56.グラムイーター達の宴 ②
同時刻、ベーロコット商店街の、メイン街道と並行した10本目の道は歓楽街になっている。とあるパブから一人の男が出てきた。
「ヘンリー様のまたのご来店をお待ちしております」と、店の女の子がお辞儀をしている。
街に立った男は夜の娯楽を満喫していた。
「異世界のパブは最高だぜ。女の子は皆可愛いし、どこでも触り放題。積極的な子も多くて、まさに男のパラダイスだ」
そうは言いながらも、まだ遊び足りないようで、マスタープロテタスを操作しはじめた。
「さーて、次はどこで遊ぼうか」
ちょうど男の前を、一人の女性が通り過ぎた。妙に心をそそる匂いが空気中に漂って、男が目線を上げる。セミロングの金髪がゆるやかに巻かれ、歩くたびに揺れている。背中が大きく開いたミニのドレスを纏ったその女性に、男は目を光らせた。
「ねぇ、そこの美しいお姉さん」
男が追いかけながら声をかけると、女性が振り向いた。
「何か……?」
髪を耳にかける仕草が艶やかで、美しすぎるその姿は悪魔のようでもあった。露出度の高い服から柔らかそうな肌が見え、近付くほどに香水が強く香る。男はその美貌と香りに理性を失い、ヒュ~~!!と口笛を吹いた。
「セクシーボディーに加え、知性的なお姉さんだな」
「ふふ……お口の甘いお兄さんね」
「綺麗なお召し物で、どこに行くつもりだ?」
「仕事が終わって帰るところよ」
「そりゃちょうどいい、これから一緒に遊ばないかい?」
女は糸を巻き上げる釣り人のように笑った。
「良いわよ、ちょっと楽しいお店を知っているわ。お喋りしたり歌ったり、それからもっと楽しいことをしても良いお店なの」
「ほう?どこにあるんだ?」
「ついてきて。きっと気に入るわ」
「ハハ、早く連れていってくれよ!」
女は両手で男の腕を掴み、立派に膨らんだ自分の胸に引き寄せた。
「おいおい、積極的だな。お姉さん、名前は?」
「ふふ、マリアよ」
「俺はムーだ」
女は三日月のように笑った。
「素敵な、な・ま・え。さ、行きましょう?」
誘惑され、男は理性も知性も下がりきっていく。本能に忠実な男は、上機嫌でついていった。
歓楽街の中にあるホテル街まで来た。男の期待が頂点へ向けて高まっていったが、女はそのまま突き進み、狭い路地へと男を連れ込んだ。
「ん?マリアちゃん、こんなところに店があるのか?」
男は少し違和感を覚えたが、女は表情を変えないまま、その場で歩みを止めた。
「ふふふ、そうよ、素敵な場所って言ったでしょう?」
女は腕を離し、男を壁に押しつけた。妖艶な笑みを浮かべて舌を出すと、色っぽく舌なめずりをした。
「ハハ、そういうことか。良いぜ、少々荒いのも、俺は好きだぜ!」
「ふふ、話が早くて助かるわ。さ、あなたを頂戴」
そう言った瞬間、女は強い源気を出した。ドレスが破れ、蔦の巻き付いた身体が現れる。女は蠢く蔦を操る女王になった。
「おいおい、焦らすなよ、何のプレイだ?」
男はさらに燃え上がったが、どこかで違和感を拭うことができなかった。
だが、理性を取り戻す暇もなく、女は次々に蔦を生やして、男の身体を強く縛っていった。路地の壁に、強い緑の光が放たれる。源気が吸い取られ、闇の中、二人の影だけが見えていた。
「うおおおおおおおおお!!!うくっ……」
絶叫は短く、すぐに口が塞がれ声は行き場を失う。深夜の狭い路地では、その声を拾う者は誰もいなかった。
*
依織の寮であるヘスティアの隣には、ヘラティヌという女子寮があった。
ヘラティヌには裏口があり、商店街への近道となっている。高低差のある様々な木々が自然に生えてはいるが、昼頃は陽射しもよく当たり、開放的な場所だ。通行人も多く、不審者の立ち入る隙はない。だが、夜になると景観は一変する。月の光は入らず、道案内のためのフットライトが淡く光っているだけ。木々が影を作り、何かが潜んでいても分からないような闇が広がる。
そんな道を、三人の少女が歩いていた。
一人はボブカット、一人はサイドポニーテール、一人は赤茶色のウェーブヘアをハーフアップにまとめ、その両側には赤茶のケモ耳を垂らしている。
「酒場の給仕、こんな時間まで働くなんて大変、超疲れた」
ボブの少女が溜め息をつくと、ポニーテールの少女が応える。
「ま、今日は初日だし、マニュアルを覚えられるまでは遅くまで残った方がいいって、先輩も言ってたじゃん。それに、酒場はこの時間帯が一番、人手不足なんだから、仕方ないよ」
二人の後ろを歩いているケモ耳の少女はリーゼロティだ。
「二人もお疲れ様でした」
大人しく、それだけ言うと、ボブの少女が振り返る。
「リーゼは良いなぁ。初日からお客さんにチップポイントもらってたじゃん。美人で美乳って最高だなぁ。やっぱ、アトランス界でもルックスは重要なのかな?」
「そうとは言い切れないでしょう?二人とも、素敵だもの」
「いやいや、リーゼの可愛さは反則だよ~」
「だよね~。大人しくて器用だもん。先輩たちから聞いたけど、店長が看板娘に育てたいって言ってたらしいよ」
「二人とも褒めすぎだわ。私はただ、できる仕事をしっかりとやりたいだけよ」
三人の話し声は明るかったが、ポニーテールの少女はふと、周囲の暗がりに気付いた。
「ねぇ、ベティ。この裏道、通って大丈夫だった?何か暗くない?」
ベティと呼ばれたボブの少女は、手を胸に当て、自信満々の表情で笑った。
「大丈夫、大丈夫。不審者が出たら私がやっつけてやるわ!入学前に戦闘スキルも訓練してきたんだから、怪しいオヤジがいたって、すぐに追い払ってみせるわ」
ベティはそう言ったが、リーゼロティが足を止めた。
「どうしたの?リーゼ」
「やだ、何?」と、ポニーテールの少女は不安げだ。
「何て言えば良いでしょう?ちょっと、異変が……」
「でも、源気の気配なんて何もないよ」
安心させようと、ベティがそう言った時、小木の茂みから小型の魔獣が飛び出した。魔獣はガアガアと鳴くと、遠くへ飛び去っていった。
数秒の出来事に三人はドキリとしたが、ベティは努めて明るい声を出した。
「何だ、ただの夜行魔獣じゃない」
「う、うん……。早く帰ろう。夜遅くにこんなところにいるのは良くないと思う」
「も~。セリナちゃんってば怖がりすぎ~。心苗がそんな弱腰でどうするの~?」
リーゼロティは焦っていた。自分たちを尾行する、わずかな源気の気配に気付いていたからだ。だが、その焦りが二人に余計な恐怖を与えないよう、気軽さを装って足を動かし始める。
「行きましょう。ベティ、セリナちゃん」
三人は寮を見上げ、足早に帰っていく。
三人が通り過ぎた後、灌木の茂みから触手が這い出した。それは二時間前、校舎で別の少女を襲ったものを同じ触手だった。初めは一本に見えた触手は、すぐに次々と現れる。触手は三人の源気を求めるように、その影を追いかけていく。




