98.彼女3人の女子トーク ③
ロサリが浮かない表情で尋ねる。
「イオリにとって、彼はどんな存在なのかしら?」
依織はロサリのダークアメジストのような瞳を見つめ、一度目をそらしてから、考え込むように答える。
「友達……かな」
「これは重症ね」
ミューリは依織の考え方を理解できずに聞き返す。
「普通の友達なら、彼の交友事情をそこまで気にする必要ないでしょ?」
「う〜ん」
「高校時代の依織ちゃんは彼のことを意識してなかったんでしょ?なんで今さら無視できないの?」
その問いかけには少し説得力があった。振り返って考えると、高校時代のトオルはクラスで全く存在感がなかった。いつも仲間外れで、同級生たちに疎まれていた。依織は才色兼備な女子高生として忙しい日々を過ごし、トオルのことを意識することはなかった。しかし、もしあの入学試験がなければ、二人の人生は交わることなく、高校三年を終えていただろう。
「イオリは彼のことが好きなの?」
ロサリの質問に、依織は頬を赤く染めた。彼女は目線をそらし、机の角を見つめながら答える。
「よく分からないけど、アトランス界に来てからずっと、彼にいろいろと助けられてきたの」
依織はトオルの事を言いながら、顔が柔らかい笑みを不意に浮いた。
「そんな地味なアイテムを作るオタクなんかより、もっといい男がいくらでもいるでしょ?」
「確かに、彼は自己アピールが下手で、機械とプログラムタグ以外のことには興味がない人。でも、実際に話してみると誠実で知性的で……不器用なところが多いけど、知らず知らずのうちに、彼の真面目さに惹かれていた気がする」
ロサリは依織の感情を見抜くように言う。
「これは、かなり深刻な病ね」
依織の気持ちを聞いて、少しイライラしたミューリは眉をひそめて言った。
「それなら、思い切って彼に告白しちゃえば?」
依織は目を閉じて苦笑した。
「やめようかな、今はそんな気分じゃないし……」
強引に推され、依織は動揺したが、トオルへの想いを飲み込んだ。入学以来、依織はまだ生活に慣れていない部分が多かった。彼女はウィルターとしての親に教えられた経験もあり、普通の初心者よりも源の使い方には慣れていたが、実際の経験者と比べるとその差は歴然だった。初心者の同級生たちに疎外感を感じる中、依織は自分の居場所を見つけることができずにいた。
また、担当教諭の指導方法は、自力解決を重んじるもので、依織にとってはストレスが多かった。
さらに、生活系の仕事しかできず、当初描いていたビジョンとは違う現実に直面していた。元々優等生だった依織のプライドはズタズタにされた。
トオルは入学後、地味な原石が徐々に輝きを増していくように見え、その一方でかつて輝いていた自分の色が褪せていくのを感じた。そんな自分では、トオルに告白する自信がなかった。
依織にとって、ベルシオン10組に入ってから二人の親友を得たことや、相談に乗ってくれる穣治や美鈴、そして偶然知り合ったトオルの存在は幸運だった。
「もたもたしてると、他の誰かに取られてしまったら後悔するよ」
「分かる、けれど……」
「だから、恋なんて面倒なだけよ。喧嘩の事が役に立ったない」
「ミューリちゃんは何を言っても、いつも喧嘩を優先するよね」
「喧嘩は強さの証しだもの。分かりやすいじゃない?魔獣狩りや対人闘技で勝てば、実績が増えるし、ポイントも稼げるわ」
「そんな楽天的な考え方が羨ましいかもね……」
ロサリは依織を真っ直ぐに見て言う。
「《《イオリの想いは純粋じゃないかもしれないけど、それでも伝えるべきよ。》》地球界とは違って、この世界では同時に複数の相手と関係を持つことが認められているのだから」
ロサリは依織にアドバイスを送りながら、親友の感情を観察し、興味深げに薄く笑みを浮かべた。
「その考えが受け入れられないなら、彼が他の誰かに気持ちを寄せる前に、早めに伝えた方が後悔しないでしょう。それでも諦めたくないなら、複数人と付き合うコツは、先に第一席を取ることよ」
その言葉を聞いて、初耳の情報に依織は驚きながらも、困惑した表情を見せた。
「う〜ん……頑張ってみるね……」
「依織ちゃんの気持ちに気付いてない鈍感な彼が悪いわ。もしあのオタクがただ女にチヤホヤされてすぐに心変わりするようなやつなら、忘れちゃえばいいのよ」
「ミューリちゃん……そもそも私たちがそんな関係じゃないけど……」
ミューリは勢いで言い過ぎることがある癖が出てしまった。
「つまらない男の話はもうやめて。そういえば、新しいバトル用ブーツを買ったのよ」
ミューリは見せつけるように、足を高く上げた。金属色に輝くブーツは鋭いパーツが付いたバトルブーツだ。
「新しい靴は、踏む踏むしないと」
無口なロサリは、可愛らしいブーツを履いた足で、そのままミューリの足の甲を踏んだ。 びっくりしたミューリが大声で叫んだ。
「何をするのよ!?」
「新しい靴が合うかどうかは、踏んでみないと分からないじゃない」
依織もそのやり取りに乗り、ミューリの足を踏んだ。