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 頭が重い。喉が痛い。鼻水が出る。きっとこれはウイルスが鼻に入り粘膜に付着し、追い出そうとする物理的な防御反応だろう。つまり私は風邪を引いた。多分、微熱だろう。

 リディアが眉を八の字にさせて心配そうな表情でが私を見ている。

「リル様、今日はお休みした方が……」

「行くよぉ」

 部屋に籠りっきりなんて冗談じゃない。もしかしたら今日、新しい発見を出来るかもしれない。

 それに本当にしんどいならぶりっ子演技なんて出来ない。


「リル~? 準備出来た?」

 扉の向こうからソフィアの元気な声が聞こえる。

「出来たよぉ」

 頑張って高い声を出したが……これは酷い。弱く覇気のない枯れた声。

「下で待っているね。早く来てよ~」

「分かったお~」

 私は精一杯可愛く高い声を出そうとするが難しい。喉の痛みが増す。

「リル様、やはり今日はお休みになられた方が」

「リルはぁ、休まないのぉ~」

 私は少し頬を膨らませて、子供のように腕を大きく揺らしなからそう言った。我儘に見えるだろうが、本当にリディアが心配するほど酷くない。

 言っておくが、今私が辛いのは頭痛ではなくただの喉の痛みだ。これだけで今日は休むなんて絶対に嫌だ。

 まずいと思ったらどこかに逃げる。頭が働かなくなったらまずいのだ。倒れるとかではなく、思った事を無意識に言ってしまう癖がある。そして、私は言った事を覚えていないのだ。

 まぁ、これは前世の癖だから今も残っているのかは分からない。まぁ、私の予想は、癖は今も残っていると思う。

 それを確かめるためにも、学園に行こう。


「ソフィア!」

 ウィクリフの声が私の脳に響く。……朝からうるさいな。

 ソフィアとは毎日会っているんだから、そんなにも声をだして喜ばなくていいだろう。

 もう少し声の音量を下げて欲しい。近所迷惑だ。……彼は王子だから許されるのだろうけど。

「ウィクリフ、皆、おはよう」

「み、ん、な、おはよぉ~」

 朝から爽やかに微笑むソフィアと対照的に私は皆に向かって両手で投げキッスをした。

 ……私と出来るだけ目を合わさないでおこうとしているのが分かる。

「ソフィア、昨日はお茶会に来てくれてどうも有難う」

 グラントはソフィアに近寄りながらそう言った。私から逃げようとしているようにしか見えない。

「ソフィア! 今度は俺の家に招待する」

 どうしてウィクリフの声はこんなにも頭に響くのだろう。今日は特に響く。

 その理由として真っ先に浮かぶのは、今日の私は少し体調が悪いからだろう。

 それに今の言葉はまるでプロポーズみたいだ。まぁ、ウィクリフの方はソフィアと結婚するつもりなんだろうけど……。

「じゃあ、リルと一緒に行かせてもらうわ」

「あ、いや、リルはいい。ソフィア一人で来て欲しい」

 ……焚刑にしてやろうか。いや、焚刑にされたのはフスか。


 フスはベーメンの神学者でプラハ大学総長だ。彼はウィクリフの考えに共鳴し、カトリックの現状を批判した。後は、……聖書のチェコ語訳とかでチェック人の支持を得ていたんだっけ?

「……どうして私一人なの? リルに失礼でしょ」

「いや、あいつは君に散々酷い事を」

「ただの反抗期みたいなものよ」

 1414年から1418年、神聖ローマ帝国ジギスムントの提唱で教会大分裂の解消とベーメンの宗教紛争収拾の為に開かれたコンスタンツ公会議でフスを異端とし焚刑としたのだ。そう、フスは生きたまま焚刑にされた。

「最近のこいつの様子もおかしいだろ」

「失礼よ、リルの前でなんて事を言うのよ」

「俺が悪かったからこれ以上怒るな。……怒った顔も可愛いが」

 その会議ではウィクリフも焚刑になったが、彼の場合は少し特殊だ。

 すでに死んでいるウィクリフの遺体を墓から掘り出して、それを焚刑にしたのだ。

 結局、二人とも焚刑にされたわけだ。同じ焚刑だが、フスの方はかなり苦しい思いをしただろう。


「おい、何ぼーっとしてるんだ?」

 突然私の目の前にニースの顔が現れた。 

 私は暫く彼の顔をぼんやりと眺めてから我に返った。

「え? ぼぉーっとしてたぁ?」

 私はとぼけたように首を傾げながら高い声を出してそう言った。高い声は出たがやっぱり嗄声だ。

 それに、風邪のせいで少し頭の回転が遅くなっている。すぐにぶりっ子演技をしなかった事をどうか怪しまれませんように。

 ニースは私をじっと見つめる。……何か見透かされそうで怖い。

「顔、赤くないか?」

 ……まずい。風邪を引いている事を一番ばれたくない相手だ。

 私の事を嫌いなニースはきっと私を罵るだろう。風邪の菌を俺らにまき散らすつもりか、とか言われそうだ。

 ……大丈夫だ、私。焦りは禁物だ。まずいは口癖だが、幾度もそのまずい状況を乗り越えてきた。

 落ち着いて行動すれば、怪しまれない。……顔が赤くなったのをぶりっ子はどう誤魔化すのかを冷静に考えよう。

「私、赤くなってるのぉ? ニース様にじっと見つめられて恥ずかしくなったのかもぉ!」

 私はそう言って両手で目を覆った。そして、指の間からこっそりとニースを見た。

 ニースは怪訝な表情で私を見た後、呆れた様子で小さくため息をついた。

 どういう意味のため息なのか分からないが、これで私はもうニースから干渉される事はないだろう。

 きっと、ニースの目から見て今の私は関わると面倒な女だ。

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