51.魔物と人間
情報が多い。朝からお腹いっぱいだ。
ラビアさん達の話を思い出しながらこれからのことを考える。ロンディネから私の捜索願いが出されていて、魔王城で私の味方(仮)が突然増えた。一気に起こりすぎだ。
そもそもラビアさんとニクスさんが本当に味方なのかと言う問題もあるが。死にそうになったらニクスさんの命を使ってとまで言われたし、信用したい。それに同じ城に住んでいるし。
ラビアさんが私達を油断させる作戦かもしれないが、疑ってばかりは嫌だ。それにニクスさん達の言うこともわかる。
私はチェルさんを一番信頼している。だがチェルさんが少し気難しい性格をしているのも知っている。ここの魔物さん達と良い関係を築いていないのは火を見るより明らかだ。
きっとそこなんだろうな。ただチェルさんが嫌なら無理して味方を増やす必要はない。チェルさん次第だ。私はチェルさんと一緒なら良いんだから。
そして新しく私の持ち物に増えそうなニクスさんの命。取り扱いに困る。クーリングオフ不可と言っていた。必要になるほどのことが起こるからだ。
それは嫌だな。だからと言って私はチェルさんとの生活を諦めたくもない。
「どうした。そんな顔をして」
チェルさんの声が聞こえた。見上げると自然と視線が合う。
「無理をしてまで、話して欲しくはないが、聞きたい」
言葉を考えている私に対して、申し訳なさそうな表情で言った。勇者に立ち向かうことに戸惑っている。チェルさんに知られたくないが、隠して変に勘ぐられるよりはましだ。ゆっくりと瞬きをしてから、チェルさんを見る。
「……勇者と戦いたいのですが、この城の皆さんを巻き込むのはどうかと思っています」
「ここの魔物のことか? 嫌なら捲き込まなければ良いだけではないか?」
チェルさんの口調はいつものように淡々としていた。それは凄く簡単なことのように聞こえるが、そんなことはない。それが出来たら悩んでいない。
「そんな簡単には出来ないですよ」
「ようはここに居る奴らを巻き込まなければ良いんだろう。勇者が来そうになったら、俺とこの城から出て転々と暮らしていけば良い」
チェルさんと一緒にこの城から出て行く。そう言われると簡単に感じた。チェルさんとずっと一緒にいれる。ユンさん達と離れるのは寂しいが仕方ない。
だがチェルさんは良いのだろうか? チェルさんもこの暮らしを手放すことになる。
「チェルさん。この城は住みやすいって」
「住みやすいが、俺は飯さえ食えればどこでも構わない」
「ご飯?」
「ああ。お前がいなくなったら俺は飯が食えなくなるからな。お前と一緒なら問題ない。お前はここではないと嫌か?」
相変わらず爆弾をさらっと投下してくる。一緒じゃなきゃご飯が食べられなくなる。これはプロポーズだ。ただチェルさんの声色にはそんな浮かれた気持ちは含まれていない。ただ淡々と事実だけを述べている。
「そんなことないです。チェルさんと一緒ならどこでも良いです」
プロポーズじゃなくても良い。
結果としてはチェルさんが一緒にいてくれるので、問題ないかもしれない。私はチェルさんのことが好きだ。だから出来る限りずっと一緒にいたい。
「そうか。なら。それで良いな」
良いな。とチェルさんは言ったが、そんな簡単に終わらせられる内容ではない。この様子を見ていると鈍感と一言で片付けて良いのか考えてしまう。チェルさんは人間の感情に疎い。そもそもチェルさんに愛と言った感情はあるのだろうか。
「どうした? その表情は他にも何かあるな」
「い、いや」
「そうか……」
再び表情が曇る。そんな表情をされたら言わないわけにはいかない。愛を知っているかなんて聞けないしーー
「その……チェルさんは誰かと一緒に住むのはどうも思わないのかな、と」
「誰か? 共同生活か? 城に住んでいるぞ」
そこで最初に共同生活と言う言葉が出るのはもう予想通りだ。
「いえ。その、大切な……えーっと、家族とかです」
「家族? ……そうか。人は親が育てるのだったな」
「はい」
「俺の種族はその辺に産み捨てて終わりだ。家族と住むことはない。親の顔も知らないな」
相変わらず淡々としていた。チェルさんには家族なんて言葉が存在しない。
だから恋や愛なんて感情も存在しないのかもしれない。鈍感よりもっと切ない言葉があるなんて知らなかった。
「種族の違いで色々あるんですね」
「そうだな。俺は親が子を育てるなど考えられないな」
子供を育てるなど考えられない。不思議な言葉だ。
だが淡々といつも通りに言うチェルさんを見ているとそれがチェルさんにとっては普通なのかもしれないと感じた。
「そうなんですね」
「ああ。人はどうなんだ。子を育てるなど疲れるだろう」
「育てて見ないとわからないですよ。確かに大変かもしれませんが、人間は一緒にいたい方の子供を産むので。大変かもしれませんが、きっと幸せだと思います」
チェルさんとの子供を考えそうになったがすぐに頭の中から消す。それは望んではいけないことだ。チェルさんが人間を相手にするわけがない。
「そうか……なら」
「なら?」
「いや、なんでもない。人は変わっていると思っただけだ」
「人間は一人では生きていけませんからね」
「お前は、つっ」
話している途中でチェルさんが顔をしかめた。あまり表情は良くない。
そのままチェルさんの様子を窺うように見上げていると、チェルさんの表情が更に歪む。とても辛そうで胸が締め付けられる。
「チェル、さん」
「……冬に、たまに起こる。大した事ではない」
チェルさんが小さく息を吐くといつもの無表情に戻る。大した事ではないと言っているが、冬は苦手だと言っていたこともあり、心配になる。
「問題ない。それよりも仕事だ。仕事をしないと魔王がこの部屋から俺を追い出そうとするかもしれない」
「チェルさん。無理はされない方が、熱は」
チェルさんの具合が気になりそっとチェルさんの額に触れようとする。あと少しの所で私がチェルさんに触れることを止めさせるようにトントンと扉をノックする音がした。
ラビアさん達にしては早すぎる。魔王様かな。なら私が出ても大丈夫だ。
「私が行ってきます」
「姫。待て」
「ここは魔王様のお城です。敵意がある魔物さんはいません! 何かあったらすぐに声をかけます。具合が悪い人は椅子に座って休んでいて下さい」
チェルさんはお仕事中で手が離せないと言えば良い。チェルさんが立つ前に急いで立ち上がり、扉の方へ向かう。小さく息を吐いてゆっくりと扉を開けた。
「チェルさ、えっ! お姫様!」
扉を開ける音と共に澄んだように綺麗な声がした。
直ぐに視界に入ったのは緑だった。緑色の短めの髪は毛先が少しはねている。緑色の目は少しつり上がっており。格好良いという表現が似合う私と同じくらいの女性だった。
彼女は風の精霊のシルフィードことシルフィさんだ。




