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Ex3-1.求愛と魅了 上


 チェルが起きてから一番にするのはエリーゼの寝顔を見ることだった。

 無防備なその表情を見ていると自分が信頼されているように感じ、チェルの頬が自然と緩む。

 このままずっと見ていたいと思ったが、チェルはその前にしなければならない事があった。


 (まずは服だな)


 チェルの肌に直接伝わるエリーゼの温もりを感じながら思った。

 彼は昨日蛇になっていた。エリーゼと一緒に就寝し、回復はしたようだが不安定な為またいつ蛇に戻るかわからない。

 またすぐに戻る可能性があるのなら服を着ても意味はないと考えるが、エリーゼと暮らしている以上、チェルには服を着る以外の選択肢はなかった。


(エルが起きる前に着替えた方が良いな)


 チェルがそう考えながらベッドから出た。そしてそのままソファーへと向かう。

 ソファーの上には綺麗に畳まれたチェルの服があった。チェルは畳んだ主を愛おしむように服を持ち、着替え始める。


「姫ちゃん。おっはよー。朝ご飯を持ってきたよ」


 ズボンを穿きおわった辺りに突然部屋の扉が開いた。扉の開く音と共にラビアの陽気な声が聞こえるが、チェルは気にせずにエリーゼへと視線を移動する。


 彼女はラビアの声で起きることはなく、すやすやと寝ていた。起きてはいなさそうだ。チェルは安心するように小さく息を吐くと、すぐに視線をラビアへと移動する。


『エルが起きる。外で少し待ってろ』


 チェルが鋭く睨み付けると同時に、ラビアの頭にチェルの声が響いた。ラビアはそれに気付くと「はいはい」と冷やかすようにニヤニヤと笑いながら扉を閉める。チェルをこれ以上怒らせないようにか、先程とは違い、扉はゆっくりと閉まっていった。

 扉が閉まったことを確認するとチェルはシャツへと手を伸ばす。

 裾に腕を通し、釦を留め、シャツを着終えるとチェルはゆっくりと扉の方へと歩く。エリーゼを起こさないようにか足音は全くしなかった。


 ほんの僅かな金属音と共にチェルが部屋から出ると、すぐにチェルの視界にはラビアが入った。チェルは鋭い目つきでラビアを見つめると口を開いた。


「何をしに来た?」


 その声はいつもよりもとても低かった。普通の魔物なら怒っていると感じ、チェルを宥めようとする所だが、ラビアは素知らぬ顔で話した。


「ご飯を届けに来たんだよ」


 その声色も明るく、チェルの眉間に皺が一つ増えた。


「それは見ればわかる。どうしてお前が持ってきた? 魔王ではないのか?」

「良いじゃない。たまには違う魔物でも」

「良くない」


 チェルがラビアの言葉を遮るように言い切った。

 チェルはラビアの事を何を考えているかわからない悪魔だと感じている。そんなラビアをエリーゼに近寄せたくなかった。


「そんなに機嫌悪くしないでよ。ほら、そんなに怒っちゃったらまた蛇になっちゃうよ」

「蛇になったら今日の俺とエルの仕事はお前がしろ。魔王とディーネには伝えておく」

「それって僕に三匹分しろって」

「ああ。困るのなら、これ以上苛立たせるな」


 チェルが低い声で言った。エリーゼとの時間を邪魔されている。それだけでもとても不快なのに、更にラビアのからかうような言動。近くにエリーゼがいなければ、魔力でラビアを退けるところだった。


「わかったよ。すぐいなくなるよ。その前にチェルくんを怒らせたお詫びに良いことを教えてあげる」

「良いこと? そんな」

「魅了の方法だよ」


 ラビアに早く帰れと伝えようとしたが、その前にラビアがチェルの言葉を遮るように話した。

 その言葉にチェルの眉間に皺が寄る。ラビアは良いことと言っているがチェルには嫌な予感しかしなかった。


「俺とエルは愛し合っている。知る必要はない。さっさと帰れ」


 エリーゼを操る必要はない。それよりもさっさといなくなって欲しい。チェルが落ち着かせるようにため息を吐きながらチェルが伝える。だがラビアが帰る様子はなかった。


「最後まで聞いてよ。そんな強力なものは流石に教えないよ。姫ちゃんでも知っているようなおまじないだよ」

「エルも?」


 チェルが怪訝な表情でラビアを見る。エリーゼが魅了を知っているのは意外だった。

 チェルが僅かに興味を持ったのをラビアは見逃さなかった。チェルに追い返される前に聞いて貰えるよう、いつもよりも早口で言葉を続ける。


「うん。人だったら知っているはずだよ。キスって言うんだ。唇に唇を当てるの。簡単でしょ?」


 ラビアの言葉にチェルの眉間の皺が深くなる。唇を当てる。場所は違えど、それはチェルの種族の求愛に近い行為だった。


「唇を当てるのか。求愛のようだな」


 チェルが求愛を知っていた。愛を知らないチェルが求愛を知っているのはラビアにとって予想外のことで、いつもの笑顔が僅かに崩れた。


「求愛? チェルくんも?」

「俺にとっても? 魅了ではないのか?」


 ラビアは先程チェルに魅了と伝えていた。だが突然求愛に変わった。ころころと変わる言葉にチェルは不信感を抱く。

 ラビアはそんなチェルの様子に気付いているはずだが、クスクスと笑いながら言葉を続ける。


「求愛も魅了のようなものだよ。僕みたいに一方的に奪う魔物がいるから、心を操る魔法なんてチェルくんは思っているかもしれないけどね」

「要点を言え。よくわからない言葉で誤魔化そうとするな」

「わからないのは僕の方だよ。なんでチェルくんは求愛を知っているの? 求愛ってどう書くか知ってる? 愛を求めるって書くんだよ。愛ってチェルくんが最近よく言っている、愛し合うことだよ」


 チェルが怪訝な顔をする。以前チェルは魔王から求愛についてこう聞いていた。

 ”求愛は子供を作ると異性に伝える方法”

 魔王が嘘をついた可能性もある。だが、エリーゼもその言葉に対して否定をしたことはなかった。


「惑わすようなことを言うな」


 いつものようにラビアが惑わそうとしているだけだ。チェルはそう考えながらラビアの言葉を否定した。

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