68.チェルの吐露
視点が変わります。
チェルが姫と別れ、向かった先は魔王の部屋だった。
部屋の前に到着すると開けろと言わんばかりに自身の尾で扉を叩く。
魔王がその音に気付いたのか、直ぐに扉が開く。魔王はそのまま扉の主を探した。
『ここだ』
チェルが蛇の姿をしていた事もあり、魔王の視界から外れていた。魔王はチェルの言葉に視線を下げると、すぐにチェルが視界へと入った。
魔王は再び視線を上げるが姫はいない。チェルは蛇の姿をしている時は姫に運ばせていた。チェルが一匹でいるのは珍しい。
何かあるのか。魔王が考えながら再びチェルを見ると、チェルは魔王の視線など気にせずに部屋の中に入った。
魔王はのろのろと全身で動いているチェルを見ると運びたくなるが、目の前の蛇は触れた瞬間、相手を凍らせる。
(全く。厄介な蛇だ)
魔王が考えながら、ゆっくりと部屋の奥に入るチェルを見守る。チェルが部屋の真ん中で止まったことを確認すると魔王は扉を閉め、チェルの元へと向かう。そしてチェルの目線に入るようしゃがみ、チェルへ声をかけた。
「姫は一緒ではないのかい?」
『ああ。お前に話があってな。ラビアはいないな』
チェルが頭をあげると魔王へ伝えた。姫にもラビアにも話せない内容。魔王は何となく嫌な予感がした。それもあり、魔王がチェルを刺激しないように言葉を考えていく。
「ああ。ここにはいない。明日の準備をするそうだ」
『そうか。丁度良い。お前だけに留めておきたい』
「私に、どうしたんだい?」
『今日にはこの城から出て行く』
チェルの言葉に魔王が大きく目を開いた。それは魔王にとって予想外の言葉だった。
「出ていく? 君が?」
『ああ。そうだ。ここから出ていくつもりだ。姫はシルフィ達に任せる。あいつらと一緒なら問題ない』
「チェル。理由をきかせてくれないか? 嫌なことがあったのなら、改善が出来ないか考えるよ」
チェルは姫に対して執着していた。それもあり魔王はチェルは姫がいる限りはこの城にいると油断していた。
姫を置いて出ていく。余程の事態が起きたのだろう。魔王がチェルを引き留める方法を考える。
『無理だ。俺の問題だ』
「チェルの?」
『ああ。俺はここにいない方が良い。それだけだ』
「私は君がここにいて欲しい」
『それはお前の都合だ。俺がここにいると姫が悲しむ』
チェルの言葉に魔王が怪訝な表情をした。寧ろチェルが出ていく方が姫は悲しむだろう。
先程も姫は蛇のチェルを抱き締めていた。チェルも姫の腕に尾を絡ませ、人の形ならば抱き合っているように近かっただろう。姫も嫌そうな表情はしていなかった。それをチェルはどう思っているのだろう。チェルに尋ねるように魔王が言った。
「そんな事はないだろう」
『このままだとあいつに俺の子を産ませてしまう』
チェルが淡々と伝えた。魔王はその言葉に驚いたようで僅かに目が大きくなった。
魔王はチェルが姫のことを気にかけているのを知っていたが、それが恋愛感情なのかどうかは判断が難しかった。
チェルの今の言葉で姫に抱いている感情が恋愛感情に近いものと確信を持つ。そしてその感情の意味にチェル自身が気付いていない事を察した。
蛇には夫婦や番なんて言葉も存在しない。子も産み捨てるのみ。だからこの感情をうまく心の中に落とし込めず、こんな姫のことを考えていない結論を出したのだろう。
「チェルの子を?」
『ああ、今回は気付いたら姫の部屋にいた。それに』
チェルが魔王から頭をそらす。歯切れが悪い。続きが気になるが、せかすとこの蛇は話すのを止める。
そのまま何も言わずに見ているとチェルは再び魔王へと頭を動かした。
『無意識にあいつに求愛をしていた。あいつは俺の癖と思っているようだが、このままだと何をするかわからない。そろそろ人の形に戻れる。そしたら人の形を保てるうちに、出来る限りここから離れる』
「冬だろう。そんな無理をしたら」
『あいつに望まない子を産み付けてしまうのならば。野垂れ死ぬ方が良い』
チェルはここ数日体調を崩していた。今も会話は出来ているが、本調子とは言えず、蛇の姿をしていた。
その状態で外へと出たらいくら強いチェルと言っても危険だ。
諭すように魔王が言うが、チェルは聞く耳を持とうとはしない。チェルが怖れているのは姫が自分に対して恐怖を抱くこと。それに比べたら自分の死など些細なものと感じていた。
「それは見過ごせないな。君が死ぬと私は悲しい」
『お前になど悲しまれてもな』
「それだったら、私よりも共に過ごしている姫が悲しまないとでも」
『俺の子を産む方が悲しむ。俺はいない方が良い』
魔王が考える。チェルは融通がきかず、一度決めたら簡単には曲げない。更に他の魔物に頼ることを知らないからか、その考えに至る前兆もない。
チェルのその性格によく魔王は振り回されていた。だがこの城を出る。この言葉のせいか、今までの言葉が可愛く思えてきた。
「その前に私の話を聞いてくれないか? 君に言っていないことがあると言っていただろう。全て話すよ」
『なんで、今更』
「君を引き留めたいからだよ。ここを出るかは聞いてから考えて欲しい。どうする」
『ならやめておく。それよりも俺もお前に話したいことがあった』
チェルは魔王の話を聞く気がなかった。寧ろ聞きたくなかった。今でさえ姫の事を考えると心が痛くなる。これ以上姫の事を聞いたら、生きていられなくなる。そう感じていた。
「私の話が終わったら聞くよ」
『なら、やめる。世話になった』
「チェル。少し待ってくれ、そうだな。話を聞いてくれなければ、聞いてくれるまで、君のことを姫と一緒に探しに行こうかな」
ドアへと向かうチェルを脅すように魔王が言った。姫を城の外に出す。それはチェルに効果的のようで、チェルは止まると魔王の方へ頭を動かす。その瞬間、魔王とチェルの間に氷の壁が出来た。
『お前。姫を人質にするつもりか』
魔王は目の前の壁に触れる。魔王の手から小さな雷のような光が発生した。次に小さな火花が出てきて、最後に氷が溶けた。
「ああ。私の話を最後まで聞けば良いだけだ。そしたら姫の安全は保証するよ」
『わかった。話を聞く。その代わり姫を危険な目にあわせるなよ』
チェルは魔王の近くに向かうととぐろを巻いた。未だに納得をしていないのか、睨み付けるように魔王を見た。
「もちろんだ。気付けなくて。すまなかったね」
『知ったらお前は俺を監視から外すだろう』
「そんな事しないよ。君と姫の問題だ。この城の魔物達に子を産むことを禁止してもいない。君達が望まない事を私の勝手でするわけがないだろう。それに姫とチェルの子は見てみたいからね。外す理由はないよ」
魔王が姫達の子供を考えながら微笑んだ。魔王の反応はチェルの考えを肯定しているようだった。
『お前は姫が俺の子を産むことについて否定しないんだな』
「そうだね。君と姫の問題だからね。ただ産んだ子供を姫に任せきりはやめてくれよ。人は子を育てるんだからね。チェルも子育てに協力するんだよ」
チェルは魔王の予想から外れた答えに混乱する。捕らえてきた姫を簡単に渡すなどあり得ない。
チェルが魔王の思惑を考える。魔王はチェルを引き留めたがっている。もしかしたら姫は自分を城にとどめるために用意した人質ではないか。この魔王ならやりそうだ。チェルは最低だと言わんばかりに魔王を睨み付けた。




