第二十四話 南の家の悲願
天文十四年(1545年)十月
薩摩の秋は、阿蘇の秋より少し乾いていた。
風は高く、空は澄み、城の屋根瓦の上を渡る光は鋭い。南の国は温いという先入れを持っていれば、この季節の朝の冷たさに思わず背を正すことになる。
島津の館の一室で、伊集院忠朗は静かに口を閉ざしていた。
話し終えたからではない。
聞かれるのを待っているのだ。
上座には島津忠良――後に日新斎と呼ばれる男がいる。
その脇に、島津貴久。
少し下がって、樺山善久。
・島津日新斎(しまづ じっしんさい/忠良)
島津日新斎は、戦国島津家の礎を築いた名将であり、島津貴久の父として知られる。武勇のみならず、家の立て直しと人材育成に優れた、いわば島津中興の祖と呼ぶべき存在である。乱れた家中をまとめ、分裂していた島津一族を再び主家のもとへ引き寄せたその手腕は大きい。さらに『いろは歌』を遺したことで知られるように、日新斎はただ戦うだけの武将ではなく、武士の道や身の処し方を説く精神的支柱でもあった。苛烈な乱世にあってなお、節度と教養を失わぬ、厳格にして深みのある老将
・島津貴久
島津貴久は、戦国期に島津家の実権を掌握し、その勢力拡大の礎を固めた当主である。父・日新斎の後ろ盾を受けつつ家中を掌握し、薩摩統一を進め、大隅・日向へと版図を広げる足場を築いた。島津義久・義弘・歳久・家久という四兄弟の父でもあり、のちの島津最盛期を準備した人物といえる。貴久の時代には鉄砲の導入にも積極的で、旧来の意地や格式に縛られぬ現実的な判断が目立つ。威勢で押すというより、家を大きくするために必要な手を冷静に選ぶ、静かな迫力を備えた戦国大名
・樺山善久
樺山善久は、戦国期の島津家に仕えた武将であり、薩摩・大隅の戦場を支えた樺山氏の当主である。島津忠良・貴久の時代から軍功を重ね、のちには島津四兄弟の時代にもなお一門・宿老として重きをなした。樺山氏は代々、前線で泥をかぶることを厭わぬ家であり、善久もまた華やかな覇気を表に出すというより、主家のために着実に戦功を積み上げる実戦派の将として描ける。老いてなお家中で発言力を持ち、乱世を生き延びた武門の重みをその身に宿した人物である。
灯は少ない。
広くもない座敷だ。
だがここにいる三人の前では、南九州の先の形が少しずつ決まってゆく。
忠朗は阿蘇から戻って、まだ半日も経っていない。休む間もなく呼ばれたということは、それだけ阿蘇の件が軽くないと見なされている証だった。
最初に口を開いたのは貴久だった。
「で」
短い。
「阿蘇はどうであった」
忠朗は膝の前に手を置いたまま答える。
「ただの神家ではございませぬ」
貴久の眉がわずかに動く。
「阿蘇大宮司家としての権威はもとよりございます。ですが、いまの阿蘇は、祈りの家にとどまる気がありませぬ」
樺山善久が腕を組んだまま言う。
「大きく出るな、忠朗」
「見て参りましたので」
忠朗は言葉を濁さない。
「田を太らせ、市を育て、飴と玻璃で銭を作り、その銭で鍛冶を育てようとしております。さらに山まで見始めた」
「山」
忠良がそこで、初めて声を出した。
静かな声だった。
「鉄にございます」
忠朗は答える。
「少なくとも、鉄気ある山を見ておる。鍛冶場も起こし、農具を改め、田の収穫を増やしております」
座敷の空気が少しだけ変わった。
ただ城を持つだけの国衆なら、ここまで重い空気にはならない。
田、市、鍛冶、山。
それは“国を太らせる”筋そのものだからだ。
貴久が忠朗を見た。
「宗運はどうだった」
そこを聞くか、と忠朗は内心で思う。
だが、当然でもある。阿蘇の今を支えているのが誰かといえば、まず甲斐宗運だ。
「切れます」
忠朗は迷いなく言った。
「見た通りにございます。話をまとめる速さ、言葉の置き方、出しすぎず、だが隠しすぎぬところ。あれは軽く見ぬ方がよろしい」
樺山が低くうなる。
「武の方は」
「まだじかには見ておりませぬ。ですが、近ごろの境目戦では兵を多く出し、伏兵を読んで勝っております」
「若君が読んだという話か」
樺山の問いに、忠朗は少しだけ口元を引き締めた。
「そう聞きました」
「噂ではなくか」
「兵の口から上がった名までございます」
貴久がそこで少し身を乗り出した。
「鬼童、だったか」
「はい」
樺山が鼻で笑うように息を吐く。
「兵はすぐ妙な名をつける」
「ですが」
忠朗はそのまま続けた。
「名が立つには、それだけのことをしたのでしょう」
忠良がそこで、初めて忠朗を正面から見た。
「おぬしは、その童をどう見る」
忠朗は一拍置いた。
ここは軽く答えるところではない。
「本物にございます」
樺山が少し顔をしかめる。
「童だぞ」
「ええ。ですが、童の話ではありませぬ」
忠朗は落ち着いて言う。
「わたくしに語らせたのは宗運でした。ですが、持たせた言葉は若君のものです。阿蘇は田を整え、市を育て、銭を作り、その銭で鍛冶を育て、その先で兵を整える――そう申しました」
「それは宗運の作った言葉ではないと」
貴久。
「違います」
忠朗は即答する。
「宗運はあれを“使える形へ直している”。ですが元の筋は、若君の目から出ております」
忠良の目が細くなる。
「ほう」
「しかも、その若君は、我らを今の勢いで見てはおりませぬ」
「……何と見ておった」
忠朗はそこで、阿蘇の座敷で聞いた言葉を、そのままではなく少しだけ整えて出した。
「島津は、これから家をまとめる。教えを持つ。戦ぶりにも癖が立つ。今の強さではなく、これからそういう国になる家として見ておる、と」
樺山の顔つきが変わった。
貴久も黙る。
そして忠良だけが、ほとんど動かなかった。
だが、忠朗にはわかった。
いちばん深く刺さったのは、この人だ。
少ししてから忠良が言う。
「誰を見て、そのように申した」
「御前にございます」
忠朗は頭を下げた。
「忠良様のことかと」
座敷に静けさが落ちた。
風の音すら遠い。
その沈黙を、貴久が先に破った。
「面白い童だ」
「面白い、で済めばようございますが」
忠朗が言うと、樺山が低く笑った。
「済まぬか」
「済みませぬ」
忠朗ははっきり言った。
「阿蘇の若君は、ただ利にさといだけではありませぬ。家の作り方を見ております」
忠良が、そこで小さく息を吐いた。
「それは恐ろしい」
穏やかな声だった。
だが、樺山も貴久も、その一言の重さをわかっている顔だった。
「人は城の数や兵の数を見ておれば楽だ。だが、家の骨を見る者は厄介よ」
忠良の目は、障子の向こうでも見ているように静かだった。
「しかも幼い」
「はい」
「若くしてその目を持つなら、長く育てば大きくもなろう」
樺山がそこで口を開く。
「育てば、だ」
武辺者らしい、乾いた言い方だった。
「幼い若君など、戦国では長う生きぬことも多い。名が立つほど狙われる」
忠朗はそれに頷いた。
「それもまた、あちらは承知しております。宗運がかなりきつく締めておるように見えました」
「では宗運と若君、両方を見ねばならぬか」
「はい」
忠朗が答えると、樺山は腕を組んだまま天井を見た。
「厄介だな」
「厄介にございます」
貴久は、そこでようやく口元を少し動かした。
「だが、放っておくには惜しい」
それがこの場の結論の芯だと、忠朗は感じた。
阿蘇は、今すぐ従えるべき小勢ではない。
だが敵に回して消耗するには惜しい。
まして、これから北へ目を向けるなら。
貴久が静かに言う。
「われらの悲願は、三州を一つにすることだ」
樺山も忠朗も、黙って聞く。
忠良は目を伏せている。
貴久の声は大きくない。だが、この場ではそれで十分だった。
「薩摩、大隅、日向」
言葉が一つずつ置かれる。
「この三州を押さえ、家中を一つにまとめ、南の地をわれらのものとしてようやく、島津は本当に立つ」
忠朗は頭を下げたまま、その言葉を聞いていた。
そうだ。
これがこの家の奥底にある願いだ。
薩摩だけでは足りぬ。
大隅だけでも足りぬ。
日向まで押さえて、初めて南の国として一つの形になる。
それが三州制覇。
忠良がそこで、静かに言葉を添えた。
「三州制覇とは、ただ土地を取ることではない」
貴久も樺山も、黙って聞いている。
「薩摩をまとめ、大隅を抑え、日向へ及ぶ。そのうえで家中を割らず、人を逃がさず、外へも顔を持つことよ。三つの州を持っていても、ばらばらなら意味はない。一つの国のように動いてこそ、悲願は成る」
忠朗は、やはりこの人がいちばん本質を見ると思った。
ただ軍を進める話ではない。
国の作り方そのものだ。
そしてその話は、阿蘇の若君が考えていることと、どこか響き合っていた。
貴久が続けた。
「三州を取るなら、いずれ北を見ぬわけにはいかぬ」
ここで、ようやく阿蘇の話へ戻る。
「肥後東寄りにある阿蘇を、敵として置くか、縁を通じた相手として置くか。それは今のうちに考えて損はない」
樺山が言う。
「今すぐ刃を向ける利は薄い。あの家を噛んで得るものより、結んで得るものの方が多そうだ」
「うむ」と貴久。
「しかも大友がいる。北で大友とやる時、阿蘇がどう動くかは軽くない」
忠朗がそこで補う。
「阿蘇もまた、大友をただの遠い名では見ておりませぬ。あちらは肥後で“話を通さねばならぬ家”を目指している」
樺山が笑った。
「大きく出る童だ」
「大きく出ているだけではございますまい」
忠朗は静かに返した。
「すでに田は増え、市は動き、境目の館を落とした。口だけの家ではございませぬ」
忠良が頷いた。
「ならば、いま島津が取るべき道は一つよ」
座敷が静まる。
「敵にするな。
だが、呑み込む気で近づくな。
縁を保て。
先を見よ。
その童が本当に育つかを見よ」
貴久がその言葉を受けた。
「うむ。誓紙までは急がぬ。だが糸は切らぬ。商いも、言葉も、返礼も返す」
「返礼の品は」と忠朗。
「玻璃に対しては、こちらもただの土産では軽い」
貴久は少し考えた。
「南の珍を選べ。だが、見せびらかしになりすぎるな」
樺山がそこで、初めて少しだけ笑った。
「それと、鬼童殿には何と返す」
忠良が答えた。
「“先を見る者を、島津は嫌わぬ”と」
忠朗は、その一言を心の中で反芻した。
短い。
だが十分だ。
若君はきっと、この言葉の重みを理解するだろう。
そして、忠良はさらに続けた。
「ただし、同時に伝えよ。先を見すぎる者は、時に早く死ぬともな」
樺山が低く笑う。
「脅しですか」
「いや」
忠良は静かだった。
「忠告よ」
その声に、少しだけ冷たいものがあった。
これは敵意ではない。
むしろ、見込んだからこそ出る冷たさだ。
貴久が最後に言った。
「いずれ、若君本人も見たい」
忠朗は頭を下げた。
「承知いたしました」
「だが今はまだよい。阿蘇がもう一段太るか、あるいは一段危うくなるか、そのどちらかを見てからで足りる」
忠朗は、そこまで含めてよくわかると思った。
島津は、いま阿蘇を取り込もうとはしていない。
しかし切る気もない。
見ている。
値を測っている。
そして、使い道があると見ている。
それだけで、十分大きな成果だった。
座を辞したあと、廊へ出ると、樺山が後ろから声をかけてきた。
「忠朗」
「は」
「宗運は、本当に切れるのか」
「切れます」
忠朗は迷わず答えた。
「では、若君が本物でも、しばらくは宗運が阿蘇を持たせるな」
「そのように見えました」
樺山は腕を組んだまま、少し空を見た。
「面白い」
「何がにございます」
「阿蘇は、いま育ちかけの木だ。だが、支える手が良い」
忠朗はその言葉に頷いた。
忠朗はふと思う。
阿蘇の若君は、島津を今でなく先で見た。
では島津は、阿蘇をどう見るか。
答えは、もう出ている。
いまの力ではなく、これからどういう家になるか。
それを見ているのだ。
南の空は高く、乾いた風が吹いていた。
三州制覇の悲願はまだ遠い。
だが、その遠い道の北側に、阿蘇という小さからぬ結び目があることを、島津の家は今、はっきりと知った。




