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「何か進展はあったか?」
早朝からニースは私にそう聞いてきた。
ニースには本当のことを言った方が良いのだろうか。……協力してくれる人数が多い方が私としては助かる。賢いし強いし、というか普通に味方だし……、言ってもいいかな。いや、でもその前にサーディーに聞いてからの方がいい。私は一応プライバシーというものを重んじる。
「あったのはあったけど、サーディーのいるところで話してもいい?」
「分かった」
ニースは素直に頷いた。それから私達はサーディーの部屋へ向かった。
侍女や執事達は困惑と不審が混ざった瞳で私達を見る。私とニースのコンビで一緒に歩いているって何があったのかと思うかよね。いかにも接点のなさそうな二人だし……。
「ねぇ~、ニース様っ! 今日もいい天気だねぇっ!!」
侍女が『ニース様、リル様に捕まって可哀そうに』みたいな目を彼に向ける。そこまで顔に出ているのなら、もはや口に出してくれても構わない。
とりあえず、これで私と彼が歩いていることに違和感を持つ人間が少し減っただろう。我儘で自分勝手なお嬢様に捕まったニースとして噂は広まるに違いない。
……けど、私ってウィクリフのことが好きってことで通っているんだっけ? これじゃあ、ただの尻軽女だ。まぁ、人の心は移るものだし、なんだかんだ理解してくれることを願おう。
「ニース、サーディーの父親はどこの国にいたの?」
私は周りに聞こえないように出来るだけ声を出さずに言葉を発した。
「ルブルック国の首都エオンだ」
ルブルック!? 人名じゃなくて国名なんだ。1253年にフランス王ルイ九世の令でモンゴル帝国を訪れたフランチェスコ会修道士。確か、カラコルムでモンケ=ハンに謁見したしたんだよね? 伝道師の名前を国の名前につけるってややこしい。あ、でもそれって前世の記憶を持つ私だけか。
「ルブルック国のどこ?」
ニースは私の質問に大きなため息をついた。なんだか呆れられてる。
「やっぱり聞いてなかったか。……首都のエオンだ」
エオン……、やっぱり一番最初に思い浮かべるのって慧遠だよね? 中国における浄土真宗の開祖、念仏三昧を唱えて白蓮社を結成した東晋の仏僧。どうして人名ばかりなんだろう。もしや、運営が相当な世界史オタクとか? それともたまたま適当に名付けたらこうなったとか。……今気にすることではないか。
「ここからどのくらい離れているの?」
「大体馬車で二日ぐらいだ」
思っていたよりかなり近かった。サーディーが見つかってから今日で二日目。これはなかなかまずいのでは?
「早馬を使って帰ってきている可能性は?」
「サーディーが見つかってもう逃げないと思っているからそれはないだろう」
「もう逃げない保証なんてどこにもないのにね」
「……逃がすのか?」
あ、口が滑ってしまった。なんだかニースといると気が緩む。
この文脈からすれば逃がすことになるだろう。……逆にニースは私に何を期待していたのだろう。もう平民の男と会わないことを説得して欲しかったのだろうか。
ここはもう開き直ろう。彼女の部屋につくまでに事情を大まかにしってもらう方が良い。今は緊急事態だ。時間も限られている。
「ご期待に添えず申し訳ございませんね、主。私は彼女を逃がしますよ」
「……サーディーはとっくに覚悟があったんだな」
「そうみたいっすね」
「助けるぞ」
ニースは躊躇うことなくそう言った。
「あれ? てっきり彼女をここに残るよう説得出来なくて私に落胆していると思ったんだけど」
「俺は彼女の幸せを優先する。魔女を殺さなければならないのは法律だが、恋愛に法律はない」
今回の私の役割は彼女の本心と覚悟を確認させるためか。
ニースもあのレイチェルの事件には結構苦しんだのだろう。色々な葛藤経て自分の立場を考え、法律を優先した。けど、サーディー件に関しては法律なんてない。ただ家名を汚したくない彼女の父親の判断だ。……ん? 本当にそれだけか?
「ニース、サーディーの父親が娘の為を思って馬鹿な行動をやめろって言っている可能性はない?」
ニースは私の言葉に苦笑した。ニースのその反応だけで十分彼女の父親がどういう人間か分かった。
「何回か会ったことあるが娘に対して本当に関心のない人間だ。サーディーを自分の駒だと思っている」
ニースが言うくらいだ、本当なのだろう。それにニースはサーディーをなんの躊躇もなく助けると言った……。
「是非会ってみたいね、サーディーの父親に」
「すぐに会えるさ」
私達はいつの間にかサーディーの部屋の前まで来ていた。私が部屋をノックしようとした瞬間、ニースが口を開いた。
「人の本性なんてものは分からない。生きていく為に本当の自分を隠す人間もいる。リルみたいに」
私は思わず固まった。私を射貫くように見るニースの瞳に冷や汗が出た。
……気付かれた!? 私が魔女だってこと。私はニースに殺されるのか?




