43.魔物の記憶
チェルさんと一緒に部屋に戻る。部屋に戻りソファーに座ると一気に疲れが出てきた。
ソファーの心地良さに身を委ねてしまいそうになるが、今までのことを考える。キングタートルの来襲。そして新しい記憶。まだ新しい記憶の整理が残っている。あともう一踏ん張り。頑張らないと。
心の中でよし気合いを入れてからチェルさんの方向へ視線を移動する。チェルさんはお猪口に残っていたジュースを注いでいた。
「ほら。疲れただろう」
「ありがとうございます」
チェルさんが私と視線が合うとお猪口をくれた。中にはオレンジジュースが入っている。そのまま口をつけると口の中にオレンジの味が広がった。心に染み入るような甘さだ。
「美味しいです」
「そうか」
「今日はチェルさんに助けてもらってばかりですね」
チェルさん優しさに思わず言葉が漏れてしまった。今日は色々とやらかしすぎている。
まずは勇者が怖いと固まって動けなくなった。ラビアさんの詮索がうまく切り抜けられなくて抱きつく。更に血を見てチェルさんに抱きつく。チェルさんが拒否しないのを良いことにくっつき過ぎた。
嫌なことは嫌だと言う方なので、怒ってはいないと思うが、それでも気になってしまう。
「そんな大層なことはしていない」
「大層なことです。チェルさんがいなかったら。……自分の甘さが情けないです」
一年。どこかで甘く考えていた。もっとうまく動けたのではないか? 魔物の知識が増えてから恐怖よりも悔しさの方が大きい。
「お前が甘い? お前はキングタートルを見て怖じ気づくことなく睡眠耐性があると言った。充分だ」
チェルさんがフォローしてくれるが、今度は罪悪感に近いものが生まれる。
返す言葉が思い浮かばなくて考えているとチェルさんが続けた。
「それにお前は俺がいないとなどと言っているが、俺がいるのは当たり前だろ。一匹で戦うことを想定しているのか?」
不機嫌な表情をしていた。そんな言い方はずるい。確かにチェルさんと一緒に戦うが。私なりにちゃんと戦いたい。
「違いますよ」
「ならなんだ」
「もうちょっとチェルさんに手間をかけないで出来たんじゃないかと」
「なら次に活かせば良い。それに俺もお前のき、いや。何でもない」
突然チェルさんが口ごもる。どうしたのかとチェルさんを見ながら言葉を待つ。
チェルさんはそっと私から視線を外し呟くように小さく口を開いた。
「今日は休みだ。お前の記憶は明日話す。そのまま聞いてしまいそうだからな」
私の記憶が気になる。そう言いいたいのはすぐにわかった。
今日は勇者討伐の話はしないと昨日約束した。今日は休み。チェルさんは変な所で真面目だ。
「チェルさん。今日のお休みは中止したいのですが」
「良いのか?」
チェルさんが恐る恐る私を見ながら探るように言った。
「はい。チェルさんさえ良ければですが、増えた記憶を整理する方が大事ですし。それに気になることもあります」
「気になること?」
「ラビアさんです。ここに戻る前、ラビアさんが魔王様と協力して、キングタートルの情報をチェルさんから引き出すと思っていたので」
「確かにそうだな。ニクスもお前を部屋に戻したがっていたな。確かに妙だな」
チェルさんが苦い顔をした。やっぱりラビアさんとニクスさんは気を付けた方が良さそうだ。味方だと信じたいが、目的がわからないのは警戒してしまう。
「その前に出来ればチェルさんに私の記憶を話したいです」
「それは助かる。話してくれ。新しく増えたのは魔物の記憶だったな」
チェルさんの言葉で私は先ほど思い出した記憶を考える。
「はい。属性、得意な攻撃と弱点……対処方法ですね」
「属性はお前の鑑定スキルでわかるだろう」
「そうですが見なくてもわかるようになったと言うのか」
「見なくても?」
「はい。魔物の一覧のようなものが頭にあるようなものです」
私の頭の中には所謂攻略サイトにありそうな情報が詰まっていた。前世どんだけやり込んだんだと思うほどに膨大な量だ。その割にストーリー知識がざっくりしている。と言うかこれストーリーではなくフローチャートだ。
頭の中の序盤のストーリーは『ロンディネ→蛇神の祠→ボス戦 (キュウソ)』だ。
よく言えば何をすれば良いかわかる。悪く言えば何が起きているかわからない。
キュウソはネズミ型の魔物なので、祠で増えすぎたから駆除にでも派遣されたのかもしれない。多分。
そしてストーリーは曖昧なのに、キュウソの情報だけ異様にある。自分のことなのに、気味が悪くなる。
「報告書が頭の中にあるようなものか。報告書は……少し待っていてくれ。紙をもらって良いか?」
「はい」
チェルさんがソファーから立ち上がると手慣れた様子で紙と鉛筆を取りに行く。
ソファーに戻るとチェルさんが何かを書き始める。そこに書かれたのは丁度今考えていたキュウソの絵だった。同じ魔物を考えていたのはちょっと嬉しい。
チェルさんは絵も上手でそれは先程頭の中に描いたキュウソのビジュアルそのままだった。
さらっと描いているが、こんな短時間で描けるクオリティではない。相変わらず規格外な魔物さんだ。
チェルさんは絵を描き終えるとその下に文字を書いていく。
『素早さC、攻撃E、防御E、状態異常付与:無、出現地域:ロンディネ周辺』
そして鉛筆を動かす手が止まると私の方向を見た。
「少し省いているが報告書だ。キュウソの情報を持っていたら見比べて欲しい」
報告書。チェルさんの仕事。調べているのが人間ではなく魔物の情報なのが気になった。
だがそれよりも私の記憶だ。頭の中にあるキュウソの情報を引っ張り出す。あれ? 毒付与について書かれていない。
「チェルさん。キュウソは毒を付与します」
「聞いたことがないが」
「稀なんです。二%。えーっと。五十回に一回くらいですね。毒付与はひっかき攻撃の時に付与されるので、毒息などは持っていません」
ここの魔物さん達は強いだろうし、キュウソの毒付与に気付く機会は無さそうだ。
私が毒付与を知っていたのはキュウソが序盤のボスだったからだ。勇者のレベルが低いと攻撃を受けることもある。
二%のはずだが、嘘じゃないかと思う程に結構な確率で毒を受けていた。解せぬ。
「それはわかりにくいな。キュウソに後れを取る魔物はここにはいないが、報告書に付け足した方が良いな。他にも知っている情報を教えてくれないか? 書いていく」
「はい。後は属性が火ですね。水属性には弱いです。弱体の耐性は……寒冷に低いですね。水系の攻撃で直ぐに寒冷状態になるので、そこを叩きます」
書き終えるチェルさんが顔をしかめた。疑われているわけではないと思う。そのままチェルさんの様子を窺う。
「お前はキュウソを見たことがないんだな」
「はい」
「それでこの知識か。今までの事から考えて信憑性は高いな。お前じゃなかったら仕事を押しつけている所だ」
「お休みを潰していますし、お手伝い出来る範囲でしたら」
チェルさんのお仕事なら押しつけられても嬉しい。それにチェルさんは私の監視で時間を潰されている。その分私がチェルさんの仕事を手伝うのはおかしくない。
「いや、いい。それにこんな情報をどこから手に入れたか詮索される」
「そうですね」
魔王様に気付かれないように使う。私の知識は制約が多いな。チェルさんが楽できるよう何か良い方法がないか考えているチェルさんが姫と呼んだ。
「お前は勇者の情報はわかるのか?」
「わからないです。勇者は自分で戦いやすいように属性や得意な攻撃を変えられるんです」
ギルドへ行けば職業を変えられ、教会に行けば属性を変えられる。お金はかかるがカジノに行けば簡単に手に入る。
職業や属性で攻略方法が広がり面白かったが、自分の未来が関わってくると厄介にしか考えられない。
「そうか」
「魔王様の討伐方法は形式化しているので、絞れるとは思いますが。それでも十以上はあります」
「わかった。魔王の討伐方法か。お前といると魔王も倒せるのか」
そうか私の知識があると魔王様が倒されてしまうんだ。これはまずい。
「魔王様のためにもこの情報は死守しないと行けませんね」
「助かる。魔王の代わりなんてしたくない」
次は逃げるなんて言っていたし、この知識は死守せねば。
それにしても凄い苦い顔をしている。そこまで魔王代理が嫌なんだな。そう言えばチェルさんはなんで前回は魔王代理になったときに逃げなかったんだろう。
「チェルさんは魔王様の代理になった時、逃げなかったんですよね」
考えていたら口からポロリと出た。うっかりにも程がある。とりあえずチェルさんの様子見を見よう。まずかったら急いで話を変えないと。
「魔王が一週間くらいで戻ってくると言っていたからな。新しく住みかを探すよりも効率が良いと考えた。だがあの男は嘘をついた」
普通に答えてくれた。嘘をついた。その言葉をいう時にチェルさんは一際苦い顔をした。
その表情でチェルさんの魔王様は信用ならない。駒としか見ていない。その言葉が繋がったようだった。魔王様が煙たがられているのは自業自得かもしれない。
「だからあの男は信用ならない。次、同じような事があったらすぐに逃げるつもりだった」
「つもり? 何かあったんですか?」
「ここにいればお前と飯が食える。お前と飯を食うのは楽しい」
当たり前と言わんばかりの表情だった。その言葉は嬉しいが、そんな風に簡単に言うのを見ると少し悔しい。
「私もです。生きていて良かったです」
これくらい言い返しても良いだろう。チェルさんを見ると何当たり前の事を言っているんだ。そんな表情をしていた。
チェルさんのバカ。そんな所も大好きで、やっぱり少し悔しかった。




