27.はじまりの敵襲
私が魔王城に引っ越ししてそろそろ五ヶ月経った。
今は十一月。木々の葉は枯れ、外の景色は少し殺風景になりつつあった。
後一カ月で半年が経つ。そろそろ勇者の目撃情報が出てきても良いと思うのだが、まだ大丈夫そうだ。
私の所まで届く情報ではないが、城の中の様子を見て何となくわかる。今日もとても平和だ。
目の前の食堂の光景を見ながら思った。
今日はいつもよりも人が多く、更に活気が溢れている。時間が遅いからかな。
十二時半。チェルさんの仕事が押してしまったので、お昼のピーク時間に被ってしまったようだ。
座れなくはないが、人は多い。チェルさんが食堂の時間をずらしている理由がわかった気がした。
だからか心なしかチェルさんの機嫌も悪い。
更にラビアさんも絡んでいるからな。部屋に来られ時に鳥がと苦い顔をして何か言いかけていたのを思い出す。
口から滑ったようだったのでそれ以上は聞かなかったが、ラビアさんと何かあったのはわかる。その情報だけで充分だ。
急いでご飯を食べて部屋に戻ろう。
まずは座る場所だ。再び食堂を見渡し席を探す。どこか良い席がないか、探していると私の視界にラビアさんが入った。
魅了をかけられないように注意しながら様子を窺う。あれ? どうしたんだろう。今日のラビアさんは何処かおかしい。
こころなしか髪のツヤがない気がする。相変わらず可愛いが、この前よりもキラキラしていない気がする。
チェルさんの言葉からラビアさんに何かがあったことは察していたし、少し気になる。
何があったんだろう? 考えながらラビアさんを見ているとだんだんとラビアさんの頭の中に毒のマークが浮かんだ。
毒状態。違和感の正体はこれか。毒状態のラビアさんは心配だが、この力はラビアさんに知られない方が良い。
それにラビアさんから魅了をかけられそうになったこともあるので、迂闊に近づいてはいけない。
だからと言って見捨てるのも嫌だ。
チェルさんの仕事が押すほどの事があった。その結果毒にかかってしまったことくらい簡単にわかる。
具合の悪い魔物さんを放って置きたくない。けどチェルさんは絶対嫌がるだろうな。
「どうした?」
チェルさんの優しい声が聞こえたので、そっと見上げるとすぐにチェルさんと目が合った。
チェルさんは何も言わずに私の視線にあわせて屈んだ。困っているのだろう。優しい視線でそう言っているようだった。
言うだけ言おう。後はチェルさんの様子を見て考えよう。
この表情が歪むのがもったいないが、私はそのままチェルさんの耳元でささやくように言った。
「ラビアさんが毒状態です」
「ラビアを見ていたのか」
チェルさんは立ち上がるとラビアさんを見た。
そのままため息をつくと「今日はあそこで良いな」そう言いながらラビアさんが座っている所に向かう。ラビアさんの前の席に着くとトレイを置いた。
「姫はここに座れ、俺の隣にいれば安全だ」
「はい」
私も続いてチェルさんの隣に座る。そしてラビアさんへ視線を移動した。
ラビアさんは私達に気付くとチェルさんに対して見下すような表情をし、冷ややかに笑っていた。これもこれで絵になっているのが、流石ラビアさんだ。
「チェルくん。僕に近づかないって言っていたよね」
そんな風に軽口を叩くラビアさんを見ると、ラビアさんが毒状態ということを忘れてしまいそうになる。
少し怒りっぽいチェルさんがそれに反応をしない事を願いながらチェルさんの方向を見る。
「事情が変わった。それよりもどうしたんだ? いつもよりも覇気がないな。体調でも悪いのか?」
「チェルくんこそどうしたの? 突然気持ち悪いよ」
チェルさんは淡泊な魔物さんだ。優しいチェルさんが珍しいのかもしれいないが、気持ち悪いは言い過ぎだと思う。
やっぱりチェルさんはその言葉が嫌だったのか、不本意だと言いそうなくらいに苦い顔をし、その表情のまま口を開いた。
「まどろっこしいのは嫌いだ。問題ないならそれで終わりにする」
「チェルくんはもう少し考えて動いた方が良いよ。確かに体調は優れないけど、どうしたの? いつものチェルくんなら無視しそうなのに」
「気が向いただけだ」
ラビアさんはちらりと私を見ると可愛らしく笑った。そして私を見ながらゆっくりと口を開いた。
「そっか、優しいね」
「話しているのは俺だ。姫を見るな」
その言葉は私に向けて言っているのは明らかだった。チェルさんも気付いているようで、低い声で機嫌が悪そうに言った。
「えーやだよ。チェルくんを見ているよりのお姫様のが良いでしょー。可愛いし。僕はいーまー! とっても気が立っているの。お姫様が一緒じゃなかったら。別の席に移動しているんだからね」
「俺も姫が、いや」
「そっか。やっぱり優しいね」
ラビアさんは未だに私を見ながら微笑む。ラビアさんにとってはチェルさんのこの行動の方がおかしいかもしれない。
ここから誤魔化そうとすると更に墓穴を掘るだろう。言葉を考えているとチェルさんの手の甲が私の視界に入る。
「だから姫を見るな。さっさと不良の原因を話せ」
「くすっ。相変わらずせっかちなんだから。チェルくんも僕が敵の攻撃を受けたって聞いているでしょ。それで毒を付与されたの。あーもう! ちょこちょこ飛びまわるし、今思い出しても腹立たしい!」
プリプリと言う擬音が似合いそうな怒り方だった。あざとい。それよりもラビアさんからとてつもない言葉が出てきた。
敵。敵と聞いて一番に思い浮かんだのは勇者だった。ラビアさんはもしかして私の知らない所で勇者と戦っているのだろうか?
緊張で自分の心臓の音が聞こえるようだった。
「安心しろ。この城には襲ってこない。そんな顔をするな」
「チェルさん」
チェルさんが私の肩に優しく触れる。まだ魔王城まで距離があると言うことだろうか? 私には必要ない情報かもしれないが、知らないのは歯痒い。
「お姫様。敵襲じゃないよ。近くの街で毒鳥が暴れているから討伐しに行っただけ」
「毒鳥? 討伐?」
ラビアさんも補足するように言った。魔物退治か。って、魔物退治!? 魔物さん達が魔物退治。信じられない話だがここの魔物さん達ならしっくりくる。
皆さん人の私に対しても優しいし。
「チェルくん。もしかしてお姫様にこの城のことを教えてないの?」
「知る必要がないだろう」
「そうだけど、人間に友好的くらい伝えても良いんじゃないの?」
「友好的?」
そう思っていたけど言葉にしてくれると嬉しい。魔王様はとても好待遇だし、魔物さん達も私に優しく接してくれている。
ロンディネの時のような冷たい視線なんかは絶対ない。
「うん。僕たちは人間に友好的な魔物だよ。本当はもう少し話したいけど、今日はちょっと調子が悪くて。今度。改めてで良いかな?」
苦く笑いながらラビアさんが言った。
毒状態。確かスリップダメージだった筈だ。今話しているのも辛いと思う。一旦解毒した方が良い。
そう言えば服に隠していた毒消し草があったはずだ。渡そう。
「ラビアさん」
「今度は」
チェルさんの言葉を遮ってしまった。チェルさんを見るとお前が先に言え。視線がそう言っていた。
「毒消し草を使いますか?」
チェルさんのお話もあるだろうし急がないと。服の中に隠している毒消し草を取り出しながら話す。すぐに毒消し草が出てきてくれたので、そのままラビアさんへ渡した。
ラビアさんは毒消し草を見ながら怪訝な表情をする。私の服から出たものだし衛生的ではない。洗ってきた方が良い。食堂の水道を借りられるだろうか。
「汚いですよね。今、洗って」
「お姫様。ちょっと待って。気持ちは嬉しいけど、それは本物?」
本物? 本物に決まっている。もしかしたら毒消し草に毒が入っていないか疑われているのかもしれない。
確かに私も最初毒が入っているか警戒していた。それでも疑われるのは凄く寂しくい。
以前の自分の行動が胸に刺さるようだった。




