75.時間と戦い時
クロディスは『浄化』の入浴を済ませた後、『契紋石』作りを始めた。
それでもまだ余裕のあるクロディスに、リーゼロティと春斗を追跡するためのレーダー機元の見守りを任せ、トオルはひたすら作業に没頭している。
書斎には机を指で弾く音が響いていた。BPM300の高速曲を奏でるように、両手の指が打ち込みを続ける。宙の立体映像には、文字が球体の紋様を描いていた。
トオルが今やっているのは、今朝、依織に試してもらった試作品の武具アイテムのデータをベースに、指令回紋を書き直す作業だ。一時間の集中速筆プログラミングで、書き直しは滞りなく進んだ。
「よし、完成だ」
トオルが呟いたちょうどその時、クロディスが書斎に入ってきた。
「できた?」
クロディスはそっとトオルの背後に立ち、机に投影された立体画面を見る。
「ああ、できた」とトオルがクロディスを振り返った。
「今からやっと武具アイテムの作成で、複数のドッターに書き上げていく。そういえば、ターゲットの様子はどう?」
「リーゼロティさんは寮に戻ったよ。今のところ異変はないみたい」
「彼の方は?」
「一時間前、一度ロッドカーナル学院のキャンパスに行ったよ。移動速度からすると、飛空艇で移動したんだと思う」
「ぼくらはまだ一年なのに、ロッドカーナルに?」
クロディスは頷いた。
「石井さんはエヌスというバーに行ったよ。調べてみたけど、エンドルヌス騎士団が経営しているお店みたい」
「クロディス、騎士団って何なんだ?」
トオルは担任のオリヴィアが騎士団に所属していると聞いた時から、ずっと気になっていたことを訊ねた。
「ロッドカーナルにはね、所属クラスとは別に、騎士団という組織があるの。アイラメディスで私が入っている結社と似た機能を持つものなんだけれど、ロッドカーナル学院では心苗が自由に騎士団を作ることが認められているの。団として魔獣退治や賊、異端犯罪者事件の捜査依頼を受けることが多いかな。でも、一部の騎士団は、直営の事業を運営しているところもあるの」
「なるほど」と言いながら、トオルは春斗のことを考える。
トオルのドローン虫は、ターゲットがレストランなどに入った場合、仲間では追跡しないようタグ付けされている。害虫として駆除されないためだが、カブトムシは指示通りバーの外で待機していたため、店内で春斗が誰と何をしていたのか何もわからなかった。
「彼はそんな店で何をしていたんだろう」
トオルはしばらくの黙考の後、クロディスに訊いた。
「クロディスはアイラメディスでセキュリティーの監督をしているんだよな。その権限で何か調べることはできないのか?」
クロディスは残念そうに首を振り、「ごめんね」と答えた。
「私がしているのは、セキュリティーのメンテナンスの監督。それに、ロッドカーナルを調べる権限はないの。両学院共同の捜査をする時を除いて、各学院の治安維持は、それぞれの生徒会に調査権や責務があって、お互いに干渉しないことが原則なんだよ」
「なるほど……。もしロッドカーナルを調べたいなら、そっちの生徒会に要請しないといけないのか」
「そうだね、でも、トオルと石井さんの個人的な賭けのために生徒会が動くことはないと思う。何か実際に被害が出れば話は違うかもしれないけど」
「そうか……他に情報を得る方法はないかな」
「うーん、知人に訊ねてみようか。すぐに答えが来るとは限らないけど……?」
「助かる、じゃあ情報収集はクロディスにお願いするよ」
クロディスがさらに近寄ると、心の落ち着くような甘い匂いがトオルの鼻腔をくすぐった。
「トオル、武具アイテム作成の他にも、今日は作業があるの?」
「ああ、法具に術式回紋を書き入れる作業、それに、コダマたちの調整」
今日のトオルは確実に徹夜だ。クロディスはトオルがあまり根を詰めて作業に没頭するのも心配だった。
「夜食を作ったんだけど、少しお休みにしない?」
「ありがとう、テーブルに置いておいてくれ」
集中すると寝食を忘れるのはトオルの常だ。
クロディスは腰に手を当て、母親のように言った。
「書斎では物を食べないようにしよう、トオル。仕事をしながらじゃお行儀が悪いし、書斎に食べものの匂いが充満するでしょう?」
トオルはこれまでにも何度も同じことを指摘されていたが、クロディスが相手でも、あまり良い顔はできなかった。
「……うん、じゃあ、アイテムができたら食べるよ。今は時間との戦いだから」
「トオル、準備と同じくらい休息も重要だよ。もしも貪食者が現れた時、お腹が空いていたり、体調を崩していたらどうするの?それでもトオルは捕まえられる?」
「……そこまでは考えていなかった」




