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22/201

18.読み聞かせと両親の思い出

 雨はあまり好きではなかった。

 幽閉されるていることがデフォルトだったせいか、以前の私には出来ることは限られていた。その中でも大半を占めていたのが空を見上げること。空が暗いと見ていて憂鬱になる。心がスッキリしない雨が嫌いだった。


 それがチェルさんと過ごすようになって変わった。雨の日は本を読めば良い。

 以前とは違い、鼻歌交じりで本を仕舞っている棚へと向かうと並んでいる本を見る。

 どれにしようかな? 嬉しいことに私の棚はチェルさんから借りている本と魔王様から頂いた本のおかげで迷うくらいに充実している。


 今までは選ぶことなんて出来なかったので、選択肢がたくさんあるとわくわくする。どれにしようかなと本を選んでいると青い目の少し大きな白いヘビと目があった。魔王様から頂いた本だ。

 そう言えば、子供向けの本でつまらないとチェルさんが言っていたな。つまらない本。チェルさんの嫌いな本なのかな? 好きな人の事は嫌いな物も気になる。リサーチを兼ねて今日はこれにしよう。本を取るとソファーに座りページをめくった。


 それはむかしむかしで始まるロンディネのおとぎ話だった。


 ロンディネが小さい村だった時の話だ。雨が降らず、麦は枯れ、周辺の動物は死に絶え、ロンディネは村でいることすらも危うかった。

 このままでは村人が死に絶えてしまう。藁にも縋る思いで村を治めている青年が祠に祈りに行くとそこに白いヘビがいた。

 そのヘビはとても美しく青年が見惚れるほどだった。青年がヘビに釘付けになっているとヘビは空を見る。青年も空を見上げると雲が集まり雨が降った。


 白いヘビは雨を操る神様だった。


 青年はヘビを蛇神様とあがめ、僅かばかり残っていた食料を贈ろうとした。

 だが優しい蛇神様は皆で食べてくれと受け取らなかった。それどころか蛇神様は青年に獣の死体を与えた。青年は蛇神様に礼を言い。そのまま村に持ち帰った。


 次の日。青年が蛇神様にお礼を言いに行くと、蛇神様は「何か望みを叶えよう」と青年に言った。

 青年は「ロンディネを大国にしたい。雨を降らせて欲しい」と願い、蛇神様は承諾した。

「この国が大きくなったら私の国に来て欲しい。あなたの望みを叶えたい」雨が降る中で蛇神様と約束し、そう伝えた青年はロンディネを大国にした。


 だが蛇神様はロンディネに訪れる気配がない。国王になった祠に向かうがそこに蛇神様はいなかった。

 国王はいつか蛇神様がロンディネに訪れた時に望みが叶えられるように、ロンディネを更に大きくしていった。


 蛇神様はとても優しい神様だな。きっとユンさんのような神様かな? 表紙のヘビの目もユンさんみたいに青くて綺麗だ。心なしか窓の外で降っている雨も少し輝いて見える。蛇神様が降らせてくれたのかな。そう考えると思わず笑みがこぼれた。

 チェルさんにも、いやチェルさんには言わない方が良かった。チェルさんはどうしてこの話を嫌いなのかな。

 文字が少ないから? 非科学的だから? 何個か理由は思い浮かぶが、確信は持てなかった。気にはなるが聞くのも良くないな。本を戻そうと立ち上がると扉を叩く音がした。


 誰だろう? 今は十時。チェルさんが来る時間ではない。もしかしたら魔王様かもしれない。机の上に本を置き、ゆっくりと扉に近づくと、恐る恐るドアを開けた。

 するとすぐの本を持ったチェルさんが目に入った。


「チェルさん? 何かありましたか?」

「お前は雨の時は飯の食いつきが悪いからな。様子を見に来た。邪魔だったら帰る」

「いえ、嬉しいです。ソファーにどうぞ」


 チェルさんを帰さないように急いで答える。さりげなく扉を大きく開けるのも忘れない。


「ああ」


 チェルさんが相槌を打つとそのまま部屋の中に入った。いつものソファーに向かうと近くにある机の上に本を置いた。そしてそのままソファーに座る。良かった。引き留められたようだ。


「あっ、その、飲み物は」


 折角来てくれたんだ。チェルさんに飲み物を用意しようと思ったが、この部屋にはコップが一つしかない。どうしようと考えているとチェルさんが私に声をかけた。


「勝手に入室したのは俺だ。気を遣う必要はない」

「は、い」


 どうしようも出来ないし、急いでチェルさんの隣に座る。おもてなしが出来ないのは残念だ。珍しい時間に来てくれたのに。あれ? そう言えば仕事は?


「どうした?」

「チェルさん。お仕事は?」


 今は十時。この時間はいつもだったらチェルさんはお仕事をしている。来てくれて嬉しいけれど、それよりも気になるのはお仕事の邪魔をしていないかだ。

 私に時間を取り過ぎると監視からはずされる可能性だってある。


「今日は休みだ」

「お休み?」


 お休みの日に来てくれた。凄く嬉しい。思わず出てきそうな恋心を無理やり抑え、ゆっくりと普段通りを意識し、チェルさんの言葉を待つ。


「今日と明日の二日間。その後は五日間働かされる」

「お休みがあるんですね」

「四六時中働かされたら逃げるに決まっているだろう」


 意外だった。いや。チェルさんをこの城にいてもらうには良い方法かもしれない。だが私の中の魔王のイメージが配下のものを死ぬまでこき使うものだった。

 ここの魔王様は私の知っていた前世の魔王達とは違う。それでも魔王と思ってしまうからか、チェルさんの言葉を全て納得するのはまだ難しかった。


「そう、ですね」

「ああ。それよりもお前はこんな本を読んでいたのか?」


 チェルさんが蛇神様の本を見ながら苦い表情をした。片付けておけば良かった。


「はい。えーっと」

「蛇の話などつならないだろう。無理に読む必要はない」

「い、いえ。ロンディネを助けてくれたヘビの神様の話でして」

「蛇の神? 蛇が祀られるなど、世も末だな」

「そんなことないですよ。素敵なお話で、我が国も捨てたものではないと思いましたよ」


 チェルさんはヘビが嫌いのように未だに険しい表情をしていた。嫌いになるような出来事があったのかもしれない。隣に居てくれる時はヘビの話をしない方が良さそうだ。

 まずは片付けよう。そっと立ち上がろうとしたらチェルさんが呟くように言った?


「蛇は気持ち悪くないのか?」


 これはどうに答えれば良いのだろう。迷う。チェルさんはヘビが嫌い。だがこのお話のヘビは優しくて嫌いと切り捨ててしまうのは惜しい。


「無理はしなくて良い」


 答えを迷っていたらチェルさんが続ける。嘘はつきたくないし。ちゃんと言おう。

 覚悟を決めるように瞬きをすると口を開いた。


「あまり考えたことがないんです。ただこの表紙のヘビは白くてとても綺麗です」

「白い蛇が綺麗なのか? 変わっているな。人は蛇を避けている。気味悪く思っていると聞いている」


 チェルさんは蛇が嫌いと言うよりも私のことを気にかけてくれている様だった。


「人間は色んな考えを持っていてるんです。気味が悪いと思う人間もいますが、私は綺麗だと思い、ました」

「そうなのか。人は理解し難いな。それよりもお前。その物言いだと自分の国に伝わっている話を知らないようだぞ」


 チェルさんが痛いところをついた。返答に困っているとチェルさんが続ける。


「図星か? 何を隠しているんだ?」

「面倒事ですよ」

「ああ。知ってる」


 最近のチェルさんは私に対して色々と聞くようになった。以前はスルーしてくれていたせいか、あまり気にしていなかった。おかげで油断してしまう。

 誤魔化すことなんて出来ない。小さく息を吐き口を開いた。


「私はロンディネで幽閉されていたんです」

「幽閉? 毒だけじゃなかったのか? ってことはお前はロンディネでもここと似たような生活をしていたのか」

「全然違いますよ。ここは本もありますし、それに……」

「それに、なんだ」


 チェルさんがいるなんて言えなかった。


「誰も殺そうとしないですし」


 頭に浮かんだ言葉を急いで出す。これも確かだ。ここは平和だ。最近は自分の立場を忘れてしまいそうになる。


「毒殺以外にも殺されかけたことがあったのか?」

「たまにですが、刃物を持った人が突然襲いかかってきたりしまして」

「良く生きていられたな」


 チェルさんが怪訝な表情で見る。私もそう思う。


「運が良かったんです。突然雷が落ちたり、目の前の絨毯が燃えたり」

「雷?」


 おかしいのはわかる。きっと謎の力のおかげだ。姫が死んだら話が始まらないし。


「はい。運が良いみたいで、なんとか生き抜けました」

「まさかお前。変な悪魔に憑かれていないか?」


 チェルさんは未だに怪訝な顔をしている。確かに突然雷が落ちるなんてあり得ない。何かに取り憑かれていると言われてもおかしく感じなかった。


「悪魔?」


 チェルさんに尋ねるとチェルさんが私の肩に顔を近づけた。距離が近くてドキドキしているがきっとチェルさんのチェック中だ。こういう時は天井のシミを数えていれば良い。天井へ視線を移動する。

 意識を天井に集中するが、首元に僅かにかかるチェルさんの息にとてもドキドキする。


「お前以外の匂いはしないか。後は黒目か」


 しばらくするとチェルさんが立ち上がるとじっと私の目を見る。痕跡がないか確認しているのは頭ではわかっているが、私は今、チェルさんと見つめ合っている。


「生まれつきなんだろ」

「は、ひゃい。きゅきゅくろめ?」


 突然話かけるのはやめて欲しい。チェルさんへの気持ちでいっぱいいっぱいだ。

 黒目がどうしたのか聞きたかったのに言葉が全く出てこない。


「お前の目は綺麗だと言う魔物が多い。お前の黒目に魅入られたヤツでもいるのか思ったが、それもなさそうだ。本当に運が良かったみたいだな。それにしても姫は大変だな。毒以外でも命を狙われているなんてな」

「そうですね」


 チェルさんの言葉を聞いていたら少しずつ落ち着いてきた。どうやらチェルさんも私が殺されかける原因を知らないみたい。

 わからないことに不安に感じてしまうせいか心が重くなる。


「お前はロンディネが不快だったんだな。ロンディネの本など読んでいて、腹立たしいだろう。本の選択を誤った。悪かったな」

「いえ、本は別です。選んでくれて嬉しいです。それに蛇神樣のお話も知ることが出来ましたし」


 チェルさんが私の事を気にかけてくれただけで充分だ。それに蛇神様の話でロンディネのことも少し好きになれたのも嬉しい。

 チェルさんに伝えるとチェルさんは何も言わずに私をじっと見つめる。どうしたんだろう。そのままチェルさんの様子を窺うように見つめるとチェルさんが直ぐに口を開いた。


「そうか。なら姫。その本を貸してくれ」

「えっ」

「無下には扱わない。これは読んで教える本なのだろう。俺が読む。俺はお前の親ではないが、問題はないな」

「は、はい」


 急いでチェルさんに渡す。チェルさんは本を受け取るとページをめくる。


「むかしむかし、あるところに」


 チェルさんがそのまま読み始める。

 初めてだ。私の家族は読んでくれなかった。と言うか会ったことすらない。父様はキャラデザで知っている。兄弟は顔すら知らない。ユリウス兄様とユリアナ姉様と言うらしい。名前だけ聞いたことがあることくらいだ。

 だから嬉しかった。最初は嬉しさに心臓がドキドキと五月蠅かったが、チェルさんのあまり抑揚がない声がとても心地良く、段々とドキドキが落ち着いてきた。そして眠くなってきた。


「白蛇が……って眠いのか? まあいい。昼飯の前には必ず起こす」


 頭にほんのりと感じた冷たさがとても心地良かった。


***


「姫。もう少ししたら昼だ」


 チェルさんの声がした。ぼんやりする頭で見上げるとチェルさんと目が合う。


「ん?」

「飯になったら起こす約束だっただろう」


 チェルさんが説明するように言った。起こす? 寝ていた?


「えっ、あっ。わ、私は」


 先ほどまでの事を思い出す。チェルさんが本を読んでくれていて、私は寝てしまったらしい。折角チェルさんが本を読んでくれたのにもったいないことをしてしまった。


「まだ飯まで少し時間はある」


 チェルさんは気にしていないようでご飯の話をしていた。約束。そうだご飯の前には起こすとこの前言ってくれていた。寝てしまったんだ。


「ありがとうございます。えっと。その、寝てしまって……ごめんなさい」

「また飯を食い終わったら読めば良いだけだ。ゆっくり休めたか?」

「はい」

「なら良い。姫。飯に行くぞ」


 チェルさんが立ち上がると私の手を握る。温もりがないはずのその手は凄く温かく感じた。

 見上げると心なしかいつもよりもチェルさんの表情が柔らかく見える。

 だからかとても貴重な表情で今日が特別に感じる。

 あんなに憂鬱な雨だったのに。こんな素敵な日が来てくれるのなら、雨の日も良いかもしれない。部屋を出る前に見た外の景色はいつもよりも輝いて見えた。


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