32.冒険の始まり
チェルさんの言葉を待つように見つめているとチェルさんがゆっくりと言った。
「ラビアの敵という言葉に怯えていただろう。この先、お前に危険が及ぶことでもあるのか?」
チェルさんは意外と私の事を良く見ている。それなのになんでここまで恋愛方面に疎いんだろうな。
それほど好きという気持ちは難しいんだろうな。以前言っていた人の感情に疎いと言う言葉が頭に浮かんだ。
「勇者が来ます」
はっきりと言葉で伝えると何かを考えているのか、チェルさんが眉を顰める。
「勇者?」
「勇者が来たら、私はここにいられなくなってしまいますので」
「ここにいられなくなる、か。お前はロンディエに帰りたいと思わないんだな」
「は、い」
囚われている以上勇者が来てしまう。ここに居たいと思うのは私の我が儘だ。少し後ろめたくて言葉に詰まる。
「取り違えるな。俺はお前に帰って欲しいと思っていない。ただお前がこの城で大人しいのは勇者が来るからと言う可能性も捨てきれなかったからな」
「全く違います。この城の居心地が良いからです。ロンディネだといつ殺されるかわからない生活でしたし」
「そうだったな。人の子は親の元にいたいと魔王がわけのわからない事を言っていたからな。余計な事まで考えてしまった」
「人によります。私はロンディネの家族の元には帰りたくないです。居られる限りはここにいたいです」
家族。いるかいないかわからない存在だ。私が囚われて城の人達はどう思っているんだろう。
魔物の瞳を持った姫が居なくなって良かったとなど思われているかも知れないな。そう考えると胸が痛くなった。
「そうか。いまいち良くはわからないが、お前がここを気に入っているのならば、勇者を倒しても問題ないな」
突然だった。
”勇者を倒しても”それはチェルさんが勇者を倒すと言うことだろうか。
「えっ、勇者を?」
そんな都合の良いことなんか起こらない。聞き間違いだと思った。思わず聞き返すとチェルさんは聞いていなかったのかそう言わんばかりの表情をした。実感がわかない。夢では、ないよね?
「ああ。勇者を倒すのが一番手っ取り早いだろう」
「ダメです! 勇者には勝てないですよ。チェルさんは逃げて下さい」
チェルさんの言葉は嬉しい。
だけど私達は勇者に勝てない。そうチェルさんに伝えると不満げな表情をした。
「確かに弱いと言ったが、そこまで甘くみないでくれ。人になど遅れは取らない」
人。その言葉は私の心にも突き刺さる。チェルさんは魔物さんで私は人間。って落ち込んでいる場合ではない。今はチェルさんに勝てない理由を伝えないと。
「チェルさんが弱いわけではないんです。私達は勇者には絶対に勝てなくて……。えーっと、勇者は倒しても魔王様を倒すために何度でも蘇るんです」
このゲームはコンテニューが出来る。コンテニューはセーブ地点から再開。魔王城にはセーブがないが、最後の街…――ウルティモでセーブが出来たはずだ。
ウルティモから魔王城は離れていて来るのが大変だが、それでも勇者はウルティモから何度も挑戦が出来る。
「蘇る? アンデッドみたいだな」
その言い方は酷いと思ったが、確かにそうかもしれない。何度でもやり直せる。失敗したらやり直せば良い。ゲームだと気にしていなかったが、敵となったら厄介だ。
「そう、ですね」
「勇者は浄化出来るのか?」
「いえ、出来ないです」
「そうか浄化不可能なアンデッド。厄介だな。退けることは出来るか?」
チェルさんの中ではもう勇者はアンデッドと定着してしまったようだ。元はと言えば私の言葉がきっかけだが、酷い会話だ。
勇者は善意で私を助けに来るのに。
姫はこんな態度だし、助けに来なければ良いのな。そう思いながらチェルさんの問いに答える。
「蘇ったらウルティモからやり直しなので、少しは時間稼ぎになるかと考えられます」
「ウルティモに強制的に戻されるのか。蘇るのに制約はあるようだな。仕方ない。退けるか。長期戦になりそうだな」
「長期戦?」
「勇者からお前を救出する気を削げば、こちらが勝ちと言うことだろう」
ある意味あっている。勇者を飽きさせれば良い。追い返し戦意を喪失させる。なんて心折設計なゲームなんだろう。
姫もこんなんだし、現実世界では絶対売れないだろうな。
ってそうじゃない。こんな事だめだ。
「どうした」
「こんなの面倒ですよ。チェルさんもそれまで、退けないといけないんですよ」
「そうだな。殺しても死なないのなら他に方法がないだろ」
面倒事が嫌いなチェルさんにはやりたくない作戦だ。それなのにチェルさんはあっさりと受け入れている。
これから何年、もしかしたら何十年。勇者の相手をしないといけない。私はこの城にいたいから頑張れる。
だがチェルさんは無関係だ。
「そうですが。チェルさんは無関係なんですよ」
「姫。勝手に俺の事を想像しないで欲しい」
チェルさんが低い声で言った。見上げると眉間に皺を寄せたチェルさんが視界に入る。
怒らせてしまった。心臓がバクバクとうるさい。
チェルさんの口が開く。この後に続く言葉が少し怖く感じた。
「俺は無関係ではない。お前がロンディネに連れ去られたら、一緒に飯が食えなくなるだろう」
「ふぇ」
別の意味で心臓が止まるかと思った。チェルさんはストレートだ。不意打ちのその言葉に何度ドキドキすれば良いんだろう。
だからいつも通り意味がないこと。期待をしてはいけないと言い聞かせる。
「なんだ?」
「いえ、わ、私も、困ります。チェルさんと一緒にご飯を食べたいです」
平静を装っているが、まだドキドキが落ち着いていない。声はいつもよりも震えている気がする。
チェルさんに気付かれていないか気になるが、そこまで考えられる余裕はない。
「俺にも関係がある。だから勇者を退けるのは問題ない」
「はい。あ、あの、私も役に立てることがあれば」
「良いのか」
そんな私とは正反対にチェルさんが淡々と言った。
なんだろう。急いでチェルさんを見上げると真剣な表情のチェルさんと目が合う。
「はい。私だってここにいられるし、チェルさんとご飯を食べれるんですよ。そのためなら何でも出来ます!」
「そうか。なら回復薬の類いを手に入れておきたい。どれを採取すれば良いか、教えて欲しい」
チェルさんは勇者と戦う気満々のようだ。
自分からは絶対首を突っ込まないチェルさんが戦う。しかも私と一緒にご飯を食べるために。正直実感がわかない。
「外に出るのは怖いかもしれないが」
「怖くないです! 採取します」
急いで返事をする。チェルさんの表情が僅かに緩んだ気がした。
「そうか。助かる。後はお前の力だな」
「私の?」
「お前は希有な能力を持っている。勇者との戦闘で利用できるものもあるかもしれない」
確かに勇者の属性がわかれば対策も立てられる。
それに前世やりこんでいたゲームだ。攻略法も頭にある。
「はい。あっ……チェルさん。勇者の弱点でしたら」
「弱点がわかるのか?」
「はい! 元勇者なので、勇者の攻撃方法は全て熟知しています!」
完璧に予想するのは難しいが、技は決まっている。ある程度は勇者の行動を予想できる。
ようはそこで、私がやられたら嫌な事をすれば良い。
死ぬような事になっても復活するだろうし、それで投げ出してくれれば助かる。
「理にかなっているな。だが良いのか? 俺の近くとは言え、勇者と戦うことになる。怖くはないのか?」
「怖いですが、それよりも私はここにいたいです!」
自分の未来だ。チェルさんにばっかり任せるわけにはいかない。
「そうだったな。無理だったら言うんだぞ」
「もちろんです。死なないように気を付けます」
勇者を倒す前に死んでしまったら意味はない。姫にはきっとアンデッドの魔法はかかっていない。
ライフは一つ。現実だと普通だが、ゲームだと心もとない命だ。大切にしなければ。
「当たり前だ。死なれたら困る。慣れてきたら弱い魔物との戦闘もした方がよいな」
確かに武器くらい握れた方が良い。勇者も横で姫が武器を構えていた戸惑うだろう。不意を打てるかもしれない。
だがここ最近は本より重い持ったことがないか弱い姫だ。まずは武器に慣れないといけないな。やることはたくさんある。
「まずは軽い武器からでお願いします」
「そこまで考えていない。魔物の容姿にも慣れた方がよいだろ。相手はアンデットだ。気味が悪いが我慢してくれ」
たとえが良くなかったな。アンデット勇者は確かに怖いが、一応人の形はとっている。
ただ、この先この城で生きるのならなれた方が良いかもしれない。ラビアさんも魔物討伐しているし。
ゲームで見慣れているからと言って、リアルで見たら正気が保てるって言ったら別だ。
「そうですね。SAN値を鍛え上げます」
「さんち? さん、三……酸値。精神力の一種か? わからんが、きっとそんなもんだ。まずは採取からだな。次の休みは明後日だ。その日に外出して良いか魔王に確認する。決まったらまた伝える」
「はい!」
明後日。具体的な日にちが出ると現実味を帯びてくる。チェルさんと一緒に足掻けるんだ。
「これから勇者と戦うのに嬉しそうだな」
「自分の未来を変えられるかもしれないんです」
私の未来は決まっていた。非力な姫は筋書き通りに歩くことしか出来ない。だからバッドエンドを受け入れるしかない。それがいつしか当たり前のことだと思っていた。
だけどチェルさんに出会って、ここで過ごして行くうちにだんだんとその未来が怖くなってきた。それでも他を望むのは私には叶わない夢だった。
そんな私にチェルさんが手を差しのべてくれた。だからハッピーエンドに挑戦することが出来る。
未来が変えられるかなんてわからないが、それでも私はチェルさんとの未来のために足掻きたい。
もう弱いからとは言わな、いや大事だ。
力は弱いが、鑑定とゲーム知識で少しは戦える。私は私に出来る戦い方をするんだ。
「絶対に諦めません」
チェルさんの手を取ると覚悟を決めるように言葉にした。「諦められると困る」当たり前だと言わんばかりの表情でチェルさんが言った。
チェルさんと一緒にこの城で末長く幸せにご飯を食べる。
その大きな夢はただの変哲もない日常のようだが、私にはとてもキラキラとしたものだった。
第一章が終わりました。
次章からは戦闘要素も入ってきます。




