第一章 琥珀色の瞳の王女
投稿するまでに間があいてしまい、申し訳ありません。
石の剣の王3 集結 第一章 琥珀色の瞳の王女 をお届け致します。
最後まで読んで頂けますと嬉しいです。
大地と大海の狭間
〈境界の地の水晶〉に咲くアザミの野に
聖なる双子は降臨せり
その太陽のごとき顔に
枯れ果てた木々も若葉を芽吹き
その月のごとき御姿に
猛き獣も頭を垂れる
かの双子のもとに集いしは
樫の枝の杖に選ばれた
四十四人の高潔なる騎士
讃えよ、王を
我らの王を
聖なる王にして創始の御方
双つ玉座の〈双子王〉に
あまねく勝利と栄光を
序 章
広場を埋め尽くした群衆の熱を帯びた視線は、中央にしつらわれた大きな壇に集中していた。
壇には黒い頭巾を被った大男が仁王立ちしており、その無骨な手には不吉な光を放つ巨大な斧が握られている。
そして、彼の足元には、頑丈な幅広の革のベルトが付いた切り株のような重たい木の台と、中に麦藁を敷いたどす黒く汚れた木桶。
これから罪人の処刑が行われるのだ。
間もなく始まる血なまぐさい「見世物」を今か今かと待ちわびる人々の顔は興奮で紅潮し、雲ひとつなく晴れ渡り爽やかなはずの早朝の空気は異様な熱気に支配されている。
広場の片側には深紅と黄金色の垂れ幕で飾り立てられた観覧席が設けられており、ひと目で貴族とわかる着飾った人々がずらりと腰かけていた。高貴なる者らしく眼下の群衆のように興奮してはいないが、彼らと同じく処刑の開始を楽しみにしているのは薄ら笑いを浮かべた顔を見れば明らかだ。中には、義務だからここにいるのだと言わんばかりに固い表情で無言のまま座っている貴族もいたが、それはごく少数だった。
そして、居並ぶ貴族たちの前……処刑の様子が最もよく見える「特等席」に据えられた黄金と黒檀の玉座に、一人の男が座っていた。
天空・大海と並ぶ三世界のひとつである大地と、水晶の塔に抱かれし王都の支配者にして〈地の民〉を統べる唯一の王。
聖王ウィーアード=カニステ=シーグリエンである。
深く皺が刻まれた額と気難しげな鷲鼻。厳めしく引き結ばれた唇。青く暗い双眸。長身で、肩幅も胸板もあり手足も見栄え良く長いので、玉座に座るその姿は雄々しく威風堂々と見えるはずなのに、全身を覆う陰鬱な虚無感がそれらを全て打ち消している。まるで魂を持たぬ人形が座っているかのようだ。まだ四十半ばだというのに、ひどく老け込んで見える。贅の限りを尽くした豪華な衣装と宝飾品で着飾り、玉座に座っていなければ、この男が〈地の民〉の統治者だとはわからないかもしれない。背後の貴族たちの方がよほど生気に満ちている。
突然、広場に歓声が巻き起こった。
後ろ手に両手を縛られた四人の男女が、乱暴に壇上へと引きずり上げられたのだ。
四人の年令はばらばらで、上は六十代から下は三十代まで様々だった。ある者は喚き散らし、ある者は泣きじゃくり、またある者は恐怖のあまり今にも失神しそうになっている。
それを合図にしたように、ウィーアードが座る玉座の斜め後ろに控えていた一人の男が進み出た。
男の名はワーテワン=ノルジマエ=フレセラット。聖王の代理人として政を司る宰相である。彼より上位なのは王族のみであり、全ての貴族の中で最も位が高い。
瞼が垂れ下がった薄茶色の目と灰色の髪。くすんだ浅黒い顔。大きな耳。石像の土台のようにどっしりとした、二重顎の恰幅の良い男だ。拳ほどもある大きな黄玉の首飾りを下げ、指には珍しい黄色金剛石の指輪をはめている。どちらも宰相の地位を示すものだ。
ワーテワンは領地を持つ正貴族だが、宰相に任じられた際に領主の座は息子に譲っていた。聖王法典に「宰相は領主を兼任してはならない」と定められているからだ。現在は、ここ王都に故国の領主館に劣らぬ広大な邸を構えている。
主君に負けず劣らず豪華に着飾ったワーテワンは、ウィーアードに向かって恭しく一礼すると、堅苦しい儀式めいた仕草で手の羊皮紙を広げた。
そして、広場の隅々まで届くよう大声で読み上げた。
「この者ビスズ=アンダーレイは、恐れ多くも聖王ウィーアード陛下への恩義と忠誠を忘れ、あろう事か陛下に対し反逆を企てた! ゆえに聖王法典に則り、ここにアンダーレイ一族を死刑に処す!」
ひと呼吸置き、続ける。
「ビスズとその妻エイダを前へ!」
大きな歓声と、そして悲鳴が上がった。歓声は群衆から、悲鳴は壇上からだ。
「反逆者に死を!」
「傲慢なアンダーレイめ! ざまを見るがいい!」
「早く首を刎ねてしまえ!!」
「罪人の汚れた血で桶を満たせ!」
身動き出来ぬよう幅広の革のベルトで乱暴に台に縛り付けられながら、ビスズは慈悲のかけらもなく叫びたてる群衆に負けぬ大声で喚いた。
「これは冤罪だ! 無実の罪でわしや妻子や孫の首を刎ねるのか!?」
観覧席の玉座に悠然と座るウィーアードに向かって、ビスズは憤怒と憎悪と恐怖に引き攣った顔で罵り続けた。
「この恥知らずめ! いつか必ず悪行の報いを受けるぞ! 愛妾にうつつを抜かし、先祖の名を穢す愚か者め! お前なぞ〈勝利王〉オニール陛下とは似ても似つかぬ! 未来永劫呪われるがいい!!」
ビスズの口から「オニール」の名が飛び出した瞬間、ウィーアードが不快そうに表情を歪めた。
それを見たワーテワンが、少し慌てたようにさっと右手を振り下ろす。
斧が閃き、一瞬の沈黙の後、ひときわ大きな歓声が上がった。
黒頭巾の処刑人が斧の血を拭っている間に、壇の端に控えていた兵士がビスズの骸を台から外し、壇の下へと無造作に蹴り落とした。ドサッと転がり落ちた首のない骸に向かって、群衆が石を投げ、唾を吐きかける。別の兵士が木桶の中からビスズの首を取り出すと、ウィーアードに向かって恭しく捧げ持った後、目の粗い大きな麻袋に詰め込んだ。処刑が進むにつれて麻袋は膨らみ、反逆者の血で染まっていく事だろう。
ワーテワンは冷酷に言い放った。
「次の者を!」
ほどけた髪を振り乱して泣き叫ぶ老女が台の方へと引きずられる。
だが、彼女はその小柄な体からは想像もつかぬほどの力で兵士の手を振りほどくと、まだ温かい夫の血で汚れた壇に額をこすりつけた。
「お慈悲を、聖王陛下! せめて幼い孫たちだけでも! 一番下の孫は先月三才になったばかりなのです! どうか!」
その悲痛な命乞いの叫びは広場の隅々まで響き渡った。
先ほどまで狂ったように騒いでいた群衆が、毒気を抜かれたように押し黙る。エイダの「三才になったばかり」という言葉に反応したのだ。
壇の下には、幼すぎてこれから自分たちの身に何が起こるのか全く理解出来ていない年端もいかぬアンダーレイ家の子供たちが、親や親族たちと共にずらりと並ばされていた。観衆の怒号と異様な熱気に怯えて泣いている子もいれば、ぽかんとしている子やあどけなく笑っている子もいる。彼らは全員これからビスズと同じ目に遭うのだ。
生まれた家が不運だったと片付けるには、あまりにも幼すぎる哀れな子供たち。
だが、微妙な空気になってしまった観衆など全く意に介さぬように、ウィーアードはワーテワンに向かって面倒臭げに命じた。
「何をしておる。さっさと首を刎ねよ。まだあと幾人もおるのだぞ。わしの貴重な時間を無駄にするな」
第一章 琥珀色の瞳の王女
〈地の民〉唯一の王たる聖王の居城・水晶王宮の〈聖王の間〉には、ふたつの玉座が並んでいる。
初代聖王である〈双子王〉ディアティス王とディアドラ女王の御世から、聖王のみが座る事が許される玉座・双つ玉座だ。
もちろん、常に必ず聖王家に双子が誕生するわけではないので、そうでない時は片方の玉座は空席のままだった。聖王の妻である王妃、もしくは聖王が女王である時の夫である大公の座は、双つ玉座の両脇の少し低い位置に据えられている。例え聖王の配偶者といえど〈地の民〉唯一の王と同じ高さで並び座る事は許されないのだ。
偉大なる〈双子王〉の輝かしき治世以降、〈地の民〉の間では、双子は〈双子王〉を表わす吉兆とされた。
当初、吉兆とされたのは男女の双子のみであったが、次第に同性の双子もまた同じように特別視されるようになっていく。貴族が好んで双子を侍従や侍女として身の回りに置くのもそのせいだ。
そして、現聖王ウィーアードの二人の子供たちもまた、〈双子王〉と同じく男女の双子だった。
兄ウィメス=アル王子と妹レクサ=アナ王女である。
二人は王宮の廷臣たちを唸らせるほど賢く、聡明で、そしてかつて〈双子王〉がそうであったように仲睦まじい兄妹だった。
特に、レクサ王女は先祖ディアドラと同じ琥珀色の瞳をしており、〈琥珀の君〉と呼ばれ民に慕われていた。
ところが、「〈双子王〉の再来」と全ての〈地の民〉から寿がれたこの双子の王子と王女に、三年前悲劇が襲いかかる。
毎年、王都で開催される聖王主催の武術大会において、初めて出場したウィメス王子が試合中に不幸な事故に遭い、夭逝してしまったのである。
まだ十四才になったばかりの若さであった。
本来、この武術大会に出場出来るのは、騎士見習いとなれる十五才以上というのが慣例だった。だが、父王に良いところを見せたいと思ったのか、それとも自身の実力を過信したのか、王子という立場を利用して強引に出場した挙句の悲劇だった。
ショックを受けたウィーアードはそれ以降この武術大会の開催を禁じ、さらには政治にも興味を失って、全てを宰相ワーテワンに任せきりとなってしまった。
そして、ちょうどその頃どこからともなく現れた、妖艶な美貌を誇る妾妃レディ・プルーデンス=スファワンにのめり込むようになる。
最愛の王子を亡くした王に対する民の同情が、民に背を向け愛妾に耽溺する王に対する怒りと侮蔑に変わっていくのに、そう時間はかからなかった。
そして、〈天の民〉が再び来襲した現在ですら政治の場に戻ろうとしないウィーアードに、聖王に最も忠実であるはずの正貴族からも非難の声が巻き起こっていた。
*
風に乗って流れてきた微かな歓声に、レクサ=アナ=シーグリエンはふと足を止めた。
熱を帯びた禍々しい歓声は、王宮の広大な中庭をぐるりと取り囲む真っ白な回廊の柱の間をぬって、波打つように断続的に響いてくる。その音は、内臓を震わす古い太鼓の音に似て、中庭を彩る美しい夏の花々や緑眩しい木々を不吉に陰らせていた。きらきらと夏の陽射しを反射する太陽を象った噴水の水の輝きも、今朝は心なしか曇って見える。
レクサの心情を映したかのように。
彼女のやや後方を歩いていた壮年の貴族が、同じように足を止めて言った。
「処刑が始まったようですな」
「ええ」
レクサは暗い面持ちで頷いた。
「これで、聖女ロザリンド=アンダーレイの血はこの世から消え去ります」
あの歓声は長い時間続く事だろう。処刑されるアンダーレイ家の人数を考えると。距離的にあり得ぬはずなのに、歓声と共に血の匂いまでもが漂ってくる気がする。
壮年の貴族は苦い口調で言った。
「アンダーレイといい、ボルトカ国のホーデンクノスといい、七賢者の栄光も七十年という歳月の前ではもはや何の意味もなさぬのでしょうか。今では、七賢者の姓名すら知らぬ者も多いとか。彼らの成した功績を思うと、実に虚しい限りです」
「ええ。本当に」
レクサは浅い溜め息をこぼすと、琥珀色の瞳を縁取る長い睫毛を震わせた。瞳とよく似た色合いの長い髪が、回廊に差し込む朝陽を浴びて濃淡様々な金色に輝いている。不思議な色だ。髪は結い上げず、耳の上の髪だけを櫛で軽く留めている。葡萄の房のように柘榴石を連ねた耳飾りが、朝陽を反射して繊細な光を放つ。淡い朱鷺色のドレスの胸元と袖には、シーグリエン家の紋章の意匠のひとつであるアザミが刺繍されており、背に流した薄絹のベールが彼女の動きに合わせて優雅に揺らめいた。琥珀と黄緑玉を綴った帯が、彼女の髪と瞳の色によく映える。
瞳の色は違ったが、兄ウィメス王子も彼女と同じ色の髪をしていた。幼い頃の二人は、大地に降臨した小さな双子の太陽に例えられたものだ。
その小さな双子の太陽の片方が失われて三年、レクサの憂いを含む端正な顔には、木漏れ日の下で慎ましやかに揺れるつりがね草の花のような可憐さと、朝霧のなか凛と咲き誇る白木蓮のような気品と威厳が見事に調和している。その姿は、〈双子王〉を讃えた詩文にあるように、皓々と夜空を照らす月のごとく高貴で麗しい。
レクサと壮年の貴族の両側には、レクサを護衛する水晶騎士団の騎士が六人、付かず離れず一定の距離を保ちながら随行していた。世継ぎの王女の護衛という名誉な任務を完璧に果たそうと、油断なく周囲を警戒している。
護衛六人は大袈裟ではないかと、常々レクサは思っているのだが、王宮警備の責任者である水晶騎士団第二師団長トロイ卿の考えはそうではないらしい。
〈地の民〉最大最強と謳われる水晶騎士団は、二十二の師団で構成されている。
そのうちの第一師団は聖王直属であり、別名近衛騎士団と呼ばれる精鋭である。騎士を志す者ならば誰しもが憧れる、最も華々しく栄誉ある師団だ。
そして、聖王家の居城である水晶王宮を警備する任を任されているのが、トロイ卿率いる第二師団である。
第二師団は聖王以外の聖王家の者を警護する役目も担っている為、近衛騎士団ほどではないがこちらも配属を願う者が多い。人数的にも、このふたつの師団の規模は他の師団より突出している。
さらに、常にレクサに随行しているのは、護衛の騎士六人だけではなかった。彼らの他にも、王女付きの側仕えの女官が五人、騎士たちと同様遠すぎず近すぎず絶妙な距離を保ちつつ慎ましげにレクサに付き従っている。レクサが歩き出すと彼女たちも全く同じ速度で歩き、レクサが立ち止まれば彼女たちも止まる。
女官たちの年令は様々で、レクサより十才以上年上の者もいれば、反対に年下の者もいた。何百人もの候補者の中から選抜された、世継ぎの王女の側近として仕えるに相応しい容姿と家柄と教養を兼ね備えた貴族の子女たちだ。
王妃や王女の側仕えの女官という職は、特に領地を持たぬ准貴族に非常に人気のある職業だった。「王宮に出仕して王族に仕える」という、貴族にとって最高の名誉というだけでなく、報酬も非常に良いからである。中には、一人で家族全員を養っている女官もいるほどだ。
それに、王族の側近くにいれば、家柄も良く地位も財産もある最高の結婚相手を見つける事が出来る。どこかの国の公妃になる事も夢ではない。本人だけではなく、家族や親族も恩恵を受けられる。過去、側仕えの女官から聖王や王子の愛妾に「出世」した者も多い。
その場合、大抵元の主人からは大いに嫌われる事となったが、王宮へ娘や姉妹を送り込んだ親兄弟は「これで我が家も安泰だ」と喜んだ。
しかし、中にはそんな親兄弟の思惑など完全に無視して地位も財産もない騎士と恋に落ち、結婚した女官もいるが。
護衛の騎士六人+側仕えの女官五人。計十一人が常にぞろぞろとレクサに付き従っているわけで、レクサとしては大仰すぎて溜め息が出るのだが、王族に生まれた身としては仕方ないと現在は諦めの境地に至っている。
幼い頃はよく兄ウィメスと結託して、乳母や側仕えの女官や護衛の騎士たちをけむに巻いて楽しんだものだが、今はさすがにそういう子供じみた悪ふざけをする年令ではない。
それに、共に育ち学び遊んだ双子の兄はもういない。
あの悲劇の日から三年………あれから全てが変わってしまった。
彼女自身も含めて。
レクサは気分を変えるようにひとつ息をつくと、再び歩き始めた。
壮年の貴族と、六人のレクサの護衛の騎士、そして五人の側仕えの女官たちも続く。
レクサに気付いた貴族や王宮付侍従が皆脇に退き、恭しく腰を屈め、頭を垂れた。
歩きながら、レクサは前方に視線を向けたまま斜め後ろを行く壮年の貴族に尋ねた。
「ところで、そなたはアンダーレイの処刑には立ち会わないのですか、ナサニエル?」
「残念ながら所用がございましたので」
爪の先ほども「残念」とは思っていない本心を隠そうともせず、オルデン国領主ナサニエル=ヘクター=オルデンはそう答えた。
ビスズ=アンダーレイとその息子たちの、聖女ロザリンドの血縁という立場を悪用して私腹を肥やす傲慢で横暴極まりないやり方には日頃から眉をひそめていたナサニエルだが、かと言ってその老いた妻や幼い孫たちまでもが首を刎ねられる様を見て喜ぶ趣味は、彼にはない。
特に今回は、王都から遠く離れた地へ嫁いでいたビスズの娘や孫娘まで彼女たちの子供もろとも捕らえて王都へ連行し、処刑するという徹底ぶりだった。噂では、少しでも抵抗した夫や嫁ぎ先の一家は、使用人もろとも全員その場で無残に斬り殺されたという。
聖王法典には反逆者の嫁ぎ先の家人や使用人も同刑に処すなどとはむろん記されていない。そこまでする必要があったのかと、ナサニエルは苦々しく思ったものだ。
例え主君たる聖王が相手だろうとはっきり意見を述べる事で有名なナサニエルは、宰相ワーテワンに劣らぬ影響力を持つ正貴族だった。戦ではその勇猛果敢さで勇名を轟かせ、現代の〈雷鳴公〉とあだ名されている。
偉大なる先祖の呼称を勝手に使われているとボルトカ国のナタリア公妃が騒いでいるらしいが、ナサニエル自身ではなく周囲の者が勝手にそう呼ばわっているのだから、非難されるいわれはない。
公子時代より戦に明け暮れたナサニエルの体躯は鋼のごとく鍛えられ、一挙手一投足が無駄なく鋭い。声は常に命を発している者独特の威厳に満ち、灰色がかった藍色の双眸には強い意志が宿っている。光の加減で黒にも見える濃い茶色の髪。ややこけた頬。高い鼻。背の高さも相まって、他人に威圧感を与える容貌だ。
深みのある紫に金糸の刺繍が美しい豪奢な衣装は、正貴族四十四家……厳密には現存する三十七家……の中でも一、二を争う富と権力を誇る大国の領主に相応しい立派な出で立ちだが、オルデン家の紋章を刻印した腰の長剣と同様、豪華さと共に動きやすさを追求した実用性も兼ね備えている。その隙のない完璧な姿は、まさに正貴族の鑑といっていい。
少々本音で語りすぎるのではないかと時折周囲に危惧されるナサニエルだが、その気取らぬ性格ゆえに自国の家臣領民から絶大な信頼を得ていた。王宮内外を問わず、彼を支持する貴族も多い。
それに、レクサは彼の歯に衣着せぬ物言いが好きだった。本音で語る臣は王宮では貴重な存在だから。
いかにもナサニエルらしい答えに内心苦笑しながら、レクサは続けて問うた。
「〈石の鎖の庭〉の戦況の方はどうなっていますか?」
ナサニエルは、今現在も〈天の民〉と最前線で戦っている〈獣使い〉の一族と、王宮との間をつなぐ役目を果たす連絡役の正貴族だった。個人的にも〈獣使い〉の一族の長と親交がある。
そのせいもあって、彼は水晶騎士団を〈獣使い〉の一族の援軍に派遣すべきと主張する一派の筆頭だった。
それに対し、水晶騎士団は王都防衛の為に残しておくべきと主張する一派の筆頭は、宰相ワーテワンである。水晶騎士団の最高責任者である総騎士団長アステランザもワーテワン派だ。
「未だ膠着状態が続いております。端々で双方の偵察部隊が小競り合いを繰り返す以外、目立った動きはありません。〈獣使い〉の一族は決して弱音を吐かぬ者たちゆえ何も申しませぬが、このような消耗戦のごとき状況は好ましい事ではありません」
「〈獣使い〉の一族の貢献には、聖王家の者として深く感謝しています」
レクサの言葉に、ナサニエルは胸に手を当てて一礼した。
「お言葉感謝致します、王女。〈獣使い〉の一族に伝えましょう」
それから、彼はやや迷うように続けた。
「それと………これはあくまで推測の域を出ないのですが………」
「? 何です?」
レクサは聞き返した。ナサニエルが言葉を濁すなど珍しい。
「〈黄金の鷺〉から、大規模な援軍が派遣される可能性があります」
「!」
レクサは思わず立ち止まっていた。
彼女の反応を確認しながら、ナサニエルは続けた。
「開戦より早十ヶ月、戦況が膠着して八ヶ月になろうかとしています。我らと同様、敵もこの状況は好ましくないと思っているはず。現に先日、ギズサ山脈を越え〈石の鎖の庭〉に挟撃を計るという作戦に出た。先の大戦では無謀すぎると行われなかった作戦です。おそらく焦りの表れでしょう。幸いにも、これはガラハイド国によって阻止されましたが、連中は次なる策を考えているはず。〈石の鎖の庭〉にいる本軍へ援軍を派遣し、一気に〈獣使い〉の一族を撃破する作戦に出るとしても、何の不思議もありません。もし、そうなれば、いかに戦に長けた〈獣使い〉の一族と言えど戦線を維持出来なくなる可能性があります」
「ワーテワンにその事は?」
「伝えております。むろん」
ナサニエルの語尾には苛立ちが混じっていた。
おそらく、ワーテワンはまたナサニエルの言を聞き流したのだろう。
「公の想像に過ぎぬのであろう?」
などと言ったかもしれない。
レクサはそっと溜め息をついた。
馬が合わないというか犬猿の仲というか、これまでも度々意見が衝突してきたワーテワンとナサニエルだが、〈天の民〉との戦が始まって以来、それが一層顕著になっていた。今では、王宮の廷臣や貴族、水晶騎士団の騎士たちまでをも巻き込んで、王宮はワーテワン派とナサニエル派の真っ二つに割れている。
しかし、いかにナサニエルが正貴族の中で一、二を争う権勢を誇る有力貴族でも、聖王の代理人たる宰相ワーテワンの方が地位は上だ。ワーテワンが持つ権力・影響力は、ナサニエルと言えど決して無視出来ない。剣の技量や殴り合いではナサニエルの方が勝つだろうが、まさか王宮内でそんな事をするわけにもいくまい。
それに、ワーテワンは決して無能な男ではなかった。この三年間というもの、統治者としての責務を放棄してしまったウィーアードに代わり、滞りなく政を動かしてきたのだから。
廷臣の中には、
「気まぐれな陛下に振り回されていた頃よりずっとましだ」
などと、陰で噂し合う者がいるほどだ。
ワーテワンの宰相としての能力は、レクサ同様ナサニエルも認めている。ワーテワンは慎重な男なのだ。
いかにしてワーテワンを……殴り合い以外で……説得するか、ナサニエルには悩ましい問題だろう。
レクサにとって、この二人のいがみ合いが悩ましい問題であるように。
「………ところで」
と、ナサニエルは口調を改め話題を変えた。
「王女は、先日のガラハイド国と〈天の民〉軍との攻防戦の詳細はお聞きになられましたか?」
レクサは頷いた。
「ワーテワンより報告を受けました」
「なかなか興味深い内容でしたな」
聖王の重臣として、また国を治める領主として同じ報告書を読んだナサニエルは、率直な感想を述べた。
「巷の評判とは異なり、クレメンツ公は戦上手な人物とみえる。例の聖女ロザリンドの再来と噂される予言者も、どうやら本物のようですな」
「そのようです」
レクサは頷いた。
優れた領主と優れた予言者。
まさに最強の組み合わせだ。
先の大戦の折の〈勝利王〉オニールと聖女ロザリンドのように。
「宰相を務める姉のグラディア公女も、大変頭脳明晰な人物と聞いています」
「御意。ですが、件の報告書ですが、細かな部分では表現がぼかされ、判然としないところがありました。ヨモギの煙幕で冠鷲を無力化する作戦や、ハランを見事仕留めた騎士の弓の技量には感嘆致しましたが、敵軍の空中砦を跡形もなく消し去った方法については、具体的には何も書かれておりません」
ガラハイド国領主クレメンツの名で提出されたその報告書は、丁寧ではあったが「王宮の命だから仕方なく報告した」ふうな色があちらこちらに垣間見えた。
しかし、それは無理もない事だ。援軍要請は無下に断っておきながら報告だけはしろなどと、厚かましいにも程がある。
レクサは含みのある口調で言った。
「ですが、そなたの事です、独自にガラハイド国と〈天の民〉との戦の詳細を調べているはず。………違いますか?」
ナサニエルはちらと不敵な笑みを閃かせた。
「王女のご推察の通りでございます」
おそらく、調べているのはナサニエルだけではあるまい。
六千年前、初代聖王より領地を賜った四十四人の騎士の末裔である正貴族だが、領地の広さも豊かさも一様ではなく、当然ながら国力や財力にも大きな差があった。その中でもガラハイド国はかなり下の方に位置しており、オルデン国やボルトカ国のような大国からしてみれば、普段は頭から失念してしまっているような小国だ。
その弱小な辺境の一小国が、一切の援軍もない状態でいかにしてあの〈天の民〉の槍騎兵部隊と空中砦を撃破し得たのか。
国を治め、民を護る者ならば、皆知りたいと思うはずだ。
レクサは、ナサニエルの顔を真正面から見上げた。
「ナサニエル、そなたが調査し、知り得た事を、わたくしにも全て報告して欲しい」
ナサニエルは頭を下げた。
「御意」
それから、ナサニエルはふと周囲を見回して言った。
「そう言えば、ここしばらくレディ・シルの姿を見かけませぬが? 珍しい事ですな」
「彼女は系譜図書館へ行っています。先日亡くなった夫に代わり、パサネスティ家当主となった事を、パサネスティ家の家系図に書き加える為に」
「そうでしたか。群がる縁戚連中の横車を退け、無事に当主の座を守れたようですな」
「彼女の聡明さと王宮での地位を考えれば、当然の事です」
「系譜図書館と言えば………」
ナサニエルは眉間に皺を寄せた。
「数日前〈前門〉が倒壊したと聞き及んでおりますが。死傷者も出ておるようですが、レディ・シルは無事なのですか?」
「王女殿下」
ちょうどその時、一人の侍従が早足でやってきた。片手に鳩を入れた純銀の美しい鳥籠を持っている。
侍従は深々と一礼すると、頭を低く下げた姿勢のまま、房飾りがついた黄金の盆を恭しくレクサに差し出した。
盆には深紅の天鵞絨の布が敷かれており、その真ん中にごく小さな円筒形の筒が乗っていた。鳩の足に付いていたものだ。
「レディ・シルよりお手紙でございます」
「噂をすれば、ですな」
ナサニエルはそう言うと、手紙の内容が見えぬよう数歩下がった。侍従も、もう一度丁寧に頭を下げると、すぐにその場を離れる。臣下が王女宛の手紙を覗き見るなど、許される事ではないからだ。
だが、パサネスティ家の紋章を捺した封蝋で固めた蓋を割り、中に入っていた細長い手紙の文面に目を走らせたレクサがさっと顔色を変えたのを見たナサニエルは、思わず彼女に問いかけていた。
「王女、いかがなさいました? 悪い知らせでも?」
レクサは唇を震わせた。
「…………黒い剣………? それにこの名前は………」
「? 今なんと?」
レクサは答えず、険しい表情でシルからの手紙をくしゃっと握り潰した。固く握りしめた華奢な拳がわずかに震えている。
しかし、レクサが動揺を見せたのはそこまでだった。ナサニエルや側仕えの女官たち、それに護衛の騎士たちまでもが心配そうに自分を注視しているのに気付いたレクサは、すぐにスッと背筋を伸ばしていつもの彼女に戻った。
「王女、大丈夫ですか?」
心配と困惑がないまぜになった表情でもう一度尋ねてきたナサニエルに、レクサは深く力強く頷いた。
「大丈夫です。シルも、数日足止めされるだけで大事はないそうです」
さらに言い募ろうと口を開きかけたナサニエルの表情が、ふいに変わった。
嫌なものを見てしまったとでもいうふうに。
ほぼ同時に、レクサも華やかに着飾った取り巻きたちを従えてこちらにやって来る人物に気付いた。
恐ろしく美しい女性だった。一度見たら脳裏に焼きつき、決して忘れる事は出来ないだろう。カラスの羽根のように艶やかな黒髪を黄金と紅柱石の櫛で結い上げ、焼け落ちる夕日のようなオレンジ色の薄絹のベールを裾長く肩から背に流している。斜めに幾筋かの濃いオレンジ色のラインが入った光沢のある黒のドレスは、「妖艶」という表現がぴったりだ。彼女が歩を進める度に、ドレスに綴り織り込んだ黒曜石がゆらゆらと妖しく煌めいている。
胸元は、まるで豊かな胸を誇示するかのように、目のやり場に困るほど深いスリットが臍の辺りまで大胆に入っており、幾重にも左右に渡した細い金の飾り鎖で留めていた。帯には、繊細な彫刻と金剛石を散らした美しい白金の帯飾りを下げている。これは聖王ウィーアードから与えられたもので、彼女の身分を示す特別な宝飾品だ。
この見事な細工の帯飾りは蓋が開くようになっており、中にはウィーアードの小さな肖像画が入っている。「常に聖王の傍らにいる者」の証として。
霧に煙る深い森のごとき緑玉色の瞳は神秘的で、秘密めいており、じっと見つめられると魂を吸い取られてしまいそうだ。黒絹のごとき遅れ毛が垂れる細い顎から首筋、そして肩から胸元へと至る肌のなんと白くなまめかしいことか。
ウィーアードが心奪われるのも無理はない。
〈黒蘭の君〉と呼ばれる聖王の妾妃。
レディ・プルーデンス=スファワンである。
やや固い表情で待ち受けるレクサの側までやって来たプルーデンスは、優雅に腰を屈めると恭しく一礼した。
「おはようございます、レクサ様」
プルーデンスが側に来た時、ふわりと甘く瑞々しい花の香りがした。スズランの花の香りだ。香水の産地として名高いワゼルダイン国の領主ストロクト公から贈られたもので、プルーデンスはこの白く可憐な花の香りがいたく気に入ったらしく、常に身にまとっている。
プルーデンスの取り巻き連中の中には、父の名代として彼女にこの香水を届けたワゼルダイン国第一公子オルティスの姿もある。
どんな堅物の女性でもたちまち虜にしてしまうと評判のこの金髪碧眼の美貌の公子は、もともとはウィーアードのご機嫌取りを狙った父の命で聖王が寵愛するプルーデンスに近付いたのだが、彼女へ注がれる熱く蕩けるような眼差しを見る限りミイラ取りがミイラになった感が否めない。
プルーデンスは、ひと筆でスッと描いたような完璧な形の美しい眉をひそめた。
「レクサ様、お顔の色が優れないようですが。大丈夫ですか?」
レクサはやや素っ気ない口調で答えた。
「心配は無用です」
プルーデンスはナサニエルに視線を移した。
「ナサニエル公もご機嫌麗しく。今朝は、陛下や他の正貴族の方々とご一緒に、反逆者アンダーレイの処刑に立ち会ってはおられないのですか?」
「所用がありましたので」
レクサに負けず劣らず素っ気ない口調で、ナサニエルが答える。
プルーデンスは優雅な仕草でちょっと頭を傾けた。
「聖王陛下と場を共にするよりも大事な御用がございますでしょうか?」
「残念ながら。………では、王女、私はこれにて失礼致します」
きびきびとした仕草で一礼し、ナサニエルは踵を返した。
立ち去るナサニエルの後姿を見送りながら、プルーデンスが言った。
「レクサ様はナサニエル公がいたくお気に召しておられるご様子。よくお側にいらっしゃるのをお見掛けします」
「別に、特段彼を気に入っているわけではありません。〈石の鎖の庭〉の戦況を聞いていたのです。それに、ナサニエルはいらぬ世辞を言わぬ。憶する事なく主君に諫言出来る臣こそ真の忠臣です」
「確かに」
プルーデンスは微笑んだ。同性のレクサですらはっとするような、魅惑的な微笑だった。優しく、慈愛に満ちている。
………一見したところでは。
「わたくしがこのような事を申し上げるのは、僭越至極ではございますが………ナサニエル公がレクサ様のお側近くにおられるのは、臣としての忠誠心ばかりではなく、〈獣使い〉の一族の為なのでは? 〈石の鎖の庭〉へ水晶騎士団を派遣するよう、ナサニエル公はレクサ様に宰相閣下を説得して頂きたいのですわ」
レクサはプルーデンスを睨みつけた。
「そのような事、わたくしが気付いていないとでも?」
まるで姉が妹を宥めるように、プルーデンスは落ち着いた口調で答えた。
「もちろん、ご聡明なレクサ様がナサニエル公の思惑にお気付きでないなどと思ってはおりません。………出過ぎた事を申しました。どうかお許しを」
深く頭を垂れたプルーデンスを、レクサは複雑な表情で見下ろした。まるで自分がわがままで狭量な小娘になってしまったような気分だった。
レクサはわずかに苛立った口調で言った。
「許します。顔を上げなさい」
「ありがとうございます、レクサ様」
この妖艶な妾妃がウィーアードの心はおろか魂までも絡め捕り、虜にしている理由が彼女の美貌ばかりではない事を、レクサは知っていた。その類稀なる高い知性と溢れる気品、巧みな話術と豊かな教養のせいだ。つい先ほどまで「聖王を誑かした悪女」「性悪な娼婦」などとプルーデンスを口汚く罵っていた者が、実際に彼女に会い、いくつか言葉を交わしただけで、たちまち彼女の虜になってしまう。
男だけでなく、女でさえも。
さすがに聖王が寵愛する愛妾なので、恋文を送ったり求婚したりする者はなかったが、〈黒蘭の君〉の周囲には彼女に魅了された貴族たちがまるで甘い花の蜜に集まる蜜蜂のごとく男女を問わず常に華やかに取り巻いていた。
もちろん、彼女の側にいれば、聖王ウィーアードに近づく機会が増えるという打算もあるからだが。
レクサ自身も、ウィーアードのたっての願いで嫌々ながら何度か詩や音楽の会で同席した際、プルーデンスとの会話を楽しんでいる自分に気付いて驚いたものだ。
しかし、それでも………
何か………何かが「違う」と、レクサの魂の一部が言い知れぬ違和感を訴えるのだ。
この違和感を………自らの直感を信じるべきなのか。それとも、単に父を奪われたと感じる多感な年頃の娘特有の子供じみた嫉妬にすぎないのか。
この三年間というもの、レクサは悩まされ続けている。
「先ほど『確かに』と言いましたね」
ようやく頭を上げたプルーデンスに、レクサは言った。
「はい?」
「わたくしが『憶する事なく主君に諫言出来る臣こそ真の忠臣』と言った時です」
何の事か理解したプルーデンスは頷いた。
「はい。申し上げました」
「では、そなたから父上に諫言なさい。政治の場に戻るように、と。喪に服すのはもう十分でしょう。父上には、治め護るべき民がいるのです」
プルーデンスはしばし沈黙した後、ゆっくりと頭を横に振った。
「わたくしの務めは、ありがたくも聖王陛下のご寵愛を頂く妾妃として常に陛下のお側に仕え、陛下の御心が安らげる場所をお作りする事です。陛下に政治の場にお戻り下さるよう説得する役目を担っているのは、聖王陛下の代理人たる宰相閣下やナサニエル公ら正貴族の方々、そして、世継ぎの王女であらせられるレクサ様のお役目です」
「!」
レクサは鼻白んだ。プルーデンスの言葉は、全くもって正論だったからだ。
しかし、この三年というもの、どれほど言葉を尽くして説得してもウィーアードは全く聞く耳を持たなかった。それどころか説得すればするほど頑なになり、ますますプルーデンスのもとに入り浸るようになってしまった。
今では、ウィーアードはほぼ毎日、昼夜を問わず一日中、王宮の広大な敷地内にある自分がプルーデンスに与えた豪奢な離宮で過ごしている。代々の聖王が使ってきた、本来の聖王の居室は空っぽだ。
プルーデンスは柔らかく微笑んだ。
「きつい物言いをしてしまいました。お許しを。ですが、レクサ様は次の聖王陛下となられる御方。〈勝利王〉や〈麗明王〉のように立派な王となられる事が、臣として至上の喜びなのです。きっと、レクサ様は偉大な聖王陛下となられますわ。………それでは、わたくしもこれで失礼致します。陛下の御心を癒す宴を催す予定なのです。その準備をしなければなりませんので。当代一と評判の楽団を呼びましたの。誰もが心奪われる素晴らしい演奏と歌だとか。レクサ様もぜひおいで下さいませ」
咄嗟に返答を迷うレクサに、プルーデンスは続けた。
「宰相閣下も、今王都におられる主だった貴族の方々もご招待する予定です。きっと盛大な宴になりますわ」
「今王都におられる主だった貴族」という事は、ナサニエルも招待するつもりなのだろうか?
レクサは内心訝しんだ。
プルーデンスに対する嫌悪を隠そうともしないナサニエルが招待を受けるとは、とても思えないが。
しばらく思案した後、レクサは頷いた。
「わかりました。行きましょう」
レクサの返答を聞いたプルーデンスの取り巻きたちが、意外そうにざわめいた。
レクサに付き従う女官たちや、護衛の騎士たちも。
ナサニエルと同様、レクサがプルーデンスを快く思っていない事は、王宮内では周知の事実だったからだ。
プルーデンスは大輪の花のように顔を綻ばせた。
「光栄です。楽しみにしておりますわ」
世継ぎの王女も宴に来ると王宮内に広まれば、主催者たるプルーデンスの権威を増す結果となるだろう。シルがこの場にいたらきっと反対したに違いない。
だが、招待を受ければ、父王ウィーアードと話が出来る。
レクサはもうかなりの期間、ウィーアードとまともに話をしていなかった。彼がプルーデンスの離宮に引き籠っているからだ。何とか会う事が出来ても、ウィーアードは「今は気分が優れぬ」だの「後にしろ」だのと、レクサに冷淡だった。
今となってはたった一人の血を分けた娘だというのに。
レクサだけではない。最近では宰相ワーテワンですら、なかなかウィーアードに拝謁出来ないという噂だった。今朝のアンダーレイの公開処刑で久し振りにウィーアードの姿を見たという者がほとんどのはずだ。
このような事態は異常だ。
聖王家の王女として、次の聖王になる者として、何とかしなければ。
〈天の民〉の翼と剣が迫るなか、一刻の猶予もないのだから。
最期まで読んで下さいまして、ありがとうございました。
石の剣の王、新しい章の始まりでございます。
始まりなのに主人公が全く出て来ない。。。
次章ではちゃんとカナンたちが出てきますので。
申し訳ないです。
これまで名前のみ出ていたものも含め、新キャラがにょきにょき出てきました。
プルーデンス、一推しです。
次回もお読み頂けますと幸いです。
ではまた。




