59.不調のチェル
目が覚めてから、一番最初に視界に入ったのはチェルさんだった。どうしてチェルさんと同じベッドで寝ているんだ? 何もないよね。色々な意味で将来を誓った仲だし、何があっても私は問題ないが、チェルさんはどうだろう。
「姫? 起きたか?」
チェルさんと目が合い、一気に恥ずかしくなる。気怠げな声。少しだるそうな動き。とてもえっちだ。まさか? 恥ずかしくなって思わず掛け布団に潜り込んだ。
布団の中に入り、急いで昨晩のことを思い出す。
昨日は……チェルさんがヘビになった。冬眠のせいか寒冷状態になったのが原因だ。寒そうにしているチェルさんを放っておけなくて私は一緒にベッドで寝た。そうだ期待するようなことは何もなかった。
ん? だけど今のチェルさんはヘビではなく人の形をしている。
そっと布団から顔を出すとチェルさんと目が合う。じっと見つめていると寒冷と睡眠は消えていた。少し良くなって元の姿に戻ったんだ。良かった。
「姫。悪いことをした。昨日の記憶がまるまるない」
私の視線に気付いたチェルさんが口を開く。その表情は困惑しているように見える。
どうやらチェルさんはヘビだった時の記憶がないようだ。目が覚めたら私の部屋のベッドにいた。軽いホラーだ。
急いで起き上がり、チェルさんに近づく。
「チェルさんがヘビになられていたんです」
「俺が? 蛇に?」
ヘビと伝えた瞬間、チェルさんが苦い表情をした。
「はい。寒冷と睡眠の状態異常もかかっていたので、魔王様から許可をもらって一緒にいたんです」
「そうだったのか。世話をかけたな。蛇なんぞ気持ち悪かっただろう」
「そんな事ないですよ」
「蛇だぞ」
チェルさんが何度も否定する。そうだ。チェルさんは人の形をしていないと人間が気味悪がると思っている。
「どんな姿をされていてもチェルさんです」
チェルさんが私の膝の上で休まれている時は凄く安心した。抱きしめていると幸せになる。それに私はヘビのチェルさんと一緒のベッドで寝ることをためらった。それはヘビじゃなくてチェルさんだからだ。
「……無理をする必要はない」
チェルさんは真剣な表情で言った。直ぐに悲しげな表情になり、そのまま私から視線を外す。
「無理なんてしていないですよ」
「……皮膚は鱗で覆われている。手足がない。人とは全く違う。気味が悪い」
「苦手な人間もいるかもしれませんが、そんな人間と一緒にして欲しくないです」
確かにヘビが苦手な人間は多い。私も特段ヘビが好きと言うわけではない。ただチェルさんだったからとても大切に思う。
私はどんなチェルさんも好きだ。たとえ亀や鼠の姿をしていようが私はチェルさんを受け入れると思う。だから私はチェルさんの事をただのヘビと見る人間とは一緒にして欲しくなかった。
「そうだな。お前の言っていることはわかる。だが頭では理解出来ない」
チェルさんの視線は未だに私とは別の方向を向いていた。人間はヘビが嫌い。それが前提にあるせいか、私の言葉を受け入れにくいみたいだ。
「だがお前が蛇の姿をしている俺を世話してくれたのは知っている」
「え!」
「先程言っていただろう。お前は嘘をつくような事はしない。それにいつもはこんなに早く戻らない。お前が世話してくれたおかげだと、思う」
チェルさんがそう言ってくれると嬉しい。だが突然そんな言葉を聞くと照れてしまう。赤くなった頬を隠すように俯く。
「……嬉しい、です」
隠しきれない気持ちが言葉に出た。恥ずかしくてそのまま床を見ていると視線を感じる。
その視線の方向を見上げるとチェルさんの綺麗な目が視界に入った。
「そんな表情をされると俺は……。いやお前のおかげで早く回復出来た。世話をかけたな」
「いえ、チェルさんにはいつもお世話になっていますから」
「……ただの監視だ。俺は蛇で、いや、余計なことを話しそうだ」
チェルさんが私から視線を外した。その声はとても寂しげで、チェルさんの隠している言葉が気になる。
「余計な事?」
「……大した事ではない。ただまだ本調子ではないんだ。このままだとまた蛇の姿になってお前の世話になる。お前が良くても俺は罪悪感が生まれる。それだけだ。お前のおかげで少し落ち着いたから。部屋に戻って休む」
「は、い」
チェルさんは再び私から僅かに視線を離した。そのままチェルさんがゆっくりとベッドから出て扉へと向かう。
部屋で休む。これで良かった。それなのに凄く胸の中がぽっかりと空いてしまったように痛くなった。
「チェルさん」
チェルさんを引き留めるように私はチェルさんに声をかけた。
「どうした?」
私の言葉にチェルさんが振り向く。チェルさんの視界に私が入る。寂しい。そう言えれば良いのに色々考えてしまう。
「チェルさんの具合が良くなったら、また一緒に食堂でご飯を食べたいです」
息を吐いてからゆっくりとチェルさんに向かって言った。寂しいから行かないでなんて、ワガママな事は言えなかった。
それでもチェルさんと一緒にいたい。私の口から絞り出されたのはそんな言葉だった。
「……そう、だな」
チェルさんは少しの間の後、寂しげに笑いながら言った。肯定してくれたがその表情は切なげで胸が痛くなりそうだった。




