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「なんだ? てめぇ?」

 狂気的な目とは今の彼の目みたいなことを言うのだろう。

「あっ、てめえとか言っちゃったぁ~」

 私は右手を口に当てながらそう言った。てへ、みたいな軽いノリで彼は許してはくれないだろうけど。

 汚い言葉を使ってしまったけれど、もうこれ以上皆に迷惑をかけるわけにはいかない。特にニースには。

「ハメット家の名を汚したのはおめえだろ? どう責任取ってくれるんだぁ? なんならお前が養子になるか?」

「彼女は関係ないだろ」

 ニースはとてつもなく冷たい目でネロを睨む。

 従者にここまでしてくれる主なんて稀だ。彼に人望がある理由がよく分かる。

「お前は彼女の王子か何かか? ニース様よぉ」

「……サーディーは確かに苦労する道に行ったかもしれない。けど、それで彼女が幸せになるのならそれで良いんじゃないの? 親子でも価値観が違うのは当たり前よ。貴方とサーディーの幸せを一緒にしないで!」

「そういう台詞は行動してから言いな、嬢ちゃん。あんたは良いことを言っているかもしれないが、妹みたいに悪いことは出来ねえだろ? それに俺にとっちゃあ、あいつの幸せなんぞどうでもいい」

「貴方に心はあるの?」

 ソフィアの言葉にネロは嘲笑した。もう彼に何を言っても通じなさそうだ。

「心だ? いいか、世の中には人間の心よりも大切なもんがあるんだよ。それはな……、名誉だ!!」

「何を言って……」

 流石にソフィアもネロの発した言葉に対して絶句した。

「名誉と金さえあれば、悠々自適の人生が送れるんだよ」 

「わぁ~! すっごいねぇ~! ネロ様、格好いいぃ~!」

 私は両手を合わせて目を輝かせた。ネロ様だけでなく、全員が固まった。『何を言っているんだ? こいつ』という表情で私を見ている。今回ばかりはニースもそんな目で私を見ている。

「リル! 騙されちゃだめよ。彼は悪い人なの」

 ソフィアが焦った表情を浮かべている。 ……私、どんだけ馬鹿だと思われているんだろう。

「そんなことないよッ! ネロ様はとってもカッコいいよぉ!! けどぉ、サーディーの方がもっとカッコいいかなぁ~」

 私は人差し指を顎に押し付けながら少し唇を突き出してそう言った。ニースがフッと小さく笑ったのが分かった。

 私、なかなか出来る従者でしょ?

「ああ?」

「サーディーは時代を切り開いた先駆者じゃん! 簡単に出来ないよぉ~、平民と駆け落ちなんてぇ」

「舐めてんのか?」

「舐めてないよぉ~! ちゃんと、彼女の気持ちを噛みしめているよッ!」

 ネロの顔がどんどん赤くなっていく。

 ……交感神経により全身の血管は広がり、血流をよくしようとする。血管は肌の表面近くにあるから増えた血流が赤く見える。だから怒りで顔が真っ赤になるんだよね、確か。

 私は彼の状態を見ながらそんなことを思った。

「ふざけやがって……」

 おお、ついにブチ切れるか? 

 ネロの声が声が怒りで微かに震えているのが分かった。 

「俺を馬鹿にするのも大概にしろよ。サーディーを逃がすなんぞ、汚い手を使いやがって」

「汚い~? 私がぁ? 人の目気にして娘を駒扱いしているネロ様の方がよっぽど汚いじゃ~んッ!」

「なッ」

 目を見開いて言葉に詰まるネロ様を見て私は満面の笑みを浮かべた。

「その汚さを名誉だなんて堂々と威張れるネロ様ッ! とってもカッコいいですよぉ~」

「こんな馬鹿とこれ以上話してられるかッ! 行くぞッ! ジョット!」

 ネロは大声を上げて、扉の方に歩き出した。だが、ジョットは彼について行く様子はない。

「貴方の負けですよ、ネロ様」

「ジョット? 何を言っているんだ?」

 ネロは立ち止り、瞠目しながらジョットを見つめている

「数ヵ月前から俺は国王陛下に仕えているんですよ。俺が優秀だからですかね、引き抜かれましたよ。外交はほとんどいつも俺がしているってことはちゃんと知ってくれていたみたいです」

「……お前、まさかこの俺を裏切るのか?」

「裏切るも何も、最初から貴方に仕える気などなかった。ただの踏み台だ。そして、今回の国王陛下からの命、……ネロ・ハメットの爵位を剥奪」

「なんだと……?」

 元々、そのつもりだったってことは、私達がしたことは無駄だってこと? というか、やっぱりジョットは只者じゃなかった。だってネロの家臣のくせに私達のあの論争を黙って見ているなんておかしい。

「今回はたまたま貴方の娘の件と被ってしまいましたが、前からの貴方の横暴さに国王陛下も手に負えなくなったと言っておりましてね」

「今までお前にはよくしてやっただろう」

 ジョットは彼を馬鹿にしたように鼻で笑った。

「ハメット家の名に一番泥を塗っていたのは貴方ですよ」

 その言葉でネロは地面に崩れ落ちた。

 爵位を剥奪されたら、彼は今後どうなるのだろう。平民になるのかな。プライドの高い彼がそれに耐えていけるのかどうか。……それは私が考えることじゃないか。

「連れて行け」

 扉の外に向かって、ジョットが叫んだ。部屋の外から数名の衛兵が入ってくる。

 もう既に手配済みか。私達のこれはただの茶番劇というわけ? なんか癪に障る。彼は片腕ずつ衛兵に捕まれ、力ずくでその場に立たされた。

 さっきまでと打って変わって生気のない表情を浮かべている。そのまま扉の方へと引きずられるようにして歩いて行く。その足取りはふらふらとして不安定だ。

「サーディーは貴方の支配から逃れ、自分の足で自分の人生を歩みだしたのよ。とってもカッコいいわ。彼女を誇りに思うべきよ」

 落ち着いた声でネロの背中に向かってソフィアはそう言った。すると、ネロが肩を揺らして、狂気的な薄気味悪い笑い声を上げた。背筋が思わず凍るようなその笑い声は部屋中に響いた。

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