あたたかさ
「選抜メンバーの発表を行う。名前を呼ばれた者は前に出ろ。」
団長の低い声が訓練場を引き締める。
手元の書類に目を落としたまま、次々と名前が読み上げられていく。古参の先輩騎士たちの名前が呼ばれる中、新米枠の緊張感が高まっていくのが肌で分かった。
「――以上、数名のベテランに加え、新米枠から二名を選出する」
団長がピタリと視線を上げ、私たち新米の列を射抜くように見据えた。その冷徹な青いオーラからは、新米たちを値踏みするような鋭さが漂っている。
「オリバー・ハワード」
呼ばれた瞬間、オリバーの背中からホッとした安堵のオレンジ色が弾けた。彼は小さく息を吐き出すと、気合を入れ直して一歩前に踏み出す。
「そして――リズ・テイラー」
私の名前が告げられた瞬間、周囲の空気がわずかに変わった。
一ヶ月前まで物珍しそうに見られていた私が、実力だけでこの合同演習の切符を掴み取ったのだ。それを知る同期たちからは、驚きと納得が入り混じった熱のある顔が向けられる。少し離れたところで見ていたウォルターの背中からは、微かに誇らしげな淡い光が揺らいだ気がした。
「はい」
私は短い返事とともに一歩前に進み、オリバーと並んで立つ。
ウォルターの指導の下で泥まみれになりながら鍛え上げた日々が、間違いではなかったという証拠がそこにあった。
「選ばれた者たちは、明日から通常の訓練に加え、合同演習に向けた特別メニューに参加する。いいな。」
「「はっ!」」
私たちの力強い返答を聞き届け、団長は満足げに鋭い視線を引いた。
解散の号令がかかり、広い訓練場に乾いた足音が響き渡る。選抜メンバーたちはそれぞれの準備に戻り、私も自分の荷物をまとめるために更衣室へと足を向けた。
「おい、リズ!」
後ろからバタバタと軽い足音が追いかけてきて、肩をぽんと叩かれた。振り返ると、そこにはホッとした顔をしたオリバーが立っている。
「いやー、選ばれてよかったな! まさか同期から二人も選ばれるなんて思わなかったぜ。」
「……うん。オリバーも、毎日の訓練をサボらなかったおかげね。」
「なんだよそれ、俺が普段サボり魔みたいじゃないか!」
オリバーはわざとらしく大げさに肩をすくめて見せたが、その纏うオーラは安堵と嬉しさに満ちた明るい色をしていた。他愛のないやり取りを交わしながら、私たちは並んで寮へと歩いていく。
自室に戻り、ベッドの縁に腰掛けて一息つく。
一ヶ月前、ボロボロの荷物ひとつでこの門を叩いたときは、ただ家から逃げ出すことで精一杯だった。けれど、泥まみれになりながら剣を振り続けた結果が、今日の選抜メンバー入りという形になって返ってきた。
明日からは、王国合同演習に向けた特別メニューが始まる。これまで以上に厳しい訓練が待ち受けているのは確実だったが、不思議と不安はなかった。
コンコン、と静かな廊下に響く控えめなノックの音。
首をかしげながら扉を開けると、そこに立っていたのは指導係のウォルターだった。いつもの引き締まった表情のまま、彼は私を一瞥してから、手短に用件を告げた。
「……少し、いいか。」
「はい、どうぞ。」
部屋の中に招き入れると、ウォルターは室内には入らず、廊下の入り口に立ったまま懐から一冊の古い小冊子を取り出した。表紙には、第二騎士団の歴代の戦術や、合同演習で想定される特殊な連携についてのメモ書きがびっしりと書き込まれている。
「明日からの特別メニューの前に、目を通しておけ。お前のこれまでの動きは悪くないが、他の騎士団との大規模な連携となれば話が変わる。特に、お前のその型をどう生かすか、個別に考えておいた。」
差し出された小冊子を受け取ると、指先がふわりと彼の手に触れた。
瞬間、静電気のような微弱な衝撃とともに、彼の飾らない本音が頭の中に直接流れ込んでくる。
(……素質はある。ここで潰すには惜しい逸材だ。合同演習で他の連中に目にもの見せてやりたいところだな)
厳格な口調の裏に隠された、確かな期待と認めてくれている熱量。
実家の冷ややかな嘘や侮りばかりを見てきた私にとって、その純粋な評価は胸の奥を温かくした。表情には出さないように気をつけながら、私はしっかりと冊子を両手で握りしめた。
「ありがとうございます。必ず目を通します。」
私の返事を聞いたウォルターは、わずかに満足したように頷いた。
そのまま彼は背筋を伸ばしたまま踵を返し、廊下へと去っていった。
閉まった扉を見つめながら、私は手の中の冊子を胸に引き寄せた。甘えはない、けれど一人ぼっちでもない。明日からの過酷な特別訓練に向けて、心の中に静かな闘志が灯った。
ちなみにウォルターも選ばれてます。




