これからの道
11月も中旬になると気温もかなり落ちて制服の上着も必要となってくる。
春彦は朝食を終えると母親の更紗の見送りを受けて伽羅と共に島津家を出た。
後二週間ほどで学期末テストがある。
その後はクリスマスに正月だ。
車に乗りながら隣に座る伽羅を見ると
「冬休みどうする?」
と聞いた。
東京に帰るかどうかだ。
伽羅は正直に
「春彦はどうする?」
俺は帰ろうと思ってるけど
「お父さんもお母さんも正月くらいは帰ってこいって言ってくれてるし」
と答えた。
春彦は頷き
「俺も家に帰る予定」
と言い
「この前、直兄に電話でそう言っておいた」
と告げた。
実際には今暮らしている家が春彦にとっては実家になるのだが、春彦にとっては直彦との家が実家なのだ。
伽羅は春彦を見ると
「じゃあ、俺と一緒に帰れるな」
と笑みを浮かべた。
春彦は頷くと
「ああ、すっげ楽しみだな」
と告げた。
譲は運転しながら沈黙を守り、二人の会話をそれとなく聞いてた。
彼は西海道学院大学付属高校の駐車スペースに車を止めて春彦と伽羅を降ろすと島津家邸宅へと戻り島津春珂が行方不明になったあと島津を守り続けてきた女主人である更紗に今朝の報告をしたのである。
とにかく何をしでかすか分からないという認識の下に置かれている春彦の行動は代々島津家に仕えてきた武藤家の要注意人物として逐次更紗への報告が義務付けられていたのである。
広々とした広間に本を読みながら譲の報告を待っていた更紗は彼が恭しく入ってくると
「今日の春彦の様子はどうでしたか?」
と聞いた。
この日は春馬もノンビリと新聞を読んで同席してたのである。
譲は扉の前で一礼すると
「春彦さまと松野宮さまですが冬休みのご計画を立てておられました」
と言い
「どうやら東京の夏月直彦様の元へ正月は戻りたいと思われているようです」
と告げた。
春馬はそれに
「気持ちはわからないこともないが」
ダメだろ
とあっさり告げた。
「一応、あいつが来てから初めてのお披露目の場になるからなぁ」
更紗も本を閉じると
「そうですわね」
九州の各地から挨拶に来ますからね
「正式に次男として顔見せさせないと」
と呟いた。
9月から春彦は島津家の次男として邸宅に入って暮らしているが島津の息の掛かった各地の名士や市議など様々な人間に合わせた訳ではない。
正月はその人間が挨拶に来るのでお披露目の絶好の機会であった。
まして、神宮寺、伊藤、陸奥の当主とも挨拶を交わす。
逃すことはできなかったのである。
春馬は腕を組み
「じゃあ、あっちを呼ぶか」
と告げた。
更紗はあっさりと
「しかたありませんね」
そのように手配いたしましょう
とさっぱり告げた。
譲は「それで」というと
「松野宮さまの方は東京へ戻られる手配をする形で宜しいでしょうか?」
と聞いた。
更紗はそれに
「いえ、ご子息をお預かりしているのですから」
良い機会です
「ご両親をお呼びするように」
もしご家族全員が来られるのならばそのように
と告げた。
そんなことになっているとは知らず春彦と伽羅は2年A組の教室に入り神宮寺凛から
「俺の父と一色の叔父さんが伊藤君と島津君に会いたいって」
27年前の事を話してくれるんだと思う
という話を聞いていた。
伽羅と田中悠真は同時に自身を指差した。
『俺たちは?』である。
凛はプッと笑うと
「もちろん、二人とも一緒に決まっているだろ」
と告げた。
「今度の土曜日に4人を神宮寺家にご招待する」
27年前に島津家の長男・春樹が暗殺され、同時期に秋月直樹が殺された事件。
その後に磐井家一族が消え去り彼らがやったのではないかという憶測と噂だけが広まったその真実を知る人物の話だ。
春彦も伊藤朔も同時に固唾を飲みこんだ。
リバースプロキシ
授業を終えて帰宅すると春彦と伽羅は夕食を4人で取り、その後、更紗から先に声をかけられた。
「春彦に松野宮さん」
冬休みのことですけど
春彦と伽羅は同時に顔を見合わせた。
今朝話していたことである。
春彦は慌てて
「あ、俺…伽羅と一緒に東京へ帰ろうと思って」
と告げた。
が、更紗は紅茶を飲み、カップを置くと
「直彦さんをお招きすることにいたしました」
と言い
「それから松野宮さんのご家族も」
ご子息をお預かりしているので対面でのご挨拶も兼ねて
と告げた。
もちろん、伽羅を邸宅へ住まわせることが決まった時に執事が挨拶にいってはいるが更紗自身は会っていない。
そういう意味で言っているのだろう。
更紗は驚く二人を後目に
「そういう事で宜しいですね」
と告げた。
それは二人に承諾を求めているのではなく決定事項を告げているだけなのである。
つまりは『そう決めました』という意味と同義なのだ。
春彦は伽羅を一瞥して更紗を見ると
「あの、直兄と伽羅の家族には無理押ししないでください」
と告げた。
「直兄は…小説の仕事もあるし」
伽羅の家族だって予定があるし
更紗は頷き
「もちろんです」
と言い
「既に直彦さんの承諾は取れていますし、松野宮さんのご家族の承諾も取れておりますからお二人は安心して勉学に励んでください」
と付け加えた。
…。
…。
春彦と伽羅は同時に
「「はっやっ」」
と心で突っ込んだ。
春彦は「はい」と呆然と応え、ハッと思い出すと
「あ、それから」
今度の土曜日に神宮寺家に遊びに行きます
と告げた。
一か月ほど前から神宮寺凛が島津家に遊びに来るようになった。
それまで27年前のこともあり、また、春馬と神宮寺凛の年齢が離れていることもあって定例的な交流はなかったが9月に入って伊藤家の次男である朔が遊びに来るようになり先月から神宮寺凛が遊びに来るようになった。
更紗は何か因縁めいたものを感じつつもそれを止めることはしていなかった。
春馬も27年前に島津、伊藤、神宮寺に大きなタブーがあった事は知っているがそれが何なのかを詳しくは知らないので特殊な家系であり勢力のある神宮寺家に遊びに行くことを反対する理由はなかった。
セキュリティーを心配する必要がなかったからである。
更紗は「わかりました」と答え
「粗相のないように気を付けてくださいね」
というにとどまった。
春彦も伽羅も
「「はい」」
と答え、安堵の息を吐き出した。
その日の夜、春彦は直彦に電話を入れて
「ごめんな、お母さんから今日聞いた」
仕事大丈夫?
と告げた。
直彦は自室でパソコンを前にふっと笑うと
「俺も今日聞いたところだ」
と答え
「俺のことは気にしなくていい」
それよりお前こそ無理するんじゃないぞ
と告げた。
春彦は頷いて
「わかった」
と答え
「けど、直兄と会えるのすっげぇ楽しみ」
と笑顔を浮かべた。
直彦も笑みを浮かべると
「俺もだ」
と告げ
「隆も行くから覚悟しておけ」
と堪えきれないように笑った。
春彦は驚くと
「え!?なに?」
何かあるのか?
と聞いた。
直彦は笑いながら
「伽羅君の夢で色々あったみたいだな」
10月終わりごろに允華君の知り合いの命を助けたと聞いた
「取材されるからな」
と告げた。
春彦は「港川さんの」と言い
「さすが隆さんだよな」
そこで取材しようと思うの
とぼやいた。
直彦はハハハと笑うと
「確かに」
と言い
「春彦…勇敢と無謀は違うからな」
無暗に突っ込んでいくのは無謀だ
「ちゃんと考えて相手を守り己を守る道を作って向かって行くのが勇敢だからな」
と告げた。
春彦は目を見開いて静かに笑むと
「そうだよな」
ありがとう、直兄
と頷き
「じゃあ、会えるの楽しみにしてる」
と通話を切った。
無謀と勇敢。
春彦は窓の外を見つめ
「そうだよな、俺はそこのところも考えていかないと直兄やお母さんや春馬兄さんを心配させるだけになるな」
と呟いた。
相手を守り。
自分の身も守る。
『貴方自身の命を大切になさい。貴方が誰かを思うように貴方も誰かから思われているのです』
それを忘れていけません
以前に更紗に言われた言葉を思い出し春彦は窓の向こうに広がる夜空を見つめた。
伽羅も隣の自分の部屋で兄の友嵩に電話を入れていた。
友嵩は伽羅に
「ああ、親父と母さんから聞いた」
美広も受験でクラブ引退したから温泉入ってノンビリするって喜んでた
「交通費からホテル代まで向こうが払うって言ってきて親父はお前の面倒まで見てもらってるのに申し訳ないって恐縮してたけど」
お土産は東都バナナで大丈夫か?
「春彦君の家って何か金持ちみたいだけど」
と聞いた。
伽羅は頷いて
「うん、東都バナナで良いと思う」
と答え
「みんな喜んでくれてるならよかった」
俺色々決めたから
「その時に話すな」
と告げた。
友嵩は目を見開くと
「わかった、親父に最初に話してやれよ」
最近凄く俺達やお前の事心配してくれてるからな
「明日にでも電話して今の話もしろ」
と告げた。
伽羅は頷き
「うん、わかった、ありがとうな、兄」
と微笑み通話を切った。
本当に色々変わった。
伽羅は窓を見てその向こうの夜空に目を向けると
「俺、絵を描いていく」
みんなに上手いって言われても自信が無くて背を向けていたけど
「頑張ってチャレンジしてみる」
と呟いた。
その日の夜。
伽羅は夢の中を漂っていた。
軽い重力に四角い箱の乗り物。
と言えば
「エレベーターだ」
と伽羅は中をスーと見回した。
エレベーターの階層表示は14から15,16へと移り変わっていく。
乗っているのは目がぱっちりとしたボブカットの20代くらいの女性でフィットしたGパンに男性もののようなYシャツに背広を着ていた。
ボタンの色が18階から20階まで違っており、その19階でエレベーターが止まると女性は足を踏み出しエレベーターから降りた。
そこに二人の男性が姿を見せ驚く女性の腕を掴むと口を布で塞ぎ、エレベーターの中にいた伽羅へと突進をかました。
「うげっ!げほっ!ゴホッゲホッ」
と咳込んで伽羅はガッと目を開けると少し咳込みながら
「…夢…なのに…咳込んだ」
けほっ
とぼやき、もそもそとベッドの中から手を伸ばすと携帯を手に取り、咳込みながら春彦へと電話を入れた。
深夜の2時。
軽快なメロディーを奏でる携帯電話。
春彦は目を擦りながら枕元の携帯を手にすると
「…伽羅だ」
と布団に包まりながら着信の応答ボタンを押した。
「もしもし」
夢見た?
伽羅はコンコンと咳込みながら
「それが…ケホケホッ」
と布団に包まりながら言い、春彦が「ん?もしかして夢じゃなくて風邪?」と聞くと
「じゃなくて、夢」
と答えた。
11月の中旬となると夜中の気温はかなり低い。
布団から出るには勇気がいる。
しかも、以前夜中に低い声で呼びかけられて春彦自身が恐怖体験をしたので携帯でやり取りすることにしたのである。
春彦は伽羅に
「夢なんだ、どうする?」
くるか?
と聞いた。
伽羅は頷きながら
「行っても良いか?」
と返した。
春彦は「いいよ」と答え、ベッドから降りると上着を羽織って部屋の明かりをつけた。
伽羅はこそ~と自室を出て春彦の部屋に入ると
「夜中にごめんな」
と告げた。
春彦は首を振り
「いいよ」
それより咳込んでたけど大丈夫か?
と聞き、震えながら向かい合った。
伽羅は頷き
「大丈夫、夢で三人タックル受けたら衝撃で咳込んだ」
と言い、春彦が「夢のタックルで咳込むんだ」と感心すると
「ごめん、春彦。注目するのはそこじゃないから!」
とビシッと指を差した。
春彦は小さく笑って
「悪い」
と答え
「取り合えず寒いから暖房が効きだすまで毛布かぶっとこ」
と上下の毛布を抜いて一枚の伽羅に渡した。
二人は同時に頭から毛布をかぶりふぅと息をつくと春彦が口火を切った。
「それで?」
どんな夢だったんだ?
伽羅はその光景を思い出しながら
「どこかのエレベーターの中だったんだけど、ボブカットのシュッとした綺麗な女の人が立っててエレベーターが19階で止まって女の人が降りると二人の男がいてその女の人の口に布を当ててそのまま俺に突進してきた」
と告げた。
春彦は腕を組むと
「つまり、伽羅がエレベーターの中にいたとすれば男性はその女性をエレベーターに再び押し込んだってことだよな」
と告げた。
「しかも口に布を当てたってことは声を出させないようにしてたってことだから」
誘拐…かもしれない
伽羅は「あ」というと
「だよな」
と答えた。
春彦は「エレベーターか」と呟くと
「ビル、マンション、ホテル…色々あるよな」
と告げた。
伽羅はそれに
「あ、あのさ、ほら、前に田中君のホテルで30階だけ扱いが違ってたのとか、金沢のホテルで何階かだけ色が違ってたのあっただろ?」
18階から20階がそんな感じになってた
と思いついた!的に答えた。
春彦は目を見開くと
「あ、ああ。あの特別階な」
と言い
「ってことはホテルの可能性が高いな」
と呟いた。
「ただ、18階から20階ってことはKyuoホテルじゃないってことだけは確かだ」
田中悠真の父親が経営するKyuoホテルの特別階は30階なのだ。
確実にエレベーターの特別階の指定が違っていたのである。
春彦は携帯を渡すと
「取り合えず、そのエレベーターの様子と女性と男二人を描いてくれ」
それから
「お前がエレベーターの中から見た様子で良いから19階の様子も」
と告げた。
どこから思わず情報を拾い出せるか分からないからである。
情報は少ないよりは多い方が良い。
その中で何を選び、何を捨てるかを判断すればいいのだ。
伽羅は頷き携帯に絵を描こうとした。
が、春彦は時計を見ると
「2時半か」
と呟き
「絵を描いたら調べるのは明日にする」
明後日の土曜日は神宮寺君の家に行かないといけないし
と告げた。
「明日中に割り出しが出来たらいいけど」
明後日の神宮寺家への訪問を逃すことは絶対にできなかった。
春彦の本当の父親である島津春珂の兄である島津春樹の死の真相。
そして、恐らく兄の直彦の本当の父親である秋月直樹の死についての背景を知ることができるチャンスなのだ。
27年前の出来事が何故、どうして、何が原因で本当は起きたのか。
それを今誰よりも知っている当事者である一色卓史から聞く事が出来るのである。
伽羅は携帯に情景を描きながら
「絶対に割りだそうな」
俺も頑張る
と告げた。
絵が書き終わったのは午前4時前。
二人は一旦そこで仮眠を取ると武藤譲のノックの音で目を覚ました。
「…春彦さま…………」
と長い間の後に
「松野宮さま…もおられると思いますがご朝食の時間です」
と武藤譲は「何故よく二人で寝ている?」と疑問符を飛ばしながら告げた。
春彦はもそもそ布団から出ると伽羅を起こし
「朝ごはんだって」
と告げた。
伽羅は目を擦りながら起き上がり
「わかった」
と答えるとベッドから降りて二人揃って洗面所へと向かった。
春彦には神守勇という恋仲の女性がいることは調べがついている。
彼の中では神守家の経済状況や容姿成績性格全てが問題なしの二重丸であった。
一方、伽羅にも赤阪瑠貴という女性がいることは分かっている。
春彦の親友の彼女として問題はなかった。
なのに。
良く二人はベッドを共にして朝まで過ごしているのだ。
譲としてはどう考えていいのか分からなかったのである。
「恐らく真夜中に松野宮さまが移動しているのだと思われるが」
何故真夜中に移動?
と頭を捻るしかなかった。
運転をしながら二人の会話を聞いているが時折探偵ごっこのような話はしているが、それ以外に特出すべき点はなかった。
彼は軽くため息を零しながら
「…本当に春彦さまは私を飽きさせることがありませんね」
と呟くしかなかった。
春彦と伽羅は顔を洗って学校に行く準備をすると広間へと姿を見せて母親の更紗と兄の春馬と共に朝食を取った。
春彦と伽羅は学校へ向かい昼食は神宮寺凛を入れて屋上の手前の階段のところで食べることが多くなった。
温かい間は屋上で食べていたのだが、昨今は気温も低く自然と屋上の手前の階段に変わったのだ。
屋上へ上がってくる人は少なく色々話をするのに都合が良かったのである。
お弁当を食べながら春彦と伽羅は同時に欠伸を零した。
昨夜は2時から4時まで寝ていなかったので睡魔が襲ってきていたのだ。
その様子に田中悠真が
「今日は二人とも眠そうじゃないか」
もしかして松野宮がまた儲からない夢を見たとか?
と笑った。
意外と鋭い。
と春彦と伽羅は見た。
伊藤朔と神宮寺凛はじっと二人を見て
「「見たのか?」」
と同時に告げた。
悠真は腰を浮かせると
「マジか!?」
と告げた。
伽羅はガックシ肩を落として
「…はい」
と自白した。
春彦は苦笑を零しつつ携帯を出すと
「これなんだけど」
エレベーターの壁にピアノリサイタルのお知らせが張ってるから
「どこかのホテルだと思うんだけど」
と彼らに見せた。
一枚目はエレベーター。
二枚目はエレベーターと乗っている女性。
三枚目は男二人。
四枚目はエレベーターから見た19階の廊下だ。
それを三人がじっと見つめ悠真が
「俺の家のホテルでない事だけは間違いない」
と告げた。
春彦は「いやそれは俺と伽羅にも分かった」とびしっと告げた。
朔はう~んと唸りながら
「俺はホテルにあまり宿泊しないし…エレベーター乗っている時にそんなに注意を払ったりもしないから」
ごめん
と告げた。
凛も「俺も同じ」と答えた。
春彦は二人に
「俺も同じだから気にしなくていいよ」
と答えた。
悠真はそれに
「まあ、そうだろうな」
と答え
「夏月、良かったらその画像転送してくれ」
ホテルに関しては俺のオヤジとかの方が詳しいから聞けると思う
と告げた。
伽羅はパァと笑顔になると
「さすが!田中君」
ホテルマン!
と喜んだ。
前の宿屋のように600軒耐久コースは流石に堪えるのだ。
春彦も笑顔で
「わかった、頼む」
と言い画像をLINEで送った。
凜は腕を組むと
「明日の一色の叔父さんの話日延べするか?」
と訪ねた。
が、春彦は首を振ると
「いや、それはしたくない」
と答えた。
「27年前の真実は俺にとっても、伊藤君にとっても…多分聞いておかないといけない事だと思うから」
朔も頷き
「俺からもお願いする」
と告げた。
悠真は4人に
「その方が良いと思う」
俺の方だって直ぐにわかるか分からないし
「それに日にち的にはまだ余裕があるかもしれない」
と告げた。
春彦はそれに
「何故?」
と問いかけた。
悠真はエレベーターの中の掲示板の張り紙を指差し
「お前が言ってたこのピアノリサイタルの緊急告知のポスターがあるだろ?」
12月1日の緊急告知だから早くても一週間前から10日前くらいだから
と言い
「恐らく11月下旬と考えても週明けくらいからXデーに入ると思う」
俺は今日帰ったらオヤジに頼むから
「明日話を聞いてそれからオヤジの返事を待ってからでも大丈夫だ」
と告げた。
それには4人全員が「「「「おおおお」」」」と声を上げた。
さすがホテルの経営者の息子である。
春彦は4人に
「じゃあ、明日は話を聞いてそれから動こう」
と告げた。
全員がそれに頷いた。
翌朝、春彦と伽羅は譲の運転で神宮寺家へ行き初めて神宮寺の屋敷へと足を踏み入れた。
神宮寺家は島津家よりも海側にあり大濠公園に隣接していた。
ただ、百道浜にある学校よりは近く車で10分以内に着く場所であった。
大きな純日本家屋で母屋と公園側に離れがあった。
離れに神宮寺静祢と一色卓史が暮らしているのだ。
島津家と作りはよく似ており、大濠公園を借景に庭がある。
二人は凜とちょうど同時に着いた朔と悠真と合流し母屋で神宮寺家の現在の当主である神宮寺静一に挨拶をした。
凜と面差しがよく似ているがどこか暗い影がある。
静一は応接室で春彦と伽羅と朔と悠真と対面し春彦を見ると僅かに目を見開いた。
「…君はどちらかというと春樹君に似ているな」
彼は実直で良い青年だった
「兄弟仲も良かった」
羨ましいくらいにね
春樹というのは春彦の父である春珂の兄である。
27年前に暗殺されたという島津春樹である。
春彦は朔にも写真を見せられて言われたことがあり
「…俺は会ったことがないのでわからないですが」
でも
「そういう風に伯父が言われることもその伯父に似ていると言われることも嬉しいです」
と笑みを見せた。
静一は静かに笑むと
「卓史君の話をゆっくり聞いてやって欲しい」
その上で
「未来を決めるのは君たちだ」
と春彦たちを送り出した。
静一は一人応接室に残り窓の外を見つめると
「その先で私に下る罰なら…甘んじて受けようと思っている」
と呟いた。
27年前のタブー。
春彦も凜も朔も誰もが僅かな緊張を覚えながら母屋を出て渡り廊下を抜けると離れへと入った。
そこに一色卓史が待っていたのである。
神宮寺静祢は窓際に座ったまま虚ろに窓の外を見つめているだけであった。
卓史は春彦たちが入ると笑みを浮かべ
「よく来てくれたね」
と呼びかけ用意していた膳の前に座るように促した。
あらかじめ母屋の女中に頼んでおいたのだろう。
少ししてお茶と茶菓子が彼らの前に置かれた。
離れは意外と広く隣には寝室があった。
そして、風呂場もあり母屋から食事が届けられれば生活には困らない作りであった。
春彦たちが招かれた部屋も大濠公園が見える縁側がありそこから陽光が静かに射し込んできていた。
卓史は5人を見てゆっくりと唇を開いた。
「俺は君たちを信用しようと思う」
これからする話には君たちの命の危機に晒す禁忌の話もある
それに5人はゴクリと固唾を飲みこんだ。
春彦は真っ直ぐ卓史を見て
「俺もその覚悟を持って聞きに来ました」
と答えた。
4人も大きく頷いた。
卓史は笑むと
「27年前…いや、実際にはもっと前からことは始まっていた」
と告げた。
「この事件で一族が抹殺された磐井家は代々一部の女性だけが導夢という未来を夢で見ることが出来る力を持っていた」
それに朔が
「あの、貴方ではなく…ですか?」
と聞いた。
卓史は小さく笑うと
「俺にそんな特別な力はないよ」
と言い
「その力を持っていたのは磐井栞という…女性だ」
と優しい笑みを浮かべて告げた。
凜はそれだけで卓史が彼女を愛していたことを理解したのである。
伽羅は自分と同じだったのはその女性だったのだと理解したのである。
卓史は彼らを見ると
「あれは事件よりも2年ほど前だったと思うが一度彼女から春樹と直樹が自分たち特殊な家系の土台を支えるものを壊す夢見たと相談されたことがあった」
俺は特殊な家系でなかったのでそれが何かを全く知ることがなかった
「ただその時は春樹と直樹にそう言うつもりがあるのかを確認するからと彼女に言い二人にその意思がないことを確認にして彼女に伝えた」
と告げ、一旦言葉を止めた。
「俺はそれだけで済む話だと思っていた」
恐らくそれが一番の発端だったのだろうと5人全員が理解したのである。
卓史は少しの間を置いて
「それから1年ほど経って彼女が直樹と九州から駆け落ちしたんだが彼女には陸奥家の長男だった初男との縁談が持ち上がっていての駆け落ちだったから色々問題が出てきてな」
元々彼女が直樹のことを好きだったのは俺や静祢、春樹に朋巳の全員が知っていたことだったので
「全員、彼女にも直樹にも幸せになって欲しかったのもあって分からないと親には答えたんだが…それが元で磐井家は陸奥家から制裁を受け…その時に2年前の話が急に浮上したんだ」
出所は正確には分からないが俺は磐井からではなく陸奥からだったんじゃないかと思ったんだが
「そのことで陸奥と島津と伊藤と神宮寺の当時の当主が話し合って…27年前の事件になった」
と告げた。
朔は目を見開くと
「でも、それじゃあ…当主が協議して島津家の長男を殺したってことになるんじゃ」
まさか父親が息子を?
と告げた。
卓史はそれに関して
「あの日、春樹が暗殺された場所は伏流庵の入口だった」
呼び出したのは彼の父親だ
と告げた。
「暗殺するつもりだったのか…彼に噂の真義を確かめるためだったのかは分からない」
全員が固唾を飲みこんだ。
卓史は懐から一通の封筒を彼らの前に出して
「春樹が殺される前に俺はこの手紙を直樹から貰った」
中には春樹宛ての封筒もあって
「島津に渡すと居所が分るから手渡しをしてほしいと言われて俺は春樹に手渡しをしたんだ」
恐らく内容は同じだったと思う
と告げた。
「読んで構わないよ」
全員が封筒から手紙と一枚の写真を取り出した。
それは春彦が直彦に見せられた両親と写っていると言われた写真であった。
手紙にはどこか直彦の書き癖と似た文字で近況が書かれていた。
『卓史、久しぶりだな。8月20日に栞との間に子供が出来た。心臓に小さな穴があって心配は心配なんだが意外と元気に泣いたり動いたりしてる。とにかくすっげー可愛いというかこれはハンサムになる。名前は直彦と命名して栞と三人で暮らしていこうと思っている。俺たちは九州を出て大阪の郊外でひっそり暮らしているが誰かを愛して家庭を育むという事がこんなに幸せで穏やかなんだと初めて実感した。今すっごく幸せだ。仕事は大阪の新地にあるパールエンジェルという店で送迎を担当している。働いてる女性たちの送り向かいだ。それが彼女たちから極秘チップが意外と入るので生活には困っていない。住所の建物はその店の女性で親身になってくれている野坂という人とシェアしているんだ。彼女も21日に子供を出産したんだが残念ながら死産で。ただ彼女はその分、俺が仕事のあいだ直彦と産後で体調を崩している栞のことを懸命に見てくれているので暫くは一緒にこのままと思っている。春樹にも同じ手紙を入れている。手渡しで渡してほしい。それから静祢と朋巳にも俺も栞も直彦も元気とは言えないけど幸せに暮らしているから安心してくれとこの手紙を見せて伝えてくれ。また連絡する。』
春彦は震えながら
「…そう言う事だったんだ」
と呟いた。
それに全員が顔を向けた。
春彦は深く息を吸い込み、涙を堪えるように上を見てゆっくり吐き出すと
「恐らく春樹さんに渡った手紙が俺の父さんに渡って…父さんはこの手紙を頼りに直兄を探したんだと思う」
と告げた。
伽羅は春彦を見て
「直彦さんがこの直彦さんに間違いなかったんだ」
と呟いた。
春彦は全員を見て
「俺を育ててくれた直兄は戸籍上野坂由以…この手紙の野坂という女性の子供になってる」
彼女の子供は死産だったけど手元には母子手帳もあっただろうし
「手紙から彼女はシングルマザーだったと思う」
この後直ぐに直樹さんが殺されて栞さんに何かあったとしたら
「彼女が自分の子供の代わりに直兄を子供として出生届を出してもおかしくはない」
と告げた。
朔も凜も悠真も卓史も全員が固唾を飲みこんだ。
春彦は携帯を出すと
「これが直兄に確認した本当の親の写真だ」
と見せた。
そこには今手元にある写真と同じものがあった。
卓史から春樹に渡り、そして、春樹から春珂に渡り野坂由以から園長に渡りいま直彦の手にあるのだ。
そして、春彦は直彦の今の写真を見せた。
卓史は目を見開いて涙を落とすと
「本当に…直樹にソックリだな」
と小さく笑って
「目元は栞ちゃんにソックリだ」
とそっと撫でた。
「良かった…二人の大切な子供が生きていてよかった」
悠真も涙を指で拭いながら
「けどさ、住所はこの手紙にしか書いてなかったんだろ?」
と告げた。
卓史は頷き
「ああ、だがこの手紙は誰にも見せていなかったし恐らく春樹も見せてはいないはずだ」
と告げた。
「静祢は父親から指定された場所に直樹が現れるからと言われて無理やり連れていかれたから…他の場所から直樹や栞ちゃんの居場所がわかっていたと思う」
朔は考えながら
「俺の父さんは知らなかったから…違うと思う」
と告げた。
卓史は頷いて
「ああ、朋巳はこの手紙を見せようと思ったが、その前に噂が広がっていて…確かに二年前に栞ちゃんから聞いていたが春樹にも直樹にもその気がないのにと相談はしたが…これを見せれる状態じゃなくなっていたから知らないと思う」
と告げた。
春彦は卓史を見ると
「栞さんって陸奥家の結婚前に駆け落ちしたんですよね」
と告げた。
卓史は頷いて
「ああ、結納も済んでたし…決死の覚悟だったんだろう」
と告げた。
春彦は視線を伏せて
「もしも、彼女が初男さんにお詫びするつもりで手紙を送っていたら…彼には居所がわかっていたんじゃないのかな?」
と告げた。
それには全員が顔を見合わせた。
卓史は息を吸い込み
「だが、彼はそういう人間ではないと俺は思っている」
絵を嗜む心穏やかな人物でそういう画策をするようなタイプではない
「それに彼は少なからず彼女を愛していたと思う」
同じ立場だからわかるんだがな
と苦く笑んだ。
「ただ、その手紙が本当に存在したとしたら…彼の父である陸奥の当主は利用したかもしれない」
その導夢が本当になれば陸奥もその力を失う事になるからな
「どちらにしても、栞ちゃんの行方も分かっていないから確かめようもない」
あれから彼女の行方の話も何も出ていないからな
5人は顔を見合わせて息を吐き出した。
27年前の事件は磐井栞のその2年前の夢が原因で、当時の当主たちによって起こされたのだという事は分かった。
ただ、秋月直樹を呼び出したのが誰か。
そして、磐井栞の行方がどうなったのかは分からないままだったのである。
卓史はふと
「そう言えば、最終的に陸奥家の長男である初男は羽田野家の長女である玲奈と結婚して、島津家も羽田野家の次女を嫁にもらっているな」
春彦君の母親の更紗さんは羽田野家の次女で旧姓は羽田野更紗と言うんだ
と告げた。
「そう考えると羽田野家はその頃から陸奥家との結びつきが強くなったな」
もっとも島津家とは姻戚関係があるのに今も疎遠のままだな
春彦も伽羅も、いや、朔も凜も驚きの声を上げた。
同じ頃、島津家の自室で窓際に立って更紗は庭の向こうに見える褐色に彩りを変え始めた南公園を見つめていた。
そう、更紗と春珂との結婚は紛れもない政略結婚であった。
島津家に自分の娘を嫁がせれば伊藤、陸奥、神宮寺と同じ力を持てると考えて当時の当主との間で密約を交して結婚を承諾させたのだ。
『いいな更紗、お前の産んだ子供が当主になったら羽田野家を登録させるんだ』
それが結婚する前に言われたことであった。
だが。
息子である春馬は今21歳で当主であるが更紗はそれを言うつもりはなかった。
羽田野家と交流も断っている。
自分は島津家を守るのだと。
春珂の望んだ島津家を守るのだと結婚した時に決めたのである。
羽田野家を壊しても島津家を守る。
それが更紗の生き方であった。
春彦と伽羅と朔と悠真は日曜に島津家に集合することを決めて凛と別れると神宮寺家を後にした。
それぞれが考えさせられる話であった。
果たして27年前に事を動かした人々が幸せになれたのだろうか?
もし、島津家の当時の当主が暗殺に加担していたとして自分の息子を殺して…幸せになれたのだろうか?
春彦の父親である春珂が全てを知っていたとしたら…どんな思いで自分を連れて九州を出て直彦を探したのだろうか。
春彦は迎えに来ていた譲の車に乗り込むと堪えきれずに涙を落とした。
伽羅はそっと春彦を抱き締めると
「春彦はさ、幸せにならないとな」
と笑顔で告げた。
春彦は頷くと
「そうだよな、俺も、直兄も、そう望まれて生まれてきたんだよな」
と目を閉じて伽羅に凭れ掛かった。
直彦の父である直樹の手紙には直彦の誕生をどれほど喜んだかが書かれていた。
読むだけで胸がいっぱいになるほどだった。
春彦は流れる景色を見つめ
「いつか、直兄に見せてあげたい」
と小さくつぶやいた。
譲はルームミラーをちらりと見たが
「…」
と何も言わず沈黙を守ったまま車を走らせた。
翌日の日曜日。
島津家に神宮寺凛と伊藤朔と田中悠真が姿を見せた。
彼らは春彦の部屋に入るとソファに向かうように座って問題の伽羅の夢の解決話を始めた。
例の誘拐事件の夢であった。
悠真はテーブルの上に三枚の紙を乗せると
「親父に絵を見せて知っているホテルかどうか聞いてみたら…」
と言い全員を見回した。
春彦も伽羅も朔も凜も
「「「「ら」」」」
と固唾を飲みこんだ。
悠真はニッと笑い
「ビンゴがあった」
とブイサインを見せた。
紙を指差し
「このホテルだと思うんだけど」
とそう告げたのである。
伽羅は両手を上げると
「良かったー5人で600軒総当たり人海戦術作戦がなくなったー!」
と叫んだ。
それに朔と凜は
「えっ!俺達がする予定だったのか!?」
と聞いた。
春彦と伽羅は
「この前、400軒近く二人でした」
とあっさり答えた。
朔はさっぱり
「それは、やっぱり執事に頼む方がいいかも」
と告げた。
「手分けしてやってくれるし」
凜も頷いて
「その方が効率はいいな」
と答えた。
…。
…。
悠真は笑いながら
「一般人と特殊家系の差だな」
と告げた。
春彦はハハッと乾いた笑いを零して
「それで」
と紙を見て
「グリーンヒルホテル福岡って」
と地図を見ると
「博多駅前か」
と呟いた。
悠真は頷き
「ああ、俺の家のホテルのライバルホテルだ」
とフムッと答えた。
「何でそっちに泊まるかな!」
本音が出ているようである。
朔はそれに
「仕方ないんじゃないか?」
俺達とは違って何処に泊まっても自由だし
と至極真っ当な意見を述べた。
伽羅は困ったように
「いや、そこはノリで」
だよね~って言わないと
とビシッと手の甲で軽く叩く振りをした。
凛は腕を組み
「それよりこれからどうするかだよな」
と告げた。
春彦はそれに
「問題は彼女が何故誘拐されなければならないかってことだ思う」
そうでないと同じことが起きると思うんだ
と告げた。
確かにそのとおりである。
悠真は
「つまり、彼女が何者で何をしているかを知らないとだめだってことだよな」
と告げた。
いま、彼女が誘拐される舞台となるホテルが分っただけで彼女の事は何もわからないのだ。
春彦は立ち上がると
「彼女が泊っているかいないかを確認しよう」
もし彼女を捕まえることができたら守れるし話を聞ける
と告げた。
伽羅も立ち上がり
「だよな」
と頷いた。
が、悠真は手を出すと
「夏月が動くと騒ぎが起きる!」
と告げた。
朔も凜も大きく頷いた。
「「確かに」」
春彦は目を見開くと
「…ちょ、ちょっと待ってくれ」
でも
「彼女を捕まえないと」
と告げた。
伽羅は頷いて
「別に宿泊じゃないから良いんじゃないか?」
と告げた。
それに悠真も朔も凜もはっ!と我に返った。
これまで余りに騒ぎばかりが起きていたので警戒心が強くなっていたのである。
春彦は笑顔を見せると
「ホテルに聞きに行くだけだから行こう」
と告げた。
悠真はハァと息を吐き出すと
「こりゃ、止められないか」
と言い立ち上がった。
朔も凜も頷いて立ち上がり、5人は島津家を出ると伊藤家の車に乗り込みグリーンヒルホテル福岡へと向かった。
譲は慌てて玄関へ向かったが車が出た後で
「…春彦さま」
と深い溜息を零した。
更紗と春馬は窓から見ながらふぅと溜息を零していた。
春馬は腕を組み
「あいつは…返事を聞く前に走るっていうのが」
とぼやいた。
更紗は冷静に
「直ぐに戻るという事ですから…様子を見ましょう」
直ぐでなければホテルを潰しましょう
と告げた。
「言って分からなければ実行するしかありませんから」
悠真が聞いていれば卒倒しそうなことを二人はあっさりと告げていたのである。
春彦はホテルに車が着くとフロントへと向かった。
受付の男性が現れた5人を見てギョッと目を見開いた。
島津家。
伊藤家。
神宮寺家。
と言えば九州の五本指に入る家系である。
男性は狼狽えかけて堪えると
「ようこそ、お越しくださいました」
と頭を下げた。
春彦は携帯の女性の絵を見せて
「この女性が泊っていませんか?」
と尋ねた。
受付の男性は絵を見ると
「はい、昨日から一週間ほどご宿泊のご予定でチェックインされております」
と告げた。
春彦はほっとすると
「彼女を呼び出しだしていただけますでしょうか?」
と告げた。
男性は頷き
「かしこまりました」
とフロントから部屋へと電話を入れた。
「大変申し訳ございませんがお客様をお尋ねの方がフロントでお待ちになっております」
男性は電話を切って
「降りてこられるとのことです」
と告げた。
春彦たちは少し待ち、女性が居りてくると全員が頷いた。
間違いなく伽羅の夢の女性だったのである。
彼女は春彦を見ると想定外の来客だという顔で
「その、君たち?」
と尋ねた。
春彦は頷いて
「はい、実はお聞きしたいことがあって」
と告げた。
女性は少し考えたものの
「わかったわ」
と答え、フロント前のカフェのテーブルに向かうと
「どうぞ」
と全員を誘った。
「高校生くらいかしら」
何か用?
春彦は息を吸い込むと携帯の犯人の絵を見せると
「この二人に見覚えはありませんか?」
と聞いた。
彼女は目を細めると
「いえ、知らないけど」
と答え、春彦をじっと見ると
「君は何者?」
と聞いた。
春彦は真っ直ぐ彼女を見ると
「俺は夏月春彦と言います」
貴方の身に危険が迫っているのでお知らせに
と告げた。
彼女は少し考え
「ふーん、そうなの」
と言い春彦に
「危険って何?」
と聞いた。
伽羅にしても朔にしても凜にしても悠真にしても顔を見合わせるしかなかった。
『夢で見た』で信じる人はいないだろう。
春彦は彼女の問いに
「貴方が誘拐される夢を見たんです」
と言い
「中指と人差し指にペンダコがあるという事は日常的にペンを使っている記者とか…その辺りの職業ですか?」
恐らく今調べているモノが関係しているとおもいます
と告げた。
春彦があっさり夢を見たといった時点で全員が
「「「言った」」」
と心で叫んだ。
女性は自らの右手を見て
「…ほう、探偵君かしら」
と笑み
「実は記者ではないの」
でも
「ペンを常用しているのは当たってるわ」
と言い、う~ん、少し腕を組んで考える素振りを見せた。
春彦はジッと彼女を見つめた。
彼女がどういう人物かは分からない。
誘拐される理由も今は分かっていないのだ。
もしかしたら、誰かやどこかの会社を脅していて誘拐される展開になったのかもしれない。
もしかしたら、何か極秘調査でそれを知られて困る団体に誘拐されるのかもしれない。
それか、彼女自身が資産家の娘とかで身代金目的で誘拐されるのかもしれない。
ただ、どんな理由であっても誘拐されるという事は身の危険があるという事に違いはない。
春彦はそう考えていた。
女性はジッと真っ直ぐ見つめる春彦を見て
「君、凄く真っ直ぐモノを見るのね」
と告げた。
春彦は驚いて視線を逸らせると
「あ、すみません」
つい…
と答えた。
彼女はプッと笑うと
「わかったわ」
と言い
「一つはある人物の素行調査」
一つはUSBロック解除
「一つある事故の再調査」
そのどれかよ
と春彦たちを見た。
春彦は腕を組むと
「それのどれか当てろって感じですか?」
と彼女を見た。
伽羅はあわわと
「春彦、彼女は被害者で」
と告げた。
春彦は女性を見つめ
「けど、試されている気がする」
と答えた。
悠真は腕を組むと
「三択?」
と聞いた。
朔はそれに
「そうなるね」
と答えた。
凛は春彦を見た。
春彦はふぅと一機を吐き出すと
「進行具合にもよるけど」
大体わかった
と答えた。
女性は立ち上がると
「詳しくはここでは話せないわ」
と言い
「くる?」
と告げた。
それに5人は頷き
「「「「「もちろん」」」」」
と答えた。
彼女の誘拐を阻止する為に来たのだ。
原因を突き止めなければならない。
春彦も伽羅も悠真も朔も凜も全員が彼女の後についてエレベーターに向かって足を進めた。
朔は春彦の後ろを歩きながら
「そうなんだよね」
と小さくつぶやいた。
悠真は「ん?」と問いかけた。
朔は「夏月君って人を動かす力があるよね」と告げた。
凛も「ああ」というと
「確かに何か胸にドンっってくるものがあるな」
と答えた。
「俺は良い意味だけどな」
そう、朔にしても凜にしても春彦に動かされて今共にいるのだ。
春彦の一言一言が信用できるものだと思わせるモノがある。
そういう意味では悠真も同じであった。
悠真は小さく笑うと
「そういうところが夏月の良いところだろ」
と告げた。
だから、目の前を行く女性も自分たちに話す気になったのだろう。
5人は彼女と一緒にエレベーターに乗り込み彼女がカードを翳して19階を押すのを見て固唾を飲みこんだ。
彼女の話から狙われる理由がわかると思ったからである。
が、伽羅はハッと目を見開くと
「あ、この感じだ」
夢で見た!!
「服も一緒だった!!」
と叫んだ。
エレベーターにリサイタルのポスターを背景に立っている彼女の姿。
服装も夢で見たモノであった。
自分達だけが夢の中と比べればイレギュラーであった。
悠真がドン引きして驚きながら「今、この時点でそれか!」と叫んだ。
朔と凜は同時に
「「気付くの遅い!!」」
と告げた。
女性はざわざわと騒ぎ出した彼らに
「ちょ、ちょっと何?」
と言いながら
「その夢ってぇ?」
と春彦を驚いた表情で見た。
その間でもエレベーターの階数表示は移り変わっていく。
春彦は女性を見て
「大丈夫、貴女を守ります」
その代わり
「原因となったUSBについて詳しく教えてください」
と告げた。
「そうでないと、いま回避できてもまた狙われる」
女性は目を見開くと頷き
「わかったわ」
探偵君
と答え
「そうそう、私の名前は海埜七海…東京で探偵事務所をしているの」
と告げた。
春彦は「やっぱり」と心で呟いた。
他の4人も「「「「どうりで」」」」と思った。
全員が構えを取る中で19階に着くと扉がゆっくりと開いた。
そこに二人の男が立っており少し驚いた様子で全員を見たが、舌打ちし春彦たちが出ると同時に襲い掛かってきたのである。
「どけ!」
そう怒鳴り一人が海埜七海へと手を伸ばした。
春彦はその手を掴むと懐に飛び込み、男の突っ込む力を使って背負い投げをかました。
が、男はすぐさま立ち上がり膝蹴りを繰り出した。
春彦は腕で衝撃を受け止めたものの弾き飛ばされ
「!くそっ」
と立ち上がりかけた。
その目の前に朔が飛び込むと男が続けて殴りつけるために伸ばした手を掴み
「…暴力は好きじゃないんだけど」
と溜息を零しながら反対の手で拳を作ると胸元に叩きつけて衝撃を与えた。
ガッと一瞬の衝撃で男はフッと意識を失うと倒れ込んだ。
もう一人の男も凜が先手を打って手を掴むと動けなくして手刀で首筋に衝撃を与え気絶させていたのである。
まさにあっという間の出来事であった。
悠真も伽羅も春彦も驚いて二人を見た。
凜はにっこり笑うと
「まあ、護身術は小さな頃から習っていたからね」
と告げた。
「伊藤君もな」
…。
…。
悠真は「マジか!」と叫んだ。
ずっと大人しくて凡そ武術や喧嘩に強そうには見えなかったのである。
だが、論より証拠。
確かに春彦が背負い投げをしたその後で反撃してきた男を一瞬で伸したのだ。
朔は頷き
「護身術は習っているけど…あまり暴力は好きじゃない」
と答えた。
凜は春彦を見ると
「で、この二人どうする?」
と聞いた。
春彦は海埜七海を見て
「起こして理由を聞いて良いですね」
と告げた。
悠真は慌てて
「襲ってきたのにか!?」
と叫んだ。
また襲われたらどうするんだ!?である。
春彦はにっこり笑うと
「今、一撃で倒されたんだ。早々反撃してこないよ」
それにこっちの方が多勢だからな
と答えた。
「それよりちゃんと話をして海埜さんが襲われないようにする方が大切だと思う」
海埜七海はプッと笑うと
「すっごいね」
と言い
「わかったわ」
起こしてちょうだい
と告げた。
春彦は驚いている様子のない彼女に
「やっぱり、理由も全部わかっていたんだ」
と呟いた。
七海は頷いて
「ええ、先に絵を見せてもらった時にね」
と答えた。
朔と凜が頷いて背中を足で押して目覚めさせた。
男達は目を覚まし目の前に立っている春彦たちを見て互いに顔を見合わせた。
七海は鞄からUSBを取り出すと
「貴方達の目的はこのUSBでしょ」
その胸元のバッチ…研究センターの社員ね
と告げた。
男は睨みつつ頷いた。
七海は息を吐き出すと
「はい、返すわ」
ロックの解除頑張って頂戴
と告げた。
男はジッと彼女を見た。
彼女は男の前にUSBを置いて
「別にこのUSBを持って逃げるつもりじゃなかったわ」
センター長に依頼されて解除する予定だったんだけど雇った探偵が逃げちゃったのよね
と肩を竦めた。
まさかの展開であった。
悠真は春彦を見て
「これってどっちが問題なんだ?」
と告げた。
春彦も僅かに引き攣りつつ
「…どっちだろ」
と答えた。
七海は腕を組んで
「それで自分でロックを解除しようと思ってUSBの本来の持ち主だった人物の足跡をたどっていたのよ」
とんだ誤解だわ
と答えた。
男の一人は
「USBを持って消えれば疑うに決まっているだろ」
本当に解除できていないのか?
「その研究ファイルを売られたら…」
と睨んだ。
彼女は頷くと
「証拠みせてあげる」
と答え
「探偵君達もどうぞ」
と彼女の部屋へと向かった。
春彦は歩きながら周囲を見回し途中にあった経路図を一瞥した。
悠真はそれに
「どうかしたのか?」
と聞いた。
春彦は少し考えて
「後で話す」
と答え、彼女の部屋へと入った。
朔と凜が男二人の背後に立ち、七海はパソコンを開けるとUSBを差し込んだ。
すると画面にUSBの認識表示の後にロック解除のパスワードを求める画面が出たのである。
七海は立ち上がると
「どうぞ」
三回失敗したらダメだからまだ一度しかアクセスしていないわ
「そう表示に出てるでしょ?」
と男たちに座らせた。
確かに表示画面に『後2回間違えるとデータは消去されます』と出ていた。
彼女はふぅと溜息を零すと
「貰った依頼料の前金は今回の旅費を除いた全額返金するわ」
私は依頼に応えようとしたけど貴方達が邪魔をしたんだから
「旅費代くらいはもらうわよ」
全く誤解で命狙われたんじゃたまったものじゃないわ
そう怒った。
悠真はフムッと息を吐き出すと
「意外と根性が座ってる」
と心でぼやいた。
男達はUSBを手にすると大人しく立ち去ったのである。
七海は彼らが去ったあとに鞄の中から書類を出すと
「本当にひどい目にあったわ」
と言い
「こっちだってまさか雇った探偵がとんずらすると思わないじゃない」
だから自力でと思ったんだけど
「まあ、仕方ないわね」
とぼやいた。
「どちらにしてもロック解除できそうになかったし」
春彦は息を吐き出し
「依頼主が危険な人物かどうか疑わなかったんですか?」
しかもかなりの資金を持っている人物と俺は思うんですけど
と告げた。
それに全員が見た。
春彦は七海を見て
「取り合えず移動した方が良い」
チェックアウトしてください
と急がせた。
「宿泊は田中のKyuoホテル頼める?」
悠真は頷き
「ああ、構わないぜ」
と答えた。
七海は顔をしかめて
「仕方ないわね」
と言い荷物を纏めると春彦たちと部屋を出た。
フロントで即座にチェックアウトすると直ぐ近くのKyuoホテルへと入った。
30階の特別室である。
そこに一度荷物を置いて春彦は直ぐに島津家へと七海を連れて戻ったのである。
余り帰宅が遅いと前に言われたことを実行されてしまう恐れがあったからである。
帰り着いた彼らを譲が出迎え
「春彦さまに松野宮さま…出掛ける時は私にお声をかけて頂かないと」
と強く告げた。
護衛の意味がない。
春彦はハッとすると
「あ、すみません」
おか、さんと春馬兄さんには言ったんだけど
と言い
「次からは武藤さんにも言います」
と頭を下げた。
譲は息を吐き出すと
「更紗さまと春馬様がお待ちです」
他の方はお部屋に
と女中に朔や凜、悠真や伽羅と七海を案内するように命令した。
春彦はふぅと息を吐き出し譲の案内で更紗の部屋へと向かったのである。
部屋には春馬が待っていたが書類を見ながら
「後一時間遅かったらホテルが壊れていたな」
と告げた。
春彦は戸口に立ち
「直ぐに戻ってきたのは英断だった」
と心で呟いた。
更紗は春彦を見ると
「出掛ける時は譲の車で移動するように」
例え伊藤家や神宮寺家の車であっても予定外の移動では使う事を許しません
と告げた。
「前回と今回と」
三度目はありませんよ
春彦は「はい」と答え
「次からは武藤さんに声をかけていきます」
と告げた。
更紗はふぅと息を吐き出すと立ち上がり春彦の前に立った。
「春彦、私にとって貴方も春馬も同じ私と春珂さんの子供です」
私は春珂さんの妻になる時に島津家を守ると決めました
「それはすなわち貴方がた二人を守るという事です」
貴方には窮屈かも知れません
「でも、貴方が本当にあなた自身の身を守る意思を私が感じれば妥協もいたします」
今はダメです
春彦は僅かに目を見開いて視線を下げると
「わか、りました」
と頭を下げて部屋を出た。
春馬はそれを見て
「…わかってねぇな」
と小さくつぶやいた。
更紗も「そうですわね」と言い譲を見ると
「春彦を今まで以上に注意して見張ってください」
良いですね
と告げた。
譲は頷くと
「はい」
と頭を下げて立ち去った。
春彦はズンズンズンと廊下を歩き、自室の前で立ち止まると大きく息を吸い込んで思いっきり溜息を吐き出した。
東京にいた頃は自由に動けていた。
直彦のバックアップもあって動きたいように動けていたのだ。
それが今は…。
春彦は小さく
「同じところで堂々巡りだ」
とぼやき
「でも、今は海埜さんの事を優先しよう」
と決めると扉を開いた。
伽羅は春彦の顔を見ると
「…」
と一瞥して直ぐに視線を海埜七海へと戻した。
朔も凜も悠真も七海も春彦を見た。
春彦は伽羅の横に座ると深呼吸を一つして
「あのホテルの19階には10の部屋があった」
と言い
「夜中とか人の移動が少ない時間ならあんな風に堂々と誘拐しようと思うんだろうけど」
あんな時間に人に見られても平気なように行動するのはおかしいんじゃないかと思って
と告げた。
それには悠真も腕を組むと
「確かに朝の11時くらいまでは観光客やビジネスマンなら移動する時間帯だな」
と告げた。
「連泊じゃなかったらアーリーチェックアウトには悪くない時間だ」
朔は春彦を見ると
「それって」
と告げた。
その答えを凜が告げた。
「つまり、あの時間でもあの階の人は移動しないと分っていたから」
彼女以外は貸切だったってことかな?
春彦は頷いて
「俺はそう考えた」
ちょうど18階から20階は特別フロアだから階の利用者以外は降りれないし
「問題ないだろ?」
と返した。
それに七海が驚いて
「ちょっと待って!」
それっていくらかかると思ってるの!?
と叫んだ。
悠真はあっさり
「まあ30万から40万くらいだな」
と告げた。
朔は「それならあるあるだよね」とさっぱり答えた。
凜も「だな」と相槌を打った。
伽羅は微妙な笑みを浮かべ
「俺んちは絶対にできないけど」
ハハッと力のない笑いを付け加えた。
春彦は「俺ももったいなくてできない」と言いつつ
「つまり、それだけ資金のある人だってことだと思う」
そして
「それだけかけてもUSBを取り戻したかったとも言える」
と告げた。
彼女は腕を組むと
「確かにお金は持っているかもしれないわ」
でも、依頼主は怪しくないのよ
と言い
「安積東都重工科学センターのセンター長だったの」
と告げた。
春彦は「ああ」というと
「あの安積東都重工なんだ」
確かに怪しくないけど
と告げた。
悠真は「俺は知らない」と呟いた。
朔も凜も「「俺も」」と同時に答えた。
伽羅はあっさり
「俺は知ってる」
と答えた。
東京育ちは知っている会社なのだ。
七海はふぅと息を吐き出し
「だから、命を狙われるとは思わなかったわ」
と告げた。
「でもあっさりとUSBだってわかったわね」
春彦は頷きテーブルの上の書類を手に取り
「あの三択の二つ…素行調査と事故の再調査は基本的には依頼主以外は知らない調査になる」
依頼主は知りたい方で知られたくない方には基本的には分からない案件だから
「貴方を誘拐しようと思う人は出てこない」
貴方が恐喝したり脅したりしない限りは口封じをする存在がいないだろ?
「だけどUSBのロック解除はUSB自体に価値があるから貴方を誘拐してモノを奪おうというのはあり得るから」
USBだと思った
と答えた。
「それでUSBを返したら済む話?」
七海は手帳を出して
「本来は依頼者の秘密を保護しないとなんだけど、もうほとんど聞かれているし」
と言い
「あのUSBにはセンターの重要な研究情報が入っているらしいの」
センターの研究者が何処かへ渡すつもりで情報を移して本体からは消し去ったんだけど
「その研究者がその途中で事故にあって亡くなったのでUSBにはパスワードが掛かったままになってるの」
その解除を頼まれたのよ
「あ、誤解しないで事故は本当の事故よ、警察の事故の現場検証でもおかしいところはなかったから」
と告げた。
春彦は彼女を見て
「なるほど」
と答え
「要約すると情報漏洩しようとした社員がセンターの情報を元データを消して売りに行ったら事故で亡くなったってことかな?」
と告げた。
七海は頷いて
「ええ」
私が聞いたのはそうね
と告げた。
春彦は書類の一つに手を止めて
「売りに行った先は?」
と聞いた。
七海は春彦の持っている書類を指差して
「そこ、そのパンフレットの会社よ」
外資系のアーミックルコーポレーション
「事故を起こした時に社員の人がそのパンフレットを持っていたので発覚したってわけ」
と告げた。
春彦はパンフレットをパラパラ見ながら
「それでUSBの種類は?」
と聞いた。
七海はUSBのチラシを見せた。
朔も凜も伽羅も悠真も二人の遣り取りを交互に見た。
春彦はUSBのチラシと会社のパンフレットを交互に見て
「なるほど」
というと
「可能性のあるパスワードを思いついたけど」
と七海を見て
「再度依頼してくる可能性があるから」
とパンフレットに丸を付けた。
七海は首をひねって
「何故それなの?」
と聞いた。
悠真も頷いて
「ああ、そうだ」
よくあるのは本人の好きな番号とか生年月日とかじゃないのか?
と聞いた。
朔も「確かにそうだよな」と告げた。
凛も考えながら
「普通はそうだと思うけど」
全く関係のない数字っていうのもあるかも
と告げた。
伽羅は春彦を見ると
「春彦は何で?」
と聞いた。
春彦はパンフレットを見せて
「例えば自分だけが使うなら誕生日や好きな番号とかって可能性はあるけど、あのUSBは情報を買う相手が使うモノだから相手が間違えずに入れれる番号でないとだめだと思う」
と告げた。
七海は「ああ」というと
「そうね」
と答えた。
春彦はUSBのチラシのロックの説明のところを指差し
「数字が4桁で3回間違えたらフォーマット機能が付いている」
だから間違えられない
と言い
「だから」
と告げた。
七海は「なるほど」と答えた。
その時、彼女の携帯が震えた。
七海は携帯を取ると
「先程はどうも」
と告げた。
先ほど襲った相手の上…つまり依頼主からである。
彼女はにっこり笑うと
「わかりました」
私としても依頼は完遂したいですし
「命を狙われるのも嫌ですし」
と言い
「今から言う番号を打ってください」
それから預かった資料は全て郵送でお返しいたします
「その資料を見れば理解できると思います」
と告げた。
「番号は5934…パンフレットの印刷番号です」
恐らく電話の向こうで打っているのだろう。
静寂が広がり少しして返答があった。
彼女は笑顔で
「わかりました、残りの半金もお支払いいただけると」
まいどありがとうございます
と言って通話を切った。
「これで命が狙われなくて済むわ」
5人全員が安堵の息を吐き出した。
七海はふぅと息を吐き出すと
「今回は探偵君のお陰で助かったわ」
依頼料から今回の旅費とか必要経費を引いた分の半金を渡すわ
と言い
「でもこれで探偵事務所も休業ね」
次の探偵を探さなきゃ
とぼやいた。
春彦は怒ったように
「お金はいらない」
そんなことの為に助けたんじゃないから
と言い
「それより危ない依頼は受けない方が良いし探偵いないならやめた方が良いと思うけど」
と告げた。
七海は春彦を見ると
「いやよ」
と答え
「それからこれは大人の私からの忠告だけど」
無料はダメよ!
「私は依頼料を貰って仕事して貴方は手伝ってくれた」
だから依頼料の必要経費を引いた半額はもらってちょうだい
と告げた。
悠真は驚いたように
「ほお、意外とちゃんとしてる」
と言い
「あー、だったら俺から助言するけど」
先ず危なくない依頼だったらこいつに振ってくれ
「結構できる探偵だと俺は思ってるから」
と春彦を指差した。
春彦は「は!?」と悠真を見ると
「まさか!」
と叫んだ。
七海は笑顔で
「確かに!」
と言い
「わかったわ、依頼人を見る目はあるのよ」
今回は探偵が逃げるトラブルでこうなったけど
「じゃあ、探偵君」
貴方が大学で法学部を出たら
「正式に雇うわ」
それまではアルバイトで宜しくね
と告げた。
春彦は不思議そうに
「え?なんで法学部?」
と聞いた。
七海は驚いて
「当然でしょ?」
雑学だけだと依頼が法に触れそうなときに正常な判断ができないでしょ?
「警察の依頼だってあるし」
だから
「探偵は法律に詳しくないとダメなのよ」
と告げた。
「まあ、私の探偵事務所では法律のスペシャリストの私がいるけどね」
残念ながら推理や雑学はダメダメだけど
春彦は目から鱗であった。
けれど、心のどこかでストンと落ち着くものがあった。
春彦は考えながら
「法学部か」
と呟いた。
それに伽羅も悠真も朔も凜も笑みを浮かべた。
海埜七海は春彦とLINEを交換し
「じゃあ、宜しく」
探偵君!
と悠真と共にKyuoホテルへと戻っていったのである。
朔も凜もそれぞれの家へと戻り春彦と伽羅は春彦の自室へと戻った。
伽羅はソファに座る春彦を見ると
「先さ、部屋に戻ってきたとき凄く落ち込んだ顔してたけど」
良かったな
「先が見つかって」
と笑顔で告げた。
「俺、春彦の探偵業似合ってると思う」
春彦は驚いて伽羅を見た。
「伽羅」
伽羅は笑顔で
「ここにきてすっげぇ環境も違うし動きにくいし大変なこと俺頼んでるなぁって思ってるけど」
それが春彦の未来につながったのかなぁ思うと俺ほっとした
と告げた。
春彦は笑顔を浮かべると
「そうだな」
確かに今すごくやりにくいし落ち込むことあるけど
「お母さんや春馬兄さんの心配を安心に変えられる方法も考えていけば」
それも一つの手法になるかもしれない
と告げた。
「ありがとうな、伽羅」
春彦は携帯を手にするとそこに映る自分と直彦の写真を見て
「俺、大学は法学部に進む」
それで
「探偵になる」
と告げた。
…直兄、俺、漸くちゃんと直兄に言える未来を見つけた気がする…
このとき、太陽は高く昇り人々を明るく照らしていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。




