7.思いを運ぶ難破船 ①
案内人と全ての新入生が乗船すると、四つの乗船口の扉が閉じた。間もなく、オースルクト号は微速で動き出し、港から離れていく。
舵が回り、高度が上がる。船の反重力装置が通常作動したようだ。船は一気に速度を上げ、時速は3000キロメートルを超える。ヨールタルはすでに遠い。
高度6000~10000キロの青空には粒々した謎の結晶が浮かんでいる。そこには、サンゴ礁に棲息している海の生き物のように、雲を巣にしている生き物が飛び交っていた。真っ白な羽を持つ鳥は、光に照らされるとその羽をオレンジ色に染めている。他にも、ウミヘビのような太く長い生き物や、タンポポの綿毛のような頭を持ち細長い触手で飛ぶ生き物などがいた。高い空に棲む、これらの未知の生態系はどれも、クラゲのように体が透明であるという特徴を持っている。彼らが空気を吸うと、風船のように臓器が膨らんで見えた。
オースルクト号は、そんな謎の生き物たちがイキイキとしている姿が眺められるほど高い空を飛んでいた。弾丸のような船の速度で空気と水分が割れ、船も時折、僅かに揺れる。
飛空船の船室は3階から8階までの6階層だ。中央には吹き抜けの空間があり、左右の客室は連絡橋で繋がっている。3階にあるロビー、次いで5階の連絡橋と広い空間が取られており、風雅な盆栽が飾られ、噴水の流れを楽しむこともできた。
また、最上階の中ほどには新入生たちが自由に使えるカフェレストランエリアがあり、船頭の天井窓からは、周囲の景色を眺められる庭園もある。だが、最上階の尾部やブリッジ、2階以下の低層は、一般人は立ち入り禁止エリアとなっている。
船頭から船尾まで、一般の乗客用の階段は三箇所のみだ。最上階へ行くには、船頭の階段を使うか、中段部にある転送ゲートを使うしかない。
それぞれの客室に扉があるわけではなく、休みたい時は入り口のカーテンを閉めるようになっている。外の廊下から入り口を抜けると、簡易の洗面所と四人分の荷物が置ける収納ロッカーが備えられ、その奥に部屋がある。
各部屋には座席が四つ。座席を向かい合わせにするか、背合わせにするかは個別に調整できる。シートを完全に倒せば足をまっすぐ伸ばせ、やや狭いとはいえ、シングルベッド程度の空間にはなる。いずれの個室も大きく窓が取られ、眺めは良い。
船の底部には、機械類のメンテナンスエリアがある。トオルたちが客室に向かっているその時、闇のように暗い機関室は赤いライトに照らされていた。
真っ赤な光の下、パトロールをしていたガードマンたちが襲撃を受け、斬り倒されている。光が収束する不思議な剣が、一人のガードマンの胴を通貫する。振り返れば、謎の性能に特化した拳銃が、他のガードマンたちを一掃していた。さらに、獣の爪に切り裂かれる者、何らかの力で肉体ではなく霊体を襲われ、そのショックで倒れる者もいた。
この場所の支配者となった三人の男と一人の女は、そこに倒れている十数人の死体を見下ろした。
その内の一人、痩せたヤンキー風の男がしゃがみこみ、恐怖に歪んだ表情のまま殺された死体をあざ笑った。
「あ~あ、ザコばっかりかよ、マジ萎えるわ」
長髪、長身の細身の男は、ガードマンと同じ制服を着て、ガッカリしたように目を閉じ、不愉快げに呟く。
「今の在校生はこの程度か……嘆かわしい……」
「ハハ、敗者はうまい、いつもうまいなぁ」
熊のように大きな三人目の男は、筋肉の発達した両手を血まみれにして、獣の爪で引き裂きながら死体を食らう。むしゃむしゃと、雑草のような長髪を振り乱して食す姿を見て気分を害したのか、女は華奢な手袋を付けた手で口を塞いだ。
「敗者を食うなんて、野蛮な発想ですわ」
女は黒髪をグレーグリーンに染め、前髪で右目を隠している。鎖骨のラインが綺麗に見えるオフショルダーの黒いドレスを着て、首には服と揃いの素材でできたネックリボンを付けている。ネックリボンの正面には、カーッカニルと呼ばれる、深海のように深い色のブルーサファイアが光っていた。
「俺がより強くなるために、敗者は餌となる。そして彼らはこの俺の体に生き続けるんだ」
「到底、獣の考え方ね」
軽蔑するような女に向かって、ヤンキー男が訊ねた。
「じゃ、おばさんは、この死体をどうやって始末するんだ?」
「なんですって?」
殺気を孕んだ女の声にも恐れず、男は狂ったように笑う。
「怖い怖い、眼力だけで殺されそうだぜ」
「お前ならどう処理するんだ?」
「あら、死んだってまだ使えますわ、ほら、こんなふうに」
女のネックリボンと手袋の宝石が光った。それに呼応して、床に倒れたガードマンたちの周辺に円形の紋様が光る。怪しい紫色の光に包まれ、死体の傷がたちまち癒えていく。そして彼らは一人、また一人と立ち上がった。彼らには生気がまるでなく、彼女の意思にただ従うように歩き出す。
「いかが?これでまた忠実な下僕ができましたわ」
「良いねぇ!最高の入学祝いじゃねぇか?」
「また手駒を増やしたのか」
「おい!俺の獲物を取らないでくれよ」
「召し上がっていただいても良いですわ。動く餌も美味しいでしょう?」
獣男は嬉しそうに口を大きく開けると、獲物の首に狙いを定めて噛みついた。
ヤンキー男は素敵な大道芸でも見たように楽しそうに笑っている。
もう一人の男は、三人の会話には付き合いたくないという意思表示のように、背を向け目を閉じていた。
女の耳に付いているピアス型のイヤホンが光った。女は見えない何かと話すように返事をする。
「はい。予定通り、送り込まれたガードマンたちは全て始末いたしましたわ」
他の三人も同じ声を聞いているらしい。女は目線を泳がせ、指示を聞き終わると大人しく返事をした。
「了解しましたわ、次のステップへ移行するタイミングでの号令をお待ちしております」
「ボスから次の号令が来るまでは暇そうだな。おい、何かゲームしようぜ。ロシアンルーレットはどうだ?」
「パスだ」
「お一人様でどうぞ」
獣男はまだ捕食中で、別のガードマンに食らいついたところだった。
「んだよ、ノリ悪ぃなぁ」
「フン」
「あぁ?お前今笑っただろ、どこがおかしい?」
「お前とは無関係だ」
「だったら何だってんだ、はっきり言えよ!」
ヤンキー男は長身の男に銃口を向けた。さらに、四丁の回転式シリンダー構造のビームライフルが宙に出現し、一斉に狙い定める。
「この船は隙だらけだ……。私が手出しするまでもない」
女が涼しい笑みを浮かべた。
「さあ、どうかしら?新入生の中に凄まじい強さの経験者がいるかもしれませんわよ?毎年きっとそんな人がいますから」
「ふん」と言って、長身の男は冷ややかな笑みを浮かべると、「もしそんな者がいるなら好都合だ」と言った。
「さぁて、私が動く前に、この下僕たちを元の仕事場に戻して差し上げないと」
女の号令に従うように、十数人の屍が動き、歩き出した。




