遠い日の約束
多摩川沿いにある直彦と朧清美の思い出の場所にあるシステムを止めるためである。
二人が東京に到着すると白露家のボディーガードが付き添い、同時に思い出の場所には津村家配下の護衛が配備についていた。
その日は5月半ばの晴れた日であった。
春彦は久しぶりに直彦と暮らしたマンションに戻り
「…電子レンジが新しくなってる」
と呟いた。
直彦はそれに
「允華君が壊したからな」
と短く返した。
春彦は「勇ちゃんから聞いてた」と答え、自分の部屋に入ると
「泉谷さんが本を借りて行ったって春休みに允華さんが来た時に言ってたけどリファレンスとかプログラム例とかばかりだな」
と言い
「今プログラム組んでるのかな」
と呟いた。
直彦も春彦の部屋に入り
「ああ、卒業制作にゲームを作るとか言って毎日パソコン持ってきて頑張っているな」
と告げた。
春彦は「すげー」と言い直彦を見ると
「俺、今は夏月のままでいようと思う」
と告げた。
「いつか島津になるかも知れないけど」
今はまだ心の整理がついていないから直兄と一緒の姓のままでいたいけど良いかな?
直彦は頷いて
「ああ、お前がそう決めたならそれでいい」
と返した。
そして真剣な目を向けると
「春彦、お前がお前の父親や島津の役割の為にこれからの道を選ぼうと思っているならやめた方が良い」
お前がやろうとしていることは途中で辞めようと思っても辞められない事だからな
と告げた。
「後悔が出来ない事だ」
春彦はそれに
「俺は誰かの思いの為だけに道を選ぼうと思っている訳じゃない」
直兄が言ってくれただろ
「俺が進みたい道を進めって」
俺は俺が直兄と一緒に背負って行きたいと思うから選ぶんだ
「それは誰にも…直兄にも変えられない」
と告げた。
直彦は驚いたように春彦を見て大きく深呼吸すると
「知らない間に大人になったな」
と告げた。
「もう少し考えるかと思ったが」
春彦は笑顔で
「九州で色々あったから」
だから東京にも戻って来るけど大学は九州の大学で勉強する
「まだ東京へ戻るより九州にいた方が良いと思っているから」
と答えた。
「何れ九州にも直兄たちの波が来る…その時に春馬兄さんや母さんだけじゃなく伊藤君や神宮寺君や陸奥君や田中君たちとその波を越えていくことも俺の役目だと思っている」
俺の中の答えは出てないけど13のシステムを止めること
「それが直兄たちの最終目的なんだろ?」
直彦は小さく頷いた。
春彦は部屋を見回して
「そう言えば、あの絵からそこの写真が出たんだろ?」
絵はどうなったんだ?
と告げた。
直彦は笑って
「今、丁寧にキャンパスに張り直すために点検とか修復してもらっている」
お前から貰った俺の両親を描いた大切な絵だからな
「ここへ飾ろうと思っている」
と答えた。
春彦は頷き
「よし、久しぶりに夕食作るな」
九州じゃ調理人がいるから腕を揮えなくて
とぼやいた。
直彦は笑って
「じゃあ、頼んだぞ」
春彦
とリビングへと戻った。
一時の兄弟の時間であった。
翌日、春彦と直彦と津村隆と白露元と東雲夕弦と末枯野剛士が多摩川の津村家の私有地へと向かった。
元は白露家を出る時に
「じゃあ、行ってくる」
月のことを今日は頼むな
と告げた。
月は笑顔で
「いってらっしゃい」
と手を振り、允華は頷くと
「大丈夫」
兄さんも頑張って
と笑顔で送り出した。
夕弦と剛士もまた夕矢に後を頼んでマンションを出た。
夕矢は二人に
「兄貴も末枯野おじさんも頑張って」
と手を大きく振って見送った。
空は青く雲一つない晴天であった。
6人は到着すると入口の小さな橋を渡った。
問題は入口である。
夕弦は元に写真を手渡した。
「メールで渡しておいたが、これが実物だ」
元は受け取り
「…間違いなくここの写真だが」
と呟いて、直彦に渡した。
直彦はそれを見ると
「なるほどな」
と小さく呟いた。
隆と剛士は横から覗き
「「どうした?何がなるほどなんだ?」」
と聞いた。
直彦は春彦に写真を渡し
「わかるか?」
と見た。
春彦は受け取り
「んー」
と見て、周囲を見回すと全員が見つめる中をゆっくりと写真と見比べながら小さな滝の方へと歩いた。
そして、滝の手前で立つと
「いま木が茂ってて丘は見えないけど手前の滝の感じと岩の形からここから撮ったんだと思う」
と言い
「多分、ここが入口なんじゃないかな」
と滝に向いて手を伸ばした。
『島津家当主のDNAと認証いたしました』
滝の水が止まり滝裏の岩のところの扉が開いた。
水で入口を隠していたのだろう。
写真も入口への手掛かりだが、流出した時の危険を回避する為に場所をそのまま映すような形にはしなかったのだ。
開かれた入口へと春彦は足を踏み入れた。
全員がその後に付いて中へと入ると僅かに周囲を浮かび上がらせている電灯の明かりを頼りに坑道を抜けるように進んだ。
低いブーンという音が奥から響き進むごとにその音が少しずつ大きくなっていった。
そして、大きく開けた空間の中に半分土に埋まった球体が姿を見せたのである。
「漸くここへたどり着いたのですね、秋月家と島津家の当主達」
待っていましたよ
女性の声が響いた。
「秋月直樹から秋月直彦へ今から当主変更を行います」
秋月直樹の意志は既に受け止めています
「さあ、アクセスプレートの上に乗って私に心を委ねてください」
直彦は足を踏み出すと球体の前にある円盤の上へと乗った。
これをしなければ恐らくシステムの操作ができないのだろう。
直彦はふっと背筋に悪寒を走らせると流れ込んでくる知識に目を細めた。
春彦の時は赤子だったので恐らくこういう生理的悪寒はなかったのだろう。
だが。
ここで引くことはできなかった。
一瞬のような長久のような時間の中で直彦はハッと意識を取り戻すと隆に抱かれていることに気付いた。
「…夢を、見てた」
隆は息を吐き出し
「だろうな、そこへ立って少ししてお前倒れたからな」
気付いてくれてよかった
と苦く笑った。
他の面々も全員が安堵の息を吐き出した。
春彦も直彦の意識が戻ったのに安堵の息を吐き出し、足を進めると円盤の上に立った。
それは他の面々が想定していない行動であった。




