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第19話「千秋の落葉」と「螺旋の再会」

 鉄騎の騎士たちが電柱の前で暇そうに会話に興じていて、”空汽車の模型屋”と店先の吊り行灯からわかるお店に旅人の少女が暖簾をくぐっていき、路頭に迷うというよりも路頭で迷って、心に浮かんでくる全ての事で船酔いでもしているような愛鈴も高木に巻き付くような螺旋階段の入り口に、さすがに心を落ち着けようとするようにして特に健康志向ではなくてもボトル水を飲みながら腰を掛けていました。


「ーーしかしですがお兄様。お兄様から伺った近況を非難するつもりは全くありませんし、その点では憐れみもありますが、この都市の条例を破ってしまったのはもちろん、制止しようとしてくれた人たちのことまで振り切って列車を止め、大きな混乱を起こしてしまった代償として万が一にも鉄格子などに入れられてしまったりしたら、わたくしや瑞葉様たちはユフィリア様にどのように説明をなさればよろしいのですか。さすがにわたくしたちもユフィリア様に申し分が立たないでしょう? お兄様が勘違いをなされたままわたくしと風歌を助けようとして牢屋の中ですなんて?」


「……そうだね。それにあの時に列車に乗ってた人にも迷惑をかけたかも……」


「もういいじゃない桜雪。愛鈴くんはちゃんと悪かったところも自覚してるんだもん。それに愛鈴くんの気持ちを考えたら、駅舎からただ見上げているわけにもいかなかったのでしょうし、それも仕方がないことではありますよね愛鈴くん?」


 まず初めの桜雪ちゃんの正論はもちろん、それを庇うような風歌ちゃんの言葉にも一理があると愛鈴は思いました。だから2回ほど頷いたのです。心なしか風歌ちゃんのほうが強い感じがするのは、おそらく心なしかではなかったのでしょうが。


 いつからか現実感のなさが既視感へと変わり始めていた愛鈴にとっては仕方がないことだったとはいえ、どうやらあの時の愛鈴は早とちりをしていたようでした。


 3階建ての建物の屋上を経由して空飛ぶ汽車のデッキへと飛び乗ってしまい、7両編成の車両へとお邪魔をして、後方から2両目の車両で無事に桜雪ちゃんと風歌ちゃんと再会をできた愛鈴は驚きましたが、今の愛鈴よりも驚いたという描写を使わせてあげるべきだったのは、桜雪ちゃんと風歌ちゃんのほうでしょう。少女2人は何を思ってか愛鈴が列車を緊急停車させながら、車内には警報と混乱を鳴り響かせて、上空へと騎士たちも呼び寄せているのだろうかとーー思ったのでしょうから「……はぁ。何をしているんですかお兄様は、本当に。いくらなんでもこれは冗談では済まされないでしょう……?」という桜雪ちゃんと似た思いは兄妹らしく愛鈴も抱いていましたが、もう時すでに遅しとも言えるような状況で、どうやって自分の冗談のような現実を冗談なんて通じない役職についていらっしゃる騎士の皆さんにお伝えしようかと考え、もうここはあえて気が触れたふりをしたくなりましたが、地上では喧騒とともに見上げる群衆に混じって愛鈴のことを追いかけてきてくれて愛鈴の無実を冗談のような大声で訴えてくれている瑞葉くんがいて、そんな瑞葉くんのおかげで類は友を呼び寄せるために愛鈴のことも冗談のような存在だと思ってくれたのか、はたまた他人から見ても愛鈴は空汽車を襲おうとしている怪しい人というより、大切な少女たちのことを守ろうとしているように好青年にしか見えなかったのか、とりあえずは地上に降りることになったあとに騎士たちの皆さんたちも、「ーー悲鳴が聞こえたならあれなんじゃないの。街の中で劇をやってる人たちがちょうどこの街に来ているんだよ。その劇の悲鳴もみえないところまではさすがに聞こえないと思うけど、耳が良かったり、その子たちの声と似ていたりしたらまぁ勘違いしちゃうのも仕方がないんじゃない」、そのようなことを要約すればおっしゃってお咎めもなかったので、この時に愛鈴はこの世界に生まれたことに万歳三唱しそうになりました。この世界の全てに感謝です。だってこの世界にはこんなにも優しい人々がいるのですから。まさか自分のバラバラ死体をみて、悲しみに耽けるよりも先に笑いの渦に包まれてしまうとも思っていなかったので不思議な感じですが、本当に困ったお兄様ですねという雰囲気を隠せていない桜雪ちゃんと、またこうして愛鈴と会えて嬉しそうな風歌ちゃんがいるのは夢のようで、愛鈴が幸せな気持ちになれたことはたぶん不思議なことではなかったのでしょうが。


「でもねぼくは思うんだ桜雪と風歌。この世の中には一日が千の秋にような感じられる日もあるみたいだけど、それは今のぼくみたいなことを言うんだろうってさ」


「一日千秋という言葉ははもう少し光のある意味で、何も正体不明の騎士団に襲われたり、自らのバラバラ死体をみているようなお兄様には適さないでしょう?」


 懐いてくれている月葉ちゃんと一緒に真っ白な美しい落ち葉を集めてくれていた風歌ちゃんも思わず笑っていました。なんだかんだいう桜雪ちゃんも愛鈴の近くの空気を吸い込んでいる時は楽しそうにして情け深そうな振る舞いもするものですから。


「でもさ風歌はどう思う? ぼくに何が起きているか、君ならわかったりする? ほらっ。風歌のことはユフィリアがすごく可愛がっていたし考え方も似てるかも」


「ユフィリアお姉ちゃんにはわたしではぜんぜん及ばないと思いますけど、もしかしたら考えている大切な何かが間違っているのかもしれませんよね、愛鈴くん?」 


 何か間違っているのかもしれないという風歌ちゃんの言葉。どうしてそれが価値のないものだったのでしょう。ここまで愛鈴の周りの状況を俯瞰しても何も分からないのなら、新しい視点で物事を見ていくということこそ必要なのでしょうから。


 それでも新しく愛鈴の扶翼となってもらえる桜雪ちゃんと風歌ちゃんはどうあれ、愛鈴にとってはそのことに対して”まぁとりあえず善処をするしかないのかなぁ”というほとんどお手上げだと隠喩しているような答えしか浮かばなかったのですが、お屋敷のような休息所の前の幌馬車のお馬さんににんじんをあげながら、また何か引っかかっているというよりも何かを思い出しているように歩き回っていた瑞葉くんがいきなり”!!”というような感じになって、愛鈴たちのほうをみながら、「ねぇ愛鈴くん! やっと僕も何か分かりそうな気がする! 残り物には福があるなら、変わり者の僕たちには誰かの幸があるんだよ! この街の図書館に行って少し調べ物をしてくるから、愛鈴くんや桜雪ちゃんや月葉ちゃんのことはよろしくね風歌!」と威勢よく宣言したかと思うと、これ以上ない満面の笑顔で右手を振ってくるので、月葉ちゃんにつられてみんなでバイバーイと返しながらも、石畳に張り付いていた落ち葉に滑りかけても、わずかなところで体勢を立て直した瑞葉くんの頼もしい背中にーー彼のような存在こそが、銀行なんかにいって兌換なんてできなくても何よりの財産なんだろうなぁと、愛鈴は感激していたのかもしれません。

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