33.プロローグ
私は魔王様にさらわれたお姫様だ。
例に漏れず私もお話の姫達のように魔王城で勇者様が迎えに来るのを待機している。
普通の姫なら勇者が来るのを心待ちしているが、私は違った。この城にいたい。勇者が来なければと日々考えながら過ごしていた。
そもそも私はロンディネに居場所がない。魔物さん達に好かれる黒色の目を持って生まれていたからか、ロンディネでは冷遇されていた。あの生活が待っているのなら帰りたくないと思うのは不思議ではない。
それに私は勇者は好みではない。と言うか好きな魔物さんがいる。
魔王城の四天王チェルさんだ。少し気難しくて、口調が荒いところはあるが、優しくて、格好良い。チェルさんと一緒に本を読んだり、ご飯を食べたりする。それはとても幸せな生活で私はこの時間がずっと続くことを願ってしまった。
ただ私は弱い姫だ。技もないし、もちろん武器も扱えない。勇者に立ち向かっても瞬殺だろう。私の幸せはいつか終わる。そう思っていた。だがそんな私にチェルさんが教えてくれた。
『勇者からお前を救出する気を削げば、こちらが勝ちと言うことだろう』
私はその言葉で勇者を退けることを決めた。諦めない。口にしたその言葉は重いけれど、未来に続くようで凄く大切なものに感じた。
そう。諦めない。その言葉を口にする度に私の中になんと表せば良いかわからない緊張感のようなものが生まれる。
突然出てきた選択肢がうまく消化が出来ない私とは正反対にチェルさんは勇者を倒すと話をしても変わらなかった。話し終えるといつも通り「仕事に行ってくる」と淡々と言い、仕事へと向かってしまった。
チェルさんを見送ると必然的に私一人の時間になる。いつも通り過ごせば良いはずだが、色々な気持ちが頭の中にぐるぐると渦巻く。
思い浮かぶのはこれからのこと。私が出来ることはなんだろう。自分の記憶を整理しようとしても頭が回らない。戦うと決めたのに私は役立たずだ。
結局私はチェルさんが部屋の扉を叩くまで何も出来なかった。心なしかこの先にチェルさんがいるのに扉がいつもよりも重く感じる。チェルさんが来てくれて嬉しいのに少しだけ会いたくないと思ってしまった。
ゆっくり開けるとチェルさんが視界に入る。恐る恐る部屋から出ようとしたらチェルさんはそのまま部屋に入り、扉を閉める。夜ご飯に行かないのかな? チェルさんの様子を窺っているとチェルさんが口を開いた。
「魔王に外出許可を貰ってきた」
「わ、私も頑張ります」
外出許可を貰った。チェルさんは手際が良い。早速準備をしている。それに比べると何も出来ていない自分が切なく感じた。
私も頑張らないと。気合いを込めるようにチェルさんへ声をかける。チェルさんは私の言葉を聞くと小さく息を吐いた。
「無理する必要はない。まだ時間もある」
「時間?」
「魔王から聞いた。まだ一年ある」
「魔王様が? 魔王様も勇者のことを知っていたんですか?」
チェルさんはたくさん情報を持ってきてくれた。まずは一つずつ整理しよう。魔王様は勇者の存在に気付いているみたいだ。チェルさんの言葉を待つように見つめる。
「いや。魔王は勇者の存在は知らないようだった。ロンディネの者が来ていると警戒をしていた。お前の話と照らし合わせると恐らくそいつが勇者だろう」
どうやら魔王様も私をさらいに来る人間を警戒しているようだ。
私は囚われの身なのでロンディネの人間が助けに来てもおかしくない。敵は一緒。魔王様に事情を話せば協力をしてくれるかもしれない。
「魔王様も勇者を警戒されていたんですか? そしたら」
魔王様が味方になってくれたら心強い。チェルさんに伝えようとしたら、私の言葉を止めるようにチェルさんが口を開く。その表情は苦く、あまり快く思っていないことが手に取るようにわかった。
「魔王は信用出来ない。あいつは何を考えて居るかわからないからな。お前を連れてきた目的も未だに隠している。もう少し様子を見た方がよい」
チェルさんは心配性だ。ラビアさんの臆病と言うのもこの事を言っていたんだろうな。そう考えると納得が行く。チェルさんは警戒心が強い。
なんでチェルさんはここに住んでいるんだろう。チェルさんは少し不思議だ。
「様子を?」
「最近。あいつの手の上で踊らされていると錯覚する時がある。目的がわからない以上、お前の力は隠した方が良い」
チェルさんが続けた。チェルさんの魔王様の配下とは言うのは一旦忘れよう。
確かに魔王様の手の上。と言われたらそうかもしれない。チェルさんが監視をしているのは魔王様がきっかけ。偶然と簡単に片付けて良いか考えるものだった。
「そうですね」
「お前がこき使われるかもしれない。魔王を信用出来るか見極めたい。それまでは魔王からは情報を仕入れるつもりだ」
「情報?」
「ああ。魔王も勇者の動向を探っている」
「後一年。ですね」
一年。今が半年だから三割程度か。そう言えばこの辺りに最初の難関があった気がする。
防御力と攻撃力は高いが弱体耐性がガバガバだった。初見で攻略するのは厳しい。確か名前は――
「っつ」
名前を思い出そうとすると頭が痛くなった。立っているのが辛い。その場に座ろうとする私の肩に冷たい感触があり、私を引き寄せる。そのまま体を委ねると心地良い冷たさを感じた。
「怪我はないか!」
上からチェルさんの声が聞こえる。そっと見上げるとチェルさんの顔が視界いっぱいに広がった。
「は、い」
私がもたれかかったのはチェルさんだった。肩に感じたのはチェルさんの冷たい手の感触だった。いつもならドキドキするはずだが、今は何も出来ない自分の歯痒さで胸が痛くなった。
「突然、どうした?」
「今。勇者がいそうな場所を思い出そうとしたら、頭が痛くなったんです」
「いる場所? そう言えばお前も勇者だったな」
「はい。知っている筈なのに思い出せないんです」
前世の記憶があるはずだが、中ボスの部分がぽっかりと抜けたようでわからない。無理やり思い出そうとすると頭が痛くなる。
ストーリーに関わることだ。大事な記憶かもしれない。もう一度思い出そうとするとチェルさんがそっと頭を撫でた。冷たいその感触がとても気持ち良い。
「無理をして思い出す必要はない」
「私も出来ることを」
「まだ一年ある。その前に倒れられると困る」
チェルさんはそう言ってくれるが、一年しかない。そう考えると気がはやる。気持ちだけが先走ってしまう。
「一年しか」
「はやる気持ちはわかるが、冷静になってくれ。勇者を退けるのが目的ではないだろう。お前が死んでしまったら元も子もない」
「……そうですね」
チェルさんの言いたいことはわかる。それでも私はこの場所を守りたいせいか心だけが先走ってしまう。俯くと未だに私の頭に乗っているチェルさんの手が優しく撫でるように動いた。
思わず見上げるとチェルさんが口を開いた。
「明後日外出する。俺達も進んでいる」
いつもと同じで感情が読み取れないが、口調はどこか穏やかだった。
「チェルさん」
「まずは明後日にお前の力を確認しに行く。ついでにこれくらい薬草を見つけ出してくれば充分だ」
チェルさんが空いている手で小さな円を描く。そうだ。まずは私は回復アイテムを手に入れないと。私の出来ることだ。
「はい」
「記憶はあると便利だが、必ずしも必要なものではない。思い出したら教えてくれ。それよりも姫。大事な事があるだろう」
「大事?」
大事なもの。なんだろう。考えながらチェルさんを見上げていると呆れた表情をした。
「飯の時間だ。今日はいつもよりも腹が減っている。早く食堂に行きたい」
チェルさんが私の頭から手を離すとそのまま差し出す。急いで手を繋ぐとチェルさんが扉を開け食堂へ向かう。
「今日はラーメンで良いな」
切り替えられない私とは正反対に、チェルさんがいつもよりもトーン高めに言った。その様子を見ると一人で焦っているのがもったいなく感じた。
「……勇者のことは明後日。考えます」
「当たり前だ。飯が不味くなる」
勇者のことも大事だが、チェルさんと一緒のこの時間が一番だ。いつもの温もりを感じながらチェルさんを見る。
チェルさんの横顔はいつもよりも輝いて見えて、少しの間隠れていた恋心が再び出てきたようだった。




