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133 良薬は口に苦しです

 吸血鬼の死体を、氷漬けのまま学園に運ぶ。

 そして氷を砕いて中身を取り出し、灰になるまで魔法の炎で焼き尽くす。


 校庭から登っていく煙を、ニーナはジッと見つめていた。


 九年。

 ローラの年齢と同じ時間を、ニーナは両親を殺すためだけに費やしてきた。

 それが達成された今、彼女は何を思っているのだろう。


「さあ、ローラさん。水をお持ちしましたわ。その灰を飲み込み、吸血鬼化を止めるのですわ」


「いっき、いっき」


「ぐいっと行くであります!」


 シャーロットとアンナとミサキは、水がたっぷり入ったコップを突き出し、早く灰を飲めと訴えてくる。


「ぴー」


 ハクもそうだそうだと言っている。


 そのために吸血鬼を倒したのだから、ローラとしても異論はない。

 とはいえ、灰を飲むというのは、ちょっと気が引ける。

 しかも、あの化物の灰だ。

 本当に大丈夫なのだろうか?


「別の病気になったりしませんよね?」


「さあ……遺跡にはそんな記述はなかったけど……」


 ニーナは自信なさげに言う。


「そこは嘘でもいいので自信ありげに言ってくださいよぅ」


「……大丈夫よ!」


 ニーナは気合いの入った表情と声で言い直した。

 しかし、それでも安心できなかったので、ローラは大賢者に視線を送った。


「灰を使った料理があるくらいだし。古代文明がそうしろって言ってるんだから、まあ、大丈夫でしょ」


「学長先生も意外とアバウトなんですね……しかし、分かりました。乙女は度胸! 覚悟を決めましょう!」


 まだ温かい灰を手のひらですくってコップに入れ、水に溶かす。

 そして目をつむって、一気にゴクゴク。

 苦い。

 これは辛い。

 しかし飲み干さないと吸血鬼になってしまう。

 ゴクゴク、ゴクゴク。


「ぷはぁっ! これで大丈夫ですかね……?」


「……三日経っても吸血鬼にならなかったら成功よ」


「ええ……それまで分からないんですか?」


 そんなことではないかと思っていたが、やはり安心が欲しい。

 ローラは、自分が楽観的なほうだと自覚しているが、人間を辞めるかどうかという瀬戸際だと、流石に緊張してしまう。


「じゃあローラちゃんの血液を、私が調べるわ。エミリアの血液からは吸血鬼の魔力が出ていたし。ローラちゃんの血液から吸血鬼の魔力が消えていたら、成功ってことなんじゃない?」


「なるほど! 学長先生はいつでも頼りになりますね!」


「ふふ、ありがとう。でも、今回は解決まで時間がかかっちゃったわね……こんなに苦労したのは、百三十年前の魔神以来だわ」


「魔神と吸血鬼、どっちが強かったですか?」


「そりゃ、流石に魔神よ。あのときは先代ハクと二人がかりでようやくって感じだったし。でも不死身度だけで考えたら吸血鬼かしら」


「なるほど……やっぱり魔神は強いんですね」


 ローラが魔神を倒せるようになるのは、もう少し先のことのようだ。

 頑張らねば。


「ぴー」


 ハクは自分の話だと思ったのか、ローラの頭の上でモゾモゾ動いた。


「もし、また魔神が出てきたら、ハクも一緒に戦いましょう!」


「ぴぃ!」


 ハクは力強く鳴いた。


「ローラさん。わたくしを忘れてはいけませんわ! 次は絶対に足手まといと言われないよう、強くなってみせますわ!」


「同じく。より一層の努力をする所存」


 シャーロットとアンナも、力強く語る。


「私は皆が頑張れるよう、美味しい料理を作るでありますよ」


 ミサキは耳と尻尾をピコピコさせる。

 ローラは、料理もいいが皆が頑張れるようモフモフさせて欲しい、と思ってしまった。


「ねえ、吸血鬼の灰、少しもらってもいい?」


 ニーナは、もう原型のない、ただの遺灰になってしまった母親を見つめて呟く。

 もちろん、誰も彼女の言葉に異を唱えない。


「……ニーナさんは、これからどうするんですか?」


「イノビー村にお父さんの墓があるから、その隣にお母さんも埋めるわ。そのあとは……まだ決めてない。何をしていいか分からないし」


 そう弱々しく言って、ニーナは銀の杭を握りしめた。

 まるで生きる意味をなくしてしまったかのように。


 母親を埋葬した後、その場で自分の心臓を杭で突き刺し、一緒に眠りについてしまうのではないか。

 ローラの頭に、そんな不吉な予感が浮かんだ。


「ニーナさん。一緒に食べたラーメン、美味しかったですよね!」


「え、急に何……? いや、確かに美味しかったけど……」


 ニーナは怪訝そうな声を出す。


「また皆で一緒に食べましょう!」


「……でも、私は」


「食べましょう! 世の中、美味しい物が沢山ですよ! 私はニーナさんと一緒に、食べ歩きがしたいです!」


 ローラはずいずいとニーナに顔を近づける。

 ニーナは口をあんぐりと開け、ポカンとした顔になる。

 それから頬を赤らめ、照れくさそうに目をそらした。


「し、仕方がないわね……ローラがそこまで言うなら、食べ歩きしてあげてもいいけど……」


「やったー! 約束ですよ!」


 ローラがぴょんぴょん飛び跳ねると、シャーロットたちがニーナを取り囲んだ。


「その約束、わたくしも加わりますわ!」


「私も食べ歩きする。沢山修行をするには沢山栄養が必要」


「私も学食のスタッフとして食べ歩きに参加するであります。研究であります」


「あら、楽しそうね。じゃあ私も混ざっちゃおうかしら」


「ぜひぜひ!」


「ぴー」


 かくして、王都レディオンを食べ歩きし隊が結成された。

 そうだ、どうせならエミリアも加えてしまおう、なんてローラは企む。

 そのためにも、まずは明日の朝一番に病院に行き、このにがーい灰を飲ませてあげないと。

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