41話 宣戦布告
三浦の一日はすべて、野球に集約される。
指先一つ動かす動作でさえ、野球へ――バッティングへ――。
そういったすべてを野球に捧げる覚悟、胆力があったからこそ、今の三浦は存在する。
朝、起きる。
軽く家の周りをジョギングする。
朝食、糖質を最低限に抑え、体が必要とするだけのたんぱく質を食す。
その後、パソコンを起動し、30分ほどニュースをチェックする。
一日のうち、まとまった時間ネットを見るのは朝食後の30分間だけと決めている。
あとは、スマホで連絡を取るときと、最低限の情報を得るときだけ。
スマホの画面を見続けることは、眼の疲労につながり、バッティングに影響する。
もちろんスポーツサイトもチェックする。
プロ野球のニュースを見ると、どこもかしこも、五十嵐陽翔の文字ばかりだ。
ひたすら震える。
これは武者震いかなのかどうか、おそらくそうなのだろう。
五十嵐陽翔は今、パリーグで二番目の打率、二番目の本塁打数、三番目の打点を誇る。
すなわち、三浦の次にパリーグで三冠王に近い男だ。
初めて彼を見たときは二年前の交流戦での試合だった。
当時、五十嵐はウォーリアーズに所属していて、ただの代走、守備固め要因に過ぎなかった。
彼はその試合、代走として途中出場したのち、打席にも立った。
延長戦、十一回裏、ノーアウトランナー二塁というサヨナラのチャンス。
マウンドにはカウボーイズの守護神、コディ・アレンビーという状況。
当時、打撃にまったく期待されていなかった彼に出たサインは、当然のようにバントだった。
五十嵐はバントを失敗し、バットを振る機会を与えられた。
彼はその少ないチャンスを逃すことなく、アレンビーの剛速球を捉え、サヨナラホームランを放った。
三浦はそのバッティングを見た瞬間、五十嵐は素晴らしい選手になると思った。
既に守備走塁には定評があり、唯一の弱点だった打撃も、鍛えれば三割三十本を打てる選手になる。
走攻守揃った万能型野手、五十嵐陽翔にその片鱗を三浦は見た。
二つの幸運が重なり、五十嵐がカウボーイズへ移籍することになった。
一つは、三浦の前で放ったサヨナラホームランの直後、彼が干されたことだ。
原因はわからないが、例のホームランの直後から彼が一軍の試合に出ることは無かった。
きっと、なにかしらウォーリアーズ監督、森田の地雷を踏んだのだろう。
二つ目は、当時カウボーイズに所属していた宮本秀高という投手が、ウォーリアーズへのFA移籍を決めたことだ。
宮本がウォーリアーズにFAする際、人的補償としてカウボーイズに移籍する選手が発生する。
人的補償で獲得できる選手は、獲得される側がプロテクト――人的補償候補から外した選手たちの中から、獲得する側が選ぶことができる。
プロテクトされるのは、レギュラークラスや有望な若手など、ウォーリアーズが外に出したくない選手たちである。
三浦は、現状一軍から干されている五十嵐が、プロテクトリストに入っていることは100%ないと思った。
そして、カウボーイズフロントに進言した。
人的補償には、五十嵐陽翔を選べ、と。
大黒監督も五十嵐の獲得を推薦しており、三浦の思い通りになった。
これで、最後のピースが揃う。
三冠王獲得に向けて、三浦の前を打ち、チャンスを演出することで打点を稼ぎやすくする。
すべては、自分の三冠王獲得のため、事が上手く進んでいると三浦は思っていた。
しかし、これほどとは思わなかった。
まさか、自分の三冠王獲得へ向けての最大の障壁があいつになるとは。
舐めていたか、いや、最大限のポテンシャルをあいつに感じ取っていたはず。
ただ、あいつが想像以上の成長を見せただけだ。
もし、三冠王をあいつに阻まれたとしても、言い訳はできない。
まだ、現時点での成績は三浦の方が上で、そして、三浦は今日、九月最初の試合から復帰。
すなわち、ほんのわずかだが、三浦の方が前に出た状態で、二人の最後一か月の勝負は始まる。
手に力が入る。
アドレナリンが脈々と全身に行き渡っていくのがわかる。
今日の試合、三浦は一軍の試合に復帰する。
◇◇◇◇
三浦がロッカールームに行くと、島岡が彼の前に立った。
「どう思ったんや、このコラム」
島岡が見せてきたのは、今朝見た五十嵐のコラムだった。
「最高でした。五十嵐のファンは喜ぶでしょうね」
「じゃなくて、お前はどう思ったんや」
「だから、最高って言ってるでしょ。こんな燃える記事はない」
「やっぱり、そうおもんやな。お前は」
いたずらそうに笑っていた島岡は、ふと視線を伏せた。
「なあ三浦。お前は五十嵐があれほどとは思ってたんか?」
「……いいえ、あいつは、俺の想像以上でした」
「やっぱりな……正直言って、俺はあいつが怖い。三浦、お前以上にな」
「なんだ、島岡さんも、あいつが俺に勝つと思ってるんですか?」
島岡は「わからん」と言って頭を掻いた。
「ただ正直言って三浦。俺はお前に三冠王を取って欲しいと思っとるわ」
「珍しい。島岡さんがそんなこと俺に言うなんて」
「ま、俺はお前のこと何年も見て来とるからな。ちょっとは頑張って欲しい気持ちはある」
「ありがとうございます。でも、応援は不要です。そんなものなくても、俺は勝ちますから」
◇◇◇◇
ホームでの北海道ペンギンズとの一戦。
カウボーイズとしてはしっかり勝ち越し、首位をキープしたいところだ。
試合はカウボーイズの結木と、ペンギンズの下川の投手戦になった。
結木と下川、どっちも点を許さず、六回まで投げ切った。
三浦はダグアウトで戦況を見つめていた。
今日はベンチ入りメンバーには入ったものの、スタメンでは出場せず、基本試合には出ない予定だった。
大黒監督、チームのトレーナーとは、もし試合がもつれれば、代打で一打席だけ出場することはある、と話していた。
試合は、もつれている。
出番はある。
七回裏、先頭バッターは三番の五十嵐だった。
三浦は、彼の打席をダグアウトから
今日の五十嵐の二打席は、凡打と四球での出塁。
その凡打というのも、ライトへの強烈なライナーで、今日チーム一の当たりと言ってよかった。
本日絶好調の下川相手でも、間違いなく自分の打撃ができている。
8月、歴代三位となる月間15本の本塁打を放った五十嵐。
彼の驚異的な打棒は、心技体において全部の面で成長、成熟しきったからこそのものだと思う。
まず技術。
角度をつけるのが非常に上手くなった。
狙って、ホームランの出やすい打球角度――バレルゾーンに入れられるようになった。
結果、今までよりもホームランのなり得る飛距離を容易に出せている。
次に体。
彼は冬、キャンプにかけて肉体を追い込んだ。
その肉体を上手く、扱えるようになったように見える。
端的にいえば、肉体にスイングが追いついたというべきか。
最後に心。
三浦が思うに、五十嵐は自分自身の中でなにかふっ切れたように思う。
自らがホームランを打てるバッターだと自覚し、そしてチームのために打たないといけないと考え、打席に立っている、いや、立てていると言うべきか。
三浦が離脱し、チームの中心としての自覚が出たか、それとも他にきっかけがあったかはわからないが、スイングに迷いがない。
三浦の見つめる先、五十嵐のスイングは、流麗な軌道を描き、下川のボールをさらった。
バレルゾーンに乗った打球は、ライトスタンドへ突き刺さる、先制のホームランとなった。
五十嵐が大歓声を浴びる。
これで彼のホームランは34本、リーグトップである三浦へと遂に並んだことになる。
五十嵐がダグアウトに戻り、チームメイトたちとハイタッチを交わす。
湧き上がる感情を抑えながら、三浦も彼を迎えた。
三浦は、彼に問う。
「なあ五十嵐。お前は本塁打王を取る気か?」
「えっ? あ、はい」
五十嵐は軽い感じで答えた。
「そうか。わかった」
◇◇◇◇
五十嵐の本塁打で先制したカウボーイズだったが、八回、同点に追いつかれる。
試合は同点のまま、九回に突入する。
九回裏、一点を取ればカウボーイズの勝利という状況、打順は一番の島岡からだ。
マウンドにはペンギンズの守護神、ヘルマンが上がる。
二メートルの長身から投げ下ろす剛速球が武器の、パワーピッチャーだ。
三浦は、大黒監督に目配せをし、ダグアウト裏に下がった。
打席の準備をする。
「三浦、行くぞ!」
コーチの声がする。
島岡は凡打に終わったようだ。
『二番、田中に代わり代打、みうらー、たけなりー!!』
アナウンスの終わりとともに、ドーム中に歓声がこだまする。
三浦がダグアウト出ると、すさまじい声援が身体を包む。
大阪ドームに、帰ってきた。
ワンアウトランナー無し。
一点取ればサヨナラ。
ピッチャーは、相手の守護神。
後ろの打順には最大の敵。
狙うは、一つ。
初球、ヘルマンのストレートを捉えた。
うん、スイングに問題はない。
痛めた左肘の影響なし。
打球の角度も良く、初速も出ている。
三浦はバットを軽く置き、淡々と歩きだした。
対照的に、ドームは狂ったかのような熱狂の渦が巻いた。
レフトスタンドへのサヨナラホームラン。
五十嵐を1本リードする、今シーズン35本目のホームランだ。
三浦は平静のまま、一塁、二塁、三塁へと周り、ホームへと還ってきた。
ホームベースを踏んだ三浦へ、五十嵐は言った。
「ナイスバッティングです!」
「おう!」
視線を交わしながら、三浦は五十嵐へ心の中で言った。
これは宣戦布告。
あと一か月、絶対に負けない。
三冠王は、俺が獲る、と。
◇◇◇◇
213.牛を飼う名無し
キターーーーーー
231.牛を飼う名無し
かっこよすぎて草
257.牛を飼う名無し
一振りで決めるのがスターなんだよなあ
273.牛を飼う名無し
三浦になら抱かれてもいい
312.牛を飼う名無し
三浦は今後代打?
331.牛を飼う名無し
>>312
明日からファーストスタメンみたい
341.牛を飼う名無し
三浦復帰まで首位でいられたのはでかい
351.牛を飼う名無し
三浦三冠王の最大のライバルが目の前を打っているという
361.牛を飼う名無し
20年ぶりの優勝
五十嵐の歴史的活躍
日本で最後の三浦森本の無双
そして三冠王争い
今年のカウボーイズ、面白すぎる
378.牛を飼う名無し
>>361
今年のために今までの暗黒はあったんやなって




