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89.相談、嫉妬の瞬間 ①

「先生、相談に乗ってくださってありがとうございました」


「教師としての役目だ。私の経験が君に参考になればいいが」


 授業中はいつも厳しいオリヴィアが、理性的な微笑みを浮かべた。トオルは照れ臭そうにストローを噛み、一口吸ってから口を離し、頷いて答えた。


「先生のアドバイスを聞いて気が楽になりました」


「それは良かった。サモン君、君は自己主張が得意ではないようだ。人前で思ったことを諦め、自分の意志を流し捨てる傾向がある。人の前で慎むのは悪くないが、人間関係では時々適度に自分の意志を伝えることが、無用な誤解を防ぎ、余計な徒労を避けることになる」


 トオルは、自分の思いをどれくらいの度合いで伝えるべきか難しいと感じながらも、その忠告に納得し、深く頷いた。


「この言霊の力を信じる世界では、言葉だけでも武器になる。ぼくは言葉遣いが苦手で、人を傷つけずに自分の思いを伝えるのは難しいですが、自信がありません」


オリヴィアは軽く目を閉じて笑いながら言った。


「君がそう言うなら安心だ。だが、この自己の個性を最大限に生かし、恵まれた才能を日々研鑽することは重要だ。正解の道がないこの世界で生きていると、迷いや悩みが生じることもあるだろう。そんな時は遠慮なく相談してくれ」


トオルはあれこれのアドバイスを受け止め、深くお辞儀をした。


「はい、とても心強いです」


トオルはスーッと一気に残りのアイスコーヒーを飲み干した。


 *


 相談の席を離れたトオルは裏庭を通り、中庭の回廊を歩いていた。そこでリーゼロティの姿を見つけた。ちょうど授業が終わったばかりで、クラスメートたちが教室から出てきて次の授業に向かうため、廊下は賑やかだった。


 人混みの中でゆっくり歩いているリーゼロティを見つけたトオルは、彼女の安全が気になり何度も彼女を見ていた。話しかけたいと思ったが、彼女に無断で36時間も追跡偵察したことを思い出し、罪悪感から声をかけることができなかった。


――さっさと帰ろうか……武具アイテムを多めに作れば戦いに有利だし……


そう思いながら、トオルはこっそり背を向けて去ろうとしたその時、


「トオル様」


 リーゼロティの呼びかけ声が聞こえ、さらに近づいてくる彼女の気配を感じた。びっくりした猫のように一瞬で背筋が固まり、ぎこちなく振り向き、手を上げて応じた。


「こ、こんにちは、リーゼロティさん」


「こんにちは、やっぱり見間違いじゃなかった。気配の感覚は偽りませんね」


――うん……感はそう言い切れないだろ……キャロサーさんが出席を取るために分身で授業に出させたじゃないか?


(そうですよね……でも、トオル様は分身を作るスキルを覚えていないでしょう?)


リーゼロティの念話をキャッチしたトオルは、顔が薄く赤く染まり、どう反応するべきか分からず、心が混乱しているような感じだった。


(えっと……念話って凄いな……こんな風に聞こえるんだな)


トオルの反応を見て、先に失礼を感じたリーゼロティは、肩を縮めて顔を赤らめ、恥ずかしそうに顔を下げた。長い耳も垂れた。


「勝手にトオル様の思念を感じ取ってしまって、すみません……」


彼女は失敗したと感じたのか、両手で顔を覆い、近くの花壇を見つめた。


(あうう……私、トオル様に、なんて失礼なことを……)


その辺りの宙に漂う蝶々型の機元ピュラト使い獣は、草花に留まった。


 念話の交流は人の心声で話すことだ。思念が強ければ、その心声が周囲に聞こえる。だから、念話で交流する際は相手の思念を聞き流すのが暗黙のルールだ。一人で考え、自らの感情を整理するため、念話の仕組みで意識を整える。それは人の心のプライベート領域であり、相手の思念に念話で応じるのは少し無礼な行為だ。貴族や名望ある家柄の者は、無礼者や品がない乱暴者と見なされる。リーゼロッティはトオルの思念に念話で応じ、さらに彼を混乱させたことを申し訳なく感じた。


(ううん、ぼくは気にしていないから、気を病まないで)


 リーゼロティは垂れた長い髪を触り、気を立て直してトオルに向き合う。顔にはまだ薄い赤みが残っており、恥ずかしげな笑みを浮かべた。


「トオル様、ここで何をしているんですか?今日のオリヴィア先生の授業には出なかったんですね?」


「機元を作るのに夢中で、つい授業の時間を忘れてしまって……」


「そうなんですね、トオル様らしいです。好きなことに夢中になるのは良いことですよ」


 リーゼロティと話す時、トオルは事件のことや無許可の追跡偵察していたことを考えると彼女に気づかれると思い、なるべく考えないように言葉で応じた。


 彼女はいつもの可愛らしいドレスではなく、動きやすいスカートアーマーを着たボディスーツ姿だった。深い赤茶色と黄色紋様が作っているフィットしたスーツに、目立つ膨らみと鍛えられた太ももを見て、トオルは彼女のセクシーな姿に目を奪われた。


「リーゼロティさん、これから授業があるの?」


「はい、アクションスキル基礎の授業があります」


「行かなくて良い?」


「授業を受ける場所は近いので、時間はまだ余裕があります」


「そうなんだ」


「トオル様、もしお時間があれば、少しお話しできませんか?」

 

 女の頼みに弱いトオルは、事件の件も気になるし、彼女本人から身元情報を聞くのも重要だと思い、頭をかきながら応じた。


「うん、時間はある」


「それなら、高台の席で話しましょう。あちらなら、話が長くなっても授業にすぐ出ますから」


「あまり行ったことない場所だから、案内を頼む」


「こちらですよ」

トオルはリーゼロティの後に続き、歩いて行った。




 教室棟の裏口を出てペルシオンタワーに向かおうとした依織は、中庭の回廊でトオルの背中を見つけ、声をかけようとしたが、隣にいるリーゼロティを見て足を止めた。


トオルの隣にいる彼女は、嬉しそうな笑顔を浮かべている。


いつも無表情なトオルが、恥ずかしそうに笑顔を浮かべているのを見て、依織は心が刺さるような妬ましさを火を点けた。


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