第32話「王妃の祭壇」と「世界の生命」
時が変わり続けていくように阻むものなき純白の風のようだった愛鈴を止める空間がーーついに現れました。地下神殿の最下層です。ここは印象的でした。何から何までもが。まるで誰も人がいない荒れ果てた庭園のようだったのです。かすかな星々が宵闇に輝いているようなこの広い場所は。樹齢が数千年もある大樹のような祭壇がこの空間の奥にはみえました。なぜかほかには何も目に映りません。あの祭壇はとても遥か遠くにあるような気がしました。数十の低い石段を駆け上がっていきます。どうしてこんなにも心を奪われているのでしょう。何にこんなにも心を奪われているのでしょう。その答えすら分かりません。それなのに止まれません。
祭壇の前へと足を運びました。祭壇の石壁には薄い光があります。黒い煤のような汚れによって、それはぼやけていました。右手でその煤を払ってみます。美しい筆の跡のように記されている文字というよりもーー言葉の羅列を発見できました。それらは鏡文字です。内容を理解するために脳内が混乱をしたのは一瞬で、一瞬がたった後には全てを理解しました。呼吸が止まってしまいます。晴天の霹靂で。
心は湿っているのでしょうか? 心は乾いているのでしょうか? こんな気持ちはもう2度とないだろうと思いました。回想をしてしまいました。泥人形のように魂は失われました。これからの未来の行く先はどうなるのでしょう? もしも愛鈴が後ろを振り返ったのなら、花のない花園をこの場所からは見下ろすことができたのでしょう。そこは絵のような世界でした。この世界の全てから生命を奪おうとするーー”死の雨”が降り注いだような。そこには数千の本が散らばってもいました。
どうしてこんなにも嘘のような現実が本当だと思えてしまうのでしょう。こんな結末はありえないとわかっているはずなのに。そんな中で本当の声が届きました。
「あなたの自由は最後に何を手繰り寄せるの? そんな自由の限界を前にしてもあなたはこの世界を愛する心を生み出せる? もう御都合主義ではないのよ? ”奇跡というものはいつも喜劇的ではなくて、時には悲劇的な意味で使うこともできる”ーーそんなことを知っているあなただけはここを訪れてはいけなかったのに」
「どういうこと? 何も意味がわからない。どうしてユフィリアの祭壇がこんなところにあるの? ……さっきまでユフィリアはぼくと一緒にいたはずなのに……」
「そう簡単には信じられないものでしょ? 夢の中のような悲しみというものは」
愛鈴が振り返って見下ろすようなところでした。黒いドレスのような衣服に身を包んで、顔を白いベールのようなものが覆っているーーおそらく女性がいました。
心が浮いているような気がします。心が浮いているような気がします。現実逃避もできません。彼女と出会ったら”何かの間違いだ”なんて考えもなぜか零れ落ちて。
「あなたの愛していた女の子は女神じゃなくて、ある王国の第3王妃だし、この世界では”神話の申し子”と呼べるような存在はあなただけではないの。これからあなたは世界を巻き込んだ戦乱に巻き込まれるわ。あなたの愛していた少女と一緒に」
「……ユフィリアはもうこの世界にいないんでしょ? どうしてぼくがこれからまたユフィリアと会えるの? 君はこの中で眠るユフィリアを生き返らせられるの?」
「今のあなたは時空の狭間を移動しているの。ここだけは7日後のあなたの世界」
「……うそでしょ? じゃあ7日後にはーー」
「あなたの愛していた少女はこの世界から消えてしまっているということよ」
「どうしてユフィリアは死んじゃうの? 君が言っていたさっきの言葉の意味は? ユフィリアが女神じゃなくて王妃ってどういうこと? それにぼく以外にもーー」
「それらはあなたの瞳で確かめる約束でしょ? でもあなたはこれから少しずつ壊れていくわ。愛していた少女を壊そうとする世界にーー壊れた感情を抱いていって」
とても大きな扉が開きました。愛鈴が入って来た扉とはまた別のとても大きな扉が。この神殿が崩れるかと思えるような、あまりにも大きな開閉音に愛鈴がそちらへと視線を向けるとーー生命の鼓動よりも大きく思える銃声が聞こえてきました。
※追記:2月26日
本当に申し訳ありません。こんなにも続編ありきの展開を生み出しておいて、これからのぼくの告白は歓迎されるものではないのは分かっていますが、続きの物語が今はあまりにもぼやけていて言葉にすることさえできないので、本当に申し訳ありませんが、この”Kiss to シリーズ”も一旦は休止ということにさせてもらいたいと思います。いつかまたぼくの中で何かが変わって、この物語の続きも書けるようになった時が訪れたなら、また登場人物たちに命を吹き込んであげたいと思うのでーーもしもその時まで待っていただける方は、ぜひともよろしくお願いします。




