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45.魔王の願い


 夜ご飯を食べ終わり、カートへ食器を片付け終えた。

 残りは魔王様を見送るだけだ。その筈だが、魔王様はカートに触れずに立ったままだった。

 魔王様にあまり私達のことを詮索されたくない。魔王様の動向を窺うように視線を向けていると魔王様と目が合う。


「姫。この城は住みやすいかい?」


 魔王様はそのまま口を開いた。


「は、い」

「なら良かった。チェルはあまり君のことを教えてくれなくてね」

「問題ないと言っている」

「聞いているよ。いつも問題ないの一言で、それ以上は教えてくれないだろう」


 今までの口調とは同じだが、なんとなく違和感がある。魔王様はまるで話題を探しているようだった。

 キングタートルの話を切り出すタイミングを見計らっているのだろうか。何と話しかけられても答えないようにしないと。構えるように魔王様を見る。


「姫。君はわかりやすいね。そうだね。そろそろ本題を話さないといけないかな」


 私の緊張が伝わってしまったらしい。魔王様は私の様子を見ると寂しげに笑った。

 この表情に騙されないようにしないと。表情を読み取られないよう無表情を意識して、じっと魔王様を見る。


「姫。キングタートルの話を聞きたいのだが、構わないか?」


 様子を窺う私に対して、魔王様が柔らかい言い方で続けた。ド直球だ。何を考えているかわからない。今度こそは気をつけないと。


「魔王。姫はキングタートルのことを怖がっていただろう」


 チェルさんが私の代わりに答えた。先程の件もあるし私は何も言わない方が良い。引き続きチェルさんと魔王様のやり取りをじっと見る。


「チェル。姫のことを考えているなら黙っていてくれないかな」

「出来ないな。どうせまた、姫の優しさにつけ込むのだろう。お前は姫を連れてきた目的を言わない。そんな男の話など信じられるわけがないだろう」

「確かに私は君達に全てを言っていないな」


 魔王様は誤魔化そうとしなかった。そして私達にはっきりと隠し事があると言った。


「今日ははぐらかさないんだな」


 チェルさんも同じことを考えているようだ。チェルさんの言葉にどう返すか。じっと魔王様を見る。


「ああ。言えない事は多いが私なりに君たちとは誠実に向きあいたいからね」

「誠実? お前は口が回る。そんな魔物の言葉が信じられるか。どうせ姫をどうこき使うかとでも考えているんだろう。姫が嫌なことはするな。それにお前と姫が話しているのを見ると、無性に腹立つ。姫に話しかけるな」

「そうか。私が姫に頼むのが嫌なのかい。ならチェル。これならどうかな? 私から姫に協力を求めない。代わりにチェルが私に協力してくれないかい?」


 流れが変わった。魔王様の意図を考えているのか、チェルさんが怪訝な表情で魔王様を見る。


「俺が?」

「そうだ。チェル。姫の知識があったら君の仕事が楽になるだろう」


 私の知識。やっぱりキングタートルの知識が私の持っていた知識と言う事に気付いていたようだ。チェルさんの反応を見ながら少しずつ外堀を埋めていくようだ。これはまずい。


「俺をこき使う気か?」


 チェルさん。魔王様の言葉に乗ってはだめだ。伝えるようにチェルさんに触れようとしたが、その前にチェルさんが言ってしまった。これは肯定しているのと一緒だ。

 チェルさんは気付いていない。私はテレパシーなんてない。結局、何も言えなくて魔王様を見る。魔王様は小さく笑っていた。


「今まで通りで良いよ。それに君は冬は苦手だろう。姫に手伝ってもらって、空いた時間は休んでいたらどうだい?」

「今まで通り? それはお前に良いことがあるのか?」

「睡眠耐性が姫の知識なら、彼女はこの城で一番魔物の知識を持っていることになるからね。狩りや侵入者の対処が楽になる。それで充分だ。私の願いはここに住んでいる者達が幸せに暮らすことだけだからね。もちろんその中には姫とチェルも入っているよ」


 チェルさんが苦い顔をした。チェルさんも魔王様の誘導にのせられたことに気付いたみたいだ。魔王様もそんなチェルさんの表情の変化に気付いているようだが、表情は変えずに続けた。


「チェルがちゃんといつも通りに仕事をしていたら、私は姫から情報を得ようとしないよ」

「わかった。それで良いんだな。この部屋で仕事をする。問題ないな」

「問題ないよ。だけどたまにはシルフィ達の所にも顔を出してあげるんだよ」

「わかった」


 チェルさんが渋い顔をしながら了承した。


「決まりだね。そして姫。君の知識は恐ろしいものだ。チェルがいれば問題ないと思うが、何かあったら気兼ねなく私を頼ってくれ」

「お前に頼る必要はない」

「人間は知恵が回る。私よりも厄介だよ。チェルはこういった腹の探り合いは苦手だろう」


 私もチェルさんも魔王様には敵わなかった。言葉を考えていると魔王様はふふふと笑いながら続ける。


「困った事があったらいつでも私の部屋に来てくれ。さて私の話は他にはないし、お邪魔虫はそろそろ退散しようかな」

「ああ、さっさと帰れ」

「相変わらず。チェルは酷いんだから」


 魔王様はチェルさんの言葉に笑いながら返すとそのままカートを持ち、扉へと向かう。あんなことがあったが魔王様だ。扉くらいは開けた方がよい。急いで扉へ向かうとそのまま扉を開ける。


「助かるよ。姫。チェルのことを頼んだよ。チェルは君のことは信頼しているようだからね」


 魔王様は部屋の外に出ながら、私にだけ聞こえるくらいの声で言った。


「何を話しているんだ?」

「ふふっ。また来るねって姫に話しただけだよ」

「もう来るな」


 そのまま魔王様が食堂の方向へと向かう。魔王様が視界から消えるとチェルさんと部屋の中に入り扉を閉める。そのままソファーに座るとチェルさんが口を開いた。


「魔王が言ったことは気にするな」


 チェルさんのことを頼んだ。ではないと思う。何のことだろう。そのままチェルさんの言葉を待っているとチェルさんが私を見る。とても真剣な眼差しだった。


「俺はお前を利用したくない」

「気持ちは嬉しいですが、私はチェルさんの役に立ちたいです」


 いつもチェルさんに手伝って貰っている。少しでも負担が減るのなら私はチェルさんの仕事を手伝いたい。それにーー


「私の力でここの魔物さん達の怪我が減れば、それ以上に嬉しいことはないです」


 ヴクさんがキングタートルを討伐しているのを見て思った。知っているのに何もしないのは歯痒い。


「お前らしいな。仕方ないな。わかった。無理はするなよ」

「はい。チェルさんもですよ」

「しない。休まないとこの部屋から追い出されてしまうからな」


 チェルさんが気まずそうな表情をして私から視線を外す。


「そうですね」


 そんなチェルさんが少しおかしくて、くすりと笑うとチェルさんが「笑い事ではない」と苦い顔で言った。


「それに結果的には魔王に利用されてしまったしな」


 チェルさんが愚痴るように言った。

 確かに魔王様は私から魔物についての知識を得られることになった。魔王様も目的は達成したと言える。

 私もチェルさんも魔王様の手の平の上で動いているようだ。私の願いもこの城で幸せに暮らすこと。目的は同じだ。だがとても複雑な気分だった。

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