親子の形
梅雨入り前の5月中旬の空は青く澄み切って爽やかな風が流れていた。
月曜日に高校三年になって初めて登校する日を控えての土曜日である。
何時もの面々が島津家に訪れていた。
それまでは春彦の身体のこともあって土曜日に集まっても長時間というわけにはいかなかったが、激しい運動以外は日常生活に問題なしとの医師の言葉もあってこの日は朝から島津家の庭で以前のように輪になって話をしていた。
ただ、事件前は伊藤朔、神宮寺凛、田中悠真、そして陸奥樹の4人だったが今はそこに羽田野大翔が加わっている。
第一声は田中悠真の
「それで?夏月も松野宮も西海道大学へ進むんだって?」
との質問であった。
春彦はそれに頷くと
「ああ、西海道大学の法学部へ行く予定だけど…3年での文転は出来ないからこのまま理系で勉強して必要な科目は家庭教師をお願いしているんだけど」
なんか、申し訳ないって感じだよなぁ
「けど、2年も理系だったから足りない分は2年から勉強しないとだから別勉強になるのは仕方ないと思ってる」
と告げた。
「アプリで勉強するって言ったら春馬兄さんがやるならちゃんとしろって」
伽羅も「俺もこのまま絵画の先生に教わりながら芸術部目指すんだ」と答えた。
「また4年だから父さんや母さんも申し訳ないから下宿しても良いって言ってくれたんだけど春馬さんに怒られた」
それに関しては朔も凜も悠真も樹も大翔も大きく頷いた。
大翔は特に
「島津家の人間は本当に危ないから…これまで以上に気を付けないとだな」
俺も力になるけどそれ以上に本人たちの自覚が必要だと思う
と告げた。
3月の狙撃事件は大翔の祖父と父親が仕組んだことだ。
本来なら羽田野家は磐井と同じように全員行方不明という事態になってもおかしくはなかったが、陸奥初男があらゆる責任を取るという形で当主を大翔にして祖父と父親に関しては蟄居という形で収まった。
それに関しては更紗と陸奥家の正妻であった樹の母親である玲子が羽田野家であるということも大きく関わっていたのだ。
もちろん、大翔はもう祖父と父親が何処にいてどうなったのかは分からない。
知ること自体が羽田野家破滅だと理解していたのでそれを探る気持ちもなかった。
それだけのことを27年前も今回もしたのだ。
だからこそ、一族の贖罪という意味もあって春彦の命を守ることを口にこそ出さないが自らに課していたのである。
本人自身が『羽田野家はこれまで妄執に取りつかれた哀れな家系』だと感じていたのである意味において新しい道に解き放たれたと言っても良いかもしれない。
ただ、今の彼らの目下の問題は西海道大学へ上がるための合格ラインの成績を取ることにあった。
春彦と伽羅を除く4人は全員が政経学部である。
一家一族を支えるために政治経済の知識を抜きにすることはできなかったのだ。
朔はふぅと息を吐き出すと
「西海道大学は高校もそうだけど大学自体も偏差値は高いからね」
とぼやいた。
凜も腕を組むと
「エスカレーター式だから外部入学よりは全然楽だけどな」
まあ中間とか期末くらいの勉強はしておかないとな
と苦笑を零した。
大翔はハハッと笑って
「無試験は学年で5位以内だけだからなぁ」
それ以下は一応内部試験があるからな
と呟いた。
悠真は指を差すと
「それな」
と溜息を零した。
春彦は本来の方向とは違う学部なのでそれなりの勉強は必要であった。
いわば、基礎が無い状態なのだ。
伽羅に関して言えば芸術部に無試験はないのでちゃんとした試験を受けなければならなかったのである。
伽羅はハッと我に返ると
「そう言えば、俺」
花村先生に今度の福岡芸術展に公募するように言われているんだ
と笑顔で告げた。
「今までそういうの考えたことなかったからバクバクで」
めっちゃ緊張してる
それに悠真が手でビシッと
「緊張早すぎだろ」
と突っ込んだ。
朔も笑って
「確かに」
と言い
「でも、展示会は見に行くよ」
と告げた。
春彦も笑顔で
「もちろん、俺も行くつもりだから」
皆で行かないか?
と呼びかけた。
樹も頷いて
「良いよね、行こう行こう」
と賛成した。
凜も大翔も頷き
「楽しみだな」
「ああ、けど今から緊張してたらもっとプレッシャーだぜ」
と笑った。
全員が輪になって笑っている様子を部屋の中から春彦の母親の更紗は見下ろし
「この様子に安堵する日がくるとは」
と言い
「けれど、まだ全ては始まったばかり…春馬も春彦も守っていかなければ」
と心で呟きながら見つめていた。
一陣の風が清かに流れ、穏やかな日々が続かのように見えていた。
が、その日の夜に海埜七海から一つの依頼が舞い込んだ。
それは、ある人物に送られてきた脅迫状の依頼であった。
リバースプロキシ
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。




