第五十三話:「妨害工作⑨」
「ふう……」
俺は、ホテルの自室へと戻ると、大きくため息をしてベッドへと寝転がった。
選挙は明日。俺が選挙妨害を行える日は実質今日一日だけだ。
先ほど俺達はタクシーを降り、ホテルのフロントで有海、若井さんと別れた。
彼女たちは、今別の部屋にいるはずだ。
俺は1分程ベッドの上でぼうっとする。
真新しいシーツの匂いと、かけられた布団の肌触りの良さが俺の気持ちを落ち着かせる。
そのせいか、段々と睡魔が襲ってきた。
心と体が疲れていたのだろう。
俺は壁に掛けられた時計を眺める。針は深夜1時を指していた。
「……やるか」
俺はぽつりと呟き、疲れた心を奮い立たせると、ベッドの横にある机へと移動した。
机の上には、今日のために仙台から持ってきた俺のノートパソコンが置いてある。
白色で無機質なパソコンだ。
これは2年前、俺の誕生日に有海が買ってくれたものだった。
俺はこれで、小林家の家族写真を整理したり、趣味のプログラムを組んだりしていた。
俺は椅子に腰かけると、パソコンにLANケーブルを差し、起動した。
そして、パソコンのデスクトップ画面が表示されると、俺はあるアイコンをクリックする。
このアイコンは、俺だけが知っているクラウドへの入口だ。
普段は、会社の重要書類などを保存していた。
俺は俺しか知らないパスワードを打ち、クラウドの中へと侵入する。
そして、大量のファイルが表示される。沢山の.aviファイル。動画ファイルだ。
この動画ファイルは、6号君達の視覚情報を一時的に保管したものだ。
俺が登録した6号君の直近24時間分の視覚情報は、ここに保管される。
登録されている6号君は、敵方から助けた6号君50台だけだ。
この機能は、最近のアップデートにより追加されていた。
6号君達を警備に就かせる会社が増えてきたことを鑑み、追加した機能だった。
使い方としては、6号君達を防犯カメラのように使えるのだ。
6号君達の見た景色が警察などへ提出され、捜査に使用することを想定していた。
なので、型が古い6号君にこの機能は搭載されていない。
タクミやミヤビは型が古いので、搭載されていない機能だった。
俺は、動画ファイルから目的のものを探す。
今日桜井さん達を襲撃した6号君達のリーダーの見た景色……。その動画が必要だった。
「……あった。これだ」
俺は目的の動画ファイルを見つける。
6号君達のリーダーの製造番号と、見た時刻の情報。
それが一体となってファイル名を構成しているのだが、俺はそれを見て一致していることを何度も確認した。
「……ちゃんと映っていてくれよ」
俺は、祈るように動画ファイルを再生した……。
朝になった。
あれから動画を見やすく編集し終えた俺は、動画投稿サイトに投稿をし、深夜2時には就寝した。
肝心の動画だが、薄暗いスタジオの中桜井さんと斎藤静香が6号君達を襲うところがばっちりと映っていた。
通常の再生スピードでは何が起きているのかさっぱりだったが、100分の1再生をしてみると、彼女たちの動きが分かるようになった。
6号君達の見た景色は、高いフレームレート数――600fpsで保存されていた。
捜査に活用されるのならば、より多くの情報が必要だろう! と俺が仕様決定の場で宣言して押し通した結果だった。
これにより、彼女たちの動きを撮影することに成功した……。
俺はその時ばかりは昔の俺に感謝をした。
後は、ネット上で勝手に動画の情報が出回るだろう……。俺はそう踏んでいた。
しかし、選挙まで今日一日しかない。
俺は確実性を上げるために、若井さんへ相談することにした。
「すみません。朝早くから」
俺は、目の前に座る若井さんに謝る。
俺の隣には元気そうな表情をした有海が、バイキングから掻っ攫ってきた大量の卵焼きをほおばっていた。
ここ東京ステーションホテルのレストランは、高級そうな雰囲気を受ける。
壁は白を基調としており、天井にはシャンデリアが掲げられている。
そして、バイキングらしく料理が並べられた場所の横では、シェフがオムレツを焼いている。
途絶えることのない注文でも笑顔を絶やさないシェフを見る限り、彼は余程のドМかこれのために鍛錬を重ねてきたのだろう。
「いえいえ、日本の未来がかかっていますから、気にしないでください」
俺の目を見据え、若井さんはにっこりと微笑んだ。
「……で、相談とはどんな内容なんでしょう?」
朝食をつまみながら、訝しげな表情になった若井さんは俺に問いかける。
彼が食べているのは、先ほどのシェフが焼いたオムレツだ。
机には綺麗にナイフとフォークが並べられていたから、彼はナイフでオムレツを切ってフォークで刺して食べていた。
このような方法で食べ慣れていないのか、彼の手はプルプルと震え、時より食器がカチャカチャと騒がしい。
そんな彼の意外な一面に俺は顔が緩みそうになるが、話す内容が内容なので、そんな雑念は頭から振り払い、話に集中することにした。
「実は……。昨日の襲撃を動画にまとめて、動画投稿サイトにあげてみたんですよ」
俺の話を聞いた若井さんは、口に運ぶオムレツの手をピタッと止め、俺を凝視した。
「な、なるほど。ネットにあげたんですか……」
心配そうな表情に変わった若井さんは、手に持っていたオムレツの欠片を口に含むと、オレンジジュースで流し込む。
俺は彼の食べ合わせに若干気になりながらも、昨日投稿した動画をスマートウォッチから再生した。
スマートウォッチから光が投影され、食器の上の空間で像を作る。
若井さんはそれに気がつくと、像を凝視し始めた。
「……これがその動画ですか」
彼がぽつりと呟く。
目の前の像には、薄暗いスタジオの中で6号君達を襲う桜井さんと斎藤静香が映っていた。
遠目で顔の見分けがつかないときもあったため、そのような時は映像に吹き出しを挿入して、彼女が誰なのかがわかるように編集してあった。
俺は、若井さんを見据えると頷く。
「はい。6号君の見た映像はコマ数が多かったので、ここまで鮮明に二人を映し出すことができました。今は〇〇tubeに動画を投稿してあります。動画の再生数は……今のところ3000程ですね」
俺は再生数を見て、暗い気持ちになる。
このペースで再生され続けても、選挙に影響を与えるようになるまでにはかなりの時間がかかることが想定されるからだ。
選挙は明日。革新党を与党にさせないためには、もっともっと多くの人にこの動画を見てもらう必要があるはずだ。
俺は内に隠した不安を押し殺すと、彼の目を見て呟いた。
「……このままの再生数では、革新党が与党になってしまいます。どうにかこの動画を拡散してもらえませんか?」
俺の言葉を聞いた後、若井さんはきょとんとした表情になる。
それを見て、俺の不安が増幅される。
もしここで若井さんに断られれば、革新党の勝利が確実になってしまうからだ。
この動画を拡散するということは、警察に喧嘩を売るようなものだ。
6号君の見た映像ファイルは、確実な証拠となるように証明が付随してある。
その動画ファイルを見せれば、俺が編集した動画の内容がノンフィクションだという証拠になる。
つまり、選挙妨害――公職選挙法違反で俺達が逮捕されることはないと思われる。
しかし、それでも新人類に加担をしている警察が、映像を流した人達を見逃すはずはないだろう……。
賢明な彼ならば、動画をネットにあげたと聞いただけでそれぐらいは想像すると思う。
彼も、1人の探偵だ。今後の捜査に影響が出るだろうから、警察を敵には回したくないだろう。
つまり、彼が俺の願いを退ける可能性も十分にあるといえるだろう。
しかし、彼は顔をすぐに緩めると、にっこりと微笑む。
「なんだ。そんなことですか……。お安い御用ですよ。お任せください」
「あ、ありがとうございます……」
一転安堵した俺は震える声で彼にお礼を言った。
しかし、若井さんは俺の声を遮るように話を続ける。
「だけど、条件があります」
一転真面目な表情になった彼は、俺をじっとりと見つめた。
「その動画の原本ファイルと、編集後のデータ……両方いただけたら動画を拡散しましょう」
一瞬間が空く。
今度は俺がきょとんとしてしまった。
俺達が警察に捕まらないようにするためには、原本データを持っている必要があるし、動画を拡散するためには俺が編集した動画が必要だと思っていたから、俺はどのみち二つのデータを彼に渡すつもりだったからだ。
「そんなことぐらいでしたら……。お安い御用です。よろしくお願いします」
俺は作り笑いをすると、彼にお礼を述べた。
二人が会話をしている中、有海は黙々と卵焼きとオムレツを頬張っていました。
「このオムレツと卵焼き、美味しい!!!!」




