58話 日本シリーズ第六戦①
「やあ、久しぶりだね、五十嵐くん」
それは、二年ぶりに聞いた声だった。
「お、久しぶりです……」
礼儀としてそう返したが、頭の中は?がいっぱいだった。
なぜ、この人がここに? なぜ自分に?
「今年一年、君の活躍は見てて非常に楽しかったよ。君のドラフトで指名を決めた人間として、非常に誇らしいね。ありがとう」
その人物が陽翔を訪ねてきたのは、日本シリーズ第六戦前の練習中、陽翔が打撃練習を終えたタイミングだった。
試合前だというのに、東京ドームは熱気であふれていた。
一昨年の試合で対戦成績を三勝二敗とし、今日で日本一を決めようかというカウボーイズナインは、大一番に向け、集中力を高め、練習に望んでいる。
決戦のグラウンドにおいて、きっちりと固められた髪形にピシッとスーツを決めたその人物の姿は、あまりにもふさわしくなかった。
「は、はあどうも……」
褒められてはいるのだろうが、何も返せない、返したくない。
何も悪気もなく陽翔を褒める目の前の人物は、東京ウォーリアーズのGMことゼネラルマネージャーの向山だった。
「君の移籍は残念だったのを覚えているよ。今年の活躍が、ウォーリアーズで見せていたら、史上最強のチームが生まれていただろうにね」
一昨年、陽翔は向山GMから人的補償でのカウボーイズへの移籍を告げられた。
その際の向山は、他の選手ではなく君が獲られてよかったと言い放った。
決して陽翔の移籍を残念がってはいなかった。
陽翔の脳内に、“サイコパス”という言葉が浮かんだ。
「なんでここに? 今は練習中なんですけど」
「ああごめんごめん。長話をするつもりはないんだ。実は君に話があるんだ。どうだい? 先の話にはなるが、ウォーリアーズに戻る気はないかい?」
「は? そんな――」
「待て待て、話は最後まで聞くんだ。君は、森田監督のことは嫌いだろう? 実は彼の今シーズン限りの解任はもう決まっているんだ」
「え?」
「なぜリーグ優勝を圧倒的な力で成し遂げた監督を解任するかというと、要因は君を干したことさ五十嵐くん。あれが原因で、ファンの不満も高まっているし、将来の大スターを移籍させたことでかなりの損失が出た。私たちとしては彼を監督のままにしておく意味はないと思ってね。
君も自分を干した人間が監督をするチームに戻りたくないだろう。どうだい? 将来的に、君が望むならいくらでもお金は出そう」
「いや、あの意味がわから――」
「その辺にしましょう、向山さん」
陽翔が意気揚々と語る向山の口を閉じさせようとしたとき、第三者の言葉によって向山の言葉は止まった。
陽翔が声の方向を見ると、練習ユニフォームの姿の、坂根勇気だった。
坂根は、けわしい表情で向山を見ていた。
「なんだい坂根くん。君も、五十嵐くんを勧誘しに来たのかい?」
「今は日本シリーズ中です。フロントの出る幕じゃない」
「あらあら、そんなこと言わなくても。じゃあね五十嵐くん。さっきの話、真剣に考えてよ」
向山は、陽翔と坂根の元を去り、一塁側ダグアウトの方へ消えていく。
「すまんな。普段はまったくグラウンドに降りてこないあれがグラウンドに――しかも、相手チームの練習中に出ていったから、嫌な予感がしてみたら案の定だ」
「あ、いえ……ありがとうございました」
「二度と、あんな真似はさせないから安心してくれ」
「……あの、森田監督が解任されるって言ってましたけど」
「俺は知らなかったが――そんなに驚きはないな」
坂根もそれだけ言って去っていく。
陽翔は呆然として、坂根の背中をずっと見ていた。
◇◇◇◇
「っていうことがあって……」
「なんやそれ! やばすぎやろ!」
試合開始まであと少し、向山GMと坂根との話を島岡と栞緑にすると、耳を抑えたくなるほどの大声が返ってきた。
「とんだサイコ野郎やな」
「GMなんて、選手をゴミだと思っていないと務まらないんですよ」
島岡の言葉に、栞緑が返す。
陽翔そっちのけで、二人は盛り上がっていた。
「というか、作戦やないか。自分を首にした人間が現れたら、動揺するかもしれんやろ」
「だとしたら、名役者ですね」
「明日の試合前は、森田が陽翔の元に来そうやな」
「森田監督は何言ってくると思います」
「土下座して謝ってくるとか、あとは逆に罵倒してくるとか……あとは、干したのは君の成長のためだよ、あのクソGMが台無しにしたけどね、とかやろうな」
「君は私の見込んだ通りの男だったよ……ですかね!?」
栞緑が森田監督の“物真似”しながら言う。
島岡はそれに爆笑する。
陽翔は二人へ話したことを後悔した。
「陽翔お前。それ録音しといて、週刊誌にでも売れば、あっちのGMも解任できたんちゃうか?」
「そんな無理ですよ。練習中に急に現れて。別に解任させたいわけじゃないし」
「まあ、せやな。ていうか、森田が解任されるのは本当なんやろうか?」
「さあ、勇気さんは知らないって言ってましたけど」
「嬉しいやろ? 自分を干した相手が首になるのは」
「別に、向山GMもですけど、今さらどうなろうと関係ないですし」
以前までの陽翔であったら、森田監督が解任されたらと聞いたら多少はざまあみろ的な感情を抱いたかもしれない。
でも、今は楓のことはあるし、むやみに喜びはしない。
◇◇◇◇
三勝二敗で迎えた日本シリーズ第六戦が始まる。
日本一をかけた試合だと言うのに、割とカウボーイズの面々はいつも通りだった。
それは皆が、緊張せずいつも通りやろうと振舞っている結果だし、いつも通りやれば勝てるという自信の表れでもある。
東京ドームは、もちろん満員だった。
第一戦、第二戦と同様に七割ぐらいをウォーリアーズファンが占めていたけど、しっかりとドームの一角をカウボーイズファンが占拠していて、歓声も十分と耳に届いた。
両チームのファンの歓声は、シリーズの終盤に差し掛かったせいか、一昨日までの歓声とは比にならないぐらいの熱量と音量を感じた。
試合前、陽翔は一つ驚いたことがある。
第一戦、第二戦の試合前の選手紹介で、陽翔はウォーリアーズファンからも歓声を貰った。
でも、今日の試合は少しだけブーイングが起きた。
それを聞いて陽翔はショックを受けることももちろんなかったが、少し笑った。
やっとウォーリアーズファンから、暖かく迎えるべき元ウォーリアーズの選手ではなく、日本一の障壁となる憎き敵として認識されたということだろう。
ある意味では、それは喜ばしいことだろうと思った。
試合前のセレモニー。
東京ドームの第一球を投じるのは、今年あった夏季オリンピックで金メダルを取った柔道男子の選手だった。
柔道選手は、がっしりとした体格から様になっていない投球フォームで始球式を投じる。
それでも、ボールはキャッチャーの阿田のミットへストライクゾーンを通って収まり、ドーム全体から拍手が起きた。
柔道選手がボールを受け取り、歓声に答えながらグラウンドを去る。
ウォーリアーズのエース上菅雅己がマウンドに立つ。
ドーム中の視線が彼に集まる。
レフトスタンドからカウボーイズを応援する声とトランペットの音が響き始める。
球審の試合開始を告げる声が耳に届く。
上菅は第一球を投じた。
栞緑は初球から振りにいき、サードゴロに倒れた。
ウォーリアーズファンの拍手と歓声が巻き起こった。
二番のパーキンスは三球で三振に終わった。
またも、ウォーリアーズファンの歓声が強まる。
陽翔の打席は、ブーイングから始まった。
こうも急にブーイングされるということは、誰かが音頭を取っているのだと思った。
今日の試合から五十嵐陽翔へは歓声ではなくブーイングを浴びせよう、そんな話し合いがウォーリアーズ応援団の中であったかもしれない。
初球から陽翔は振りにいった。
打った瞬間、上菅が打球の行方を見ることなく、肩を落とすのが見えた。
陽翔自身も、打った瞬間に結果を確信したから、打球の行方を見たのは一瞬だった。
すぐにダグアウト向けてガッツポーズを作りながら、一塁へ向かってゆっくり歩きだした。
打球はさっきまでブーイングをしていて、今は沈黙したウォーリアーズファンの集うライトスタンド上段へ着弾した。
一回表、文句なしの陽翔のホームランで、カウボーイズが一点を先制した。
◇◇◇◇
カウボーイズのマウンドに上がったのは、山上だった。
陽翔は山上の初球を見た瞬間、今日はいけると確信した。
ウォーリアーズ一番の吉村に投じた一球、糸を引くようなストレートが外角に吸い込まれる。
158km/hという数字に、カウボーイズファンのみならず、ウォーリアーズファンも唸る。
二球目もストレートで吉村を押す。
ファウルで追い込む。
三球目はスプリットで空振りを奪い、三球三振に仕留める。
その勢いのまま、二番の松井、三番の坂根と三振を奪い、三者連続奪三振で最高のスタートを切る。
山上の作った流れに乗りたい二回表のカウボーイズの攻撃は、五番のハーパーからだった。
初回に陽翔にホームランを打たれた直後はかなり悔しそうな表情を浮かべていた上菅だったが、さすがにそこは経験豊富な右腕だ。
その後の四番の三浦も、そしてこの回もきっちりと打ち取り、試合を落ち着かさせる。
二回裏の山上のピッチングも、見ていて気持ちが良かった。
ストレートは当たり前のように150キロ後半を記録し、コントロールミスがない。
バッターは空振りするか、あるいは当てるのが精一杯で、ストライクを取るのに苦労する様子がない。
上菅と山上の投げ合いは、まさに投手戦という様相で、テンポよく進んだ。
三回もお互いに三人で攻撃を終わらせ、
四回表のカウボーイズの攻撃は、二番からの攻撃だ。
投手主導で進むこのゲームにおいて、この回は重要な意味があるように思えた。
カウボーイズは陽翔と三浦、ウォーリアーズは坂根といった上位打線にこの四回は回ってくる。
彼ら打者の主力の二巡目においても、両投手の快投が続くのならば、より試合は膠着していく気がする。
こうなってくると、陽翔のホームランは一層価値が出てくる。
しかし一点なんて、ホームランが出ればすぐにひっくり返る。
点が入らない試合において、最も怖いのがホームランだ。
どんなに好投を続けていて、ほとんど投げミスがなかったピッチャーでも、失投を完全に防ぐのは難しい。
そして、その投げミスを逃さずホームランにするのが良いバッターだ。
今季十二球団最多のホームラン数を誇るウォーリアーズ打撃陣――とりわけ中軸は、失投を逃してくれない。
ここは注意が必要、山上と坂本のバッテリーはもちろんわかっている。
しかし、逆にカウボーイズにも同じことがいえる。
今日の上菅はコントロールミスがほとんどないが、陽翔への投球だけは若干甘く、ホームランにすることができた。
もう一回、同じことができ点差を一点でも広げることができれば、今日の山上の出来ならばかなり大きい。
「ストライクっ! バッターアウト!」
二巡目の上位打線にかなり声援が送られたが、この回は上菅が上回った。
二番のパーキンスはサードゴロ、三番の陽翔は三振、四番の三浦も三振。
三人連続で打ち取られ、四回表も無得点に終わる。
東京ドームにウォーリアーズ反撃の機運が高まる中、山上が四回裏のマウンドに上がる。
一番吉村の二度目の打席。
山上は一打席目と同様にストレートで押した。
初球は157キロで、二球目も157キロだった。
吉村は二球ともファウルが精一杯で、簡単に追い込む。
三球目は一打席目とは違い、カーブを投じた。
吉村は何とか当てたが、打球に力が無く、ピッチャーゴロに終わった。
二番の松井も三振で、三番の坂根をツーアウトランナー無しで迎える。
山上は、ここまで十一人連続でアウトにしているテンポそのままに、坂根に対しても意気揚々と第一球を投じる。
でも、明らかにおかしかった。
山上の投じたストレートは甘く、球威もなく、コースも甘い。
打ってくださいと言っているようなストレートだった。
やはり、目の前のご馳走を逃すようなバッターではなく、坂根は完璧なスイングでボールを捉える。
今季セリーグ本塁打王を獲得したスイングは、山上の棒球をレフトスタンドに運んだ。
1-1同点ホームランに沸く東京ドームだが、打った坂根は淡々と塁を回っていく。
打った本人も、何か違和感があったのだろう。
先ほどの山上の一球は、彼本来のものではないと。
カウボーイズダグアウトからトレーナーを伴って投手コーチが出てくる。
陽翔は山上に駆け寄って、「大丈夫か?」と言ったが、山上は悲痛な表情で俯くだけだった。
「肘か?」
「……はい」
陽翔が言うと、山上はようやく反応した。
山上はグラブをつけたままの左手を右肘に添えていた。
投手コーチとトレーナーが一言二言山上と会話すると、彼らはダグアウトに下がり、さらに裏へと消えていった。
球場は異様な雰囲気で、同点に追いついて盛り上がりたいはずのウォーリアーズファンも、どこか遠慮するかのように声量を落としていった。
山上がダグアウト裏に消え、しばらくすると、大黒監督が出てきた。
ピッチャー交代で、山上に代わって平山の登場が場内に告げられた。
おそらく平山にとっての予想だにしない急遽の登板だったはず。
平山の投球はキレがなく、四番阿田、五番岡村、六番マホームズにあっさりと三連打を食らい、勝ち越し点となる二点目を許した。
なんとか七番の秋定を打ち取り、平山は最少失点で緊急登板となった四回裏を終える。
この一点はあらゆる意味で、カウボーイズにとって重たい一点となった。
陽翔は守備から戻ると、他の選手と共に医務室の山上の元へ向かった。
診療台に腰かける山上は俯き、表情は見えなかった。
山上は陽翔たちの存在に気付くと、顔をあげた。
涙交じりの声で、一言、「すみません…」と言った。
陽翔は、
「試合の方は心配するな。必ず勝つから」
と言って、ダグアウトに戻った。
◇◇◇◇
531.牛を飼う名無し
終わった…
542.牛を飼う名無し
あかん
流れが悪すぎる
551.牛を飼う名無し
これはトミージョンやろうなあ
559.牛を飼う名無し
上菅も怪我しろ
581.牛を飼う名無し
>>559
あいつ全然怪我せんねん…
593.牛を飼う名無し
平山は責められん
601.牛を飼う名無し
ここから上菅VSカウボーイズリリーフ陣になるという事実
605.牛を飼う名無し
【急募】カウボーイズリリーフ陣がここから5イニング抑える方法
612.牛を飼う名無し
>>605
森本を投げさせる
625.牛を飼う名無し
>>612
一昨日9イニング投げて中一日でリリーフは草
641.牛を飼う名無し
リリーフが抑えるのもだけど
バッターも2点取るのもなかなか厳しそう
651.牛を飼う名無し
今日の試合どうこうより山上が心配




