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「着いたぞ」
ニースの声に私はハッと目が覚めた。
……この状況で寝る私って。知らない間に眠りについていたのだ。なんか、ニース相手だと気が緩んでしまうんだよな。
「……!?」
私が馬から下りようとした瞬間、目の前に蜜蜂が来た。
死ぬ。あ、違う、刺される。私はそう心の中で思った。……けど、あれ? 攻撃してこないし、もはや私の前でただ飛んでいるだけで動かない。ニースが目を見開きながら私と蜜蜂を凝視している。確かに、この状況は驚く。
私はじっと蜜蜂を眺めた。こんな近くで見れる機会なんて初めてだ。
うわ、やっぱり目から毛が生えている。花の蜜を集める蜜蜂は花粉と接する機会が多いから花粉から目を守るために毛が生えている。
「凄い……」
「本当にな」
「え?」
「特別な女は蜜蜂を従えさせることが出来る」
……特別な女、きっと魔女のことだ。やっぱりニースはもう気付いている。私の口から言った方が良いのか、それともニースが何か言うまで何も言わない方がいいのか。
「……蜜蜂を従えさせることが出来るのは魔力が強力なもののみ」
ニースがボソッと何か言ったが聞き取ることが出来なかった。そして、私もなんて言ったかを聞くようなことはしなかった。聞かない方がいいと本能的に感じたからかもしれない。
私は馬から降りて、皆の元へ向かった。
「ふざけるなッ! どうして私の娘がどこにもいないんだ!」
客間から家を破壊しそうな大きな声が聞こえた。
荒々しい声だな。相当腸が煮えくり返っているみたいだ。
「来るのが予想よりも早かったな」
そう言ってニースは勢いよく客間の扉を開けた。皆揃っている。ソフィアの心配そうに私達を見る目が視界に入った。
「よぉ~、ニースじゃないか。お前今までどこに行っていたんだ?」
陽気な声でニースに肩を組みに来たのは、……誰? 若いのに雪みたいな真っ白い肩まである髪、瞳の色は夕日のような茜色。推測だと私より一回り上ぐらいの年齢だ。
「お~、そっちの嬢ちゃんは誰だ? 別嬪じゃねえか」
ニースからパッと手を離し、私の方へ近づいてくる。
まさかこっちに来ると思っていなかったからぶりっ子演技が咄嗟に出来ない。
「俺はあそこにいるネロ様の家臣のジョットだ」
そう言って、手を差し出された。
ジョット! フィレンツェで活躍したルネサンス絵画の先駆者。代表作は聖フランチェスコの生涯。確かに芸術家と言われればそんな風に見えてくる。
「私のぉ~! 名前はッ! リルでぇ~すぅ!!」
両手を前に突き出し、ジョットの方に掌を向けながら私は明るい声でそう言った。
私の様子に一瞬彼は固まり、部屋は静まり返った。まぁ、こうなるだろうとは予想していた。
「リルちゃんは元気な子だな~」
ジョットは静寂を破り、笑顔で私の頭をポンポンと叩いた。
なんて精神力だ。というより対応力? 凄すぎないか? やっぱりあのサーディーの父の家臣だから? いや、関係ないか。……そう言えば、サーディーの父の名前なんだっけ? ジョットの名前の方に意識が飛んでしまっていた。
「うるさい女だ」
空気を壊すような冷たい台詞を吐いたのはサーディーの父だ。サーディー、グラント同様の赤い髪、黄土色の細い目。なんて人相が悪いんだ。
「ネロ様、レディーに対して失礼ですよ」
ネロ……、うわ、ネロか~。第五代ローマ帝国の皇帝だ。ローマの大火をキリスト教の責任とし、彼らを大迫害したという暴君……。彼にピッタリの名前だな。
「お前らが俺の娘を逃がしたんだろう」
私達に圧をかけるようにして彼は睨む。ニースは私を庇うようにして前に立った。
「俺の責任です」
ニースは冷静な声でそう言った。
あれは全部私の計画だ。それなのに……。
「ほう?」
ネロは探るような目でニースに視線を向ける。
「俺の娘をどこにやったんだ?」
「それはお伝え出来ません」
「ニース」
ウィクリフが間に入った。多分、彼に本当のことを言って欲しいのだろう。じゃないと、ニースが処罰を受けることになる。
……私は一体どこまで人に迷惑をかけるんだろう。
「あれは俺の娘だ。俺のものだ! お前らが好き勝手にするんじゃねえ!」
彼の叫び声が部屋中に響く。耳がキーンッとするぐらいの声量だ。
それにしてもなんて暴論なんだ。……私はネロみたいな人が大嫌いだ。
お前は偏差値が高いからこの学校へ行け、そう言った父の言葉が頭に浮かんだ。私の興味あることなんて彼にとってはどうでも良かった。ただ世間の目を気にした親の発言だ。私に言わせれば偏差値が合致しただけだ。どうして親に自分の人生を振り回されないといけないんだ。「皆が目指しているところに行けて偉いね」「あの学校に入れるなんて凄いね」、周りの大人はそう言った。
……皆? 皆って誰? 私の行きたいところは?
「お前たちが余計なことをしたからこの家の名前にどれだけの傷がつくと思うッ!! あいつは俺が言った通りにしておけば良かったんだよ!」
……どうして彼女の欲求を聞いてあげないの? どうして私の欲求を誰も聞いてくれなかったんだろう。私がしたいことを言えば、向いていないだのやめておけだの……、勝手に決めるな。大人達の都合に振り回される子どもがどれだけ窮屈な思いをしていると思う。あんな抑圧、この世から消えてしまえばいい。
「あいつがいなくなったせいで俺の人生は無茶苦茶だ。あんなやつもう俺の娘じゃない!」
さっきからこのおっさんは何を言っているんだろう。馬鹿なのか?
「あんなやつ生まれてこなければ良かったんだ!」
「そんなわけない! 生まれてこなければいい命なんて一つもないわ!」
ネロの言葉に遂にソフィアは声を上げた。
「お前に何が分かる? おこちゃまに俺らの事情なんて分かるわけないだろ!」
「おい、彼女を侮辱するのは俺が許さない」
ウィクリフが前に出てきた。流石王子だ。王子が出たらネロに勝ち目はないだろう。
私はジョットの方に視線を向けた。
……無表情? 彼を止めるつもりもないみたい。……彼が滅びるのを待っているのか? 彼は賢そうだし、きっとネロに愛想を尽かせているだろう。
「ウィクリフ皇太子……、ガキが調子に乗っているんじゃねえぞ」
「王子への暴言は重罪に値するぞ」
ニースが剣を抜きネロの後頭部に突き付けた。騎士は必要ならば人を殺しても罪には問われない。
「彼女は俺の婚約者であり、公爵家の令嬢だ。立場をわきまえろ」
確かに、侯爵が公爵家の令嬢を罵るのはまずい。
「お前らのせいだろ。俺のものを奪ったお前らの罪は問われないのか? あああ? どうなんだよ!」
「ネロ様ぁ~! てめえの利益の為に彼女は生きているんじゃないんだぞッ!」
私は頬を膨らましながら腰に手を置いて可愛く甘い声でそう言った。




