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6.異世界へ ⑤

 山の頂上にある港の広場にはおよそ5000人が集まっていた。高台に立っている案内人が告げる。


「諸君。これが聖光学園へ行く飛空船――オースルクト号です。アトランス界の重力は地球界よりも軽いですから、乗船する際にはステップに注意してください。さらに、山頂には時折、突風が吹くことがあります。軽くジャンプしただけのつもりでも吹き飛ばされる恐れがありますから、跳ぶことは控えるようにしてください」


 案内人が説明していると、13歳くらいの小柄な男の子が荷台に立った。男の子は胸にボタンアップのポケットが付いたカーゴシャツに、ジーンズを穿いている。同行している同い年くらいの女の子が言う。


「大輝君、そんな高い所に立って、危ないわよ」


 男の子は身長が足りないせいで前が見えず、案内人の話が聞き取りづらいようだ。話を聞こうとするあまり、つま先立ちになっている。


「大丈夫、こうしないと、あのおじさんの話が聴きづらいよ」


 麦わら帽子を被っているその女の子は男の子の迷惑行動にオロオロする。


「でも……」


 案内人の話は続いている。


「なお、乗船橋は四ヶ所あり、機元センサーに触れれば自分の席が分かる。荷物は各自、自分の手元で管理をすること。それと、地球界では源使いへの厳しい制限があったはずだが、ここ――アトランス界では制御ユニットを付ける必要はない」


 話を聞きながらトオルは乗船橋の方を振り向き、入り口にガードマンが立っているのを見た。


「他人や公衆の安全を脅かす真似さえしなければ、源の使用も認められている。それが、地球界との違いだ。以上、では早速、乗船手続きを始めよう」


5000人が、四つの橋に分かれるように移動しはじめた。人混みの中、男の子が荷台から降りた。


 その時、突風が吹き、女の子の麦わら帽子が空へ舞い上がる。


「あっ!私の帽子〜」


 カーゴシャツの男の子が思い切って跳び上がり、宙を舞う帽子を取った。しかし、着地するよりも前に、強風が彼を吹き飛ばす。


「わあぁ!!」


「大輝くん!!!」


 女の子が叫び、「オイ!危ない!!」と、誰かが注意喚起の叫びを上げた。


 その時トオルは、妙にふわふわとした感覚に浸っていて、気付いていなかった。男の子はトオルの方へと吹き飛ばされてくる。


「あっ!!」


 身長差はあったが、トオルも体格の良い方ではなかったため、男の子の衝撃に耐えきれず、二人で声を上げて共倒れになる。二人が衝突する瞬間、女の子は自分まで痛そうに、咄嗟に目を閉じた。


 トオルは石板の地面に転んだが、思いのほか痛みは軽く、すぐにむくりと上半身を起き上がらせる。大した怪我でもないらしい。


「衝撃のわりには痛みがないな?重力が弱いということか……」


 トオルはアトランス界の不思議な体感を肌で感じた。


「痛っ!」


 男の子は頭を打ったのか、クラクラしているらしい。尻餅をついたまま足を投げ出すような姿勢で頭を触りながら荒っぽく唸る声を聞いて、トオルが声をかけた。


「大丈夫か?」


 無表情なトオルを見ると、男の子は一瞬、目を細め、眉根を寄せた。


「あんた誰?道の真ん中に突っ立ってたら危ないだろ!」


 男の子の脈には、怒りよりも大きな、物事に対する疑いや、焦りが感じられる。怒気を露わにする男の子と言い争いにならないよう、トオルは気を付けた。


「悪い……だけど、君が急に飛んできたから……」


前を歩いていた依織だが、何やら物々しい音とトオルの叫びを聞いて振り向き、転んだ男の子に喧嘩を売られているのを見て駆け寄った。


「トオル君!どうしたの?」


 トオルはうっすらと困惑を滲ませた顔で依織を見た。


「いや、彼がいきなり飛んできて、ぼくに当たって、共に転んだ」


 その時、沈んだ表情の女の子が申し訳なさそうに彼らの元へやってきた。彼女だけはトラブルの全貌を知っている。


「あの……ごめんなさい。私の帽子が風に飛ばされて、彼はそれを取ろうとして、お兄さんに当たってしまったの」


 トオルと依織はそれを聞いて納得した。


「大輝君、帽子ありがとう。でも、お兄さんにはちゃんと謝らないと……」


 風に飛ばされて格好悪いと思ったのか、男の子は女の子と目を合わせようともせず、じっと地面を見つめたまま唇を噛んでから、「すみません」と呟いた。


「怪我はありませんか?」


 明らかに不機嫌そうな男の子を労るように依織が声をかけた。


 それすらも気に食わないのか、男の子はさっと立ち上がると敵意のある声で答える。


「別に……このくらい平気だ」


 男の子は依織の方を見ようともしないで、女の子の方へ歩み寄る。そして、麦わら帽子をその頭に被せた。


「ほら。二度と飛ばされないようにしろよ」


女の子は両手でしっかりと被り直し、お茶目にはにかんだ。


「うん、また迷惑かけちゃって、ごめんね」


 トオルはいつも通り、無愛想な顔をしていたが、ぶつかられたことについてはもう気にしていなかった。


「怪我してないならいいけど、気を付けろよ」


 男の子は返事をせず、女の子が二人の様子を見て苦笑いしている。

 気まずい空気を解くように、依織が話題を変えた。


「二人は仲が良いみたいだけど、兄妹かしら?」


 女の子は依織の方を見て、頭を横に振る。


「ううん、私たちは幼馴染です。お姉さんたちは?」


「私たちは地球界で同じ高校に通ってた同級生よ」


「そうなんですか。私は白河美鈴です。二人とも日向郡出身で、彼は……」


「美鈴!あんまり無駄口叩くな、あっち行くぞ」


 会話を中断させるように、男の子が大声で言った。


「あっ、大輝くん!待ってよ!」


 そう言っているうちに、男の子はもう向こうへ歩き出している。美鈴は彼の失礼な態度を代わりに謝るように頭を下げた。


「ごめんなさい。彼は人付き合いが苦手で……いつもこうなんです」


 困ったような女の子の声を聞いて、依織は彼女に微笑みかけた。


「大丈夫ですよ、行ってあげてください」


「すみません」


 女の子はもう一度、頭を下げてから踵を返し、慌てて男の子を追いかけていった。


 しばらく二人を見送りながら、トオルは男の子の尖った態度を思い返していた。


「あの二人は中学生か?」


「そうだろうね。ちょっと、過剰反応しすぎだね」


「あの歳でこんな世界に来るんだ。人付き合いに警戒するのも無理はない」


 男の声に、依織が振り返り、トオルも「金田さん?」と応じた。


「源使いに年齢は関係ないし、全ての入学者が同じ気持ちでアトランス界に来るわけじゃあない」


「でも、あの歳でぼくたちと同じ土俵に立っていることは、凄いと思う」


トオルは自分よりも年下の彼らが、源使いとして同等の評価を受けていることに感心した。


「若いうちに才能が開花する者も少なくない世界だからな」


 急に現れた穣治に、依織が訊ねる。


「金田さん、どこに行ってたんですか?」


「ああ。次いつここに来られるか分からないからな、向こうで写真を撮っていた」


 依織は穣治の指差す方を見晴るかした。


「たしかに、良い眺めですね」


それからトオルたちは、乗船橋の列に並んだ。雑談をしたり、ヨールタルの景色を眺めたりして、乗船の時が来るのを待った。


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