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29.唯一の家族 ②

 トオルは初めて一人で乗る浮遊船に少し高揚感も覚えながら、路線図を確認した。浮遊船は学園全域を回っている。ティエラルスは、アイラメディス学院とロッドカーナル学院に挟まれた、寮の集まる団地エリアにあるようだ。


「アイラメディス学院の方へ向かう船だから……。ここからなら、内回りか」


 トオルは反対側のホームへ移動し、乗船ポイントに並ぶ。


 警告音が響き、浮遊船が円盤状の板でできたルートに沿って飛んできた。


 船は大型バスほどの大きさで、白い船体に赤い紋様が塗られている。前後に6つの扉があり、乗船ポイントぴったりで船が停まった。

 船は中空に浮かんだまま、船棚の三つの穴と、ホームから上空に伸びる橋がつながり、それぞれの扉が開く。


 先に降船する人々が出てきて、その後でトオルは他の乗客とともに乗船する。

 座席は魚の骨のように、背骨である通路から左右60度の方向に二席ずつ配列されている。それぞれの座席には卵型の背板がついていて、クッションはラウンジソファーのように柔らかい。


 左右20列ずつの座席は8割ほど埋まっており、トオルは空席を見つけて腰掛けた。

 船が走り出す。最初は時速45キロメートルほど。浮遊船は路面電車のように道路を走り、次第に中空へと進んでいく。


 窓の外は、見たことのないものばかりが過ぎ去っていく。トオルの前の列に座っている二人の女の子が、初めて電車に乗った子どものようにきらきらした目で窓外を見ていた。その瞳に、新鮮な景色が映っている。楽しげに話す彼女たちも、おそらくトオルと同じ、地球界から来た新苗なのだろう。

 だが、トオルには彼女たちのように景色を楽しむ余裕はない。これから会う姉か妹、その人物のことばかりが頭を支配していた。


 次第に冷静になってくる頭には、様々な可能性が浮かんでいた。

 逃走中の父親が別の女性との間に作った姉妹。素性の知れぬ女性の卵子を買って、人工技術を使って生まれた姉妹。もしくは、父が犯罪者となるよりも前に、両親が受け入れた養子としての姉妹……。

 どんな由来で兄妹となったのかは聞いてみるよりほかないが、相手はどうやら自分よりも早くセントフェラストに入学している先輩に違いない。受付の女性が、情報を開示できないと言った理由も気になった。

 これまで家族に恵まれてこなかったトオルは、胸騒ぎがしてしまう。彼女に気に入られなかったら、相手の話が理解できなかったら、あるいは、昌彦のように嫌がらせをするために呼びつけたのであったなら……。考えれば考えるほど不安は増した。それでも、話しやすい女性であったならという希望も捨てきれなかった。


 浮遊船は南東へ向かって進み、ロッドカーナル学院の北東部を通る。建物が徐々に減り、一軒一軒が広い敷地を持つ別荘や屋敷が増えていく。荘園のような景色が広がり、その先の丘陵には芝生が緑の海のように続いている。花畑、森、遠景には聳え立つ山。そして、魔獣の数も増えてきた。アイラメディス学院の方向を遠く眺めると、空島の群れが霞んでいるのが見える。


 乗客も2割以下まで激減していた。数十分の間、船はゆるい山道を走り続けて、森に入っていく。船は木々のごく近くを走り、緑のトンネルを抜けていく。奇妙な形の樹木、数千年を生きてきた巨木などがあちこちに生えており、幹には何かしらの菌類が鮮やかな色の花を咲かせている。

 突然視界が開け、ハウス群が見えた。そこは、森の中に作られた村のようだ。


 ティエラルスの駅でトオルは降船し、ホームを見回す。反対側のホームは巨木でできた待合室になっていたが、そこで待っているのはたった一人だ。


「昼間なのに、人の気配が少ないな」


 少しだけ不安になりながら、トオルは駅を離れる。

 湖、村の他に、8つの寮の道を知らせる10の道標を見つけ、トオルは寮へと向かう森の歩道を進んでいく。わずかに渓流のささやきが聞こえていたかと思うと、ゴラーゴラー、キュルキュルと、複数の魔獣の叫び声が響き渡る。トオルは数十分かけてアップダウンのある歩道を歩き続け、次第に息が上がってきた。スーツケースを引きずりながら坂道を歩き、トオルはぼやいた。


「こんなところに、本当に寮があるのか?昼だから良いけど、夜になったら何も見えないぞ」


 体力のないトオルだ。歩いては立ち止まり、また歩き、鈍いペースで進んでいく。ハアハアと荒い息をしながら、さらに数十分が経った頃、水の流れる音が大きくなり始めた。トオルは少し希望を持って、歩くペースを上げる。視野が広がり、青々とした葉の揺れる森に囲まれた、蒼色の宿がとうとう見えた。

 合掌した手のような高く鋭い屋根や、小さなドーム屋根の小屋の集落が、日差しを浴びて照り光っている。ざっと、20棟以上の小屋があった。小屋の間には階段や狭い小道や巨木を倒した渡し橋があり、それぞれが繋がっている。ところどころに木や鮮やかな草花、菌類が飾られるように生えており、つい深呼吸したくなるような、心地の良い空間だった。


 その中で、一番大きな宿が、おそらくこの辺りの施設の主棟宿なのだろう。森を垣にした門番のようになっており、その向こう側、木々の縫い目に小屋が覗いている。


 小屋の前の花壇には人形が置かれている。トオルが足元の石板を離れて人形に近寄ると、何らかの力で弾き飛ばされ、尻餅をついた。


「痛て……」


 何とか立ち上がったトオルは、謎の現象に興味を抱いた。何もないように見える空間をそっと指で触れていく。ある場所を触った瞬間、静電気が流れたように、指にビリッとした感触があった。何もなかったはずの空間に、紋様が光り、しばらくすると消えた。


「この世界のセキュリティーシステムか?下手な真似をしたら大怪我するな……」


 ティエラルス516室を探し、トオルは5番の宿までやってきた。スーツケースを玄関に引きあげ、木の幹が台座になっている受付センサーの前に立つ。鳥の首を象った木像が目を光らせ、くちばしを開けてトオルに話しかけた。


<手を置いてみろ>


 トオルは急に喋りだした鳥に少し驚きながら、音声に従って手をセンサーにかざす。


<ガキ、お前、この宿の心苗じゃないな>


 取り調べのような厳しい口調に、トオルは戸惑う。


「お前って……君こそ何者?」


<俺はこの宿のセキュリティーを司る機元妖精だ>


トオルはそっと顎に触れながら考える。


――機元=機械のことか?妖精は……擬人回路みたいなもの?だけど、この対応、あまりに個性的だ。


<お前のマスタープロテタスを見せろ>


「マスター……?それは持っていない」


<ますます怪しいな。心苗なら誰でも持っているはずだ>


「いきなり不審者扱いなんて、理不尽だな」


<防御結界が作動した、さっきの気配、お前だろ>


「いや、あれは……ぼくは今日入学したばかりだから、そんな装置があるなんて、全く知らなかったんだ」


<ああ、この時期はルーキーだらけだ。だが、この寮に今日から入るガキがいるとは聞いていない>


「それは、仮決定だから……」


<仮?お前、名と属籍を名乗れ。目的はなんだ>


「ぼくは左門トオル、ペルシオン10組。庶務部でメッセージを聞き、516室の人に会いに来た」


<516室か。たしかに彼女は今日、来訪者があると言っていたな。行け。案内聖霊についていけば辿り着ける>


 機元妖精がそう言うと、すぐに草むらから一匹の虫が飛び出した。全身が発光した6枚翅の蝶々のような虫が、トオルの目の前でホバリングしている。


「え?あ、入っていいのか?」


<ああ、怪しい行動を取れば、次は追い出すがな>


「はい、すみません……」


 トオルはよく分からないまま頭を下げる。


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