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「あの日から毎日ここに来ていたんだ」
「え?」
「自分でした約束なのに、何度も後悔した。君と離れることがこんなにも辛いことなんて思っていなかったんだ。……サーディーの為に離れなければならないと思った。僕らはあまりにも身分が違う。頭でそう自分に言い聞かせても心はどうにもならなかった」
「私もずっとここに来たかった。毎日早く成人になりたいって思いながら過ごしていたのよ?」
目に少し涙をためながらサーディーは軽く笑った。
「貴方を思わない日は一度もなかったわ」
彼女の笑みにバーナードは泣きそうな表情をした。
離れた後も、毎日彼がここに来ていたということは、彼女がいつか来るかもしれないという希望を抱いていたのだろう。毎日会い焦がれて、また出会える日を願っていた。
瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ。
「一緒になれたじゃん」
私は思わず笑ってしまった。
「なんの話だ?」
「なんにも」
不思議そうに私を見るニースに私はそう言った。
「ねぇ、二人とも早く行った方がいいよ」
「馬はこれを使え。それと、父親の事は俺らに任せておけ」
ニースは自分が乗ってきた白馬の方を二人に渡した。
「何から何まで本当に有難う御座いました」
サーディーはとても綺麗なお辞儀をした。流石レディーだ。お辞儀の仕方を心得ている。
「少ないが、これ持ってっけ」
ニースはポケットから小さな袋を取り出して、バーナードの方に投げた。
中身は言わないまでも分かる。……まさかお金を用意していたなんて。
「有難う」
バーナードはそう言って、深くお辞儀をした。誠実な人なんだろうな、というのが行動一つ一つで伝わってくる。バーナードが先に馬に乗った。サーディーは馬に乗る前に私に手招きした。
え? 私? 一体何の話だろう。
私は何も分からずに彼女の元へ向かった。彼女は顔を私の耳元へ近づけてそっと呟いた。
「一番大切な人はすぐそばにいるものよ」
彼女はそれだけ言って、私の耳元から顔を離した。
「……ニースのこと?」
「貴女、彼に守られているでしょ」
予想外の言葉に私はきょとんとしてしまった。その様子にサーディーも目を丸くした。
「あら、無自覚なの?」
無自覚っていうか、むしろ私、恨まれているんじゃないかって思っているんだけど。だって彼の好きな人を今まで散々虐めてきたから。……その割には彼は優しい。……何か企んでいるのかな。
「貴女、案外馬鹿なのね」
私はサーディーの言葉にガクッと一瞬姿勢が崩れた。
「誰かさんがそれはそれは物凄い圧をかけてリルのことは決して口外するなって言ってきたわよ」
え、と思わず声が出た。ニースが私に対してそこまでしてくれていたとは思わなかった。サーディーは少し呆れた調子で私を見つめた。
「あの変な演技に何か理由があるんでしょ。……もう会うこともないけれどちゃんと生きていなさいよ」
彼女はそれだけ言って、バーナードに手を貸してもらい馬に乗った。
「サーディー、……もう会うこともないと思うから言っておく、絶対に幸せになってね」
「ええ。必ずなるわ」
自信に満ち溢れた眩しい笑顔で彼女はそう言った。女の私でも思わず見惚れるぐらいの笑顔だった。
そのまま私とニースはサーディーとバーナードを見送った。
彼女達が見えなくなったぐらいにニースは口を開いた。
「サーディーと何を話してたんだ?」
「う~ん、ガールズトーク?」
「なんだそれ」
ニースは微笑しながらそう言った。
「……サーディー父、怒っているだろうね~」
「相当怒っているだろうな」
「やることいっぱいだね」
「……一つ聞いていいか」
ニースの声のトーンが変わったのが分かる。真剣な口調の時はいつもトーンが一つ下がる。
何を聞いてくるのだろう。彼から聞かれそうなことが沢山ありすぎて何か分からない。私が魔女だってこと? それとも私の演技? それともこれから主従関係について? サーディー父への対応の仕方?
「何?」
私は心臓をバクバクさせながら表情は冷静を装って聞いた。澄んだその知性ある黄色い瞳に私は釘付けになる。ニースは決して私から目を逸らさず言葉を発した。
「他人の為にここまで出来る人間が、どうしてソフィアを騙して陥れるようなことをしたんだ?」




