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20.姫の覚醒


 ラビアさんから突然弱体攻撃を受けたことをきっかけに私の頭の中にアヴェンチュラーミトロジーの攻略情報が溢れて来た。


 どうやら私は記憶を忘れていたらしい。


 確かに私の記憶は不完全だった。足し算は知っているのに足し算を勉強した記憶が抜けている。それはおかしい筈だが、違和感なく受け入れていた。


 ってそんな事を考えている場合じゃない。今はラビアさんだ。

 ハートマークは魅了のアイコン。

 無効と表示が出たので効かなかったが。ラビアさんは私の魅了をかけようとした。


 とりあえず防げたけど。ん? 防げた? なんでだ?

 もしラビアさんの魅了が失敗したら無効ではなく、MISSと出てくる。なのでラビアさんの攻撃を防いだはずだ。

 姫の弱体耐性が高いのだろうか? 姫の弱体耐性はNPCだからわからないが、勇者以下なのは間違いない。


 なら何故四天王の魅了が効かなかった?


 ラビアさんの成功率が低いなんてことはないだろう。落ち着いて考えないと。私は魔王を五ターンで倒した勇者だ。ってさすがに今は勇者じゃない。姫で対処するには荷が重いか。

 あっ、こんな状況で討伐をしたら面白い。じゃない。落ち着こう。今は遊んでいる暇はない。


「姫」


 作戦を考えているとチェルさんの声が聞こえた。

 なるべく冷静を心がけてゆっくりとチェルさんの方向を見ると自然とチェルさんと視線があう。

 いつもよりも表情が曇っている。どうしたんだろう?


「チェルさん?」

「ラビアの魅了は……いや。ラビアに対してどう思う?」


 チェルさんもラビアさんの魅了に気付いていた。もしかしたら弱体無効はチェルさんの力かもしれない。私がぼんやりしているから気にかけてくれたのかな?


「ラビアさん?」


 ラビアさんの前だし、魅了には気付かなかった事にした方が良いだろう。私は弱体攻撃が見えるようになったようだが、この力をラビアさんに気付かれるわけにはいかない。

 余計なことを口走らないようにしないと。そう決心しながら、チェルさんの様子を窺うように見る。


「いや。いつも通りなら良い。ラビアがお前に魅了をかけようとした。だから俺が座っている席に座ってくれ。ラビアは俺が見ている」

「は、はい」


 チェルさんがそう言いながら、立ち上がると横の席にずれ、空いた席に私のトレイを引く。私も急いで立ち上がるとチェルさんの隣へ移動する。

 その様子を何もせず、にっこりしながらラビアさんが見ていた。余裕なのが少し怖い。


「何もされていない」


 急いで席に座るとチェルさんが言った。優しさが嬉しい。


「ありがとうございます」

「ふふっ。そんなに警戒をしなくて良いよ。もうしないよ。ねえ。お姫様。僕と仲直りの握手をしよう」


 チェルさんと話しているとラビアさんが私に手を差し出す。

 さすがに怖い。ラビアさんの行動の意図を考えているとチェルさんがラビアさんの手をはたくように叩いた。


「お前は今何をしていたか覚えていないのか?」


 チェルさんの眉間の皺が増えた。

 こう言う展開はゲームだと戦闘に発展する。私はどんな攻撃でも即死だろう。チェルさんは先ほど弱体無効を付与してくれたし、チェルさんは防御技も強そうだ。そっとチェルさんに近づく。


「チェルくんにしては仕事熱心だね」

「お前が魅了などかけるからだろう。人は簡単に死ぬ。それくらいわからないのか?」

「今みたいにチェルくんがちゃんと守るから良いでしょ」


 ラビアさんはとても可愛い笑顔だった。

 良くないです。挨拶のように魅了をかけるのはやめて欲しい。チェルさんの言う通り姫は紙装甲だ。


「良いわけがないだろう」

「ふふっ。魅了なんかでは死なないよ。それにこの魅了は他の魅了がかかっていないかチェック出来るだけだからそんなに強い物でもないよ」


 他の魅了。なんとなく予想がつく。きっとチェルさんのことだろう。これは気付かれてる。さっき明らかにライバル宣言していたし、仕方ないかもしれない。

 魔力があるとそんな事が出来るんだな。あっ、これでチェルさんの気持ちを知る――


「姫、どうした?」


 一瞬にして恋愛モードに戻ってしまった。そして私がチェルさんの袖をつかんでいたことに気付く。


「やっ、あっ、あの、ぎょめんなさい」


 チェルさんとの距離が近い。思わず袖を離し、チェルさんから距離を取ろうとする。


「ラビアがちょっかいを出してくるのが悪いんだろう。また魅了をかけられそうになったらどうするんだ。さっきみたいに俺の近くにいろ」


 それを許さないとでも言うように、チェルさんが私の肩に触れそのまま寄せた。距離が近い。見上げるとチェルさんのとても綺麗な顔が視界いっぱいに入る。

 ヤバイ。このままだと心臓が弾けそうだ。


「僕の魅了のが可愛く見えるね」


 私を見ながらラビアさんが笑った。それがチェルさんの行動を指しているくらい予想はつく。

 ユンさんに続きラビアさんまで。ここまで気付かれるのが早いとチェルさんが本当は私の気持ちに気付いているかと疑ってしまう程だ。


「ねえ、そうだ。大した事がない魅了だから、チェルくんにもかけてみようか?」


 視線はチェルさんだが、私に言っているんだろう。

 ラビアさんの魅了にかからなかったら、チェルさんに好きな魔物さんがいることがわかる。かかったらかかったでラビアさんに魅了される。


「だめです!」


 そんな二択はごめんだ。いや、そもそもチェルさんに攻撃しないで欲しい。思わずチェルさんを守ろうとしたら、チェルさんが私の頭に触れる。


「魅了なんてかからないから安心しろ」


 優しく言ってくれたが、チェルさんのその言葉も複雑だった。この流れで言うなんて、やっぱり鈍感だ。


「そっか。まぁ今回はここまでかな。お姫様。ご飯を食べよう。このまま話していたら、美味しい天ぷらが冷めちゃうよ」

「てんぷら?」

「うん。僕も魚が冷める前に食べちゃうね」


 ラビアさんは気が済んだのか「いただきます」と言うと、目の前にあった魚の身を箸でつまみ、ご飯を食べはじめた。

 どうしよう。戸惑いながらチェルさんを見ると、ため息をついた。


「席を移ってもラビアが来る。さっさと食って部屋に戻った方が良い」


 そう言いながらチェルさんが天ぷらに箸をつける。

 確かにユンさんが折角作ったご飯を残すわけにはいかない。私も恐る恐る箸とお茶碗を持つとご飯を食べるのを再開した。




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