怒涛の声
「ち、違うんです! テレパシーとかそんな大げさなものじゃなくて、その、勘が良すぎるというか、なんとなく雰囲気が分かったというか……!」
必死に両手を振って否定する私をよそに、オルフェの口からは言葉と思考が交互に、いや、ほぼ同時に洪水のようにあふれ出してきた。
(いやいや雰囲気だけで「シチューのお肉多め」が当たるわけないでしょ。)
「ねえ、もしかして僕の考えてること、本当に分かっちゃってる?」
(絶対僕の思考がダダ漏れてるよねこれどういう現象!?)
「ねえ、隠さないで教えてよ、ねえってば!」
(脳波の波長が同調してるのかなそれとも魔力的な干渉かなあ)
「ひゃうっ……! だ、だから、そういうのじゃなくて……!」
口から出る早口な問いかけと、頭の中に直接響く猛烈な思考のラッシュ。音と声が脳内で綺麗に混ざり合い、どちらがリアルでどちらが心の声なのか、もう完全に判別がつかなくなっている。
(あ、でもここで問い詰めたら怖がらせちゃうかな、でも気になる!知りたい!)
「ねえ、ねえってば!」
(人の考えてることが読めるなんて医者として興味深すぎる!一体どうやって――)
「もう、うるさいです! そんなにペラペラ実況しなくてもいいじゃないですか……っ、ていうか、心の声までそんなに大声で喋らないでくださいっ!」
思考と現実の区別がつかなくなり、半泣きになりながら私がそう叫んだ瞬間。
オルフェはぴたりと動きを止め、その整った顔を驚愕に染めた。そして次の瞬間、黒い瞳がありえないほどキラキラと眩しく輝き出す。
(うわああああ本当に読まれてる!!僕の思考がこの子の頭に直接――!)
「すごい、すごすぎるよリズさん!」
(これって精神感応の才能の塊じゃないか、どうやったらそんなことができるの)
「ねえ、僕の脳の構造どうなってるか今すぐ診察……いや解剖させてよ!」
(あ、今の解剖発言で怖がられたかな、でも知りたい!)
「ひっ、解剖はやめてください――って、また心の声に綺麗に返しちゃったぁぁぁーーっ!?」
両手で自分の頭を抱え、その場で崩れ落ちる私をよそに、オルフェは「本当に僕の心が読めるんだ……!」と両手をパッと合わせ、世紀の大発見をしたかのような満面の笑みでさらに身を乗り出してきたのだった。
「はあ……もう……疲れた。」
自分の口から出た言葉が完全にオルフェの思考を拾ったものだと証明されてしまい、私はぐったりと肩を落として医務室のベッドの端にうなだれた。冷や汗で制服の背中がうっすらと湿っている。
目の前では、オルフェが「いやあ、まさか人間と精神感応で繋がれるなんて……!」「医学の歴史的発見だ!」と、目を輝かせながら一人で興奮を爆発させていた。
そんな彼を見て、私は慌てて顔を上げ、彼の白衣の裾をぎゅっと掴んだ。
「お、オルフェさん! お願いです、今のことは――私が人の心を読めちゃうなんて秘密、絶対に、誰にも内緒にしてください……! 特に、ウォルター先輩とかには絶対に……っ!」
もし心の声が読めるなんて知られたら、不審がられて、距離を置かれるに決まっている。必死の形相でそう頼み込む私を前に、オルフェは顎に手を当てて、うーんと小さく唸った。
(うーん、秘密にしておくのはやぶさかではないけど……でも、こんな面白い素材を隠し持ったままにするのはなあ……よし!)
「うーん、そうだねえ。」
オルフェはパッと表情を明るくさせ、私の手を両手でしっかりと握りしめた。
「秘密にするのは構わないよ。誰にも言わないって約束する。その代わり――」
ニカッと少年のように無邪気に笑ったオルフェは、悪魔的な提案を繰り出してきた。
「条件として、定期的に僕の診察室に通って、その『心の声が聞こえることについて』の実験……じゃなくて、経過観察と脳の構造の研究に協力してよ! ね? 持ちつ持たれつってやつさ!」
「ええーーっ!? それって結局、私が実験台になるってことじゃ無いですか……っ!」
私の悲鳴じみたツッコミをよそに、オルフェは「決まりだね!」と満面の笑みでうなずくのだった。
「じゃあ、さっそく最初の実験だね! まずはじめに、君の体の構造って普通の人間と同じなのか、ちょっと詳しく確かめさせてよ!」
オルフェは目を輝かせるやいなや、私の制服のボタンにスッと手を伸ばしてきた。
「ひゃっ……!? な、なにをするんですか、服を脱がそうとしないでくださいっ!」
「いやあ、精神感応ができるってことは、脳や神経系、あるいは魔力の循環器官に何か特殊な変異があるはずなんだ! だから、ちょっと上着を脱いでもらって皮膚感覚や心拍のデータを――」
(わあ、すごい、肌のキメが細かいなあ、いやいや診察、診察! まずは服をめくって触診から――)
「心の声がダダ漏れですし、やめてくださいってばーーっ!!」
私は必死に身をよじり、オルフェの両腕をガッシリと掴んで全力で押し返す。
「待って、暴れないで、すぐ終わるから!」「嫌です、変な実験しないでください!」と、白衣の男と騎士の私がベッドの上でキャッキャッと(必死に)もみ合い、大立ち回りを演じていたその時――。
ガチャン、と。
医務室の扉が、勢いよく開け放たれた。
「――遅くなったな、リズ。具合は……。」
戻ってきたウォルターが、声をかけながら部屋に入ってきた。
しかし、その足がピタリと止まる。
彼の目の前に飛び込んできたのは、無駄に色気のある美形医師が、半泣きで必死に抵抗する部下の制服のボタンに手をかけ、ベッドの上で馬乗りすれすれに密着しているという、どう見てもアウトな修羅場だった。
「……」
その瞬間、医務室の空気が文字通り凍りついた。
ウォルターの背後から、目に見えそうなほどの漆黒のオーラが、もうもうと立ち上り始める。怒りという次元を越え、怒涛のプレッシャーとなって部屋中を圧迫していくその姿は、まさに怒り狂った猛獣そのものだった。
――バキッ、バリバリッ。
どこからともなく、そんな不穏な音が聞こえた気がした。ウォルターの握りしめた拳の皮が鳴り、足元の床板が彼の踏み込みによってミシミシと悲鳴を上げる。彼の纏う殺気は、いつだったか野党の群れを単身で圧倒した時以上の、鋭く冷たい殺戮のオーラへと変貌していた。
今まで見たことがないほどのウォルターの姿に、私の背筋は一瞬で凍りついた。
ガタガタと全身が震え出し、私はベッドの上でオルフェを突き飛ばしたまま、引きつった笑顔でウォルターに向かって必死に両手を振る。
「ち、違いますウォルター先輩! これはですね、その、オルフェさんの新しい医療の最先端の試みというか、その、スキンシップ的な――いや違います、ただの誤解です!」
「……誤解、か。」
ウォルターの低い声が、地獄の底から響くように落ちてくる。
彼はカチャリと足音を立てながら、ゆっくりと、しかし確実にこちらへ歩み寄ってきた。その目は完全に据わっており、私の弁解など右から左へ聞き流す気満々だった。
「待てウォルター! 落ち着いて! 違うんだ、これは医学的な観点からの非常に崇高な実験で――」
背後でオルフェが暢気に早口で言い訳を始めた瞬間、ウォルターの手が凄まじいスピードで伸び、オルフェの白衣の襟首をガシッと掴み上げた。
「……私の部下に何をしている、オルフェ。」
ゴゴゴゴ……と背後で実体化した黒い炎が燃え盛る中、ウォルターの冷徹な声が医務室の天井を揺らすのだった。




