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26.不意打ちのプレゼント


 青が聖なる色。突然チェルさんの口から出て来たその言葉は初めて知るこの世界の知識だった。


「そうか。お前は幽閉されていたな」


 チェルさんが一人で納得するように言うと、そのまま私の隣に座る。ゆっくりと机の上にお猪口を置くと、私の方へ視線を向けた。


「はい」


 色によって意味があるのは知らなかった。

 そう言えば父さまの目や勇者の目が青かった記憶がある。

 聖なる色。目の色に隠された設定でもあるのだろうか? あれ? そしたら私の目はどうなるんだ?


 私の目は青くない。


 今まではただ母さまに似ただけだと思っていた。いや。実際に母さまに会ったことがないので、母さまが黒目かは知らない。

 前世は黒いのが普通だった気がするし、あまり目の色を気にしていなかった。


 だが青い目に意味があったようだ。なら黒い目にも意味がある。

 黒と言えば……最初に思い浮かぶのが魔王様だった。赤が混じっているが黒い瞳だ。


 魔王様はゲームでは魔の象徴。そして魔物さんが綺麗だと思う色。そんな目の人が王族と結婚するのか?


 胸の奥がざわざわする。何か良い方向に転がせないか考えるが、次に浮かんだのは私には皇位継承権がないと伝えた魔王様の言葉。


 私の母さまは誰だ? 兄さまと同じ母親だろうか?


 きっと違うだろうな。黒い目を持つ愛人の娘。こんな厄介な存在を城に置いておきたくない。だから私は殺されかけていたのか。


 点と線が繋がったようで少しスッキリした気がした。魔物と同じ色。理由が理由なだけに私を殺そうとした人達に対しての恨みなんかのが減った気がした。仕方ない。そう思えてしまった。


「どうした?」

「ひゃ」


 突然チェルさんの声が聞こえた。びっくりした。そうだチェルさんとお話していた途中だった。そのままチェルさんを見ると、チェルさんが私から視線を少し外す。


「言いたくないことか?」


 チェルさんのその言い方は卑怯だ。最初は有無を言わさず聞いてきたのに、最近のチェルさんは優しい。

 いや。元々だ。言葉が乱暴なせいかわかりにくいが所々気にかけてくれて優しい。

 最近はそれが更に目に見えるようになった。


「うちの家計は青い目が普通のようです。私はなんで黒い目なんでしょうかね」

「何もかも青が良いものではない」


 チェルさんがいつもよりも早口で言った。

 言い方が強く感じる。なんだろうとじっと見るが、チェルさんは相変わらず私から視線を外したままだった。


「これがオレンジなのは綺麗なんだろう」


 チェルさんはそのままお猪口を持ち、お猪口の中を指差す。

 チェルさんにつられ、私は手に持っていたお猪口の中を再び見る。オレンジ色の丸がチェルさんの目のようにとても綺麗だった。


「はい。とても素敵です」

「お前の黒も綺麗で、ずっと見ていたくなる」


 心臓が一気に高まる。チェルさんはいつものように淡々とした口調だが、私にとってそれ以上にない幸せな言葉だった。

 黒は魔物さん達が……いや、チェルさんが綺麗だと言ってくれる色だ。人間に怖がられるのも仕方ない。


「嬉しいです」


 お猪口に映る自分の目を見つめる。オレンジがかっているように見えるが、黒い色をしている。

 チェルさんがとても綺麗な目だと思った。


「姫、そのコップはお前が使ってくれ」


 私が使う? どういう意味だろう? チェルさんの方向を見ると、自然と視線が合う。


「そのコップをお前の部屋に持っていて問題ない」


 チェルさんが続けた。

 それは不意打ちだった。チェルさんはいつも通りの飄々とした表情に戻っている。幻聴かと思った。

 嬉しいが特注品と言っていた。数が限られているらしいし、貰ってしまって良いのだろうか。


「特注品を頂いても」

「ああ。問題ない。たくさんあるからな。気に入ったと言ったら、魔王が同じコップをたくさん作って置いていった。正直、持て余している」


 チェルさんがため息をついた。チェルさんが気に入るなんて珍しそうだし、魔王様の気持ちはわかる。


 そう言えば私にと魔王様が用意してくれた本は十冊以上もあった。魔王様は物をあげるのが好きなのかもしれない。孫にものを贈るおじいちゃんみたいだな。

 ……これは魔王様に知られたらまずい。心の中にとどめておこう。


「だから。そうだな。お前の目が可愛いから、おまけだ」


 チェルさんが続けた。いつもよりも小さい声だ。可愛い。チェルさんの可愛いは可哀想と言う意味が混じっているが、それでも不意打ちで言われると頭がいっぱいになる。


「か、かわっ」

「邪魔になるなら持っていく必要はない」


 早く答えろ。少し不満げな表情がそう言っているようだった。心を落ち着かせるように小さく深呼吸をして口を開く。


「頂きます。とても嬉しいです」

「そうか。ならこれも渡して良いか?」


 いつものあまり感情が読み取れない表情に戻るとチェルさんが飲んでいたお猪口を指差す。このお猪口がどうしたんだろう。


「最近はお前の部屋にいることも増えてきたからな。俺の分だ。これくらいならあっても邪魔にならないだろう」

「ひゃ、はい」


 私の部屋にチェルさんとお揃いのコップ。まるで一緒に暮らしているようだ。なんて考えると凄くドキドキした。


「どうした?」

「大切にします」

「予備はある。だが人はこの破片で死んでしまうこともあるのだろう。取り扱いには気をつけてくれ」

「はい」


 再びお猪口を見る。チェルさんとのお揃いのコップ。心臓が掴まれたように痛く感じるが、少しだけ心地良かった。


「次は本だな。好きなのを選んでくれ。持ち帰っても構わない。重いから部屋に運ぶときは言ってくれ」


 持って帰っても構わない。段々とあてがわれた部屋にチェルさんが貸してくれたものが増えていく。それと比例して私の心の中もチェルさんが占めていくようだった。

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