23.最弱四天王(自称)の住み処
「本を?」
「ああ。俺の貸した歴史書だな。気が向いたときにお前の用意した本も読んでいる」
”気が向いた時”チェルから出た何気ない一言に魔王が眉を僅かに顰めた。チェルが魔王に自分が見ているから干渉するなと言っているようだった。
「そうか私の本も喜んでくれたか」
魔王はすぐに表情を和らげて言った。私の本と言う部分が強調されているせいか、どこか棘のある言い方だった。
それはチェルには効果があったようで、チェルがとても苦々しい表情で魔王を見る。
「そうだな。あんな何もない部屋だ。何もないよりもマシだろう」
「何もない?」
魔王の言葉にチェルの顔をしかめる。”知らないのか“そう言いたげだった。チェルはため息をつき、すぐに言葉を続けた。
「ああ。あの部屋は何もなさ過ぎる。気が狂いそうだ。以前あいつがあの部屋で何するか観察していた事がある。ひたすら飲み物を見ていた」
「それはチェルが」
一緒だから緊張していたのだろう。そう続きそうになる言葉を魔王が途中で止めた。
中途半端な言葉にチェルが反応をする。
「俺と? 何かあったのか?」
「いや、チェルが良く見てくれているから気付けたようだね。そんなにかい? それだったら、他にも新しい本を用意しようか」
それはチェルが知らなくて良い事と魔王は感じていた。いずれにせよ姫が退屈な時間を過ごしていることは変わらない。魔王が頭の中に姫へ送る本を思い浮かべながら言った。
「お前、何冊用意するつもりだ。今度は本だらけになるだろう。俺の本を渡しているから問題ない」
「チェルの本は歴史書ばかりだろう」
「ああ。問題があるのか?」
チェルが言い切った。
その言葉を聞いた魔王がため息をつく。問題大ありだ。チェルに聞こえないように呟いた。
「姫くらいの年頃の子は冒険小説や恋愛小説などの娯楽小説を読むようだよ」
「姫の扱いがわからないと言っている割に詳しいんだな」
魔王からチェルの知らない姫を知っている。と言われているように感じた。その言葉に機嫌を損ねたのか、チェルの声が低くなる。
「そうかな? チェルが人のことを知らないだけだ。姫に他に欲しい本がないか聞いてくれ」
「あいつは俺の本が良いと言った。だから問題はない」
チェルの魔王を見る視線が強くなる。俺の方が姫のことを知っている。そう言いたげな表情をしていた。
「そうか。姫の気が変わったら言ってくれ。それよりも今日は他にもあってね。チェル。今仕事は落ち着いているかい?」
これ以上はやめた方が良さそうだ。そう感じた魔王はふふとわざとらしく笑うと話を変えた。
「いつも通りだ」
「……聞くならディーネのが良いか」
「まどろっこしい話し方をするな。簡潔に言え」
突然出てきたチェルの部下の名前にチェルが顔をしかめた。
「姫の部屋を清掃しようと考えていてね。さすがに窓などは姫には厳しいだろう? 少し時間がかかるから、その間は姫には食堂にでも居てもらおうか考えている。売店もある。売店の物には姫が食べたいと言ったら渡すように伝えておくよ。その時にチェルに警護を頼もうと思っているのだが」
「……おい。食堂は魔物が行き来するだろう。そんな所に長時間もいたら目立つ。わかっているのか? 最近はあいつの黒目に興味を持っているのかまた姫を見る視線が増えた。ラビアといい、他に絡んでくる魔物が増えたらどうするんだ?」
チェルの声が低くなった。そう文句を言っている割に食堂へ彼女を連れて行くのは何故だろうな。チェルの言葉に魔王が目を僅かに細めた。
「チェルが誰かといるのが珍しいのもあるだろう」
「俺が?」
「私とチェルが食堂にいたら視線を集めるだろう?」
魔王と一緒に食事をしている姿を思い浮かべているのか、チェルがあからさまな程に嫌な表情をした。
そこまで嫌な顔をしなくても良いのに。チェルの表情を見ながら魔王が苦く笑った。
「確かにそうだな。なら尚更連れて行けないな」
「だが他に丁度良い場所がなくてね。チェルの仕事場でも」
「却下だ。あいつらも珍しがる。たまに姫の話をしているからな。……なら俺の部屋はどうだ? 誰も来ない。本もある」
チェルが姫に本を貸したときの反応を思い出しながら言った。姫が気に入っているかはわからないが、無理をして読んでいるようには感じない。時々彼女の口から出てくるのは本の話。
そう言えば、本を渡すようになってから彼女と話す時間が増えるようになった気がする。
最初はさっさと用事を済ませようなんて思っていたいのに。わけがわからない。だがチェルはそれを不快とは思わなかった。
「チェルの部屋? 部屋に入られるのは嫌ではないのか?」
自分の住み処を荒らされるようで、チェルは部屋に入られるのを極端に嫌っていた。チェルから出た予想外の言葉を未だに魔王は消化しきれていなかった。
私の聞き間違いではないだろうか。そう思いながら魔王がチェルに確認するように聞いた。
「問題ない。あいつは俺の部屋を引っ散らかすことはないからな」
チェルの言葉に魔王の顔が僅かにひきつった。
魔王の聞き間違いではなかった。チェルは自室に姫を連れ込むつもりだ。男の部屋に若い娘を連れ込むと言うことにチェルは気付いているのだろうか。
魔王が目の前のチェルの表情を見る。チェルは相も変わらず、何を考えているかわからない表情をしていた。
その表情からは下心を感じられない。だがそれでも男の部屋に姫を送り込むのは考えてしまう。魔王は心の中でため息をつく。
「そうか。だがチェル。男の部屋はさすがに」
「あいつは人だ」
チェルが言い切った。
魔物は住み処に雌を連れ込み子供を産む。だが姫は人でチェルは魔物。子供など有り得ないことだ。人相手に何を言っている。チェルの表情はそう言いたげだった。
その瞬間魔王の眉間に僅かに皺が寄った。だがすぐにいつものように柔らかい表情に変わる。
「……そうだね。そしたら私の部屋も立候補して良いかい?」
「お前の? 姫が困惑すると考えないのか?」
「チェルの部屋だって嫌かもしれないよ」
魔王は姫がチェルの部屋を断るなんてことをしないと考えていた。それでも自分の部屋は嫌がらないと思っている魔物にわずかでも不安のような感情を植え付けたかった。
魔王の言葉は効果があったようで、チェルが考える。その表情は心なしかいつもよりも陰っていた。
「……わかった。あいつが良いと言えば良いんだな?」
「そうしてくれ。日にちはディーネ達と相談しておく」
「わかった。他にないな。そろそろ姫の夕飯の時間だ」
「もうそんな時間か。ないよ。また七日後に待っているよ」
「ああ」
チェルは言い終えると魔王に背を向け姫の部屋へと向かう。
姫との夕食まで時間があるだろうに。その言葉を魔王は胸の中へとしまい、チェルへ視線を移す。
姫の部屋へと向かうチェルが以前よりも浮かれているように見えたのは目の錯覚にしよう。魔王はチェルを見送るとそのまま部屋の中に入り扉を閉めた。




