ……、なんとかなったか……」
「ご主人様!!」
人間の姿に戻ったルナが駆け寄り、俺を抱きかかえる。
彼女の腕の中で息を整えながら、俺は空を見上げた。
【世界の修正者、撃退成功。経験値を獲得】
【管理者権限を一部奪取しました】
【スキル:ステータス編集がレベルアップしました】
脳内に響く無機質な声。
だが、俺はそれを素直に喜ぶことはできなかった。
「……やりすぎると、世界そのものが敵になる、か」
これまでの『ステータス編集』は、あくまで世界が許容する範囲内の遊びだった。
だが今、俺は明確に『世界のルール』を壊した。
自由気ままなスローライフの裏側で、この世界の真の支配者たちが俺を監視し始めたのを、肌で感じていた。
「もっと……もっと効率よく、確実に『編集』する方法を見つけないと。今のままじゃ、次に本気が来たら守りきれない」
俺はルナの柔らかい肩を強く抱き寄せた。
ただの雑用係から、世界のバグへ。
俺の戦いは、ここから本当の意味で始まったんだ。




