31話 過去と今
八月に入り、カウボーイズのチーム状況は最悪な状態となった。
シーホークスとの首位攻防戦に三連敗。
ついに首位を明け渡した後も悪夢は続き、ついには九連敗を喫した。
その間、シーホークスは順調に白星を重ね、ゲーム差は五ゲーム差。
七月終わりには、首位カウボーイズの二位シーホークスの差が最大3.5ゲームあったのに、完全に立場が逆転したことになる。
チームに明るい兆しは見えない。
三浦の怪我という大黒柱を失った出来事は、チーム全体に悪影響を及ぼしたか、調子の良い選手が一人も出てこない。
陽翔も、今シーズンの好調ぶりが無かったかのように、まったく打てていない。
なんとかしなきゃという気持ちだけが先行し、体がついてきていない感覚。
自分の思い描いたスイングと、現実のスイングに開きがある感じ。
「何の用で誘ったの?」
「陽翔が、元気なさそうに見えたから」
今日は月曜の移動日。
明日の試合は千葉で行われるが、都心にて楓とランチの約束をした。
誘ってきたのは楓だった。
野球に集中するため断ることも考えたが、気分転換も兼ねて行くことにした。
「なかなか、苦しんでるみたいだね」
「そりゃあもう」
「なんか、話したいことがあるんだよね」
心の奥につっかえているものを誰かに話して楽になりたい気持ちはあった。
楓に何も言った覚えはないが、わかる人にはわかるのだろう。
「いいよ、全部話して。私で良かったら、陽翔の力になりたいな」
楓の瞳が、真っすぐ陽翔を見つめる。
陽翔はふー、と息を吐いて、話し始めた。
「なんというか、ショックだった。真……林崎真に手も足も出なかったのが」
カウボーイズがシーホークスに完敗し、首位陥落した日、林崎真は完封勝利で、森本玲央に今季初黒星をつけた。
その日、陽翔は林崎相手に四打席連続三振を喫した。
屈辱だった。
手も足も出なかった。
「林崎真……福岡で会った人、陽翔の幼馴染」
幼馴染と言われればそうかもしれないが、今の自分たちはそんなもので片づけられる関係性ではない。
陽翔が黙っていると、楓は、
「仲悪そうに見えたけど、昔は違ったの?」
「昔はね。まあ、それなりに」
陽翔は、楓相手に昔話を始めた。
陽翔が林崎と出会ったのは、小学生、同じ少年野球チームに入団した時だった。
既に周りより体が一回りでかかった林崎と、野球センスがそれなりにあった陽翔は、同じチームで切磋琢磨し、
練習や試合が無い日でも二人でグラウンドにいって、林崎が投手で、陽翔がバッターで、何回も勝負した。
「いいね。そういうの関係性、めっちゃ萌える」
なぜか頬に手を当て、恍惚な表情を浮かべる楓を無視し、陽翔は続けた。
同じ中学に進学し、野球部に入った。
小学生の時と変わらぬまま、純粋に野球を取り組んだ二人は、チームメイトたちとも地区大会を突破し、全国中学校体育大会に進出した。
「へえ、どこまでいけたの?」
「ベスト4」
「ほー。やっぱり林崎さんがピッチャーで、陽翔がショート?」
「うん」
チームの中心選手であった陽翔と林崎には、地元以外の高校からも入学しませんか、という誘いが来た。
とりわけ中学生離れした体格を持ち、最速140キロ近いストレートを持つサウスポーである林崎には、超有名校からも声がかかっていた。
林崎は、早々に大阪樟蔭への進学を決めた。
一般人にとって、高校野球の名門校といえば大阪樟蔭のことを思い浮かべるレベルの、甲子園春夏連覇経験もある超名門校である。。
「でも、陽翔は、地元に残った」
甲子園に出場するような高校からも誘いがあったが、陽翔は地元で、中学までのチームメイトと一緒に野球をしたかった。
「だから真も誘ったんだ。一緒に地元の高校で甲子園に行こう! って」
「で、断られたと」
「断られたどころか、キレられた。お前は何を考えているんだと。お前も県外の強豪高にいけと。名門校と、地元の公立高校じゃ、設備も、得られる経験も、何もかも違いすぎる。プロになりたいなら、ここにいちゃいけない……って」
当時は、なんであんなにあいつが怒っているかわからなかった。
「俺は、いや、みんなと野球したいからって言った。そしたら、腰抜け野郎。二度と話しかけんなって。それ以来、この前福岡で会うまで十年近く会話しなかった」
頬に手をつき考え込んでいた楓は「なるほど。わかった」と言った。
「わかった?」
「林崎さんが何で怒ってるか、わかった」
「……それは自分でもわかってるよ。あいつは、見透かしてたんだ。中学生の俺は、自信がなかった。この前の試合、俺があいつを打てなかったのは、必然な気がして、悔しかった。今年シーズン半分ぐらいだけど結果出して、それなりに自信もついてきたのに」
中学の部活動は軟式ボールで、プロにいくような人はクラブチームに入って硬式球に親しんでいる。
別に中学軟式でもプロで超一流になる人はいるが、陽翔にとっては未知の硬式球の――上のレベルの高校野球の世界で通用するか不安だった。
それに、林崎のように陽翔は体格に恵まれない。
上の世界で通用する自信はなかった。
そして結果は、陽翔は三年間甲子園に縁がなく、林崎は甲子園春夏連覇を果たした。
あいつは何球団もの競合の末にドラフト一位、自分は育成選手でプロの世界に入った。
プロに入って結果出したのもあいつが何年も早かった。
この前の初めてプロの一軍の場で対戦し、その歩んできた場数の差を、積んできた経験の差を思い知らされた。
「ううん、それだけじゃないと思う。きっと彼は、陽翔の才能を子供のころから見抜いていてたから、その時の選択を怒ってるんじゃないかな。今の陽翔が結果を出せば出すほど口惜しいんだ。強豪校にいけば、もっと早く頭角を現してたのにって」
「ちょっと……なんというか考えすぎじゃない?」
「ううん。あの人、林崎さんはきっと、陽翔のこと大好きなんだよ」
「う、うーむ……」
「ていうか、自信ないとか言ってるくせに、その割に、ちゃんとプロまで来たじゃん。育成指名でも。そんな感じでプロにいけるのはやっぱ才能だと思うし」
「チームメイトにいけいけって言われたから。結局周りに流されただけで、僕の人生はずっとそんな感じ」
「今の自分も、周りに流されただけの存在だと思ってる?」
「……それなりに自分の意志で努力してきたつもりだけど……でも、大黒監督やコーチに“君ならできる”って言われて、その通りやってきただけな感じもする……」
「そういう自分は嫌? 変わりたい?」
陽翔は、小さく頷いた。
しばらくお話に夢中で、食事をする手が止まっていた。
なんだか、楓に誘導されるように言葉が止まらなかった。
「今の自分があるのは、昔の自分があるから。今の自分を変えたく思うのも、昔の自分がいるから。もし、今の自分を変えることができれば、昔の自分の選択も救われるんじゃないかな」
楓はどや顔で付け加えた。
「それに――育成でウォーリアーズに入って、それでカウボーイズに人的補償で移籍したおかげで――回り道したおかげで……私にも会えたよね?」
「……っ」
口に踏んでいたものを吐き出しそうになった。
「なんで笑うの?」
「いや、ストレートすぎて、笑っちゃったごめん。うん、そうだね」
◇◇◇◇
試合前の練習。
ティーバッティングをしていても、スイングがしっくりこなかった。
今日は千葉オウルズとのビジター戦。
カウボーイズの先発は山上宗次郎で、オウルズは令和の怪物――佐々山直樹が先発だ。
佐々山との対決は今季二度目、一度目は完全試合目前というところから打ち崩し、なんとか勝利をもぎ取った。
その後、佐々山は調子を落とす期間もあったが、今も森本に次ぐリーグ防御率二位、奪三振はリーグ一位だ。
山上と佐々山の怪物対決――日本プロ野球の未来を担う二人の対決は大いに注目を集めている。
しかしながら、山上には不安要素がある。
三浦が左ひじの靭帯損傷を負った試合、山上の登板はそれ以来となる。
あの試合の最後、山上は自身の送球が三浦の怪我を招いたと責任を感じたのか、あのプレー以降、まともにストライクが投げられなかった。
あの試合以降のブルペンでも、調子が上がっていないと聞く。
山上のことも心配だが、陽翔は自身のことで精いっぱいだ。
カウボーイズの九連敗中、陽翔は三本しかヒットが出ていない。
こうして練習でスイングしていても、動作に違和感がある。
コーチがゆっくり上げてくれたボールを、ネットに打ち返す。
ボールはバットの真芯に当たり、目の前に立てかけられた緑のネットに入っていく。
何度繰り返しても、ちょっと前までできていた前半戦のスイングが帰ってこない。
「スイングに迷いがありますね」
陽翔のスイングを評したのは、カウボーイズ監督、大黒喜教監督だった。
「迷いがあることはいいことですよ。人が、変わろうとしている証です」
「はぁ……」
「やはり、三浦君がいないと不安ですか?」
「えっと、それはまあ、三浦さんがいないと相手の攻め方も変わってきますし。何より三浦さんの離脱以降チームが勝てていないのが、どうにかしなきゃという気持ちはあります」
「五十嵐君は、今シーズンの自分の成績について、どう考えていますか?」
質問に次ぐ質問で、陽翔は困惑するばかりだった。
「えっ、それは……出来すぎだと思います」
「おそらく三浦君は、君がこれぐらいやれると考えていたと思いますよ。だからチームに君の獲得を進言した」
「……三浦さんが? 初めて聞きました……」
「彼は、自分が三冠王を取るため、優秀な前を打つバッターが欲しかった。その目論見通り、君は働いてくれているわけです」
「それはいいですけど……」
「もっとも私は、君の本来の力はこんなものじゃないと思ってますけど」
現時点での陽翔の成績は、なんも実績のない育成出身選手としては上出来すぎだろう。
それを、こんなものじゃない?
「きっと、森田君も――森田監督も、君の中に才能を見なかったわけじゃないと思います」
どうして、森田監督の名を出すのだろうと思った。
陽翔を捨てた、東京ウォーリアーズ監督。
「彼も長いプロ野球人生の中でたくさんの人を見てきて、過度な期待をかけられてつぶれた選手も見てきた。君に、その面影を見たのでしょう。打撃で輝きを放つ選手を」
「ホントにそうか怪しいですけど……そういう理由なら、あの言い方はないです」
「口下手で、不器用な人なんですよ、彼は」
「なんで、森田監督の話をするんですか?」
「彼も私の元教え子なんでね。世間では、ずいぶんだいぶ悪役になってますし、君も、良くは思っていなそうなので。まあ、うちとしては素晴らしい選手が味方になったわけですし、彼の選択は良かったかもですが。でも――」
大黒監督は、穏やかな口調で続ける。
けど、内容は結構、辛辣だった。
「君が、三浦君がいなくなるくらいで――シーズンの半分ちょっと活躍したぐらいで、終わる選手であったならば、森田君の考えは正しかったのかもしれません」
「……う」
「それで、いいのですか?」
「良くないです」
「じゃあ、迷いがあるままのスイングではだめですね」
大黒監督は、陽翔に背を向けた。
陽翔は、その恰幅の良い背中へ向け、聞いた。
「なぜ、そんなにプレッシャーを掛けるのですか?」
「夢を見たいからです。君に」
◇◇◇◇
試合前、陽翔はロッカールームで考え込んでいた。
楓と会って、気持ちは楽になった。
大黒監督に発破をかけられ、モチベーションが上がる部分があった。
でも、やっぱり自分のスイングがしっくりこない。
あと少しが足りない。
それは自分でもわかっている。
たぶん、目指すべき形がないのだろう。
なんとなく野球を始めて、なんとなく続けて、なんとなく進路を決めて、なんとなくプロに入って、なんとなく一軍に出るようになって。
未来の自分がこうありたい、そんなのが自分にはない。
「やあ、迷える子羊くん」
その声で顔を上げると、目の前に三浦がいた。
◇◇◇◇
127.牛を飼う名無し
現在九連敗で相手は佐々山…
129.牛を飼う名無し
山上も前回イップスみたいな感じで降りたから心配や…
134.牛を飼う名無し
五十嵐も魔法が解けたように打てない…
140.牛を飼う名無し
直近のレスに…多すぎぃ!
ネガリすぎやろ
145.牛を飼う名無し
この状況は絶望してもしゃーない
150.牛を飼う名無し
直近の九試合の五十嵐さん
打率.093 本塁打0 打点0三振10 四球1 盗塁0(盗塁死1)
152.牛を飼う名無し
所詮三浦の前で気楽に打ってただけってことやったか
155.牛を飼う名無し
五十嵐陽翔確変終了
157.牛を飼う名無し
あんま五十嵐は叩きたくないけど打順落とした方がええんちゃうか
161.牛を飼う名無し
カウボーイズの優勝を見るために会社退職したものだけど就職活動はじめたわ
167.牛を飼う名無し
>>161
早すぎて草
いやええことやけど
170.牛を飼う名無し
>>161
やったぜ
172.牛を飼う名無し
>>161
正解
退職してだらだらしてると再就職する気なくなるからな
ちな5年ニート経験者
181.牛を飼う名無し
>>161
頑張れ




