39話 サイト管理人の男
聡がカウボーイズの試合を見始めたのは、単に小遣い稼ぎのためだ。
掲示板のスレをまとめたサイトを作り、アクセス数に応じた広告収入を得る――いわゆるアフィリエイトによって収入を得ようと思い当たったのが、始まりだった。
サイトを作るのにあたって、メインの話題となるコンテンツを考えた。
雑多な話題のスレを見境なくまとめても良いが、料理だったり、車だったり、何か一つのテーマを決めた方が、固定客が付きやすいと考えた。
サイトで取り上げるテーマの条件として、絶対となるのが需要のあることだ。
テーマに関心を持つものがある程度いなければ、サイト運営は成り立たない。
次に考えたのは話題がつきないことだ。
いくら需要があろうと、一年に数えるほどしか話題がなければ、安定した集客につながらない。
三つ目は、ある程度、聡が精通している分野であることだ。
聡自身に知識がなければ、どういった話題、レスをまとめるべきか判断がつかない。
四つ目は、先行者利益があることだ。
たとえばアニメのような、その手の話題を取り上げたまとめサイトが無数に存在するコンテンツでは、今さら新規に立ち上げたところで誰も見ない。
既に需要が供給を上回っているであろう分野は除外する。
そこで、大阪カウボーイズ専門の掲示板まとめサイトを去年のシーズン前に始めた。
“野球”という題材は、日本のインターネットでは最も注目を集めるコンテンツの一つであり、シーズンであれば毎日のように試合があり、話題には事欠かさない。
聡は野球経験もあるし、プロ野球についての知識はそこそこあったため、まとめやすいと考えた。
第四の理由である先行者利益については、野球はレッドオーシャン――既に多くのまとめサイトが存在していて、先行者利益が得難い。
しかし、カウボーイズというチームに限って言えばそうではない。
去年始まる前までのカウボーイズといえば、21世紀で一番Aクラス――3位以上が少ないチームで、12球団で最もリーグ優勝から遠ざかっているチーム。
ファンが少ないプロ野球球団と言えば、という質問に対し、多くの者がカウボーイズを挙げるような状況であった。
すなわち需要が少ないため、カウボーイズをメインに取り上げているまとめサイトは他の人気球団に比べ数が圧倒的に少ない。
カウボーイズというチームはブルーオーシャン――まだまだ開拓しがいのある未開の領域と考えた。
ついでにいうと、カウボーイズという球団は非常に将来性のあるように思えた。
Bクラス常連ではあるものの、近い将来優勝ないしAクラス入りは十分ある。
そうなればサイトの訪問者も増え、広告報酬もそれに比例して増えていく。
カウボーイズについての掲示板まとめサイトを作るのは、高リターンな投資に思えた。
聡のその狙いは、十分すぎるぐらい的中していた。
サイトを開設した去年、チームは久しぶりのAクラス争いを演じた。
さらに今年は、八月終わりの時点で優勝争いを演じている。
サイト訪問者は、試合数を重ねるにつれ多くなっていった。
中でも一番の集客数を誇るのが、カウボーイズの新スター、五十嵐陽翔に関する記事である。
五十嵐の成績がスレタイにあり、それについて掲示板住人がレスするだけの記事も伸びる。
しかし一番は『五十嵐陽翔←←こいつを捨てたウォーリアーズwwww』『ウォーリアーズ森田監督が今考えてそうなこと』みたいな五十嵐の元所属の球団、元監督を取り上げた記事がめちゃくちゃ伸びる。
最近、聡の懐事情が少しだけ暖かいのは、カウボーイズの優勝争い、さらに五十嵐の活躍に伴う広告収入が伸びているからに他ならない。
「よっしゃー」
テレビの中の、五十嵐陽翔がタイムリーヒットを放ち、聡はガッツポーズをした。
近頃はカウボーイズの試合を欠かさず見ている。
会社員でもない、雇われの身でもない聡は、カウボーイズの試合を毎日見ることができる。
八月の五十嵐は毎日のように活躍をしている。
それを見る度、聡は嬉しい気持ちになる。
最初は五十嵐が活躍するとサイトの訪問者が増え、収入が増えるという図式だけで喜んでいたはずなのに、近頃、自分が何に喜んでいるかわからなくなってきた。
野球は部活レベルでやったことはあるが、いつのまにか嫌いになった。
父親に半強制的でやらされていたこと、才能があまりなかったことという理由から野球を嫌いになり、大人になってから、野球というコンテンツに関わろうとしなくなった。
カウボーイズの掲示板まとめサイトを始めようと思ったのも、お金を稼ぐための苦肉の策だった。
でも、サイト運営上必要な情報収集のためだけにカウボーイズの試合を見ていたはずなのに、いつのまにかチームを応援していた。
チームの勝敗に、選手の成績に一喜一憂していた。
そして明日、わざわざ聡の住んでいる東京から大阪まで、カウボーイズの試合を見に行く。
◇◇◇◇
大人になってからは一人で遠くに出かけることなどなかった。
わざわざ新幹線を使って大阪まで行くなんて、我ながらどういう行動なのだろう。
しかも、それが大嫌いだった野球の試合を見に行くためだなんて。
試合開始まで数時間はあるというのに、大阪ドームの周りはたくさんの人がいた。
普段家からあまり出ず、人と会わない生活をしている聡には居心地が悪いと思えた。
とりあえず売店に行き、カウボーイズのユニフォームを買った。
背番号63、五十嵐の名が刻まれたものだ。
一塁側内野席で、グラウンドの方を眺める。
今はビジターチーム――仙台ネッツの練習中。
こうしてみると、ただの練習ではあるが、プロの凄さがわかる。
父親に影響が大きいとはいえ、小さい頃は聡もプロ野球選手を志していた。
だがまあ、こうしてプロのレベルの高さをみると土台無理だったように思う。
おそらく、自分が野球をしていた時間というのは無駄だったのだろう。
ネッツの練習が終わり、しばらくして試合が始まった。
現在首位のカウボーイズだけあって、ドームは満員。
そのほとんどがカウボーイズファンだった。
今日の試合、カウボーイズはエース森本、ネッツはエース則広とエース対決だった。
投手戦が予想される中、やはり今日の主役は、五十嵐陽翔だった。
一回裏、いきなり五十嵐の目が覚めるような当たりが飛び出す。
相手選抜、則広のカットボールを見事にライトスタンドに運び、カウボーイズが一点を先制した。
ホームランに興奮した聡は、いつのまにか隣の観客とハイタッチをしていた。
その後は両投手の素晴らしい投球が続いた。
聡は、一回のプレーごとに握りこぶしを作り、一喜一憂した。
完全に熱中していた。
プロ野球を生で見たのはいつぶりか忘れたが、こんな純粋な気持ちで野球を観戦したのはずいぶんと小さかった頃以来だと思う。
試合のフィナーレを飾ったのは、五十嵐陽翔の今日二本目のアーチだった。
ランナーが二人いる中、センターバックスクリーンへと飛び込むホームランで4-0。
ネッツを完全に突き放した。
五十嵐陽翔の凄さについては巷で語られつくしているし、野球を挫折した身で技術論を語るつもりはないので、ただの印象と感想になるが、まず、バッティングフォームが凄く綺麗だと思う。
右足を上げ、重心に体重を乗せ、前の足を降ろし、スイング。
打球は角度よく放物線を描き、スタンドへ消えていく。
何も余分な部分がなく、綺麗なスイングだと思う。
例えば三浦とか、スイングが凄い選手はたくさんいたと思うが、聡が今まで見てきた野球選手の中では一番かっこいい。
体の力を全部使ってスイングの速度を上げる。
ボールに力を乗せ、理想の角度へと打ち上げる。
体は決して大きくないのに、あれだけホームランを量産できるのは、素人の感想だが、理想的なスイングをしているからだろう。
子供にはプレースタイルの華麗さ、スイングのかっこよさで人気。
女性にはルックスで人気。
ネット民には、移籍の経緯と古巣との因縁で人気。
現状の五十嵐は、プロ野球の話題の中心にある。
個人的には、彼の古巣との因縁については、とても自分とのシンパシーを感じるというか、応援したくなる要素だ。
これで五十嵐の今シーズンのホームランは32本。
現在トップの三浦豪成の34本まで、あと二本。
試合はそのまま森本がネッツ打線を九回零封し、4-0でカウボーイズが勝利した。
試合後、ドームを後にしホテルへと戻った聡は、興奮冷めやらぬ中、サイトの更新をした。
といっても掲示板のレスをまとめるのではなく、自身の試合観戦の感想を投稿した。
今日だけは、他人の言葉ではなく、自分の言葉で興奮を伝えたかった。
◇◇◇◇
翌日、大阪観光をした後、聡は東京へと帰った。
夜、六畳一間のアパートに帰って一番にしたことは、昨日買った五十嵐のユニフォームを飾ることだった。
味気なかった狭いワンルームが、ユニフォームのおかげで少しだけ華やかになった。
聡はご満悦でしばらくそれを眺めた後、テレビをつけた。
もちろん、カウボーイズの試合を見るためだった。
昨日とは打って変わって、ネッツとカウボーイズの試合は打撃戦模様だった。
掲示板のスレを確認しながら聡は試合を見ていた。
ピンポーン、突然、部屋に鳴り響いた。
夕食のカップヌードルを食べている途中だった聡が部屋のドアを開けると、よく知った顔がいた。
「やっほー」
妹だった。
「何しに来た?」
「お兄ちゃんの生存確認。近くを通ったから。おじゃましまーす」
慣れてはいるが、部屋に何も言わず入り込まれるのはいい気分はしない。
「またカップラーメン? ちゃんとしたもの食べた方が良いよ」
「うるせ」
「何か作ってあげようか?」
「いらねえ。早く帰れ」
「ねえ、せっかく遊びに来てあげた妹に冷たくない? ってあれ――」
妹はさっき飾ったユニフォームを指さし、
「あれ、は……五十嵐陽翔のユニフォーム。お兄ちゃんの?」
「俺のに決まってるだろう」
「へえー? ていうか今もカウボーイズの試合見てるし、ファンになったの?」
「さあな」
「あれ、どこで買ったの?」
「大阪ドーム」
「お兄ちゃんが!? 大阪まで行って!? へえー」
妹は物珍しいものを見たかのように、口元をニヤニヤさせていた。
「あっ」
二人が言い合いの最中、テレビから実況アナウンサーの野太い声が来た。
「ライトスタンドへ、一直線! 五十嵐陽翔、今日も打ちました!」
既に画面は、ダイヤモンドをゆっくり回る五十嵐の姿を映していた。
「おっ今日も打った! これで33本。三浦さんまであと一本」
なんだかとても嬉しそうに、妹が言った。
「詳しいな」
「ファンだもの!」
「どっちの?」
「どっちも」
五十嵐陽翔個人のファンでもあり、カウボーイズのファンでもあるということか。
妹が野球好きなのは昔からだ。
しばらく、テレビの画面を見つめた後、妹は言った。
「さて、帰ろうかな。お兄ちゃんは大阪遠征に行くぐらい元気でした、ってママには伝えとくよ」
「勝手にしろ」
一応、玄関まで聡が見送ると、靴を履き終わった妹は言った。
「たまには実家に顔出しなよ。ママも心配してるから」
「ああ、わかった」
「じゃあね」
ドアへと手を掛けた妹へ、聡は言った。
「お前はその……順調なのか?」
「何が?」
「いろいろ」
「……うーん、うん! 全部、順調!」
妹はそう言って、部屋を出ていった。
急に部屋が静かになって、テレビの野球実況がよく響いた。
妹に劣等感を持っていないといえばウソになる。
勉強も、スポーツも、容姿も優れた妹と比べられては惨めになる人生だった。
彼女は学生ではあるが、本人も言っている通り、将来的には日本中が注目するようなスターになるはず。
まあ、こんな掲示板をまとめて日銭を稼いでいる兄とは、妹も比べられたくはないだろう。
それでも、今の自分を世界で一番気にかけてくれるのが彼女という事実は、嬉しさよりも、どうしてより一層惨めな気持ちになる。
◇◇◇◇
管理人よりお知らせ
突然ですが、本日はカウボーイズとネッツの試合を見てきました。
結論からいうと、最高でした!
五十嵐選手の2本のホームラン、かっこよかったです。
もう既にファンでしたが、さらにファンになりました。
私は子供のころ野球をやっていましたが、ああいう選手になりたかったです…
というわけで、今日の試合のまとめはお休みします。
楽しみにしてくださっていた方、申し訳ありません。
明日以降、またよろしくお願いします。




