28.偽物の毒消し草
毒が入っていると疑われてしまった。
ラビアさんと接点はないからな。信じて貰えるかわからないけど、伝えるだけ伝えよう。
「はい。本物です。毒なんか入って」
「毒消し草に毒?」
「偽物の中には体の状態を悪くするものもあるだろう」
私の言葉にチェルさんが補足するように言った。
なんか噛み合っていないな。
えーっと、確かラビアさんは本物か聞いた。
なんでだろう?
毒消し草はそこら辺に生えている草なのに、偽物と言う言葉が出て来るのはおかしい。
あれ? ならなんでラビアさんは毒消し草を食べていないんだ? 普通なら帰り道に拾って食べるはずだ。
ヤバい事を言ってしまった気がする。
これはもしかしたら面倒事かもしれない。ちらりとチェルさんの方向を見ると苦い表情をしていた。
「君はお姫様だから偽物が出回っているなんて知らないんだね。助かるけど、本当に貰って良いの?」
「はい」
「僕が食べたらなくなっちゃうよ。お姫様だって必要だから持っているんでしょ」
「まだへ、いや。ここでは不要ですし」
部屋にまだ残っている。そう言おうとしたらさりげなく見ていたチェルさんの眉間に皺が増えた。慌てて話を変えるが、ラビアさんには気付かれてしまったようだ。
「ふーん。……そっか。なら貰うね。お姫様ありがとう。このお礼は」
「礼なら俺に言え」
私とラビアさんの言葉を遮るようにチェルさんが言った。チェルさんの言葉の意図が気になるが、このまま様子を見た方が良い。自分がこの世界の常識が欠落していることくらい自覚している。
何を口走るかわからない。もう。何も言わない。
「チェルくんに?」
「ああ。こいつが飯に毒が入っていないかうるさいから、俺が渡した」
お口にチャックし二人の様子を窺っているとチェルさんが言った。
私はチェルさんに対してそんなワガママを言わない。
とても不本意だ。だが元々の原因は私の軽率な行動だ。チェルさんに合わせた方が良い。口から出てきた言葉を心の中に押し込む。
「へー。ケチなチェルくんがねぇ。こんな高価な物をお姫様に」
ラビアさんがニヤニヤと笑った。ケチ。チェルさんは私にコップをくれたり本を貸してくれたりする。どちらかと言うと気前が良い。
そしてもう一つ、毒消し草は高価な物。気になる言葉が出てくるが、ここも反応してはいけない。
そっとチェルさんを見る。表情を変えずラビアさんと話していた。
「これで姫が飯を食うなら安いものだ。ラビア。調子が悪いと言うならさっさと食え」
「チェルくん。それでも今はお姫様のものだよ。ねえ。お姫様? チェルくんから折角貰ったものを僕が貰っちゃって良いの?」
ラビアさんが私の方向を見る。全てを見透かしそうな瞳で嘘はつけない。思わず視線をそらす。
チェルくんが好きなんでしょ。そう言われているようだった。
「は、はい」
「また買えば良い物だ。それよりもさっさと食え」
「……ふーん」
「なんだ? なにか言いたいことがあるならさっさと言え」
「いや。お姫様がチェルくんから貰った物を容易く手放すわけがないのにね」
ラビアさんの言葉にドキッとする。チェルさんから貰った物は宝物だ。コップは毎日見ているし、借りている本は全てどこにしまわれているかすぐにわかる。
ただ毒消し草は別なはずだ。これで誰かの具合が良くなるのなら使えば良い。おかしくない。
「相変わらず意味もないことを言うな。だから鳥と、いや、ピーチクパーチク言う暇があったらさっさと食え」
ラビアさんの言葉の意味にチェルさんは気付いていない。その言葉は私にとっては”意味もないこと”ではなかった。
この気持ちはチェルさんに知られたくない。ラビアさんはこれ以上余計なことは言わないで欲しい。
「ふふ。僕も助かるから口止め料にしておくね」
ラビアさんが少し考えてから言った。きっと私の恋心をそっと見守ってくれると言いたいのだろう。少し安心した。
ラビアさんは私に向けて微笑みかけるとウィンクをし、毒消し草を口にする。
食べ始めると毒のマークが薄くなってくる。消えていく様子をじっと見ているとラビアさんが私をじっと見つめ返した。ラビアさんからハートマークは出て来ないし、問題はなさそうだ。
ラビアさんの可愛さにドキドキしそうなので別の意味で問題はありそうだ。だが問題ない。私はチェルさん一筋だ。
「お姫様。どうしたの? 僕の顔に何かついているの?」
「いえ」
「ふふっ。何もなくて見つめるのは魅了しようとしているときだけだよ。お姫様のそんな綺麗な瞳で見られたら、魔力などなくても、大概の男は魅了されちゃうね」
ラビアさんがそのままのぞき込んできたので思わず下がろうとするとチェルさんが私の肩を抱き引き寄せた。
驚いてチェルさんを見る。
自然と見つめ合う形になるが、チェルさんはいつものように素っ気ない表情をしていた。
「そんなことは……ないです」
ラビアさんの言葉に期待してしまった自分が恥ずかしい。さりげなくチェルさんから視線を外した。
「姫は悪魔などではない」
「そうだね。……ただそんな綺麗な瞳で見つめられたら、なんでも聞いちゃうかもね」
「姫の監視は俺の仕事だ、余計な気などまわすな」
「そっか。チェルくんのね。それより調子がよくなったみたい。姫ちゃん。ありがとう」
ラビアさんが突然私のことを姫ちゃんと呼んだ。驚きながらもラビアさんを見ると、凄く可愛らしい笑顔をしていた。
アイドルがファンに向けるようなその笑顔は見ている人達を幸せな気分にしてくれそうだ。
どうやらラビアさんの好感度が上がったみたいだ。とてもわかりやすい。とりあえずもう出会い頭に魅了はかけられなくなったと考えて良いかもしれない。
「いえ、良かったです」
「お礼に」
「だからいらないと言っているだろ」
「チェルくん。そんなつれないことを言わないでよ。そうだ監視も変わってあげられるよ」
その言葉に心臓が止まりそうになった。ラビアさんは私の気持ちを知っていてそんなことを言う。
見守ってくれるんじゃなかったの。見返りが欲しいわけではないが、あげて落とすのはやめて欲しい。
終わった。
姫の監視が嫌だと思っていたら、チェルさんはこの場ではっきり言う。チェルさんを見ると、相変わらず表情からは変わらなかった。
「先程から姫の監視は俺の仕事だと言っているだろう。俺から奪おうとするな」
予想外の言葉にそのままチェルさんを見る。チェルさんは私の監視を大事な仕事だと言っていた。
仕事、その言葉は少し複雑だけどそれでもチェルさんが一緒にいてくれるのは嬉しい。
それよりもラビアさんだ。ラビアさんは悪い魔物さんではなさそうだが、あまり信頼は出来ない。
「チェルくんから奪わないよ。それに姫ちゃんの心だけは手に入れられそうもないしね」
「何も手に入れようと思うな。姫は姫のものだ。誰のものではない。お前は姫にもう近づくな」
「ならチェルくんも自分のものではないのに、姫ちゃんに自分以外が近づくな。なんて言えないね」
ラビアさんの揚げ足を取るような言葉にチェルさんの眉間に皺が寄る。
ラビアさんはそんなチェルさんの表情を見ると満足気に笑った。とても良い性格をしている。ラビアさんは悪魔。以前のチェルさんの言葉が頭の中に浮かんだ。
「俺の仕事の範囲だ。問題はない」
「そっか。チェルくんは仕事熱心だね。お仕事を増やしたら可哀想だし、姫ちゃんには僕からはあまり近づかないようにするね。今回みたいにきっと優しい姫ちゃんから近づいてくれるし、今はそれで充分かな」
「だから気付いたのは俺だ。それよりも毒はなくなったんだろう。無駄口を叩いているならさっさと食え」
チェルさんが苦々しい表情で言い切る。もう話もしたくなさそうだ。
そのままラビアさんから視線を外すと箸を持ち、いただきますと言い。ご飯を食べた。
「そうだったね。姫ちゃん。ご飯が冷めちゃうよ」
ラビアさんもチェルさんとの対応は慣れているらしい。ラビアさんも気にせずご飯を食べ始める。
話が中途半端に終わってしまったみたいで何となくすっきりしないが、私だけ食べないのがおかしい。私もご飯を食べよう。
「いただきます」
そのまま箸を持つとお茶碗を持ち、煮物を取る。里芋の味はダシがしみていていつも通り美味しかった。




