13話 メイソウする外国人
「ハルト、You are SAMURAI」
目の前の白人が陽翔に言った。
簡単な英語であるので、陽翔でも意味はわかった。
いやでも、彼の言いたいことは全然わからない。
「いや、なにいって……」
「サムライ! サムライ! ハルトはサムライ!」
日本語で騒ぐ外国人を、陽翔は呆れ顔で見つめる。
意味はわからないが、まあこれで良かったのかと思う。
目の前の助っ人外国人――今年からカウボーイズに加わったウィル・パーキンスは、シーズンの序盤も序盤、まったく打てなかった。
焦りからか、日に日に表情を暗くしていき、メンタルがきつそうに見えた。
しかし、それが今では、こうして活躍できるようなり、明るい表情をするようになったのだから。
◇◇◇◇
北米独立で活躍していたウィル・パーキンスは昨年オフ、二つのオファーを受け取った。
メジャーリーグのある球団とのマイナー契約と、日本の球団、大阪カウボーイズとの契約だった。
パーキンスはこの二つのオファーを天秤に掛けることなり、自分の選ぶべき選択肢について大いに悩んだ。
メジャー経験のなかった彼には、幼いころに描いていたメジャーリーグへの憧れ、アメリカの舞台でプレーすることも当然、魅力的に映った。
パーキンスは幼いころから運動神経に優れた、いわゆるスポーツエリートだった。
高校時代は野球とアメフトという二つのスポーツで活躍した。
大学二年生時にメジャーリーグのドラフト全体一巡目で指名され、野球に専念することを決めた。
順風満帆といっていいパーキンスの人生だったが、プロの世界に足を踏み入れたその瞬間から、暗雲が立ち込める。
ルーキーリーグからダブルAまでは順調に昇格した。
しかし、その階級において大きな壁にぶつかる。
なかなか結果を残せず、年だけを重ねることになった。
一年だけトリプルAでプレーすることができたが、最後のステップであるメジャー昇格はできず、マイナー契約すらしてくれる球団はなくなった。
それでもパーキンスは野球をあきらめなかった。
最初はメキシコで現役を続けた。
その次はアメリカの独立リーグにプレーの機会を求めた。
ここで大活躍すれば、再びメジャー球団からオファーが貰えるのではないか。
そんな藁にもすがるような思いで数年間プレーを続けたが、大した活躍はできず、新たなオファーは一向にこなかった。
しかし昨年、パーキンスはついに決心した。
もし今シーズン目立った活躍ができず、メジャー球団からオファーが届かなかったら、引退する、と。
背水の陣を引いたおかげか、パーキンスは独立リーグにおいてMVPを獲得するほどの成績を残した。
その活躍を見てオファーをくれたのはカウボーイズと、あるメジャー球団だった。
パーキンスが選んだのは、日本の球団、カウボーイズだった。
なぜ日本でのプレーを決めたか、理由は二つある。
一つは家族だった。
パーキンスには妻も子供もいた。
昨年これ以上のオファーがなければ引退するという決意も、家族のことを考えたからである。
カウボーイズはメジャーどころかマイナーの実績もまともにない自分に対して年俸数十万ドルのオファーをくれた。
これはメジャー球団のマイナー契約のオファーと比べると破格といっていい。
確実に大金を得るため、日本の方が選択肢として魅力的だった。
もう一つ、単純にパーキンスは日本という国に興味があった。
彼が日本に興味を抱くようになったきっかけは、彼がマイナートリプルA時代、ほんの少しの間だが共にプレーした日本人――エノキという選手がきっかけである。
エノキは普段、メジャーでレギュラーとして活躍していた。
高打率、堅実な守備を誇ったエノキは職人と呼ばれ、派手なプレーが多いメジャーにおいて一目置かれていた。
エノキがマイナーにいたのは数試合だけだ。
怪我による離脱後、メジャーの舞台に再び上がるためのリハビリとしてマイナーの試合に出場していた。
彼の纏ったオーラは異様だった。
武骨で、誰一人とも寄せ付けない雰囲気を振りまいていた。
試合前ロッカールームで胡坐をかき、目を閉じ、そのまま動かない。
後にパーキンスは彼の行為を“メイソウ”と知る。
エノキは、その後も地味ながらメジャーで活躍した。
一緒にプレーしたのは一瞬だけだったが、パーキンスは彼の印象が強烈に焼き付いた。
彼の黙々と、淡々とプロフェッショナルに結果を出す姿を見て“サムライ”だと思った。
時は流れ数年後、引退を覚悟したパーキンスは、エノキの“メイソウ”を取り入れた。
見よう見まねであったが、試合前に必ず時間をとり、胡坐をかき、目を瞑った。
チームメイトには笑われたが、構わず続けた。
すると、予想以上の結果が出る。
リーグで一番の成績を残し、MVPに選出された。
パーキンスはこの結果を、メイソウがもたらしたものだと決めつけた。
日本の精神を学ぼうと、シーズン中から日本の文化、言葉を勉強した。
そんなところにやってきた日本からのオファーである。
アメリカンドリームも捨てがたいものがあったが、より強く魅力を感じたのは日本行きだった。
今となっては、自分は無垢な理想を抱いていたのだと思う。
あの“日本人メジャーリーガー”のような人が日本にはたくさんいると思っていた。
“サムライ”や“ソウリョ”がたくさん街を闊歩しているのかと思っていた。
現実はそうではない。
今は試合前、いつもどおりロッカールームで、ルーティンであるメイソウを行う。
胡坐をかき、目を瞑る、それだけで成績がアップする。
日本人はみんな、ロッカールームでメイソウを行うのかと思っていたのだが、こんなことをしているのは自分だけ。
皆、へらへらしながら話に花を咲かせている。
当然ながら何を言っているかわからない。
疎外感を覚える。
しかも彼らの自分を見る目は冷たく感じてしまう。
来日当初こそ、積極的にコミュニケーションを取ってくれたチームメイトたちだが、最近はなんだかよそよそしい。
原因は分かっている。
自分の成績低迷のせいで、気を遣ってしまい話しかけにくいのだろう。
現在は打率一割台。
何言っているか理解できないが、汚い言葉も観客からは浴びせられている。
助っ人らしい成績を残していない。
結果を出していないのに、何を気取ってメイソウなどしているのか、など思っているのだろうか。
それでもこのルーティンを変えるわけにはいかない。
これで去年結果を残したのだから、今さら変えたら自分の拠り所がなくなってしまう。
「ヘイ、パーキンスさん」
メイソウを終えたパーキンスに話しかけてきたのは五十嵐陽翔だった。
チームメイトと話すことなどあまりないパーキンスであったが、陽翔とは打順が二番と三番で近いこともあり、唯一会話をする相手だ。
「何デスカ。ハルト」
勉強した日本語を使ってみる。
陽翔は他のチームメイトよりは英語を使えるし、何より、パーキンスに対し英語でコミュニケーションを取ろうとしてくれる。
孤立している自分にとっては、ありがたい存在だ。
「明日休みですけど空いてます?」
「ああ」
とはいえ自分の日本語、陽翔の英語、どちらも流ちょうなコミュニケーションのレベルに達してないので、通常の会話では通訳に入ってもらっている。
「じゃあ、寿司食べにいきませんか。パーキンスさん、寿司好きなんですよね」
◇◇◇◇
陽翔がパーキンスを食事に誘ったのは、明らかに苦しんでいる彼に、少しでも気晴らしを与えられたと思ったからだった。
彼がアメリカにいる時から寿司を好んでいたという情報を知っていたので、先輩チームメイトに教えてもらった回らない寿司店に連れていくことにした。
「おいしいです。おいしいです。これは何ヨ?」
「アジですよ」
パーキンスはこの店の味を気に入ったようで、いつもより饒舌で、上機嫌に見えた。
通訳を交え会話を進めていくと、彼が大きな勘違いをしていることがわかった。
「“サムライ”は日本にいないのか?」
「はぁ……たぶん昔廃止されたんじゃないですかね」
「Oh……それはショック」
日本のことをよく知らない外国人が、日本人は未だにちょんまげ姿で刀を持って歩いていると考えているという話を聞いたことある。
本当にそんな人が存在したのだ。
「ただあの……日本人メジャーリーガーは、サムライのようだった――」
それからパーキンスは自身のマイナー、北米独立リーグ時代のことを話した。
“エノキ”という日本人メジャーリーガーに興味を抱いたこと。
瞑想にこだわっていた理由がようやくわかった。
彼は完全に迷走していると思う。
「あんまり瞑想にこだわりすぎるのも良くないですよ」
通訳が陽翔の言葉を訳すと、パーキンスは食事をする手を止め、こちらを見た。
「どういうこと?」
「パーキンスさん、瞑想すれば成績が上がると思ってませんか?」
「そうじゃないのか? 実際去年は――」
「自分も素人なんでよくわかんないですが、本来瞑想は邪念――無駄な考えを捨てて、自分を無にするための手段だと思うんです。パーキンスさんは、なんというか力んで瞑想しているというか、余計なこと考えすぎ」
パーキンスはしばらく口を閉ざしていたが、突然、陽翔の手を掴み、日本語で言う。
「ハルト、“シショウ”になってクダサイヨ」
「は?」
今度は英語で、
「日本人は教えを仰ぐ人のことをシショウと呼ぶんだろ?」
「まあ、言わなくもないけど」
「じゃあ明日、瞑想のこと、教えてくれ。よろしくお願いシマスヨ」
英語と日本語が混ざっている。
目の前の外国人は、ウキウキで中トロに手を伸ばし口に入れていた。
◇◇◇◇
翌日の試合前、ロッカールームで陽翔は“シショウ”になった。
「シショウ、お願いシマスヨ」
そう言ってパーキンスは、胡坐をかいたまま頭を下げた。
陽翔は頭を掻きながらも、彼に続いて瞑想の態勢をとる。
「深呼吸を繰り返して、頭の中から雑念を振り払うように」
それから十分間くらい、パーキンスと、その通訳の三人で瞑想をしていた。
瞑想というより迷走しているように見えたか、何人かのチームメイトが陽翔に声を掛けてきた。
確かに、三人で瞑想をしている姿は、ちょっと異様かもしれない。
適当に手で会釈をし、瞑想を続ける。
最初は何でこんなことしているんだと雑念が無数に湧いてきたが、徐々に頭の中がクリアになっていく。
霧が晴れていくように思考が澄んでいき、周りの雑音が消えていく。
そして十分後、セットしていたスマホのタイマーが鳴った。
ふぅーと息を吐きながら目を開けると、驚くべき光景が広がっていた。
「ひぃ……か、監督!」
陽翔は、おもわず素っ頓狂な声を出した。
いつのまにか恰幅の良い白髪の老人、大黒監督が横で胡坐をかいていた。
「な、なにしてるんですか?」
「もちろん座禅ですよ。瞑想とかマインドフルネスともいいますね」
全然横にいることに気づかなった。
ある意味、瞑想に集中できていたということかもしれない。
「こうしていると、昔、榎木くんとやっていたことを思い出します」
「エノキ! カントク、知ってるヨ?」
パーキンスはエノキという名前に反応し、ちょっとおかしい日本語で言った。
「ええ。彼は私の教え子です。彼は若いころ、気持ちの浮き沈みが激しくて、プレーに集中できていないことが多かった。だから私は彼に試合前に座禅――もとい瞑想を進めました。それで試合前に一緒にやるようになった。懐かしいですね」
それを聞いて陽翔は、
「ということは、榎木……選手が活躍するようになったのも瞑想のおかげですか?」
「もちろんそれは彼の努力の一部ではあります。ですが、彼にとってメンタルの問題は大きかった。野球はメンタルが非常に大きなウエイトを占めるスポーツだと言う人もいますが、瞑想によって精神が整えられ、榎木くんの本来のポテンシャルが発揮できるようになった側面はあるかもしれません」
あの職人のような選手である榎木でも、そういう時代があったのかと陽翔は感心した。
大黒監督が話した内容を訳してもらうと、パーキンスは表情を輝かせ、
「So……大黒監督はシショウのシショウ、大シショウですヨ」
「えぇ……なにいって」
「そうですね」
大黒監督は「おほほ」という感じで笑っていた。
「パーキンス君。君は十二分に日本プロ野球で活躍できる実力がある。だからカウボーイズは君を獲得したのです」
「アリガト」
「焦らないことです。確かに新加入の最初で躓くと、自分がこの世界で通用しないかと不安になるかもしれませんが、一定期間の打てない時期、一時的な不調はどんな選手にだってあるものです。それがたまたま最初に来ただけ。そう思いましょう」
「大シショウ!」
パーキンスにハグされた大黒監督は、ニコニコしながらロッカールームを去っていった。
陽翔とパーキンスは試合の準備を整え、グラウンドに出た。
「雨か……」
「雨、好きナイ……No、こういう考えは良くないな」
相変わらずの日本語からの英語でパーキンスは言う。
今日のビジターでの仙台ネッツとの試合は、あいにくの雨模様だった。
◇◇◇◇
仙台はずっと雨が降り続いていた。
雨は試合が中止になるほどではなく、試合は予定通りの時間に始まった。
『二番レフト、パーキンス』
最近、パーキンスのスタメンが発表されると、カウボーイズのファンの一部からブーイングが起きることがある。
今日は平日かつビジター、しかも大阪から遠い仙台でファンも少ないからそういったことはないが、ホームの大阪ドームではパーキンスへ結構な野次が飛ぶ。
身近でパーキンスの姿を見ている自分からすると、胸が痛くなる。
監督は焦ることは無いといったが、陽翔としては早く結果を出すパーキンスの姿が見たかった。
ネクストバッターズサークルでそんなことを思っていると、パーキンスのバットから快音が鳴った。
打球はぐんぐん伸びていき、ネッツファンが集うライトスタンドへと着弾した。
カウボーイズファンがほとんどいないスタジアムは静かになった。
右バッターであるパーキンスの見事な流し打ちは、来日初ホームランとなる先制の一打となった。
「ナイスバッティング!」
「サンキューです。頑張ってハルト」
『三番センター、五十嵐陽翔』
パーキンスの作り出した流れに乗ろうと、陽翔は初球から振りにいった。
ネッツ先発の右ピッチャーのスライダーを捉え、運ぶ。
打球は、またもライトスタンドに着弾した。
パーキンス、陽翔の連続ホームランでカウボーイズは二点を先制した。
◇◇◇◇
これ以上ない良い流れは、抗うことのできない力に止められる。
雨が強まり、試合は二回が終わったところで中断した。
そのまま雨は止むどころか、勢いを増していく。
結局試合は、三回入るまでにノーゲームが宣告された。
今日の試合の二回までの攻防はなかったことになる。
つまり、パーキンスの来日初ホームランも、陽翔のホームランも幻と化した。
「残念ですヨ」
難しい表情で雨の降りしきるグラウンドを見ていたパーキンスは、陽翔に英語で話しかけてきた。
通訳を介して会話する。
「ハルトは、残念じゃないのかい? ホームランが消えたじゃないか」
「そりゃ残念だけど、これがスポーツだし。抗えないことに怒ってもしょうがない。また打てばいいよ」
陽翔がそう言うと、パーキンスは一瞬真顔になった後、笑顔で、
「ハルト、君こそ日本の“サムライ”ですヨ」
「いや、なにいって……」
「サムライ! サムライ! ハルトはサムライヨ!」
パーキンスは、グラウンドの方へ走っていった。
「何してんだあの人……」
「どうやら彼はもう大丈夫みたいですね」
そう言って大黒監督に
「五十嵐くん。君のおかげでパーキンス君は活躍してくれそうだ」
「いやいや、俺なんて別に……」
パーキンスはシートが引かれたグラウンドを走り回り、ヘッドスライディングをしていた。
走り回って泥だらけになる外国人のパフォーマンスに、両チームのファン問わず、皆が湧いていた。
「どうして――」
これを機に、陽翔は大黒監督にずっと疑問に思っていたことを聞こうと思った。
「どうして、監督はそんなに選手を信じられるのでしょう。俺の時もそうだったし、なんというか凄い優しいなって思います」
「それは、単純に選手は信じたほうがチームのためになると思っているからです。だから優しいとは違いますよ。人を信じるってことは時に人を傷つけてしまうこともある」
大黒監督は目を細めた。
「そういった意味では、私より森田くんの方が優しいかもしれませんね」
監督は去っていく。
どうして森田の名を出したのだろう。
グラウンドではパーキンスが最後、ホームにヘッドスライディングをし、パフォーマンスを終えていた。
スタジアム中から拍手が起きた。
“彼はもう大丈夫”と言った大黒の言葉通り、パーキンスはこの日以降、ヒットを量産するようになる。
一番島岡、二番パーキンス、三番陽翔、四番三浦の上位打線は、リーグで一番の陣容だと言われるようになった。
◇◇◇◇
613.牛を飼う名無しさん
【朗報】ウィル・パーキンスさん打率3割へ
615.牛を飼う名無しさん
>>613
ちょっと前まで1割だったのに
618.牛を飼う名無しさん
パーキンスは初ホームランが雨天中止で無しになった後のパフォーマンスで好きになった
性格良すぎだろ
625.牛を飼う名無しさん
島岡パーキンス五十嵐三浦
勝てる…勝てるんだ
642.牛を飼う名無しさん
オウルズ佐々山完全試合達成!
643.牛を飼う名無しさん
奪三振19wwwwwwww
644.牛を飼う名無しさん
どうやって打つんだよこのバケモン
645.牛を飼う名無しさん
すげえもんみた
649.牛を飼う名無しさん
令和の怪物本領発揮か
661.牛を飼う名無しさん
ローテ通りなら来週の佐々山の登板はカウボーイズ戦
うちの先発は森本玲央
665.牛を飼う名無しさん
>>661
森本VS佐々山は熱すぎる
666.牛を飼う名無しさん
>>661
ワクワクする
来週仕事で見れないけどバックレようかな
670.牛を飼う名無しさん
玲央はオウルズ打線抑えてくれそうだけど
佐々山から点とれるビジョンが湧かん
675.牛を飼う名無しさん
佐々山直樹VS五十嵐、三浦
五十嵐と三浦ならやってくれそうだが……
単純にカウボーイズファンじゃなくて野球ファンとしても見たい勝負やな




