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「こんにちはぁ~」

 私は手を小さく振りながらゲノムに笑顔を向けた。

 その瞬間、彼の顔がパッと明るくなるのが分かった。なんて分かりやすい男なんだろう。

「リル様ぁ~、まさかリル様がそんな笑顔を僕に向けてくれるなんて!」

 なんか気持ち悪い。私は少し顔を引きつりながら一歩後退る。

 そう言えば、私が彼にしてきた態度はかなり酷いものだった。微笑みかけたことなど一度もない。常に蔑んできたのだ。……私という女もなかなかなものだが、こんな女を好きになる彼もなかなかだ。

「もしかして、ようやく僕の魅力に気付いたのですか!?」

「もうっ! 寝言は寝てる時に言ってよねぇ~」

 私は可愛らしい声でそう言って、彼をツンツンと人差し指でつついた。すると、彼はさらに興奮した。

「ああああああ! あのリル様が僕に触れたっ! なんということだ!」

 ボディタッチすらもしたことがなかったのか。これは私の失態だ。彼の扱い方がいまいち分からない。

「そう言えば、どうして人を使って私を呼んだのぉ?」

「え? リル様がそうしろとおっしゃったじゃないですか!」

 ああ、そうだった。ゲノムに人前で呼び出されるのは気持ち悪いから決して直接私を呼ぶなと言ったのだ。それをよく承諾したな、この男。

「もしや、もう間接的に呼ばなくてもいいのですか!?」

「う~んっ、というか、もう、ソフィアに意地悪はしないんだぁ~」

「えええ!? 何故です? 僕、どこかでミスをしましたか? リル様にとってソフィアが目障りなら喜んで嫌がらせをしますよ! というか、今日は次どんな嫌がらせをするかどうか楽しみにして来たのですよ!」

 私が彼をこんな風に変えてしまったのだろうか。なんだかとても申し訳ない気持ちがこみ上げてきた。

 完全に私に洗脳されている。いや、ゲノムの性癖がおかしいのかもしれない。彼が暴走したら大変だ。

「僕の唯一の楽しみだったのに……」

 思い切り肩を落として彼はボソッと呟いた。

「ソフィアを虐めるのがぁ?」

「違います! リル様とお会いできる理由がそれしかないじゃないですか!」

 健気な男の子の気持ちを私は今まで踏みにじってきたのか。ゲノムよ……、本当にどうして私みたいな女に惚れたんだ。

 恋は盲目と言うが、まさかここまでとは。彼が人の道を外してしまったのは私が原因か。どうにかしなければならない。

「じゃあさっ、これからはソフィアを助けてあげてよぉ~」

「はい?」

「だからぁ、何かソフィアが困っていることがあれば助けてあげて欲しいんだよぉ」

 そしてそのままソフィアに惚れてくれ。

「ですが」

「お願いっ」

 私は両手を合わせて彼に拝むようなポーズをとった。勿論、上目遣いで。目を少しばかり潤わせれば完璧。彼は顔を林檎みたいに真っ赤にした。

「わ、わわ、分かりました! 必ずソフィアを助けてみせます」

「ありがとおっ」

 私は満面の笑みを彼に向けた。

 ゲノムは顔を赤くしたまま俯いて何かブツブツと言いながら去って行った。不審者みたいだ。

「ああ、あのリル様が僕にお礼を言って下さるなんて」

 微かにそう聞こえた。……あんな風にしたのは私なんだよね。私は小さくため息をついた。

「お前、どういうつもりだよ」

 どこに隠れていたのか知らないが、いきなりジェンナーが目の前に現れた。

「どういうつもりってぇ?」

「さっきの話を聞いている限り、今まで虐めていた奴に急に優しくするのか?」

 私を睨むその視線の中に軽蔑の念が見えた。こういう正義感の強そうな人は虐めとか物凄く嫌いそう。偏見だけど……。

「盗み聞きは良くないよぉ~」

「あんたがやってきたことの方が良くねえだろ」

 ごもっとも。これには何も反論できない。

「何を企んでいるんだ?」

 私が死ぬのを避ける為、とは言えない。訝しげに彼は私を見つめる。さっきまで私がゲノムにしていた視線をまさか他人から向けられるとは思わなかった。

「気分でやりたいことがコロコロと変わっちゃうんだっ」

「……いつか本性を暴いてやる」

 それだけ言って彼もどこかへ去って行った。

 一番最初に会ったときは、彼が私を見る目は興味だったのに、今や敵意に変わってしまった。

 はぁ、朝だけで面倒くさい男が二人も現れるとは……。もっと気楽に生きたいものだ。

 私はそんなことを思いながら教室へ足を進めた。

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