第20話:後悔したことはない
「……どっちからにする?」
「お前からにしろよ、フェリックス」
「なんだその言い草は! こう見えても僕は公爵家の跡取り息子なんだぞ!」
「うるせぇよ病弱め! 誰が命を救ってやったと思ってやがる!」
そう言い返されると、フェリックスはピタリと黙り込み、身体を震わせ始めた。それに釣られてサラとマルティンも怯え出す。
「これほどのプレッシャー……まるで継羽クラスの……」
「さすがはあいつの相棒ってところか……」
「ひどい……だから言ったんだ、この作戦は無理だって! 相手は一流の冒険者なのに!」
「な、何よ! あなただってフェリックスに賛成したくせに! ぼっぐなんて最初から反対してたのに無理やり連れてこられたんだから……うぅ……ぼっぐのララちゃんはいま頃どうしてるんだろ、もう二ヶ月も話してないよ、あの継羽のせいで……!」
「この変態ストーカーめ!口を開けばララララって、同じ敵でもいなければ今すぐ警察につき出してるとこです!」
「やめてよ!」
全く、見事な内輪もめだな。
「こら、そこまでだ。今から俺にすべての事情を話してもらう」
「チッ……分かったよ」
まずはフェリックスから――
「俺が継羽にボコボコにされた」
「へぇ」
「あいつは、俺がキャサリンを陥れる計画を立てる前に、裏から忍び込んで俺を半殺しにしたんだ」
「ふんふん」
「それからありとあらゆる手口で脅されてね。証拠を掴もうとしても絶対にボロを出さない。一ヶ月前には一大決心をして、街のゴロツキどもをかき集めてあいつの家を襲撃しようと計画したんだ。なのに、たったの一晩でそのゴロツキどもが一網打尽にされて全員ブタ箱行きさ。しかも継羽の野郎、ありとあらゆる濡れ衣を着せた上に、完全密室で俺と一対一で対峙する状況を作り出しやがったんだよ」
あの女、なかなかやりやがるな。
「証拠を突きつけられて追い詰められて、最後には土下座して許してくれって頼み込んで、キャサリンに関わるのは二度と諦めるしかなかった……そしたら、この連中に出会ったもんだからさ、もしかして復讐できるかもしれないって希望が湧いてきたってわけさ」
「マジかよ」
「本当さ」
よりによって、こんなダメ人間どもと組むってのか? 落ちぶれた商人一族の女と、どこにでもいる頭のおかしい変態ストーカーだぞ。あんな東方の超大国出身で、しかも規格外の天才チート女―継羽に勝てるわけがないだろ……まあ、こいつらは何も知らないから無理もないか。
この学園の連中からすれば、継羽なんてただの普通の貴族から来た留学生にすぎないのだからな。
「次はサラ」
「私は、継羽にひどいデマを流されて、私がカイラに流したデマを全部かき消されちゃったの」
「ほぉ」
「気づいたときにはクラスの全員に避けられててさ! カイラが嫌いな連中もみんな私を切り捨てて、またカイラにすり寄りやがって! 私ですら社会のゴミ扱いよ……ひっ、ぐすっ……!」
泣き出しやがった。
「自業自得だろ、それ」
「うるさいわね! 私が流したデマなんて―ただ、カイラがエビアレルギーでぶっ倒れたってだけよ!」
なるほどな。
サラの原作ルートでの立ち回りは、まず簡単な嫌がらせのデマを流すところから始まる。
それを見た「サラが嫌いなグループ」―つまり継羽の手下たちが彼女にちょっかいを出して、わざとエビを食べさせたりするわけだ。形勢が怪しくなると、サラはさらにデマの規模を大きくして騒ぎを起こす。
そして最終的には継羽もそれに便乗してくる。物語の中盤でレナードたちに敗北すると、サラは仲間を見捨ててすべての罪を押し付け、今度は自分がラスボスとしてカイラに牙を向く……ふん、まあ、無能な悪役令嬢が追放されるお決まりのパターンだな。
「順調にいってたら、エビだけで済ませるつもりじゃなかっただろ?」
「え、えっと……そんなこと...」
もちろん、継羽は芽のうちに摘み取っておくべきだと分かっていたはずだ。だが、ここまで徹底的に社会的抹殺を図るとは、少しやりすぎな気もするが。
「それに、本当にエビでアレルギーを起こしたのはお前自身だろ」
「えっ、どうしてそれを……?」
サラは顔面蒼白になり、自分の両腕を抱きしめた。
僕はふっと笑みをこぼした。
「次はオマエの番だな、マルティン・スケイベート」
「……あ、……おう」
マルティンは冷や汗をダラダラと流している。
「ぼっぐ、話さなきゃダメ……? あんまりイメージ良くないんだけど」
「手短に頼む」
「……ぼっぐはララを隠し撮りしようとしたんだけど、いつも継羽に邪魔されちゃってさ」
「どんな隠し撮りだ?」
「服が濡れて、中の肌がうっすら透けて見える瞬間を狙ったやつ」
それを聞いたサラは、ものすごく嫌そうな顔をした。一人の女性として本能的に拒絶したくなる気持ちも分かる。フェリックスも引きつった笑顔を浮かべている。
「最初は偶然だと思ってたんだ。でも何度やっても毎回必ず邪魔が入って、ある日なんて継羽の野郎、ぼっぐの自慢の一眼レフカメラを粉々に叩き壊しやがったんだよ……! おじいちゃんから受け継いだ、世界に一つしかない大切なカメラなのに……! それをめちゃくちゃにしておいて、あいつは平然とした顔で立ち去りやがったんだ!」
こいつ、おじいちゃんの大事な遺品をスケベな盗撮に使ってやがったのかよ。
「……もう許さない……あいつのことは、絶対に許してやらないんだから……!!」
「でお前ら、こんな奴らと本気で手を組むつもりか?」
「つ、使えるものは何でも使わなきゃやってられないだろ....」
フェリックスすらあきれ顔だ。
「まあいいさ。どいつもこいつも散々な目に遭ってきたわけだ、俺と同じにな」
「おいお前……もしかして、あいつの恋人ってわけじゃないのか?」
は? 恋人?
「冗談言うなよ。俺の好みはキャサリンさんみたいなタイプだ」
「なんだよ、あのおっぱい女に惚れてたのか」
「今度もう一度キャサリンさんをおっぱい女なんて呼んでみろ、その場で首を刎ねてやるからな」
「……」
まったく、こいつらはヒロインたちに対する敬意がなさすぎる。継羽の敵同士じゃなかったら、今頃とっくに地面に埋めてやっているところだ。
世間で言う「敵の敵は味方」ってやつか。
「さて、お前らをどう料理したもんか……どうやって継羽をギャフンと言わせてやろうか」
3人は顔を見合わせ、コクコクとうなずき合った。
「お、俺たちは全力を尽くすよ! 君の知恵を借りてあの継羽をギャフンと言わせられるなら―絶対に勝てるはずだ!」
「ふん、いいだろう。それじゃあ―」
僕は立ち上がり、天に向けて指を突き立てた。
「あの女の鼻を盛大にへし折ってやろうぜ!」
「「「おーっ!!」」」
それから僕は、頭の中で思いついた大まかな作戦を説明して聞かせた。例えば、僕がララに話しかけようとするのを継羽が邪魔してきたら、こいつらにブロックさせるとか、あるいはキャサリンを連れ出すためにわざと騒ぎを起こして、その隙に僕が話しかけに行ったり、カイラを困らせて僕が助けに入るというヒーローらしいシチュエーションを作らせるとか。
「……おいお前、まさかその作戦の目的って―子をナンパすることなんじゃないのか!」
その通りだ。僕はゲームの主人公として、継羽に邪魔されずにモテまくりたいのだ。そのためには、こいつらに雑用や囮を押し付けて継羽をてんてこ舞いにさせる必要がある。
「だ、ダメだ! ぼっぐのララを渡さないからね!!」
「ちょっと待てお前、自分がララの保護者面してんじゃねぇよ! 女性に対する最低限の礼儀ってものを覚えろ、このスケベ!」
マルティンが騒ぎ立てると、それに乗っかるようにサラが叫んだ。
「私だって反対よ! あんたの私利私欲のために私たちが利用されるなんてまっぴらだし、おまけにあのカイラにいい顔しようだなんて、絶対に許さないからね!」
「じゃあ話はここまでだな」
「そうよ、都合のいいことばかり言わないでよ!」
「継羽に復讐できるんだぞ」
「私たちの主目的は継羽への復讐じゃないんだ! ただ、邪魔をするあの女を排除したいだけなんだよ!」
「じゃあこの話はナシってことでいいんだな?」
不審な目を向けてくる3人……僕は腕時計に目をやった。そろそろ夕方になる頃だ。そろそろ継羽と落ち合ってキャサリンさんのクエストをこなす時間だな。
僕は目を閉じ、地面の微かな振動に意識を集中させた。 誰かがこっちに向かってくる――
「おい、もしこのタイミングでいきなり継羽が現れたらどうする?」
「……えっ」
「もし継羽に、お前らが俺を拉致したことがバレたらどうなるかな」
その仮定を聞いただけで、3人の顔が一気に真っ青になった。
「ひっ……考えたくもない……息の根を止められるどころか、二度と太陽の光を拝めなくなるぞ……」
「「「…………」」」
完璧な沈黙。
「おい! これからお前らの意見は却下だ、俺の命令に従え! それとも、このまま継羽に順番にハントされていきたいのか、このカス野郎どもが!」
「……フェリックス」
「なんだよ」
「私たち、完全に相手を間違えたみたいわ……」
「ああ」
「こいつ、継羽よりもはるかにタチが悪くないか……?」
「で、従うのか従わないのか」
「分かったよ、従えばいいんだろ!」
よしきた。
最終的に、この三流の悪役どもは僕に屈服し、適当にその辺の紙切れに作らせた謎の誓約書にサインさせられた。
「素晴らしい」
「はっ、はい」
フェリックスが急に敬語を使い出したぞ。
トントン、トントン……足音が近づいてくる。
僕は床に座り込み、不敵な笑みを浮かべた―次の瞬間
ドン!!! 大きな爆発音とともに部屋の壁が吹き飛び―アクション映画さながらの登場を飾ったのは、黒髪をなびかせた一人の少女、長大なカタナを抜いて首筋に突き立てる準備万端の『継羽満月』だった。
「ひぃっ!!」
「キャーッ!!」
「う、うわぁぁぁ、継羽満月だァァァッ!!」
三人の雑魚悪役たちはパニックを起こして逃げ惑い、僕はそんな彼らを他所に、冷静な笑みを浮かべて継羽を見上げた。彼女は僕の視線に気づくと、ふっと不敵な笑みを返した。
「あらぁ。連絡のつかないと思ったら、こんなところで同レベルのお友達とお遊戯会ですか?」
同じレベルの友達? また遠回しに僕をバカにしやがって。
「冗談言うなよ、俺が拉致されるわけないだろ」
「さあどうでしょうね。あなたって、小さくて持ち運びやすそうですしね」
「くっ...! 言わせておけば」
継羽は僕が悔しがる様子を見て、愉快そうに声を上げて笑った。 本当におかしな女だ。
「それでは帰りましょうか」
そこから彼女はあっさりと手を差し出してきた。僕はわざと手を握らず、ポケットに手を突っ込んで部屋から歩き出て行った。継羽からの気味の悪い視線が背中を追いかけてくる。彼女は厄介な雑魚を3匹置き去りにして、僕の後をついてきた……。
「敵……なんだよマジで」
雑魚ども最後のセミの声みたいな断末魔は聞こえなかったが、まあ手下を3人ほど増やせたということにしておこう。
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僕と継羽は待ち合わせ場所、つまりレナードが働いているはずの古道具屋に似たカフェに座っていた。
どういうわけか、そこはキャサリンさんとの待ち合わせ場所になってしまっていた。
レナードはエプロンを着け、熱心に働いている。
「アニキ、姐さん、いつもでいいですかね」
「ああ」
「はい」
僕と継羽は同時に言った。
「「水、いつも通りで」」
それから間もなく、水と共にキャサリンさんがやってきた。
「いつも通りの水です、レナードさん」
水が3つグラスに置かれた。誰も一口も飲もうとしない。レナードが裏手から荷物を抱えてバタバタと走り回り、ちらほらと顔を覗かせるのは、ここ数週間の見慣れた日常だった。
「それでは―」
『フロントゥアクス・ミラクル』のゲームのルーティン―ただ景色が違うだけで、主人公が僕ではないというだけだ。
僕はすべての中央にいる継羽をチラリと見た……こいつ、僕を主人公にする気なんてさらさらなさそうだ。 これじゃあ―『悪役令嬢が俺を主人公にさせてくれない』ってわけだな。
僕はため息をつき、頬杖をついて、時間が過ぎ行くのに身を任せた。
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もしあの時のあの子が僕の代わりにここに立っていたら、喜んでくれただろうか?
なりたかった役割は奪われ、それでも人生を見守り、自分の好きなものと共に生きる。すべては予定通りにいかなくても……それでも生きている。
話して、聞いて、悲しんで、笑って、
嫌われて、愛されて、嫌いになって、愛おしくなって。
感覚に触れて。
どうしようもなくダメだと思っていた多くのものだって、正直なところ失いたくないと思うものの数々に比べれば遥かにマシだった。迷い、複雑で、理解し難い。それらは人間と共に在るものだ。
僕は遠くにいる誰かを想った。この世界からも、命からも、あらゆるものからも遠く離れた―この手が二度と届かない、この目が二度と捉えられない、どこか遠くへ。日を追うごとに、その声も形さえも忘れ去られていくような、そんな誰かを。
自分とは完全に別の次元に生きている彼女。
僕がその苦しみや幸せを感じてほしかった彼女は……僕が立っているこの立ち位置を、喜んでくれるだろうか?
僕は顔を上げて夜空を見上げた。あの子の輪郭や声よりも深く心に刻み込まれた光景が、ふっと脳裏に浮かび上がってきた。 生きていることを共にかみしめた楽しかった時間をすっかり塗りつぶしてしまうような光景。
それは命を失い、生を失ったものの姿。目の前でまさに消え去ろうとする光の姿……。
ごめん、ごめん―あたたかな指先が僕の目元に触れ、目頭から何かを払い落とした。
何が起きた? 最初はそんな疑問が浮かんだ。 だが― すぐに視界が開けた。 継羽が手を上げてそれを払っていた。
「目、濡れてますよ」
それは涙だった。
「どうしたんですか急に……。何か悲しいことでも思い出したんですか?」
いつになく優しい声、そして自分に関係のないことなのにどこか苦しそうな顔。
「……なぁ、お前さ、悲しかったことってあるか?」
「……今は無いと思います」
「いいもんだな」
「でも、悲しくならないようにしようとは思ってます」
継羽の答えに僕はちょっと驚いた。
努力か、あの継羽はずっと努力してきたんだな。何をやっても才能でうまくいくタイプのキャラクターなんかじゃなく、自分なりのやり方で努力して、 生きている。あの子とは違う。
「っ」
余計に泣けてきた。
「なんで泣き方がひどくなってるんですか」
「泣いてないもん。ただ、埃が入っただけだもん」
「可愛いふり止めてください……はあ、そうですかそうですか」
「適当にあしらうなよ。続けろよ」
「何で泣いてるんですか」
「そんなの簡単に言えるわけないだろ」
継羽が面倒くさそうな顔をした。それを見て、僕は少し胸が痛んだ。
「なんだいなんだい」
「相変わらず泣き虫ですね」
「相変わらず?」
「何を相変わらずって言ってんだよ」
僕が真っ向から言い返すと、継羽は黙り込んだ。
「この俺が誰かの前で泣いたことなんて―」
「ありますよ。何度も」
「……ちょっと待て」
あると言えば―あっ。 ある『若いの』の顔が思い浮かんだ。よく見たら顔がちょっと継羽に似てなくもない……まさか。
僕は核心に近づき、ついに点と点をつなぎ合わせた。継羽はフッと誇らしげに微笑んだ。
「ま、まさか嘘だろ―」
「はい。当ててみてください――」
「まさかお前、あの若いのの姉なのかよ!!!?」
......................
....................................
辺りに沈黙が包み込まれる。 無表情になった継羽が僕をじっと見つめ、まるで人を殺したいかのような目を向けてきた。
「はい、その通りです」
「チッ、あの野郎。俺のことは誰にも言うなって口酸っぱく言ってやったのに。仕方ない、今度会ったら捕まえてお尻ペンペンして説教してやらなきゃな」
継羽の頬が真っ赤に染まり、両手を上げて僕の顔を押しのけた。
「ダメです! ダメです! ダメです!」
「な、なんだよ! もしかしてブラコンかよ!?」
「はぁ!?
「あんなクソガキ、暇なときに捕まえてケツ叩いてしつけとけよ! マナーもなってないし口も悪い、火星から見ても親の顔が見てみたいわ!」
「くっ――このバカ!!」
継羽が真っ赤な顔をして声を張り上げた。めったに見られないそんな顔―あいつも、そして継羽も、どう表現していいか分からないけれど、一緒にいるこの時間だけは、泣きたくなるような気持ちなんて少しも湧いてこなくて―でも結局、あの二人の前ではどうしようもなく涙が出てしまう。
一体なんなんだよ、まったくこれだからさ。
僕ってやつは、本当にどうかしている。
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「はぁぁぁぁぁ!!!!」
妹からの盛大なため息が響いた。兄はまばたきをパチパチさせる。
「ゲームの主人公になりたいなあぁぁ」
……なんだそりゃ。 それを聞いた兄はクスリと笑いつぶやいた。
どんよりとした空気は少しずつ薄れていき、やがて他のことをする時間になった。兄は妹に手を振って、部屋から歩き出した。彼は彼女の部屋の扉の前に立ち、さっきのことを思い出していた。
『私を妹に持って、がっかりした?』
だって?
「……一秒だっても思ったことないさ」
悲しいって? そんなこと、聞かれもしなければ頭に浮かんだこともない。聞かれたって、即座に否定するだろう。
ポツリとこぼしたこの言葉を、本心から―最初から伝えていられたら、どんなによかっただろう。
…………………
……………. ……….




