32話 覚醒・前編
一回表、カウボーイズの攻撃。
「ストライクッ! バッターアウトゥ!」
佐々山は打者三人に対して、ほとんどボール球を投じなかった。
十球中、九球がストライクで、初回のカウボーイズの攻撃を三者三振と、完璧なスタートを切る。
一打席目を空振り三振に終わった陽翔は、思った。
まずいな、と。
あと少しで完全試合というところまで抑えられた今年五月の試合より、佐々山の球は調子が良さそうに見えた。
あの二試合連続完全試合未遂より数か月間が経った。
令和の怪物の調子は続かなかったか、それとも研究されたか、春先よりは打たれる機会も多くなった。
だけども、今日の出来は、春先の無双期間にも届きうる、あるいは超えている球のキレだ。
取れて一、二点だと思う。
こちらの怪物の調子が戻っていなければ、まず勝負にならない。
『ピッチャー、山上宗次郎。背番号21』
カウボーイズの若き怪物、山上がマウンドに上がる。
前回の登板では、三浦の離脱の原因を作った送球の後、まともにストライクが入らなくなった。
「ボールフォア」
試合前のブルペンでも、ストライクを取るに四苦八苦していたというが、それがそのまま投球に現れている。
二者連続のフォアボールで、ノーアウトランナー、一二塁。
これにはレフトスタンドの一角を占めるカウボーイズファンからの、困惑じみたどよめきが起こる。
『三番ショート、たにさわー、こうがー』
特徴的なウグイス嬢のアナウンスに導かれ、三番の谷沢が打席に上がる。
数年前に三球団競合の末、オウルズに入団した元高校野球のスターは、今シーズン途中からオウルズの三番に座る。
山上の初球は、ストライクを取りにいっただけの棒球だった。
力の無い半速球を、谷沢は力強く捉え、打球は鋭く一二塁間――ファーストとセカンドの間に飛ぶ。
田中は横っ飛びでボールを掴み、素早く立ち上がり二塁へ送球。
島岡もボールをグラブで掴むやいなや、一瞬で右手に持ち替え、一塁に送球。
「アウトっ!」
二遊間の攻守でツーアウトになった後、四番のマルドナードが初球を叩く。
陽翔の元へ、強いライナーだった。
打球まで最短距離で駆け、頭から飛び込み、左手を伸ばした。
「アウトっ!!」
◇◇◇◇
二回もピンチだった。
ヒットとフォアボールでランナーを出したが、ほとんどラッキーといえる投球で、山上は二回もゼロに抑えた。
真芯で捉えられた打球が、たまたま守備の正面を突き、ホームを踏ませることなく、三つのアウトを重ねることができた。
陽翔は、ダグアウトで三回表カウボーイズの攻撃を見つめる。
佐々山のストレートがうねりを上げり、バットが空を切る。
同じ動画が連続再生されるように、ただただ同じ光景が続く。
「この感じだと、一点でも取られたらきつそうですね……」
陽翔の横で戦況を見つめる山上が言った。
「ま、今のところはな」
「やばいっす。今の俺じゃ無理っす……」
「意外と、ネガティブなんだな」
「いや、気分屋と言うか、調子良い時はポジティブなんですけど」
確かに、シーズン初登板以降の数試合の調子よく抑えていた時は、もっといけいけだった。
初登板時も、緊張をひとかけらも見せなかったのに。
「ていうか、ピッチャー人生でこんなに球がいかないことなくて……どうしたら良いかわからないっす」
「自虐風自慢に聞こえるけど」
山上といえば高校野球の名門校出身。
そこからの複数の球団からラブコールを受け、くじ引きの末のプロ野球入団。
入団してからも順風満帆に二年にして先発ローテ定着。
対して陽翔は田舎の公立高校で甲子園未経験。
そこからの育成指名で、監督に干され、人的補償での移籍。
自分と山上の野球人生を比較すると、対照的な軌跡を歩んでいると陽翔は思った。
「陽翔さんみたいに、いろんなことを経験してないから。俺はこういう時弱いんです」
「別に俺も、いろんなことを経験してるわけじゃないし、こういう時弱い。実際今も」
実際、三浦離脱後、壁にぶつかってからは全然打てていない。
陽翔は続けて、
「エリート街道を歩んでいないからって、雑草魂というかそういうハングリー精神があるかというと違う気がするけど。俺の場合、プロに入るまでの野球人生なんて、そこら辺の人と対して変わらないし。エリートの方がよっぽど経験していて、苦労していると思う。な、栞緑」
陽翔の隣にいた田中栞緑に言ったが、彼は話を聞いていなかったのか、顔をきょとんとさせた。
田中は高校時代、大阪樟蔭で甲子園春夏連覇を果たしたエリート中のエリートである。
プロ野球の世界にはエリートばっかりだが、陽翔のような華やかではない境遇の選手もいる。
でも、陽翔は今思う。
どんな境遇であろうと、どういう想いを背負っていようと、どんなに不調であろうと、どんなに体が痛くても、野球選手は全力でプレーするしかないんだ。
◇◇◇◇
山上はその後も無失点投球を続けた。
ランナーはヒット四球問わず出し続ける。
五回までで、オウルズの残塁は8にも及んだ。
ただ、ラッキーや相手の打ち損じが良いタイミングで出て、奇跡的にゼロが続いているだけだ。
六回裏、相手の攻撃は、六番。
あんなに長い間、相手の守りをゼロで抑えてきたのに、決壊するのは一瞬だった。
先頭に四球、次の七番バッターにホームランを打たれ、二点を先制される。
今日の佐々山相手には重すぎる二点。
マウンド上の山上は、がっくり肩を落とした。
仕切り直しで八番バッターは内野ゴロに抑えた。
けど、それから三人連続でフォアボールを与え、ワンアウト満塁――絶対絶命のピンチを迎える。
カウボーイズベンチは動かない。
本来ならホームランを打たれた時点でも変えて良いのに、未だ投手交代を告げず。
ブルペンではリリーフが肩を作り終えているみたいだが、山上にマウンドを託したままだ。
たぶんそれは、山上自身への成長のためだろうと思う。
この場面を自身の力で乗り越えさせ、経験値を積ませる。
それは、毒にも薬にもなると陽翔は思った。
「宗次郎! 打たせろ!」
陽翔が大声で叫ぶと、山上は一応聞こえたか、小さく頷くのが見えた。
三番の谷沢が打席に入る。
初球を強く打ち上げる。
打球は風に乗って、陽翔の頭上高くを滞空時間長く、舞う。
陽翔はあきらめなかった。
最後はフェンスにぶつかりながら、左手を伸ばした。
感触はあった。
フェンスに衝突し、態勢を崩す。
体が重力に負け、地面に落ちて行っても、ボールは離さない。
「アウト!」
二塁審の大きな宣告で、球場は沸いた。
陽翔はホームランをキャッチした。
「痛っつ……」
地面に着地した際、少し足をぐねった。
陽翔はすばやく中継に入った田中にボールを投げた後、地面に座り込んだ。
三塁ランナーはタッチアップでホームへ生還し、オウルズに三点目が入った。
ホームランになっていれば四点が一気に入っていたと思えば、一点で済んで万歳だろう。
プレーが止まり、陽翔の元へカウボーイズの選手たち、それにトレーナーが駆け寄ってきた。
患部をスプレーで冷却した。
アドレナリンが出ているせいか、あまり痛みを感じない。
実際の怪我の程度が、自分でもよくわからない。
とりあえずは歩けるし、走れもする。
ジャンプもできる。
「陽翔さん! 大丈夫ですか! ナイスキャッチです! ありがとうございます!」
大声を連打してきたのは山上だった。
「大丈夫。それよりも、三点なら、なんとかなるから。あと抑えてくれ」
「えっ……はい!」
ツーアウト二三塁、四番のマルドナード。
最後は160キロのストレートで、空振り三振に
「すみません。陽翔さん。これが、今の俺の精一杯です…」
「いや、ナイスピッチング。最高の球だったよ」
陽翔と山上はグラブを合わせた。
◇◇◇◇
試合前の、三浦との会話を思い出す。
「やあ、迷える子羊くん」
試合の準備をする陽翔の元に、三浦は現れる。
「み、三浦さん。どうしたんですか?」
「どうもこうもない。辛気臭い顔して野球やってるアホに、忠告しにきただけだ」
「それは、俺のことですか?」
「他に誰がいる?」
三浦の左腕は痛々しくギブスで固定してある。
対照的に、三浦の表情は晴れやかで、陽翔のことを嬉々として煽っているように見えた。
「そりゃチームが勝てなくて、自分も打てないってなったら、楽しくはないでしょう」
「それに、“三浦さん”がいないから、だろ?」
陽翔は不本意ながらうなずいた。
三浦がいないことは、チームにも陽翔にも大きく影響を与えている。
陽翔の後ろに三浦がいれば……とこの連敗中、何度も思った。
それを、自分から言ってしまう三浦にはちょっと腹が立つが。
「お前は何か勘違いしてるな」
「勘違い……?」
「ああ。お前は、俺がシーズン終わりまで離脱してしまったから、残りのシーズンは俺抜きで戦わないといけないと思ってるだろ」
「え……あ、いや、その通りに思ってますけど」
「言っとくが俺は一か月で復帰する。そしてそこから打ちまくって、三冠王も問題なく取る。日本一にもなる。だからお前たちは安心して気楽に野球やっとけ」
そんなこと無理……と言いかけたが、三浦の顔は冗談を言っているようには見えなかったし、三浦ならあり得る、と陽翔は思った。
「俺からのお前らへの要求は一つだけだ。あんまりシーホークスに離されすぎるなよ。流石に十ゲームも差ができると、一か月じゃきついからな。まあ精々、それだけは頑張ってくれ」
「はぁ……」
「だいたい、俺がいようがいまいが、野球選手なら最高のプレーをするだけだろ」
三浦は言いたいことだけ言って去った。
◇◇◇◇
七回表の攻撃前、カウボーイズは円陣を組んだ。
円陣の中心にいるのは、陽翔だ。
「ええ今日の試合前のことですが、三浦さんはこう言っていました。」
突然何を言い出すんだと言いだけに、皆が目を丸くしたが、陽翔はそのまま続ける。
「俺は一か月で復帰する。そして三冠王を問題なく獲得し、チームを優勝、日本一に導く。お前らの俺からの要求はただ一つ、あんまりシーホークスに離されすぎるなよ。まあ精々頑張ってくれ」
「なんやあいつ! 腹立つなあ!」
陽翔の三浦ものまねが終わるとともに、島岡は言った。
「あんなこと言わせてていいんですか? 俺たちの力で首位奪還しましょう! そのためにまずこの試合、絶対逆転しましょう!」
おー! とチームメイトたちの声が揃う。
さあ行くぞと、もう一回掛け声をそろえ、七回表の準備に向かう。
三点リードのオウルズのマウンドは変わらない。
六回無失点11奪三振――佐々山が立ち続ける。
「壮太さん、栞緑! 出塁くれ」
陽翔が言うと、島岡壮太は親指を突き立て、田中栞緑は「はい!」とうなずいた。
その言葉通り、島岡はショート前への内野安打。
田中は佐々山相手に十球粘り、フォアボールを勝ち取った。
ノーアウト一二塁――ホームランが出れば同点の場面で、陽翔は打席に立つ。
マウンドの佐々山はグッと陽翔を睨みつけた。
正対し、足がマウンドにかかる。
左足がグッと高く上がり、降りる。
体重が下へ、横へと推移していき、右腕が奮われる。
陽翔の右足が、佐々山の体重移動に合わせ、高く上がる。
少し待って体の力をためながら、強くバッターボックスを踏みしめる。
佐々山のストレートが甘く、真ん中に引き寄せられる。
でも、速い。
陽翔は弓を引くように、溜めたエネルギーを回転運動によって解放し、バットに力を集めた。
ボールをバットの芯に乗せる。
最適なタイミングで、バットの最適な場所に乗ったボールは、綺麗な放物線で夜空に舞った。
その時、手に残った感触を、陽翔は既に知っていた。
ボールはバックスクリーンに突き刺さった。
今の球速表示は163キロで、今シーズンのプロ野球最速だった。
スリーランホームラン――試合は3-3の振り出しに戻る。
嘘だろという感じのオウルズファンと、狂喜乱舞のカウボーイズファン。
スタジアムに相反する感情が渦巻き、落ち着きがない。
でも、ダイヤモンドを一周する陽翔は意外なほどに冷静で、ホームランについて冷静に分析していた。
佐々山はこの本拠地で今年一回もホームランを打たれていない。
球の力があるから?
でも、さっきのホームランは不思議なほどにボールの力を感じなくて、軽くバックスクリーンにまで運べた。
軽く、ホームラン打てた感じ。
ああ。
この感じ、オールスター第一戦で最後、ラファエル・マルティネスから打ったホームランと一緒だ。
簡単に打てたホームラン――気持ちの良い瞬間。
これが、自分にとっての理想のバッティングなのだと陽翔は確信した。
◇◇◇◇
341.牛を飼う名無し
え
344.牛を飼う名無し
キター!!!
347.牛を飼う名無し
同点!
351.牛を飼う名無し
五十嵐最強!
360.牛を飼う名無し
ワイ、感涙
362.牛を飼う名無し
佐々山直樹さん、今シーズン本拠地初被弾
370.牛を飼う名無し
五十嵐を三番から外せとか言ってたものですが謝罪します
375.牛を飼う名無し
ワイは信じてたで
378.牛を飼う名無し
手のひらくるくるで草
381.牛を飼う名無し
確変終了とかいってすまんな




