50.姫の味方
ニクスさんの命をあげる。
なんて言われても扱いに困る。自分の命だけで精一杯だ。気持ちだけ貰っておこう。
「数あるものの一つだよ。ニクスは不死のスキルを持っているんだ」
お断りの言葉を考えているとラビアさんがふわりと笑った。
「不死のスキル?」
死なないと言う事だろうか。それだったらとても凄いスキルだ。とりあえずチェルさんの方向へ視線を移動する。私の中でチェルさんは解説役になっている。
チェルさんは真剣な表情でニクスさんを見ていた。この表情でわかる。私の予想通りとんでもないスキルだ。
「お前。不死持ちだったのか?」
「そうだ。証明する事も出来るが姫の部屋だと気が引ける」
証明。死んでみせると言いたいんだと思う。考えるだけで背筋がひやりとしそうだ。
目の前で殺人なんて止めて欲しい。目の前じゃなきゃ良いってわけじゃないが。とりあえずニクスさんに証明なんてさせてはいけない。
「信じます! なので証明する必要ないですよ。ねっ。チェルさん」
急いでチェルさんに同意を求めるように声をかけた。チェルさん達が話している最中だがそんなことは関係ない。文字通りニクスさんの命がかかっているんだから。
チェルさんは私の方向を見ると「わかっている。安心してくれ」そう言いながら、私の頭に触れる。そしてすぐにニクスさん達へ視線を戻し、口を開いた。
「ああ。姫の前で自傷行為は止めろ。そもそも簡単に死のうとするな。死なないとは言え、怪我をするのは姫が悲しむ」
「……全く。チェルくんからそんな言葉が出るとは思わなかったよ。安心して。証明なんて事はしないよ。だけど僕たちも譲れないものがあってね。ニクスの命は姫ちゃんに押しつける予定だよ。君を失わずに済むのならニクスの命が何個かなくなっても構わないからね」
「こいつを失う? 何かあるのか?」
心当たりはある。勇者だ。心臓の鼓動が一気に早くなる。はやる気持ちを落ち着かせながらラビアさんの言葉を待つ。集中しすぎてごくりと唾を飲み込む音までも聞こえてくるようだった。
「これくらいなら言えるかな。ギルドで姫ちゃんの捜索依頼が出ているんだ。報酬も良いから冒険者がチェルくんから姫ちゃんを奪いに来るよ」
「私の、捜索ですか」
私の捜索願いが出されている。そして冒険者がここに来る。その中にきっと勇者がいるのだろう。
私がいるから冒険者達が来てしまう。わかっているが改めて聞くと心の中に罪悪感が生まれてくるようだった。
「……そうか、わかった。問題はない。それよりもこれくらいと言う事は他にもあるな?」
チェルさんの言葉で我に返る。今はラビアさんの情報だ。勇者の話は出ていない。だがだいたいのゲームで魔王は”勇者。お前を待ちわびていたぞ”なんて言う。ここの魔王様も同じようにどこかで勇者の情報を掴んでいてもおかしくない。
「言えることはもうないよ」
「どうして言えないんだ?」
どうせそれも答えられないんだろうがな。苦い顔でチェルさんが吐き捨てるように続けた。
「理由なら言えるよ」
「なんだ。言ってみろ」
「チェルくんが僕たちを信用できないのと一緒。僕と魔王様もチェルくんを信用していないの」
日頃の行い。と言うことだろうか。チェルさんには申し訳ないが納得してしまった。
「信用してない?」
「うん。チェルくんは僕たちの事をどう思ってもいないから、すぐに逃げようとするでしょ」
更に納得だ。次に魔王代理となったら逃げる。以前言っていたチェルさんの言葉が頭に思い浮かんだ。
「そうだが、それがどうした?」
チェルさんも心当たりがあるようだ。当たり前のことを言うな。そう言いたげな表情をしていた。
「だからチェルくんに言うことは選んでいるの。逃げられたら困るしね」
「それが理由か?」
「そうだよ」
その言葉には反論できないらしい。チェルさんが苦い表情をして「わかった」と呟くように言った。
「それよりもそんなことを言って俺が逃げるとは」
「逃げないくらいには信用してるよ」
ラビアさんのが一枚上手だ。逃げちゃうの? 少し挑発するようにチェルさんへ言った。
そんなラビアさんの態度がお気に召さないらしい。チェルさんの眉間の皺が増えた。
「そうかよ」
「うん。言えないことが多いけど、これだけは信じて欲しい。何が起きても、僕たちは姫ちゃんの味方だよ」
「おい。俺は?」
チェルさんが俺を忘れるな。そんな表情でラビアさんを見た。ラビアさんの味方と言われても嬉しくないだろうに。
「どーしよーかな」
「ラビア。あんたのその態度も原因だろ」
ニクスさんがラビアさんを窘めた。ニクスさんが二人の緩衝材になってくれて助かる。いや寧ろ、だからニクスさんが来てくれているのかもしれない。ニクスさんの言葉でチェルさんの眉間の皺が少し緩やかになった。
「ニクスの言う通りだ」
一見、ニクスさんの言葉に同調しているように見えるが、実際はラビアさんに一言言いたいだけだろう。
「チェル。あんたは俺に乗るな。ラビアに味方と言われても嬉しくないだろ。それに俺もあんたを信用したわけではない。ラビアの言っていることはある意味あっている」
「……敵だと」
「最後まで聞け。俺達も姫の味方だ。目的は一致している。あんただって俺達に姫の事を言いたくないんだろ」
「……ああ」
チェルさんが苦い顔をする。ニクスさんはチェルさんの顔を見ながら小さく息を吐いた。
「別に今すぐに信用しろってわけじゃないんだ。俺もあんたを少しずつ信用していく。だからあんたも少しは俺達のことを信用してくれ」
「俺がお前達を信用したら、全て教えてくれるのか」
「もちろんだ。約束する」
「……わかった」
納得はしていないようだが、理解はしたと言う感じだ。苦い顔をしながらチェルさんが頷いた。
「決まりだね。じゃあまた情報が欲しくなったら姫ちゃんの部屋に行けば良いかな」
話がまとまった。とでも言いたいのか、結論付けるようにラビアさんがパンと手を叩いた。
「……おい」
「チェルくん。眉間に皺が寄っているよ。ふふっ。安心して。ちゃんとチェルくんがいる時間にするよ。それにチェルくんがいなかったらすぐに帰るよ」
「だが」
「もしかしてチェルくん。僕達に歩み寄ることは出来ない?」
ラビアさんは相変わらず言い方がずるい。チェルさんは未だに不機嫌な表情だ。落ち着かせるように息を吐くとこぼすように話した。
「……わかった」
チェルさんは不機嫌な表情だった。ラビアさんに言われるのは嫌なんだろうな。チェルさんとラビアさんは正反対で、そもそも相性が良さそうもない。
「助かるよ。改めてよろしくね。じゃあ僕たちはそろそろコカトリスを討伐しに行こうか」
「そうだな」
「急ぎなのですか?」
「コカトリスが巣を作っちゃったみたいでね。毒を持っているでしょ。死者はあまり出したくないからね。早めに対処したいんだ」
最初からそう言ってくれれば良いのに。なんか私達が意地悪しているみたいだ。
「お気を付けて下さい」
ラビアさんに対しては思うところはたくさんあるが、これで誰かの命が救われるのなら。とりあえず頑張って欲しい。
「うん。姫ちゃんのおかげでなんとかなりそうだよ。そうだチェルくんはちゃんと姫ちゃんの監視をしていてね。僕たちが後悔しないようにね」
「後悔?」
「……冒険者が来るから逃げるなんてのは禁止だからね」
「安心しろ。こいつに近づくものは蹴散らすに決まっている」
淡々と言う。心強いけど、巻き込んでいるように感じ、少しだけ胸が痛くなった。
チェルと姫の長い一日はもう少し続く予定です。




