24.読まれてはまずい本
私の日常に本が追加されて一カ月くらい経った。
本をきっかけにだんだんとチェルさんと一緒にいる時間が増えた。
今は夕ご飯の前や後に一緒のソファーに座って本を読んでいる。チェルさんとの会話はほとんどないが、隣にチェルさんが居るのは嬉しい。凄く心地良い時間だった。
今日も夕ご飯の前にチェルさんが来てくれたので、一緒に本を読んでいる。いつもなら嬉しいが、今日に限っては不安な気持ちの方が強かった。チェルさんが来るのがいつもよりも十五分くらい遅かったからだ。
時間がきっちりしているチェルさんが十五分も遅く来た。約束をしているわけではないので、五分を過ぎたあたりくらいからは嫌われたのか不安になった。
更にチェルさんは何か言葉を考えているようで、いつもよりも反応が鈍い。元々口数は少ないが今日はそれ以上だ。本のページを捲る手もいつもよりも遅い。
とても気になるが、そんな事を言ったらチェルさんのことをチェックしているなんてバレてしまうし言えない。
表情も険しい気がするし、何かあったのかな? 姫の監視が面倒だと思うことでもあったのだろうか? 思い浮かぶのは不安なことばかり。不安な気持ちをごまかしてゆっくりと本へ視線を移す。本に書かれている文字を見つめているとチェルさんが「姫」と私を呼んだ。
そのままチェルさんに視線を移すとチェルさんの視線が僅かに私からそれる。
その表情は私に伝える言葉を考えているようで、もう来ない。そう言われてしまったらと不安になる。
チェルさんの口が動くのが凄く怖かった。
「取って食ったりしない」
チェルさんが顔を背けた。言葉が出てこない。そのままチェルさんの様子を窺っていると床に視線を移動し、口を開いた。
「近いうちにこの部屋の清掃を行うそうだ」
「えっ? 清掃?」
その言葉は予想していなかった。清掃? なんだろう? チェルさんから続く言葉を待つようにじっと見る。チェルさんは言葉を選んでいるのか、いまだに床を見つめていた。
「お前の掃除を出来ていないわけではない。窓や天井などは届かないだろう」
窓や天井? 確かに掃除をしてなかった。だから天井に届く魔物さんが掃除をしてくれるのか。
掃除をする。それだけで良いのに、出来ていないわけではない。と言ってくれた。いつもと違うのは言葉を考えてくれたからかな。嬉しい。突然の優しさに心臓が少し痛くなった。
「はい。掃除の邪魔にならないように大人しくしています」
綺麗に保つには必要だし当たり前のことだ。チェルさん以外の魔物さんは緊張するが、大人しくしていよう。部屋の端で本を読んでいたら邪魔にならないはずだ。
その言葉にチェルさんがそっと視線を外す。何かまずかったことがあったのかな。ドキドキしながらチェルさんの言葉を待った。
「お前がいたら気が散るだろう。部屋を掃除している間、どこか別の部屋にいるよう魔王から言われた」
「はい! わかりました」
囚われの身だし。きっちりと言われた通りに動こう。本は持っていけると良いな。そう考えながらチェルさんの言葉を待つ。
「どこでも良いのか? なら、俺の部屋で良いな」
チェルさんが少し早口で言い切った。俺の部屋? チェルさんの部屋だよね? 聞き間違いではないよね? 突然の言葉に頭が混乱しているが、チェルさんの部屋に行ける。ドキドキなんかしている暇はない。
「は、はい!」
チェルさんの方を見てはっきりと返事をする。
するとチェルさんが私の方へ視線を移し、私をじっと見る。自然と私の視界に入るのは綺麗なオレンジ色の瞳。
チェルさんは私から視線を外さないので、だんだんと恥ずかしくなってくる。
どれくらい見つめ合っていたかわからないが、これ以上見ていたら心臓が爆発しそうになりそうだ。心臓を落ち着かせるようにそっと目をそらす。
いつもよりも顔が熱い。熱があるなんて思われていないだろうか。そっとチェルさんの方向を見るとチェルさんは地面を見つめていた。
「……っ。わかった。魔王に伝えておく」
「は、はははい」
突然話しかけられたのでびっくりする。チェルさんに相槌を打ち、小さく息を吐く。少しだけ落ち着いた。チェルさんの方向を見ると再び目が合う。
「どうした?」
「チェ、チェルさんのお部屋では大人しくしていますね」
チェルさんと見つめ合っていたからドキドキしていたとは言えず、無理やり頭に浮かんだ言葉を出す。私がお邪魔するのはチェルさんのお部屋だ。せっかく誘ってくれたのだから、このチャンスを生かしたい。
チャンス。次を期待するようになったんだ。だんだんと増えてくるチェルさんとの時間に私はワガママになっているかもしれない。もっと一緒にいたい。さりげなくチェルさんのお部屋という部分を強調した。
「ん? いつも通りで問題ない。嫌だったら話さない。俺の部屋に居る間は好きな本を読んでくれ。お前に読まれてはまずい本はないからな」
読まれてはまずい本? えっちな本の類いはないと言うことだろうか。そんなことを言われなくても大丈夫だ。万が一視界に入ってしまっても見ないふりくらい出来る。どんなものが好きかくらいチェックはするけど。
「機密情報なんてのはない。読んだからと言って殺されることはないから安心しろ」
「あっ。はい」
えっちな本じゃなかった。
良く考えると情報は武器になる。私が読んでいるのはチェルさんが持ってきてくれた本で、そんなことを考えることはなかった。
この前はお昼寝をしたら寝過ぎてしまったし、毒の確認もしなくなった。囚われの身なのに危機感ゼロだ。それだけチェルさんが近くにいる生活は心地よいんだな。
「どうした?」
「やっぱり、チェルさんがいないと私は簡単に死んじゃいそうですね」
だんだんと好きだからでは済まされなくなってきたな。私の世界はチェルさんがいるのが当たり前で、チェルさんのいない世界は考えられない。
勇者が来たら私とチェルさんとの別れになる。そしたら私は生きていられるだろうか。
「知っている。だから俺が監視しているんだろう」
チェルさんがため息をつきながら言った。私の気持ちは伝わっていなくても、チェルさんが横にいてくれるのは嬉しくて、このままで良いかと思ってしまった。




